ヒースの告白
おまじない。例の、「元気になあれ」と言いながらキスをするやつだ。
本来は親が泣いている子供にやるおまじないだが、幸いなことにニアは妖精界で育ったので、これが子供向けだなんて知らない。そして敢えて言う必要もない、とヒースは思っていた。
まあ、知ってしまったところで、どうせヒースの方が年下だ。ニアがヒースのことを現時点でどう思っているのかは不明だが、あんまり頼りにされている感は、正直ない。
だったら、今はヒースの心の平穏の為に、是非甘えようと思った。ハンだって甘えろと言っていたし、だったらきっとニアだって甘やかしてくれるに違いないから。
「ニア、お願いだよ。そうしたらきっと涙も止まるから」
顔を真っ赤にしているニアに、ヒースは重ねてそう言った。
「ね?」
どちらかと言うとこの涙は歓喜の涙なので、怖さや痛さからくる涙に対し行なうおまじないにしてみれば感情違いだが、そんなことは勿論言わない。何はともあれニアからキスされたい。ヒースの頭の中は、その欲求だけで満たされていた。
ヒースが潤んだ瞳でニアを懇願する様に見つめていると、暫く目を泳がせていたニアが、口をきゅっと左右に引き締めると、重々しくこくりと頷いた。やった! と思ったが、勿論言わない。言ってはいけない。
「じゃ、じゃあいくね」
「うん」
「あ! 言っておくけどほっぺだから!」
「……あー、うん」
ニアのその言葉で、前回去り際におまじないをしていたニアの唇をヒースがサッと奪ったことを、ニアが物凄く意識していることに気付いた。
え? ニアが、自分を意識している?
ヒースの心臓が、ドクン! と大きな音を立てて跳ね上がった。どくどくどく、と早鐘を打ち始める。これまで子供扱いしかしてもらえてなかったのに? 意識をしているのか? ニアが?
コホン、と咳払いをすると、ニアがヒースの両頬を手で支えた。赤い顔も、照れて少し怒った様に見える顔も、何もかもが可愛い。
「えーと、『笑顔になりますように』!」
ニアはそう言うと、まずはヒースの右頬にちゅっと音を立ててキスをした。記憶していたものよりも更に柔らかく感じられて、ヒースは気が狂いそうになった。
ニアは、相変わらず照れた顔のまま、今度は反対側に移動しようとヒースの口の前を通り過ぎようとする。
前もそうだった。ここに来た時、身体が勝手に動いてしまったのだ。つまりどういうことかと言うと。
ヒースは、ニアの頭を捕まえると、ニアの顔がヒースの左側に移動する前に、ヒースの口にニアの口を押さえつけた。前回は短かったけど、今度はちゃんと、しっかり長く。柔らかくて解けてしまいそうだったけど、ニアが固まってしまってちょっと固くなってきたので、そっと目を開けてみる。
ニアの紺色の星空の様な瞳と、目が合った。
「んんんんんっ!」
そして何かを言っている。仕方ないので、最後離れる時にちょっとニアの唇をついばむ様にしてから離すと、ニアはガッチガチに固まっていた。
「ひっひっ」
「うん」
目を白黒させているのが、また可愛い。ヒースはニアの首と頭を両手で持つと、至近距離で言った。
「ニア。俺、ニアが好きなんだ」
「……ひっ!?」
ニアの言動はちょっとおかしいが、まあいつものことだ。ヒースはそのまま続けることにした。
「ニアの返事はすぐには要らないから、俺がニアのことが好きで堪らないんだってことだけ、今は覚えておいてもらえると嬉しい」
「ひ、ヒース……」
「だから、避けないでね?」
そして釘も刺しておいた。ヒースはこれが初恋だが、ニアだってきっと免疫はない。この感じを見ていると、多分きっとヒースが初めてニアにキスをした相手だとヒースは踏んでいた。
「ニア、お願いだよ」
絶対逃さない様にした状態で、ヒースは重ねて懇願した。今まで周りに女の子なんていたことがないから、正しい距離の取り方なんて分からない。今のこの場面を見たら、きっとジオあたりはやり過ぎだとかもっと節度を守れとかなんとか言ってくるのは予想がついたが、だがヒースは知らない。普通がどうかなんて。
それに、その普通が妖精界から来たニアに通用する常識なのかどうかだって分からないじゃないか。
「ね?」
「わ……分かった、よ」
顔をこれ以上ない位に真っ赤にしたニアは、それでもヒースに頷き返してくれた。途端、ヒースの肩の力が抜けた。知らない間に身体に力が入っていたらしい。
「ニア、おまじないの続きして」
「え!?」
「途中になってたから」
ヒースがそう答えると、ニアが耳まで真っ赤になってしまった。
「ほら」
左の頬をニアに向けると、唇をわなわなと震わせたニアが、それでも顔を近付けて来てくれる。これ、期待してもいいんじゃないだろうか? とヒースは期待に胸を膨らませた。
ちゅ、と音を立てて残りの頬にもキスをされたヒースは、満面の笑みになってニアを抱き締めた。
「ひっ!?」
「涙、止まったよ。やっぱり効果あるね、このおまじない」
次回も抵抗なくやってもらう為には、このおまじないに効果があることを、しっかりと主張していかなければいけない。
「涙が止まったなら、よかった、のかな?」
ニアがたどたどしく言ったので、ヒースはうんうんと頷きながら腕の中のニアを身体全体で感じるべく、更にぎゅっと抱き締めた。すると、少し離れたところであわあわと口を震わせているハンが目に入った。そして、その横には。
「ヒースー!!」
鹿の姿のクリフが、生意気そうな顔つきの子供に変化しつつ、ヒースの元に駆け寄ってきた。
「クリフ!」
ニアから片手のみ離したヒースは、空けた方の手で飛んできたクリフを掬い上げた。
「ヒース! クリフ元気だよ!」
クリフは首に短い手を巻きつけると、頭をぐりぐりとヒースの首に擦りつけた。
ニアが、ヒースの腕をぽんぽん、と叩くと、ようやく赤みが引いてきた顔で微笑みかける。
「クリフってば、ヒースヒースってずっと心配してたのよ。相当淋しかったみたい」
「そっか……。クリフ、俺は元気だから」
「ううううううっ」
正直なところ、これまで頭の中はほぼニアで占められていて、クリフはハンといるしまあ大丈夫だろうとあまり気にしていなかった。ちょっと悪かったな、と反省する。クリフは、ヒースに会えて泣く程喜んでいるのに、と思ったところで、それがまんま先程のニアに対する自分の気持ちと一緒なことに気が付いた。
ヒースがニアを見ると、ニアはうんうんと頷いてくれた。多分意思は全く伝わっていないが、大方「よかったよかった」とでも思っているに違いない。
「ヒース、カイラさんが来てるの」
「え?」
ニアのその言葉に、ヒースは再度ハンの方に目をやった。あ、いた。ハンの陰に隠れていて、分からなかったのだ。
ヒースはようやくニアから手を離すと、後ろにいる筈のカイネを振り返った。ニアに会えて興奮し過ぎて、カイネを待たせていることをすっかり忘れていたのだ。
カイネも、ハン同様あわあわとしていた。
「ヒース! お前な! 僕の存在を忘れてなかったか!?」
「忘れてた」
「……」
ヒースがあっさりと白状すると、カイネががっくりと項垂れた。仕方ない、これが恋というやつなのだから。ヒースは開き直った。それに、今はそれよりも大事なことがある。
ヒースは、カイラを指差しつつ言った。
「カイネ、向こうにカイネのおばあさんがいるよ」
カイネが、驚いた様に顔を上げた。
次話は書けたら明日投稿します!




