難しい道
シーゼルに背中の服を引っ張られながら、ヒースはヴォルグとカイネの後を付いて行った。
「シーゼル、離してよ」
「嫌だね。ヒースは突発的にどう動くか分かったもんじゃないんだから」
子供を諭すような口調で言われたが、突発的にとりあえず襲いかかるのはシーゼルの方じゃないか。ヒースが反論しようとすると、横をぴったりとくっついて歩いていたシーゼルが続けた。
「前も言ったけど、あんなことしてたらいつか死ぬよ」
「どれのこと言ってるの」
「分かってるでしょ? あのヴォルグとかいう獣人に背中向けた時のことだよ。あんなの自殺行為だからね?」
「だってそれはシーゼルがヴォルグを今にも殺そうとしてたからだろ」
「ああでもしないと、ヒース死んでたよ」
「死んでなかったかもしれないじゃないか」
「死んでからだと遅いって言ってるんだよ!」
今度は注意程度ではなかった。シーゼルは明確に怒りを顕にしていた。ぐいっとヒースの首を腕で引き寄せると、耳元で言った。
「ヒース、僕はヒースを守る為にここに来てるんだよね」
「分かってるよ」
「僕が獣人に剣を向けたのは、ヒースに危険が及びそうだったからだよ」
「……うん」
「ヒースは隙があり過ぎるんだ。それを自覚しないと」
シーゼルの言っていることは分かる。隙があり過ぎるかどうかはそもそも皆が喧嘩っ早すぎるだけな気がしないでもなかったが、まあシーゼルから見たら隙だらけなのだろうとも納得出来た。
ヴォルグはどんどん森の中を突き進んでいく。それに従うカイネは生気がない。あれだけ怯えてしまっていれば、もし実力がヴォルグと同等だったとしても勝てなどしないだろう。完全に気合い負けしてしまっている。
「ヒース、優先順位を自分を一番上に置くんだよ」
シーゼルの言葉に、ヒースは思わずシーゼルを振り向いた。ぶすっと不機嫌な表情をしているが、近くでみるシーゼルの肌は陶器の様に滑らかで美しい。怒気を含んだその雰囲気さえ、シーゼルの美しさを損ねることはなかった。
優先順位。ハンとも話した内容だった。ヒースの中では、最優先事項は自分のことではない。それを伝えたら、もっと我儘になって甘えろと言われたことを思い出した。
「シーゼルは、ハンと何か話をした?」
「ハン? 別に。僕あの人別に好きじゃないし、向こうから話しかけて来ない限りは話さないよ」
「俺のことを何か話した?」
「話してないってば。何で?」
シーゼルが苛々してきているのが伝わってきた。
「ハンと言ってることが一緒だから、何か言われたのかなと思って」
「はあ!?」
シーゼルが大声を上げた。ヴォルグが眉間に皺を寄せたまま、一瞬振り返ったがすぐに前を向いた。
「僕がハンと同じことを言った!? 冗談じゃないよ!」
そんなに怒らなくてもいいんじゃないかと思ったが、どうもヨハン以外の人間には手厳しいシーゼルはぷりぷりと怒り始めてしまった。
「僕あんなに爺むさくないし!」
「誰もそんなこと言ってないでしょ」
どうも外見が気に食わないらしい。シーゼルの声が聞こえたのだろう、カイネが振り返ると、こちらをちらりと見て首を横に振った。駄目だこりゃ、とでも言いたそうな仕草だった。
「じゃあ何が一緒なのさ」
「優先順位の話がだよ」
「あ、なんだ」
「なんだと思ったの」
「いや、よく分かんないけど一緒って言われると腹が立って」
本当にこの人は自由だな、ヒースは心からそう思った。シーゼルの世界は、シーゼルがど真ん中にいて、その中心の近くにヨハンがいそうだった。
「俺、別に死にたい訳じゃないよ」
どうも皆がそこを勘違いしているようなので、シーゼルにもきちんと伝えることにしてみた。
「僕いなかったら、最初の段階で死んでたよ」
「それはそうだね、ありがとうシーゼル」
「ふふ、ヒースは素直だから可愛いね」
ころっと機嫌が直るあたり、シーゼルも素直である。ヒースは続けることにした。
「死にたくないし、痛いのは嫌だし、出来たらこの先ニアと上手くいってずっと一緒にいられたらいいなとか思うし」
「ニアってあの胸の小さい例の子だっけ?」
胸が小さいは余計だと思ったが、ここで反論してまた話が逸れても面倒なので、ヒースは素直に頷いた。ごめんニア、そう心の中で謝りながら。
「だけどね、シーゼル。最近思ったんだよ。もしこの先俺とニアが一緒になっても、このまま隠れながら暮らすのかなって」
シーゼルの笑顔が消えた。
「もうこの国の中で安心して暮らせる様な場所は殆ど残ってない。ジオ、俺の師匠がいた森の中だって、一日夜通し歩いたら俺が奴隷で作業していた現場まで行けるし、火事が広がっていたらあの場所も焼けていたと思う」
ずっと考えていた。ニアと離れ、ニアが好きだと分かってから、ニアとこの先どこでどうやって過ごせるだろうと。
「ねえシーゼル、ジオの所以外は俺、安全な場所なんて知らないことに気が付いたんだよ。他に行き場所もない俺に、一緒にいてくれってニアに言えるのかな? ニアが生きてきた妖精界は、今は大変そうだけど、それだってこっちよりは安全なんじゃないかって思う」
シーゼルは黙ってヒースを見ていた。
「でも、だからってニアを妖精界に帰したら、あっちの世界は一夫多妻制だって言ってたから、複数人奥さんがいる人に嫁ぐことになるって考えたら、俺はニアしか見ないのにって思って、それで思ったんだ」
「……何を?」
シーゼルの声は静かで、シーゼルにしてはやけに大人っぽく聞こえた。この人も実際はそこそこ大人なのだ、今までその行動と態度から忘れがちだったが。
「ニアは帰したくない。それが俺の望みなんだ。じゃあどうしたらいいって考えたら、こっちを住みやすくすればいいじゃないかって思ったんだ」
そのヒントは、ハンがくれたものだ。ハンは、皆が種族を超えて平和に暮らせる世を夢見ている。これだけいがみ合い、魔族が人間の女を伴侶とし人間の男を奴隷としてしまった以上、互いを許せる日を迎えるには相当な努力が必要だろうとは思う。勿論それには双方の歩み寄りなしには敵わないことだ。そこに今、妖精族が人間界を侵略しようと企んでいる中、種族間の協力など無理な話ではないか。
ハンの話を聞いた時は、正直そう思った。これぞ正に夢物語に過ぎないのだと。
ヒースは前を行くカイネの耳を見た。いつでも思い出せるニアの笑顔を思い浮かべた。
でも、出会った。カイネとはまだ知り合って僅かだが、カイネは混血であるが、それでも獣人族の族長の息子として育てられた立派な獣人の一人だ。母親が人間だったからといって、まだ幼い時に亡くなってしまったのだから、考え方もほぼ獣人族寄りなのだとは思う。
それでも、こうして互いを信頼することが出来た。カイネは人間と接点を持つことへの抵抗が少なそうではあるが、それにしたってだ。
ヒースは人間だが、好きになった人は妖精族だ。そして新たに出来た、初めて友と呼べるかもしれない男は、獣人族だ。なんだ出来るじゃないか、ハンの理想は夢物語なんかじゃなくて、ちゃんと実現可能じゃないか。
だって現にヒースが出来ているのだから。
「戦うだけが解決法じゃないって、カイネに会って思ったんだ」
カイネの後ろ姿を見つつヒースがそう言うと、シーゼルがわざとらしい大きな溜息をついてみせた。
「はあー。だからってさ、無鉄砲と信念をはき違えないでよね」
「信念って程じゃないけど、出来るかなって思ったんだ」
すると、シーゼルが呆れた様に笑った。
「難しい道だよ」
「それは分かってる」
ヒースは、笑顔でそう返した。
次回は明日投稿します。




