ザハリ
ザハリと呼ばれた男の頭は真っ白の真っ直ぐな長髪だったので、てっきり老人だと思っていたヒースは、振り返った男の若さに驚いた。まだ二十代なんじゃないか、そう思える程の若さだ。肌の色はやや浅黒く健康的で、瞳はかなり明るい黄銅色。そしてすっとした頬骨に鼻筋。思い切り不機嫌そうな顔をしているが、見目は悪くない。そして雰囲気が誰かに似ていた。
ハンに似ているのだ。何というか、達観した雰囲気が。
ザハリは明らかに不審そうな表情を浮かべ、口角を下げまくりつつヒースとシーゼルをジロジロと見ている。
「何だこいつらは。人間か?」
声だけだとそこまで若くは聞こえない。だからなのか、どうも若くない様に感じて仕方ない。
「一人だと進まないと言っていただろう。カイネが連れてきた人間の鍛冶屋だ。使え」
「人間の鍛冶屋ぁ? どっちが」
「そっちの金髪だ」
「じゃあその銀髪はなんだ」
「護衛だとさ」
「はあー護衛ねえ。そんな大層なご身分の坊っちゃんなのかねえ」
ザハリは随分とヴォルグに対し遠慮がない。蒼鉱石を取り扱えるのが自分しかいないという立場をきっちりと理解した上での行動かと思われた。
だがそれよりも、ヒースは気になったので挙手をした。
「あの……まさかエルフの人?」
ザハリが器用に片眉を上げた。
「お前ら、人の素性をペラペラ喋るんじゃねえよ」
「誰も喋ってなどいない」
ザハリがカイネの方を見ると、カイネも首を横にブンブン振った。男が金槌を手に持ったまま、ヒースの前まで来た。背はヒースよりやや高い位か。鍛冶屋なだけあっていい上半身をしているが、見た目は細く見えた。
ザハリがヒースをすぐ近くから、不思議な黄銅色の瞳で品定めするかの様に見下ろした。
「小僧、俺にエルフの血が混じってるってなんで分かった」
「何となく」
「何となく、で分かるもんじゃねえだろうが」
「知り合いにエルフの血が混じってる人がいるからかも」
「あん? そんな奴がいるのか?」
「いるよ。雰囲気がよく似てるから、エルフの人なのかなって」
「ふうん……」
ザハリはそれだけ言うと、元の位置に戻ってしまった。
「お前がどれだけ使い物になるか見てやる。猫の手も借りたい位なのは確かだしな」
「ヴォルグ、もういきなり始めていいのか?」
ヒースが話しかけると、ヴォルグの眉間がぴくりと動いた。気軽に話しかけるなということだろうか。上に立つ人間は面倒臭い。カイネだって上の人間だろうに、とても気安いのに。
「……なるべく沢山の蒼鉱石の剣が必要だからな。すぐに取りかかれ」
「僕が見てる」
カイネが言った。
「だからお前は戻れ」
「……ふん」
何か言いたそうではあったが、ヴォルグはそれ以上は何も言わなかった。踵を返し、元来た道を行ってしまった。その大きな後ろ姿をじっと見ていたカイネが、ヴォルグの姿が見えなくなってようやく肩の力を抜いた。ヒースを上目遣いで見ると、しょんぼりとして言った。
「ヒースの予想通り、あれがアイネの許嫁だよ」
「すぐに分かったよ」
カイネの怯え具合を見たら、すぐに分かった。すると、ザハリが鼻で笑った。
「そんなにビビる程あれが怖えか?」
どうやらカイネに話しかけているらしい。
「……これまで散々殴られたりしてきたから、あいつを前にするとつい身体が強ばるんだ」
「はは、俺にゃあお前が別の意味で怯えている様に見えるがな」
「別の意味とはどういう意味だ」
「妹よりもお前の方が狙われてるんじゃねえかってことだよ。ははっ」
ザハリがヒースに金槌を一本手渡した。カイネはぶすっと膨れてその場に胡座をかいた。シーゼルは、出口に近い方の壁に寄り掛かると、腕組みをした。シーゼルの警戒体勢だ。洞窟でも同じ様にして立っていた。よく見てみると、身体の右側を出口に近い方に向けている。シーゼルは右利きなので、右側から来た者への対処が早くなる、ということなのかもしれなかった。
「お前、経験は」
「まだ一年弱。だけど、魔剣は何本も打った」
「一年でか? お前にゃ師匠はいなかったのか?」
「いるよ。今もこっちに向かってる」
「……そういうのは黙っときな」
ヒースは黙り込んだ。すると、ザハリが溜息をついた。
「喋るなって言ってる訳じゃねえよ。余計なことを喋るなっつってるだけだ。お前に不利になりそうなことを、だ」
「あ、そういうことか」
「そういうことだ。で、師匠に魔剣を打つのを任されたってことか?」
「急に入用になって、間に合わないから、師匠の打ち方を全部正面から真似た」
ザハリが暫く考え込んだ様に黙った後、ニヤリと笑った。
「それが出来るならいけるかもな」
ザハリはそう言うと、炉の脇に積み重なった黒い石の山を指差した。
「こいつが蒼鉱石の原石だ。見たことは」
「ないよ」
「蒼鉱石の武器は見たことは」
「二つある」
「おお? その若さで二つもお目にかかったのか?」
ヒースはちらりとシーゼルを見ると、シーゼルはやれやれ、と言った風に肩を竦めながらこちらにやって来た。
「警戒中だから、早めに返してね」
「うん、ありがとう」
シーゼルがスルリと腰の剣を抜くと、ザハリに見せた。ザハリは真剣な面持ちでシーゼルの剣を受け取る。そして、はっと何かに気が付いた様に剣を顔のすぐ近くまで近付けると、何かを探し始めた。
「お前これ……どうやって手に入れた?」
「うん? とある竜人が持ってたのを頂戴したよ」
「竜人から……成程な。て、竜人から剣を奪ったのか!?」
ザハリが驚いてシーゼルを見た。シーゼルは何てことない様に頷いた。
「この剣、便利そうだから欲しくなったんだよね」
「いやまあ便利そうってのは分かるんだがよ、欲しいからって奪えねえだろ、普通」
「簡単だったよ。僕、あの頃はもっと可愛かったし」
ザハリは絶句した。
気まずそうにヒースを見、カイネを見たが、誰も何も言わない。暫く待ったつもりだった様だが、相変わらず誰も何も言わないので、また会話を始めた。
「こいつは、俺の亡き師匠の作品だ」
「死んじゃったの?」
ヒースが尋ねると、ザハリが頷いた。
「もう大分昔の話だな。師匠は蒼鉱石の剣に属性を付けるのが得意でな、俺にゃあどうしてもその方法が分からなくて散々技術を盗もうとしたもんだが、結局分からなかった」
「シーゼルの剣には水の属性が付いてる」
「そうだろうな。ここの柄の部分を見てみろ」
ザハリが柄の一番底の部分を見せた。水滴の様な絵が描いてある。
「な。描いてあるだろ」
「本当だ。シーゼル知ってた?」
「知ってるよ。竜人が自慢気に話してくれたから」
シーゼルがあっさりと言った。シーゼルのこの言い方だと、シーゼルは竜人と争って奪った訳ではないのだろうか。
「竜人から……もらったの?」
「だからそう言ってるじゃない」
「お? 殺して奪ったんじゃねえのか?」
「殺してないよ。多分今も生きてるんじゃない?」
さっぱり意味が分からない。ヒースが余程不思議そうな顔をしていたのだろう、ザハリが返した剣を柄に納めながら、シーゼルが教えてくれた。
「僕、始めの頃はまだ戦えなかったけど、代わりに任務で魔剣回収班に所属していた時があってね」
「うん?」
「その時は女の子のふりして、僕にがっつり惚れさせてから男だってばらして、それでも僕のことが好きだったみたいでこの剣も欲しいって言ったらくれたし、最後は逃してくれたよ」
ザハリが驚いた顔をして言った。
「竜人が?」
「竜人が」
シーゼルが艶然と笑う。
「僕の技に参っちゃったんだろうね」
そう言って、チロリと舌で唇を舐めたシーゼルだった。
次話は明日投稿予定です。




