褒められると嬉しい
ヒースがザハリの演説を聞いていると、カイネが大きなお盆に汁物の椀と取皿を乗せて持ってきた。その後ろから、ようやくミスラが大きな鍋を軽そうに抱えてやって来た。表情は普通だ。つまり、カイネの誤解が解けたということなのだろう。
これでようやく全ての食事にありつける、とヒースは内心小躍りしたい位喜んだが、それを正直に表面に出せる程中と外は直結していない。ジオの所に来て大分表に出る様になったとは思うが、奴隷時代に監督者達に目を付けられない様にしていた所為で、ヒースは喜びを表に出すのが正直苦手だった。
ニアを見ていると、嬉しいことは嬉しい、悲しいことは悲しいと、喜怒哀楽がはっきりとしている。
もしかしたら、ヒースがニアにここまで惹かれてしまうのは、自分には出来ないそれをニアが自然に出来るからかもしれないな、とヒースはふと思った。あとあれだ。ニアといると、変に考えなくていい。ニアを見ているだけで楽しいし、ニアの反応が見てみたいし、勿論ヒースのことは好きになってもらいたいけど、だからといって自分を取り繕ってまでニアに好かれようとは不思議と思えなかった。それよりも、弱いヒースも、格好つけて逆にダサくなってしまうヒースも、ありのままの自分を見てもらいたいと思う。
何故だろう、と考え、ニアがそうだからだと思った。何せ出会って間もないヒースの肩を、実験だからと言って歯型が着くまで噛んだ人だ。そこには、嫌われたらどうしようとか怒られたらどうしようとか、そういった考えは一切なかった。あるのは、見事なまでの探究心である。
また急に、会いたくなった。もう何日会ってないだろうか。ナスコの隊の人達は、ニアにちょっかいを出したりしていないだろうか。あそこにはジオもいればカイラもいるから大丈夫だとは思いたいが、ニアは少し無防備なところがあるから、あの人懐こさで男達の人気者になっていたりしたらどうしよう。
「ねえ、満月まであとどれ位?」
「あと一週間程だな」
カイネがそう答えた。ミスラが大鍋から注ぎ入れた汁物を、カイネが一人ひとりに手渡していく。
「カイネ、一度場所をきちんと教えて欲しいんだけど」
何の、とは言わなかったが、カイネは理解してくれた様で、こくりと頷いた。ミスラは何のことだろうという表情をしていたが、ヒースのことはまだ殆ど認識していないのか、話しかけてこない。ザハリにはまだ事情は話していないので、こちらも不可解そうな表情を浮かべていた。
カイネが取皿を配り、スプーンを皆に配った。
「召し上がれ」
ミスラが言った途端、ヒースは真っ先に汁物の椀に口を付けた。なんだろう、黄色いドロッとした液体だけど、甘くて美味しい。
「ミスラ、これ何?」
「芋とヤギの乳の汁だよ」
「芋? これが?」
「何? 気に入らない?」
ミスラがむすっとしたまま聞いてきたので、ヒースは必死になって首を横にぶんぶん振った。食事を提供してくれる人には絶対に逆らってはならない。ヒースの長年の生活の知恵だ。
「そうじゃないよ、美味しいから何だろうって思ったんだ」
「美味しい……?」
すると、ミスラが急ににこにこし始めてしまった。どうしよう。ヒースはその笑顔を見て固まった。カイネも大分素直で感情と表情が直結だと思ったが、ミスラはそれ以上だ。やっぱり、獣人は皆こんな風に素直な種族なんだろうか。
「あんた、名前なんていうんだっけ?」
「ヒース」
「ヒースか。まだ子供なのにこんな所まで来て、偉いねえ」
ミスラがにっこにこでそう言った。どうしよう、本当にどうしよう。ザハリの視線が怖い。でもそれも表情には出ない。出ない質でよかったのか悪かったのか、ヒースには正解が分からなかった。
でもとりあえずミスラを無視する訳にもいかない。それに、ヒースにはミスラと仲良くなってヴォルグと話をする仲介役になってもらいたいという思惑もあるから尚更だ。だけどザハリが怖いから、気に入られ過ぎず、好印象を残すにはどうしたらいいんだろうか。
獣人の距離感が、本当に謎だった。
「元は奴隷だったんだけど、色々あって鍛冶屋になったんだ」
細かい所まで話して、まだヴォルグの為人が分かる前にヴォルグにヒースの目的はバラしたくはない。ミスラもカイネ同様とても素直そうだから、ヒースから聞いたことはぺらっと喋ってしまいそうな危険があった。というか、これももしかして獣人族の特徴だったらどうしよう。
他の獣人とも話してみたいな、と思った。全員がこんな感じだったら、多分ヒースが当初考えていた様な個別への対話による調整は不可能に近い。
「奴隷……魔族の奴隷にされてたのかい?」
「うん。十年前に住んでいた町が襲われて、その時から」
ミスラが口を押さえて悲しそうな表情になった。
「こんな子供が十年も……!」
どうもミスラは子供に弱いみたいだ。人間だろうが関係ないのかな? と不思議に思ったが、考えてみたらミスラが溺愛しているというアイネも、子供扱いしまくっていたカイネも、半分は人間だ。その二人の面倒を見てきたのだ、人間という存在はミスラにとっては比較的近い存在なのかもしれない。
「たまたまちょっと事故があって、作業現場から抜け出させてくれた恩人がいて、それで助けてくれた人がたまたま鍛冶屋だったから、弟子にしてもらったんだ」
こんな説明で伝わるだろうか、と少々不安に思ったが、ミスラは憐れむ様な目つきでうんうんと頷いているから、多分大丈夫だろう。
「そうか、苦労したんだねえ」
「まさか獣人族の集落でこうしてご飯を食べる日が来るとは思わなかったけどね。作業現場で配給された食べ物は殆ど味なんてなくてさ、師匠からは、獣人は薄味でも美味しく感じるからだなんて聞いたんだけど、どうも違うみたいだね。だってミスラの料理、すごく美味しいし」
これは事実だ。配給されたカチカチパンやスープはほぼ無味無臭で、食べられる固形物と液体という感じだった。だけどミスラの料理は、塩気こそ少ないものの、甘みもたっぷりあって美味しい。
「すごく美味しい……」
ミスラがまたにこにこし出した。しまった、またやってしまった。ヒースは横目でザハリを見ると、ザハリの元々人相のあまりよくない眉間に、思い切り皺が寄っていた。怖い。
「これは、アイリーン様の味付けを真似てみたんだ。獣人の味付けは薄過ぎるけど、塩の代わりにしっかりと出汁を取ると旨味が増えるっていうアイリーン様の料理本を炊事場で見つけて、それを実行してるんだよ。確かにこっちの方が美味しいよねえ」
にこにこにこにこ。この人は、笑うと穏やかに見える。本当にあのヴォルグと血が繋がってるんだろうか、と段々不思議になってきた。
「そういえば、ティアンは一緒に食事はしないの?」
これにはカイネが答えた。
「父さんは、毎晩この時間は辺りの見回りをヴォルグ達と行なっている。持ち回りで、見回りの中の一人の家に皆で食事を取る。そうやって、各家庭の状況を確認しているんだ」
「てことは、夜は一緒にご飯を食べないんだ」
「そういうことだな」
一族を把握するという意味ではいいことなのだろうが、子供の時はさぞや淋しかっただろう。
「昔はばあやが一緒に食事をしていたが、彼女も年を取ってしまった。だから孫のミスラがこうして僕達の面倒を見てくれている、とそういう訳だ」
ばあや。以前カイネが言っていた人だ。
ヒースは、これまで聞いた関係を頭に叩き込んだ。
次回は明日投稿予定です。




