一緒に海が見たい
午前中の作業は、昨日の続きからとなった。炎で炙り、熱した状態から叩くをひたすら繰り返し、目の中に額から伝った汗が入って拭った時、カイネが昼飯だと呼びに来た。
カイネがずっといなかったことにすら、気付かなかった。
ヒースが汗だくなのとは反対に、ザハリは涼しげな様子のままだ。火の魔法が得意ということと、もしかしたら何か関係があるのかもしれないな、とふと思った。
全員でカイネの家に戻ると、ミスラがヒースに手伝ってくれ、と呼びかけた。何でもないことの様に振る舞ってミスラの後について行き炊事場の中に入ると、ミスラが小声で言った。
「あいつら、今朝から砂漠に出た魔物を退治しに出かけちゃったんだよ」
「え、砂漠に魔物なんているの?」
ミスラは確か、一人で狩りに行っていたりしていなかっただろうか。魔物が彷徨いている様な場所に一人で行かせるなんて、ヴォルグは何を考えているんだろうか。
ヒースの腹の奥から、沸々と怒りが湧いてきた。いくら獣人族にとっては庇護する対象を所有物の様に扱うみたいだからといって、双子の姉なのに、あんまりじゃないか。
すると、ミスラがあっさりと頷いた。
「滅多にいないんだけどね、先日私が獲物を捕まえに行った時に見かけたんだよ。その話をヴォルグにしたら、すぐに退治してやるって」
何だ、一応心配をしてすぐに対処したのか、と考え直したが、いやいや、そもそもミスラ一人で狩りに行かせるなんて、と思うとやっぱり腹立たしい。
「で、それが今日ってことになってたらしくて、今日は砂漠に出るなって怒られちゃったよ、あはは」
「そっか……。じゃあ、いつ帰ってくるか、分からない?」
ミスラは渋い顔を作ると、首を傾げた。
「そこそこ大きな魔物だったからね。砂の中に潜っててさ、餌を捉える時だけ出てくるんだよ。だから、捕まえるのには時間がかかると思う」
どうしよう、聞いてみようか。ヒースは少しだけ悩んで、知らないままでいるよりはいいだろう、と思ってミスラに尋ねることにしてみた。
「ねえ、その魔物って、どんなの?」
「まあひと言で言ったら、大きなミミズだね」
聞かなければよかった。ヒースは即座に後悔した。ヒースは、昆虫類は正直苦手だ。蛇などの爬虫類も、前にハンに語った通り、特に好きではない。昆虫よりはマシ、という程度だ。
どうせならクリフみたいな毛が生えてたらまだ許せたかもしれないが、あのてかてかな皮膚を想像するだけでゾワリとしてしまうのだから仕方ない。
「あれ、貴重な肉になるオオトカゲを食べちゃうんだよね」
ミスラはミミズが平気なのか、淡々と説明を続ける。
「へ、へえ……」
「でもさ、あの大ミミズの魔物も、砂の中では自由自在に動ける訳だろう? それだけ広い場所を泳ぐように走り回れるなんて、ちょっとステキじゃないかい?」
ミスラは、何だか嬉しそうにそんな感想を述べている。
「前にさ、海っていう大きな水の塊があるっていう話を、ここに滞在していた竜人の奴に聞いたんだよ。ヒースは見たことがあるかい?」
ヒースは無言で首を横に振った。昔、絵本で海の絵は見たことがあるが、実物はない。
そういえば、ナスコのところのビクターが海の街の出身だと言っていた。そう考えると、案外海がある場所も遠くないのかもしれない。
「見てみたいよね」
「ヒースもそう思うかい? 私もなんだよね」
にこにこ、とミスラは笑う。そして、ああ、もしかしたらザハリは、この人のこういう明るいところに惹かれたのかもしれないな、と思った。
こちらが考え込んでしまう様なことも、明るく笑い飛ばしてくれる、そんな強さを持った女性なのだ。
まあ、大分チョロいけど。
「いつか世の中が平和になったら、ザハリと一緒に見て回れるかなあ」
そして、馬鹿じゃない。今の世の中がザハリにとって決して安全なものでないことを、ちゃんと理解している。人間の男は、殺されるか捕まるしかないのに、それでもミスラはちゃんと気持ちだけでザハリを選んだのだ。
それは、どれ程の覚悟がいったのだろう。獣人族の女にとって、それがどれだけ険しい道か、ザハリは分かっているのだろうか。
器に穀物が浸されたスープを注ぎながら、ミスラは憂いのない笑顔を見せている。凄いな。心から、思った。
ヒースは、今度は一切作り物でない本物の笑顔になって、言った。
「うん、きっとくるよ。その時が楽しみだね」
「ふふ、ヒースも一緒に見れるといいね」
「うん」
その時は、隣にニアもいて欲しい。種族の壁なんか関係ないんだと、種族が違っても同じ物を見て感動を共有出来るんだと、そう証明したいと思った。
◇
午後の作業は、空が少し赤ばみ始めたところで終了となった。
ふう、と息をついたザハリが、ヒースにニヤリと笑いかける。
「ヒース、お前なかなか素質あるじゃねえか。まあ俺程じゃあねえけどよ、この調子なら明日には刃の部分は完成させられそうだぞ」
「おおー!」
確かに、昨日終了した時よりも、かなり剣に近い形に整ってきている。まだ大分ボコボコではあるが、青みもかなり増してきている様に見えた。
「あとちょっとってとこだな」
ザハリはそう言うと、ヒースの頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。そして、いきなり片手で頭をグイッと掴んだかと思うと、耳元でボソッと言った。
「昼間、ミスラと何話してたんだよ」
「え? 海について」
ヒースは即答することで、疑われることを避けようと思った。そしてその作戦は成功した様だ。
ザハリはキョトンとすると、首を傾げた。
「海? あー、まあこの辺は海から遠いから、ミスラは見たことないか」
「ザハリは見たことがあるの?」
頭を掴む手をそっと外し、ヒースは片付けを始めた。
「俺か? 昔に一度な! まあ大分若い時だけど」
ザハリもなかなか謎な人だ。これまでずっとこの辺りにいた訳ではない様なので、もしかしたら前に言っていた師匠について、あちこちを旅していたのかもしれない。昔は、まだ棲み分けが出来ていたから。
「ミスラが、世界が平和になったらザハリと見たいって言ってたよ」
ヒースがそう言うと、ザハリが一瞬キョトンとした後、嬉しそうに笑った。
「そっか、じゃあいつか連れてってやらないとなあ」
ヒースとザハリがそんな会話をしていると、カイネがひょっこりと顔を見せた。
「ヒース、そろそろ待ち合わせの場所に向かうんだが」
「行く! すぐ行く!」
ヒースが間髪入れずにそう答えると、シーゼルが思い切り嫌そうな顔をした。が、すぐに考え直した様だ。
「ここにいるよりは安全かも?」
「そうそう、そうだよきっと!」
ヒースは思い切り乗ることにした。だって、あの場所に感じた通りニアがいるなら、もしかしてちょっと位は会えるかもしれないじゃないか。
ヒースがニアのことを考え続けていたら、それに気付いてハンと一緒に来てくれたりはしないだろうか。
「ね! お願いだよシーゼル!」
本日のおねだり第二弾だ。先程ミスラにやった時とは違い、シーゼルに効くものはよく知っている。
至近距離でのお願いだ。
ヒースはシーゼルの目の前に行くと、ミスラの時と同様シーゼルの手を握った。シーゼルは片眉を上げていて納得はいっていないようだが、悪い気はしていないのは何となく分かった。
「シーゼル?」
ダメ押しのもう一回。
「……可愛い、ヒース」
シーゼルはきゅっとヒースを抱き寄せると、
「今回だけね」
とうふふと笑ったのだった。
次話は書けたら投稿します。




