蒼鉱石の剣作成初日の作業終了
ヒースが集中してザハリがひたすら叩いているところを見ていると、いきなりドン! と上から丸太が降ってきた。地面との衝突の勢いでヒースの足元まで転がってきたその丸太は、立てると丁度ヒースが座って丁度よさそうな高さに見える。
上を見上げると、カイネと思わしき人影が空から降ってくるところだった。
トン、と軽く着地した人影は、やはりカイネだ。
「ザハリ、こんな物でいいか?」
「おう。どうもな」
ザハリはカイネに軽く礼を言うと、顎をしゃくってヒースに座れと指図した。魔剣の師匠はジオだ。だとすると、この人は蒼鉱石の師匠とでも思ったらいいのだろうか。ザハリは、熱せられた真っ黒の棒状になった蒼鉱石の塊を一つヒースの前に置くと、革製の手袋をヒースに渡した。
「これで支えろ」
ヒースは急ぎ手袋を左手にはめる。
「俺に合わせろ」
ヒースはこっくりと頷くと、目の前のザハリの動きをなぞるように金槌を振るい始めた。叩いた感じ、かなり固い金属の様だ。この黒い鉱石からは明らかにかなり高い熱を感じるが、何度叩いても殆ど伸びていかないし削れもしない。というか、動かない。
「こいつに必要なのは根気だ。気長にな」
「うん」
結局その後、ヒースとザハリは陽が大分傾き手元が暗くなって見えづらくなるその時まで、ひたすら蒼鉱石を叩き続けた。
汗だくのザハリが、手ぬぐいで汗を拭っている。ヒースが打っていた蒼鉱石を見て、ふ、と笑った。これだけ叩いてもまだようやく少し剣の形に近付いた程度だが、それでも叩けば伸びるのが分かって、ヒースは少しほっとしていた。今日叩いても全く形が変わらなかったらどうしよう、それ位に考えていたので、先が見えてきたのは大きかった。だが確かにこれはかなり根気のいる作業だ。ジオとの鍛冶屋生活のお陰で腕が上がらないとか痛いとかいった初期の症状は一切ないが、とにかく精神的に削られる。
「すぐに音を上げるかと思ったけど、お前案外根性あるな」
「ヒースだよ」
「おう? ヒースな、分かった」
ヒースとザハリが蒼鉱石に向かい合っている間、カイネもシーゼルもひと言も発することなく同じ場に居続けていた。
「カイネ、腹減った」
ヒースがぐう、と鳴るお腹を手で押さえると、すっと立ち上がったカイネが先導し始めた。昼は手掴みで食べられるパンに肉が挟まった物がカイネから提供されたが、育ち盛りのヒースにはあの程度では足りなかった。
「まずは父に紹介する。食事はその後用意させるから、もう少し耐えてくれ」
小さく微笑んだカイネの言葉に、ヒースは悲しくなりながらも頷いた。ヒースの隣を守る様に歩くシーゼルが、前を行くカイネに尋ねる。
「それで、僕達はどこでどういった監視の元寝泊まりをする訳?」
「僕の家に来てもらうつもりだ。ザハリも僕の家に滞在してもらっている」
横のザハリが頷いた。
「結構好き勝手やらせてもらってるぜ」
「お前達はあくまで客人の扱いだからな。勿論ザハリも客人だ」
すると、カイネのその言葉を聞いたザハリが、ははっと笑った。どうもこのザハリとカイネは大分慣れ親しんでいる様だ。カイネが人間にそこまで抵抗感がなさそうに見えたのは、もしかしたらヒース達に会う前にこうやってザハリと過ごした所為なのかもしれない。
「始めは、あのヴォルグがまあ偉そうにカイネんちに堂々と入って来ちゃあ指図して行くからよ、俺はてっきりあの家はヴォルグんちかと思ってたんだよな」
「あいつはいつもああなんだ」
カイネが吐き捨てる様に言った。
ザハリはニカッとしながら話を続ける。
「そんでヴォルグの奴、俺に足枷を付けようとするからよ、俺はまあ魔法は獣人よりは得意だからこいつんちでとりあえず暴れた訳だ」
「暴れちゃったの?」
とりあえず暴れようという発想が凄いなと思った。
「足枷なんて付けられたらおちおち小便にも行けねえじゃねえか」
「そうだね」
「俺は寝酒するのが一日の終わりの楽しみ方なんだよ。するとどうしたって小便が近くなるだろ? その時に足枷があったら俺は切れるぜ」
その時よりも遥か前に切れていそうである。ヒースは隣のシーゼルをちらっと見ると、シーゼルは「怖いね」と言って笑った。どっちもどっちだと思ったが、何も言わないことにした。
「でよ、暴れてた俺を見て、カイネがヴォルグにガツンと言ったんだよ。カイネんちで客人として受け入れるからお前は出て行けってな」
「やるじゃないかカイネ」
「ブルッブルに震えてたけどな!」
かははっとザハリが笑った。前を行くカイネの耳が、ぺしょっと垂れた。言われたくなかったらしい。こういうところも非常に素直だ。
「だけどヴォルグは納得しねえ。許嫁んちなら俺んちも同様だ! とか何とか滅茶苦茶な論理で居座ろうとしたからよ、とうとうカイネの親父さんがぶち切れてな、ありゃあ見物だったなあ」
ザハリは実に楽しそうだ。久々に人間の話し相手が出来たので、喜んでいるのかもしれない。
「カイネの親父さんてことは、族長だよね?」
すると、立ち直ったらしいカイネが振り返った。
「父は普段は寡黙で争い事も好まない質なのだがな、ヴォルグの横柄さにいい加減我慢の限界が来たのだろう、ヴォルグを一瞬で黙らせてしまった」
「え? ヴォルグを?」
「そうだ。凄かったぞ。なかなか父が戦う場面はお目にかかれないからな、僕はそれを目で追うだけで精一杯だった」
そう語るカイネの表情はキラキラと輝いていた。父親が誇りなのだろう。もう父がいないヒースには、それが少し羨ましく思えた。
ザハリが同意する。
「な! ティアンの奴は確かに族長の立場にいるだけのことはあるんだな、と俺は思ったよ。人間の女と結婚しただけあって、人間に対しての嫌悪感みたいのがないからな、話もしやすい。俺はティアンとカイネは好きだぜ!」
ザハリは一応自分は人間という括りに設定しているらしい。まあエルフの血は半分のそのまた半分なので、血の濃さだけでいえば確かに人間の方がより近いのだろう。だが、薄まっているとはいえエルフの血の効果は強そうだ。
「いい人そうだね」
「ああ、ティアンはいい奴だ。だから問題児はあのヴォルグだな。でもまあ俺が来た初日にヴォルグをこてんぱんにやっつけてくれたお陰で、カイネんちにはほぼ入って来なくなったから助かったよ」
「ザハリ、父はな、ザハリにあちこち片っ端から火を点けられたからそれで慌てて対処したとも言っていたぞ」
「じゃあカイネが今平穏に過ごせているのは半分は俺のお陰だな!」
「……」
カイネは黙ってしまった。ヒースは隣のザハリにこそっと尋ねる。
「やっぱり、ヴォルグって露骨?」
ザハリがああん? という表情を見せた後、口の端をにやりと上げて頷くと、ヒースの首に腕を回して小声で話し始める。
「露骨も露骨、俺から見たら一目瞭然なんだけどな、どうもティアンはそういうところはぽやっとしている様で分かっていないっぽかったな」
「あー、だから出入り自由になってたのかな?」
「多分そうだろうなあ」
「危ないのにね」
「よく今まで無事だったもんだぜ」
ヒースとザハリがコソコソ話をしていると、カイネが振り返ってギロリと二人を睨みつけた。
「聞こえているぞ」
「別に内緒にしようたあ思っちゃいねえよ。聞こえなくても構わねえか程度に考えてただけだ」
「カイネ、無事でよかったね」
「ヒース、お前な……」
すると、シーゼルが発言した。
「いきなり挿れると痛いから、初めての時は徐々に慣らしていった方がいいよ」
「……」
カイネは無言になると、また前を向いたのだった。
次話は明日(2021/7/21)投稿予定です。




