集落内
ヴォルグとカイネの後ろを、ヒースとシーゼルが並んで歩く。木造の家の中から視線を感じるので見てみると、時折女性なのではという影が見え隠れした。どうやら子供もいる様だ。
「人口ってどれ位なんだろうね」
興味津々で辺りをキョロキョロ見回すと、シーゼルが呆れた様にに笑った。
「観光じゃないんだから」
「でも争いに来た訳じゃないでしょ。相手のことを知るのは、話のきっかけを作るのには大事だと思うよ」
「和を尊ぶヒースらしい言葉だよ」
シーゼルも、時折難しいことを言う。
「和を尊ぶってどういう意味?」
すると、シーゼルがキョトンとした後、少し決まりが悪そうに言った。
「あー……平和主義?」
まあ世の中、シーゼルの喧嘩っ早さから比べたら、シーゼルより喧嘩が嫌いな人は多いだろう。多分、ここの集落の人達だってそうだ。
「好き好んで争う人は少ないと思うけど」
「僕は割と好きだよ」
「でもヨハンと一緒にイチャイチャしてる時に戦いを挑まれたくはないだろ?」
「……ヒースって例えが微妙だよね」
「でもそうでしょ?」
するとシーゼルは両腰に手を当て、当然の様な顔をしてきっぱりと言った。
「僕だったら、とりあえず瞬殺する。で、その後隊長とゆっくりじっくり」
聞く相手が間違っていたことに、ヒースは気付いた。
「……死体の横で?」
「余計燃えるかなって」
ヒースにはまだ未知の世界だった。そもそも燃えるの意味がまだよく分からない。
「前に、見られながらやると燃えるって聞いたことがあるんだけど、それと一緒ってことかな?」
途端、シーゼルの顔が思い切り歪んだ。美形が台無しだ。
「あのねえ、前も言ったと思うけど、見られて興奮するのは一部の人間だからね? 誰が好きでもない奴に局部を見られたいと思うよ」
「そういうものなのか?」
何度も男同士のそういった場面に出くわしたことがあるヒースとしては、どちらかと言えば好きでもない相手の局部など見たくはない。
そしてとんでもないことに気が付いた。
「ちょっと待ってよシーゼル!」
ガッとシーゼルの二の腕を掴んだ。
「な、なになに」
シーゼルはやや引き気味だ。だがヒースは、これこそが恋愛講義なのではと思った。
「ニアと恋人になったら、全部見てもいいのか!?」
それを聞いたシーゼルの表情は、言うならば無、だった。
「……は?」
呆れた様な一言が返ってきた。
「女の人ってどうなってるんだろう? 俺、おっぱい位しか想像できない」
「……」
シーゼルは完全に黙ってしまった。ヒースはシーゼルの二の腕を振りながら詰め寄った。
「シーゼルは知ってるんでしょ? そういうのって、見ていいものなのかな?」
すると、シーゼルが遠い目をして言った。
「……まあ、後でね」
「何でだよ! 教えてくれるってあれだけ言ってたじゃないか!」
ヒースは食い下がったが、ふと周りを見渡すと、獣人達がヒース達に注目していることに気が付いた。ニアの裸がどんなものなのかと考えていたら、ここが獣人族の集落だということをすっかり忘れていた。
「あ」
「ヒースも周りが見えなくなることがあるんだねえ」
シーゼルがにやりと笑った。まさかシーゼルにそんなことを言われるとは思わなかった。
「シーゼルって、結構冷静なんだね」
「あのさ、ヒース。ここ敵地って分かってるよね?」
シーゼルに諭された。
「隊にいる時とは違うのは分かるだろ? それにこの人数の獣人だと、さすがに僕でもヒースを守り切れる自信は微妙にないし」
微妙と言う辺りはさすがシーゼルだ。
「まあ、こうやって油断させるのもありかもしれないけどね」
シーゼルがそう笑った瞬間、遠巻きに様子を伺っていた獣人達が身構えたのが分かった。ヒースにも分かった。シーゼルはいつでも殺れるのだと。油断させる気など、微塵もない。
「シーゼル、ここの人達を脅かさないでくれよ」
シーゼルの二の腕を掴むと、シーゼルの恐ろしげな気配が消えた。出来たらここの集落の人達の内、若い女性にカイネの評判を聞いてあげたいから、警戒はなるべくされたくはなかった。
大分下の方へ降りてきた。ヒースは後ろを振り返り現在の位置を確認すると、この集落の入り口が上の方に見える。今歩いている傾斜した道の横には背の高い巨木が見えるが、道を外れた奥の方にも家屋が確認出来た。
前方の木立の先に、赤い岩壁が見え始める。目を凝らしてよく見ると、赤壁には窓の様な黒い穴が点在していた。あそこも住居なのだろうか。
自信満々に歩くヴォルグと自信なさげに歩くカイネの背中を追いながら、ヒースはまたキョロキョロと辺りを観察した。
真っ直ぐに伸びた大木の上の方には、足場の様な物が組まれている場所があった。あれはまさかあそこを移動するんだろうか。よく見てみると、木と木を繋ぐ、ロープと板が組まれただけのペラペラの吊り橋もある。落ちたら死ぬやつだ。獣人の身体能力がないと、使用など無理だろう。
後でカイネに連れて行ってもらおうかな、そんなことを考えていると、今度は広く開けた場所に出た。集落の方からは全く見えず、反対側には岩壁があるのでそちらからも見えない。上手いこと作ったものだ。
ヴォルグが、その空間の手前で止まると、ヒース達が追いつくのを待っている。横にいるカイネの表情は暗く、早くヴォルグと距離を置かせたいと思った。カイネにこれだけの顔をさせるような何かがヴォルグにはあるに違いない。今後他の獣人達にも話をしていく上で、まずはこの二人の関係性を明確にしておきたかった。
ヒース達が追いつくと、ヴォルグが壁に向かって左手に折れた。位置的に、右に行くと魔族の国へと続く砂漠地帯だ。右手に来た岩壁には間口の広い入り口があり、中は暗いが綺麗な模様の絨毯が敷かれているのが見えた。住居なのかもしれない。
この辺りで遊んでいたのだろう、まだ十歳もいかない様な小さな子供が二人、興味深そうにヒース達を木陰から見ていた。片方は女の子の様だ。着ている服が裾の長いスカートだったので、そう判別した。襟と裾の所に細かい刺繍が施されており、高級そうに見えた。服の良し悪しなどはヒースには分からないが、布地もしっかりしている様に見える。
その獣人の女の子がじっとヒースを見つめているので、ヒースはにっこりと笑ってみせた。すると木陰に隠れてしまった。怖がらせてしまったようだ。隣にいた獣人の男の子はヒースを睨みつけたままだ。敵意丸出しだが、まあ種族が違うので仕方ないのかもしれない。ヒースはその子にもにっこり笑って手を振ると、ふん! という声が聞こえそうな勢いで男の子も木の陰に隠れてしまった。
「早くしろ」
ヴォルグが苛々を一切隠さずに短く言った。どうもこの男は短気の様だ。ヒースはシーゼルの腕を引っ張りながら、駆け足でヴォルグ達に近寄った。
暫く赤壁と大木の隙間の道を進むと、道が二股に分かれている場所に出た。赤壁の割れ目の様な右側の道に折れ、また暫く行くと、小さな小屋と、ジオの家にあった物と同じ様な炉が見えた。カーン、カーン、と高い音を立てて金槌を振るっている人影がある。
鍛冶屋だ。
「おい、鍛冶屋!」
ヴォルグが、男の背中に声を掛けた。
「……俺は鍛冶屋なんて名前じゃねえよ」
「殺されたいか」
「そうしたら剣は手に入らねえぞ」
すると、ヴォルグがチッと舌打ちをした。
「ザハリ!」
「……何だよ」
ザハリと呼ばれた男が、作業していた手を止めてこちらを振り返った。
次回は明日投稿します。




