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139/233

切望

 辺りは段々と陽が落ち、空の赤色が青へと塗り替えられていく。


 そんな中、カイネは呆然としてハン達のいる方向をただ見つめていた。


「カイネ」


 ニアを離したくはなかったが、ニアを片手に、もう片方にクリフを抱っこしたままでは移動もままならない。ヒースは泣く泣くニアに回された腕の方を離すと、カイネに一歩近付いた。だが、ヒースが近付いてもカイネは微動だにしない。


 ヒースはカイネの目の前まで来ると、顔の前で手を左右に振った。


 カイネがはっとしてヒースを見ると、さささっとヒースの陰に隠れてしまった。何をやっているんだろうと思っても、まあ仕方ないだろう。それ位、カイネの行動は怪しかった。


「……カイネ? 何してるんだよ」

「ちょっと! 動くなヒース!」


 ヒースが動こうとすると、カイネがまたヒースの陰に隠れる。なのに、人の脇の下からそーっと向こうを覗こうとしている。


「カイネ、誰も取って食いやしないから」


 溜息をつきつつヒースがそう言うと、カイネがバッと顔を上げて言い訳を始めた。


「ぼっ僕は別に怖がってなんかない!」

「じゃあ顔を見せてあげなよ」

「だだだだだって!」


 そう言って、またヒースの陰に隠れてしまった。駄目だこりゃ。


 仕方ないので、ヒースはカイネの手首を掴むとぐいぐいと引っ張っていくことにした。カイネは大焦りだ。


「ちょ、ちょっとヒース! まだ心の準備が!」


 カイネは基本馬鹿力だ。なので、ヒースが思い切りぐいぐい引っ張ってもびくともしなかった。ヒースが呆れた表情でカイネを見ると、なんとカイネの目に涙が滲んでしまっているではないか。


 ヒースはもう一度、今度は深く長い溜息をつくと、カイラを振り返った。


「おーい! カイラ! ちょっとこっち来て!」


 遠くでカイラが動くのが見えた。暫くその場から動こうとしていなかったが、突然ぱっと走り出す。その後ろを、こちらに向かってハンがゆっくりと歩き始めた。


 カイラは、さすが日頃から旅をしているだけあって、その走りはとてもしなやかだ。長い黒髪を揺らしているところは、遠目から見ると髪を切る前のカイネと重なって見えた。やはりこの二人は、ちゃんと血が繋がっているのだ。


 いいな、と不意に思った。


 もうヒースには血が繋がった誰かは残ってはいない。多分、ヨハン隊にだってナスコ班だって、皆殆どがそうだろうけど、だけどだからといって羨ましくない筈がなかった。


 カイネには、父がいる。攫われて、というか進んでいなくなってしまった妹もいて、そしてここにきて祖母との出会いがある。仕方ないことだけど、でも、自分にもそれがあったらよかったのに、とついそう思ってしまったのだ。


 だから、まだ及び腰のカイネに言ってしまうのを、どうしても止めることが出来なかった。


「カイネ、いらないなら俺にくれよ」


 カイネと、そして近くにいたニアも目を大きく開けて、ヒースを振り返った。


「……悪いヒース、それは出来ない」


 カイネは、そうはっきりと言った。ヒースは、返事をしなかった。そんなこと分かってると言えばいいのか、じゃあしゃきっとしろと言えばよかったのか、正解が分からなかったからだ。頭がぐしゃぐしゃで、ヒースの方が泣きそうだった。


 カイネは滲んでいた涙を腕でぐしぐし拭くと、それまで曲がっていた腰をピンと伸ばし、そしてヒースの陰から出て行った。


挿絵(By みてみん)


 一歩、また一歩と走ってくるカイラに近付いていく。カイラが、カイネの数歩手前の位置で停止した。


「……カイネ、という名前だって聞いたよ」


 カイラが、カイネに話しかけた。カイネは、それに対し頷いた。


「祖母の名からとった、と父から聞いた」

「そうか……そうかい、はは」


 カイラが、もう一歩カイネに近付く。今度はカイネは逃げなかった。真っ直ぐカイラをじっと見つめて動かない。


 カイラが、カイネの顔に片手を伸ばした。


「カイネ、触ってもいいかい?」

「ああ、構わない」


 カイラの声は震えていた。アイリーンの死については、もしかしたらもうヨハン達から聞いたのかもしれない。そうでなくとも、カイネの言葉からも、母であるアイリーンの存在がカイネの周りにないことは窺えただろう。


「……アイリーンに瓜二つだよ」


 カイラの手が、カイネの頬に触れた。


 ヒースはもうどうしても二人のその様子を見ていられなくて、思わず背中を向けた。すると、ニアがヒースの前に回り込んできて、そっと頭を包む様に抱き寄せてくれた。


 ヒースは、そのままニアの肩に目を付けた。


「……俺、今酷い顔してるから見ないで」

「うん」

「俺のこと、やな奴って思わないで」

「思わないよ」


 ニアの声は静かで優しくて、またヒースの目頭が熱くなってきてしまった。ああ、嫌だ。ニアの前にくると、自分がどんどん弱くなっていく気がする。ニアが許してくれるから、だから甘えたい欲求が抑えられなくなってくる。


「ヒース、私がいるから」


 クリフを間に挟みながらだから、ニアの禁断の果実は分からない。でも、そんなのどうでもよかった。ニアのどこでもいい、ただニアに触れているだけで、それでヒースは安心出来るから。


「クリフもいるよ。ジオだってハンだって、皆ヒースの傍にこれからもいるから、だから悲しまないで」

「……本当に、一緒にいてくれるのか?」


 アシュリーが戻って来いと言ったら、妖精界に戻ってしまうんじゃないか。ヒースが引き止めても、きっとニアが選ぶのはアシュリーの方だろうから。


「いるから、大丈夫だよ」


 本当に、言葉通り傍にいてくれる気なんだろうか。もしかしたら、この場限りの気休めなのかもしれない。


 だけど。


 後頭部を撫でるニアの手付きが優しくて、だから今だけは先のことなんて考えずに、ニアといるこの瞬間を味わうことにした。先のことは分からない。だけど、少なくとも今は、ニアはきっとヒースとずっといようと思ってくれている、それが何となくだけど伝わってきたから。


「……俺も、ずっとニアといたい」

「うん」


 ようやくヒースは、顔を上げられるまで気分が落ち着いてきた。ゆっくりと顔を上げると、優しそうな笑みを浮かべたニアと目が合った。


「ほら、今も一緒にいるでしょ?」

「――うん」


 ニアが、ヒースの耳の横にぶら下がる自分の髪の毛に触れた。


「離れてても、ちゃんとこうして繋がってる」

「――うん」

「だから、大丈夫だよ。ヒースはひとりじゃないよ」


 お日様みたいな笑顔で言われたヒースは、ようやく少しだけ笑えるかな、という気分になってきた。ちょっと無理してでも笑ってみたら、そうしたら気分が晴れるだろうか。


「血が繋がってるだけが繋がりじゃないよ、ヒース」

「……うん」


 ニアの笑顔に釣られて、ほら、ちゃんと笑顔が出た。


 ニアに手で促されて、ゆっくりとカイネ達を振り返る。すると、ようやく追いついてきたハンが二人の横を通り過ぎ、にこにことしながらヒースに向かって歩いてきた。


「ヒース、あの二人は暫くそっとしておこう」

「うん」


 ハンに言われても、もう平気だった。ニアがくれた温かみが、ヒースのぐちゃぐちゃな心をあっという間に正してくれた。


「その間に、今の状況を説明してくれるか?」


 ハンのその言葉に、ヒースはしっかりと頷いたのだった。

次回は明日、頑張ります。だめだむたらごめんなさい…

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