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引き籠もりヒーロー  作者: (*■∀■*)
第三章『鳴動の惑星』
68/69

第二十五話「楽天怪人ハッピー・ヘッド」

現在、第九回クラウドファンディング開催中!(*´∀`*)

(*´∀`*)が宣伝してように、今回は無限四巻、Web版の章でいうところの転章です。

詳細はあとがきで。




-1-




 先日の第三次グランドイベント前哨戦開始の告知とメガフロート完成式典強襲、そして同時に行われた世界複数箇所での都市強襲は、当たり前だが世界に激震を呼んだ。

 ただし、それぞれの反応には本質的な違いが存在する。世界の反応を見ればどこも大パニックである事は間違いないのだが、それぞれ原因が異なるのだ。根本的には怪人やヒーローなど、人類社会とは異なる領域が起こしたものという共通点はあるものの、突き詰めればそれが同じものに見えなくなるのである。


 あの巨大怪人が落下する姿を前にして、メガフロートは絶望に覆われた。

 これまでさんざんマスカレイドの異常戦力を突き付けられ、どのメディアでも一般大衆でさえも絶対的な日本の盾と称して止まない連中だらけだったにも関わらず、あの絶望的光景を見れば、少し冷静な者であれば直後に起こり得る事に戦慄せずにはいられない。そういう圧倒的なインパクトだ。

 どれだけ相手が強大だろうが、マスカレイドが負ける事はないだろう。そこは疑うべくもない。しかし、その時こんな近場にいる自分が無事でいられるのか。メガフロートは無事で済むのか。……戦場となる日本ははたして無事でいられるのか。

 誰もがマスカレイドがこれまで創り上げてきた絶対的安全圏の崩壊を確信していた。それは盲信ではあったが確信に近い絶対的事実である。

 しかし、それでもどこかでは信じ切れていなかったはずだ。未だ直接的な死者こそなくとも被害そのものがゼロではない。これがいつまでも続くはずはなく、取りこぼしは出るし、出ないほうがおかしい。その取りこぼしの中に自分が含まれるかもしれないと考えてしまうのは必然だったはずだ。

 そして、起こるべくしてそれは起こった。怪人討伐とは別に発生した超大津波。目視したけではどれだけの大きさかなど分からないが、メガフロートよりも巨大なそれが落下してくれば必然に近い。しかも、この超至近距離で生まれた津波は、過去日本列島で大被害を生み出したどの津波とも違う、視覚的インパクトを生み出す。

 絶望した。中継でそれを見ていた者もそうだが、その時の現場にいた者は動く事ができない。

 なんとなく、心の奥底ではマスカレイドさんがなんとかしてくれるんだろうと、クリスを筆頭にある楽観視している者たちも動ける者はいない。

 地下の避難施設の事は知っている。その堅固極まる防衛力の事も。だから動かなければいけないのに動けない。


 その時、大声が響いた。声の主はまさかの首相だ。

 悲鳴ではない。避難しろとか、激励の声でもない。ただただ、専用の通信機器に向かって放つ起動せよの一言。

 その声はあきらかに震えてはいたが、そんな部分に触れられる者はない。この状態で動けた者がそもそも皆無だったのだから。


 その声が口火となったのか、わずかに遅れてパニックが起きる。我先にと避難施設へと駆け出す者が現れる。しかし、大部分は動けずに空を、それを覆い隠すように迫る津波を見つめていた。

 視界に映る強大な壁は、緊急時に自動起動するメガフロートの津波対策設備。過剰なまでの防衛能力を備えたそれは式典会場を覆い、とりあえず命の危機は去った……はずだ。しかし、あんな絶望的光景を見て安心などできるはずもない。どれだけ強化された壁でも、上部を覆う透明な板の向こう側が見えてしまう時点で恐怖心が消えるはずもない。

 そして、それは本当に空を覆い隠した。透明な障壁に阻まれ、空の青が海水の青に切り替わり、それでも覆うだけだった。杞憂が霧散し、安堵に変わった瞬間だった。

 その状態に至っても、何が起きたか理解できた者は多くない。状況を把握できた者はマスカレイドに近しい存在と政府高官の十数名ほどだったろう。


 メガフロートに限れば結果的に無傷の防衛。津波被害が懸念された沿岸地域も被害は皆無。一部、無断で四国沿岸の洋上に出ていた者たちの中に死傷者は出たものの、同規模の災害から想定される被害とは比べるべくもない。

 その結果に列島が爆発した。何が起きたか分からないけどとにかくすごいという、分かり易いインパクト重視の歓声が響き渡った。死傷者が出ているのに不謹慎だと言う者も少なからずいたが、巨大な歓声を前に掻き消された。自業自得な面が大きい事は明白だとしても、果たしてそれは目を逸らしていいものなのか、現時点では誰も判断できなかったし、しなかった。

 称賛されるマスカレイド。そして首相の行動。当の首相は深く安堵するものの、今後の展開について悪夢を予感せずにいられない。

 必要以上に、身の丈以上に持ち上げられる。ただの繋ぎでしかなかったはずの自分が、別に首相の座など狙っていなかったはずの自分が、歴代最高と称えられ、極めて過大な期待と支持率で殺されかねない。

 そして、脳が働くようになってくると頭を痛くさせるのが、使ってしまったPBの国際的影響だ。

 核の時代を終わらせかねない防衛兵器を晒した事で何か起きるかなど予想できない。予想できるが、できない。

 とんでもない大激震である事は想像できても、詳細は一切予想不可だ。ここまで持ち上げられている状態で、繋ぎは果たしたからあとは頼みますなんて言い出す事はできるはずがない。それこそ殺されかねない。

 自分は死んでも内閣総理大臣の席に縛られ続けてしまうだろう。カタログで取り扱われている商品の数々を知るだけで、本当に死んでも蘇らせられるんじゃなかろうかなんて心配すら本気であった。


 これがメガフロートで起きた事の反応。

 最前線とは極めて局所的な場所での反応は、裏で情報収集を続ける超常社会学教授を以て、解析せずとも無駄に強大で自滅すら伴うポジティブイメージの爆発を感じさせた。あまりにも成功し、それが人の目に触れ過ぎてしまっている。

 まるで、これこそが怪人の狙いだったのではと疑うほどに、国際的に見て極めて危険な状況と判断せざるを得なかった。

 あまりに強烈で華々しい成功体験は毒だ。

 それからも日本列島は激震し続けた。わずかな犠牲者など自業自得の誤差と言い切らんばかりの巨大な成功体験が全国に伝達し、危険なほどに虚栄心を高める事になってしまった。直後から世界を覆う惨状を覆い尽くしかねないほどの圧倒的ポジティブイメージは、果たして世界からどう見えるのか。

 本人的にはそれしかないと思いつつも、『あれは首相のナイス判断ですね(意訳)』というマスカレイドからの直接的称賛もマイナスに……いや、この場合プラスに働いた。それを聞いた首相は嗚咽した。それを歓喜の表現ととる者は多かったが、そんなはずないのである。

 胃痛を訴えた直後、早急に届けられたカタログ製の胃薬を見て、首相はそれが悪意の塊にしか見えなかった。


 圧倒的な、太陽の如き光の前には強い影が落ちる。それは極当たり前の事であり、これまでも傾向は見られた。

 しかし、今回の一件はあまりに強過ぎるイメージを残してしまった。そして、当の本人は、多少の危惧はあっても実際に研究結果の報告が出るまで楽観視していたのだ。




-2-




『今回の件はマスカレイドさんより首相のほうが称賛の声が集まってますね』

「そうなるように仕向けたからな。俺としては超助かる」


 次元を超えた圧倒的強者であるマスカレイドが理解できない成果を上げたとしても、やっぱりすごいとしか思われないが、評価の低い者が目に見えた活躍をすれば注目を集め易い。当然の話だ。その対象になる首相はご愁傷様でも諦めてもらうとして、問題は……。


「日本人が調子に乗りそう」

『そこは困った話ですね。ある程度は諦めるしかないにせよ、変に増長されると困るというか』


 ある程度なら問題ないし、これまでもそういう傾向はあったものの、今回の件は飛び抜けている気がするし。


「お前らが内部を締め付けている関係で、政府は暴走しなそうなのは助かるが」

『そこは本当に近藤さん感謝感謝ですね。問題は外部……民意が政治を動かしかねないという問題ですけど』

「それな」


 マスコミは締め上げて影響力を落とした。しかし、民意そのものが数の力で以て暴走を始めたら止めるのは難しい。

 冷静になれば日本人が何かをしたわけではないのだが、ただそこに生まれ、住んでいるというだけで増長する事になりそうだ。

 問題なのは、ただそこに住んでいるというだけでも、今の世界的に見れば圧倒的アドバンテージという事で、事実として否定できない。

 まあ、他の大国が同じ状況になってたらもっとひどい事になっていただろうというのも否定できないが、それでも限度はあるのだ。

 これが杞憂とは思えない。実際に暴走した前例があるからまた困るのだ。


『世界征服しようぜとか言い出しそう……というか言ってる人はいますね、元から』

「別にそいつがそれをやるのは否定しないんだが」


 上手い事立地条件と国威、政府や、なんならマスカレイドという存在を利用して国際的に強気に働きかける。それなら別に否定しないし、止めもしない。俺も普通に感心してしまうだろう。

 ただ、周囲を扇動するのはいただけない。意図してそれをやる奴も問題だが、無意識なら尚更にタチが悪い。


『こういう状況になると、あのシミュレーターでマスカレイドが作れないのが痛いですね』

「単に強いだけのヒーローなら作れなくもないんだがな」

『そうなんですよねー。でも、いくら強くしても実際のマスカレイドさんに遠く及ばす、単に強いだけになると』


 システム的特権を利用して、チートコード的なキャラクターを作れなくはないのだ。あくまで例外の外れ値で、参考にしかならないと最初から割り切ればいい。問題は、本来想定していなかった存在という前提があるから正常な予測計算ができない……のはともかくとして、あきらかに同じ展開にはならないのである。何度やってもだ。

 日本で一人、とんでもなく強いニートマンを作り上げて一見同条件に近い環境でも一切それっぽい展開にならない。ニートじゃなければいいのかと普通の性格と行動パターンにしたチートマンても同じだ。無理矢理近い行動にしようと誘導を仕掛けてみても一緒である。

 本人的にはそこまで特殊なムーブをしているつもりはないんだが、俺独自の行動パターンが影響している可能性が高い……のか? あるいは、システム上で限界振り切って再現できないマスカレイドさんの強さが問題なのか? 一応、強化ニートマンやチートマンでもA級怪人をワンパンできるくらいには強いんだけどな。さすがに塵にはならないけど、どうせ爆発するんだから結果は同じだろうに。


『つまり、今後の展開は予想困難って事ですね。現実の情報から予測している教授に期待と』

「まあ、国内情勢はなるようにしかならんだろ。基本的な対策はできてるんだし、今できる事もないし」

『それもそうですね』


 良く考えてみれば、日本国民が暴走して世界的に嫌われたり、派手な失敗をして国家として失墜しても俺としてはそこまで関係はなかった。

 元々政治的な方針に直接干渉する気はないのだ。政権維持のために動きはしたものの、政府内部の健全化、締め付け、メディアの弱体まで済んでいる今なら、どう転んでもこちらへの悪影響は少ないと言えるだろう。

 マスカレイドさんは日本という担当エリアを怪人から守るヒーローであって、舵取りに関わる気はないのである。もちろん、他国と戦争になろうが手を貸す気もないし。

 他国のヒーローが国に手を貸して攻め込んできたら? ……そいつだけ殴って離脱させて放置かな。もちろん、表裏関わらず政治干渉して国を動かしているような奴でも同じである。



「そよりも、今目を向けるべきは前哨戦イベントとそのまま連続する第三次グランドイベントだな」

『イベント? 前哨戦でもイベントなんでしょうか?』

「広義の意味じゃイベントだろ」


 なんで俺が明確にイベント定義しているのかといえば答えは簡単なんだが、ちょっと迂闊。


『じゃあ、やっぱり例の怪人たちが引き起こした被害が妙に大きいのもイベントだからって事なんですかね?』

「かもな。直接的かどうかは知らんが、関係はある……と思う」


 実際、そこはあまり自信ない。

 岩石怪人オーガス……いや、オーガスFに引き続き、連鎖するように出現した怪人たち。その中でも被害が群を抜いていた四体は、あきらかに事前情報と性能が違っていたのだ。

 被害規模はどれもおおよそ地方都市一つ分。首都のように壊滅したら即座に国が傾くほどではなく、どれも大都市と呼ぶには人口も規模も足りない程度ではあるが、その国での重要性を考えると決して無視できない場所である。

 母性怪人オギャリオン以外の三体が生み出した地獄は完膚なきまでに都市機能を壊滅させ、周辺地域ごと封鎖せざるを得なかった。その直後にヒーローが複数派遣され、被害の元になった虫や異形化した元生物を駆逐するにはしたが、生き残りすら皆無という有り様だったらしい。

 一方でオギャリオンのほうは少々特殊だ。赤ちゃんプレイに目覚めてしまった男性と強烈な母性に目覚めてしまった成人女性という、見た目こそ悪夢そのものだが、性癖以外は問題なく機能している状態で、都市としては生きているままなのだ。

 無理矢理でも男女の性癖が合致した事で、ある意味健全と言えなくないのかもしれないが、端から見たらそうも言ってられない。

 間接的な精神汚染は確認されていないものの、前例のあるなしに関係なく二次被害を警戒して封鎖するしかない状況である。なんだこれ。


 奴らは過去に幾度も出現が確認されている怪人だ。当然ヒーローネットに情報が掲載されているし、直接対峙したヒーローもいる。だが、今回確認できた被害はそこから想定できるものから確実に乖離している。単に環境の差、前回から通常通り強化された可能性はあるが、良く調べてみれば基本的な能力が最低でも二割増しされていないと説明がつかないと回答が出ている。

 マスカレイドを基準にすると混乱するが、極一般的なヒーロー観で見るなら勘違いで済ませられるような違いではない。

 隠そうとせず、誇示するようにタイミングを合わせてきたのも気になるところだ。まるで、こちらに何かあるぞと思わせるための演出とさえ思えるほどに。

 ブラフの可能性もあるし、正直五分五分だろうとは思っているが無視はできないし、俺以外もそう見ている。


「何かカラクリがあるな。……多分、俺たちの知らないシステムが」


 二割増し、上を見ても五割増しには届かない程度でしかないが、放置していい問題とは思えない。これが普通の怪人ならともかく、以前バベルで戦った巨大ロボットみたいな奴だと、他のヒーローにとっては致命的だろう。アンチ・ヒーローズでも怪しい。

 それとも、S級は対象じゃないのか? そう考えるのは早計だが、かぐやの言曰く怪人側はかなりの制限がかけられているらしいし……うーむ。


「そもそもだが、イベントにA級以下の怪人って参加していいのか?」

『前哨戦だからって話もありますが、そもそも第二回のイベントでも参加してしましたよ』

「あ、エビゾーリか」

『いえ、それもですけど、他にも。マスカレイドさんが大幅にスキップしてしまったせいで印象薄いですが、バベルの周りにはたくさんいたじゃないですか』

「……あー、そうか。いたなー」


 普通に追いかけられたわ。なんなら入口から入って来れない奴らを煽ったし。

 元々予定されていた展開だと、大陸外側から順にエリア占拠していく形になるわけだから、そこのボスやゾコは必須だ。まさか全部がS級ってわけもないし。つまり、そこは普通なのか。という事は、イベント補正で特別に強化されているわけじゃない……かもしれない。

 むしろ、これまで認識しているイベントの特性から考えるなら、イベント期間に限りその特別強化システムが開放されたとか? それなら納得できるが、仮定が多過ぎて確信が持てるはずもないな。

 かぐやに聞けるなら一発なんだが、今の状況で空白時間なんか作れないし。……もどかしいな。

 事情を話しているかみさまを経由して間接的に情報のやり取りができればいいんだが、立場的に直接やり取りはできないみたいだし。


『不可解な被害例もですが、世界中の怪人が活性化しているのも無視できないんですよね』

「前だったら、予告出撃して冷水を浴びせるところなんだがな」


 特別強化されている感はないのだが、イベント告知前と比べて怪人被害が広がっている。個々の被害はもちろん、大規模な拠点構築や支配度の増加も加速しているのがはっきりと分かる。勢いに乗っているというかそんな感じだ。


『あれだけ誇示されたら動けませんよねー。特に予告して、そこにいない事を教えるような真似なんて』

「対策が的確過ぎてムカつく」


 あの怪人幹部C、これまでの連中と違う気がする。なんか、俺が苦手なタイプというか、思考が似ているというか。


「弱者の戦い方を知ってる強者って感じの打ち筋なんだよな。そして、それを行使する事を躊躇わないタイプ」

『あの鎧騎士の事ですか? 参謀がいる可能性はありますが、確かにそうですね。なんというか、マスカレイドさんっぽいというか』

「思考の方向性が近いのは確かだな」


 俺を相手にミラーマッチするとなると面倒なのは確かだ。ミラーと言っても環境や条件は違うが、その違いがまた悩みの原因でもある。

 場合に合わせて対処を変えるのは当然のようにやる事で、たとえ劣勢であっても劣勢なりの戦い方をするのが俺だからだ。

 かといって、傾向が似ているだけで俺と同じではないから思考のトレースもできそうにない。面倒な奴だな。


『マスカレイドさん、シミュレーションゲームで対戦すると意地悪ですしねー』

「お前の場合、悪辣な手は躊躇せずに使うが、基本的にまっすぐだからな」

『そっちが回りくどいんですよー』


 剥き出しの悪意は怖いが、対処できる力があるならどうとでもなる。なくても、対処しようはあるのだ。


『あ、マスカレイドさんが分身して対策会議すればいい案出るかもしれませんね。いつかの、サンドバッグ相手にした時みたいに』

「無茶言うな」


 ある程度の思考分割が必要とされる《 影分身 》だが、根っこの部分では一緒なのだ。両手でじゃんけんをやって違う手を出す事はできても、完全にランダムな手をそれぞれに出させる事なんてできない。三下怪人サウザンド・バッグ相手に分身同士で相談したのだって、ただの小粋な演出である。

 というか、それができたらさすがに人外が過ぎるだろうと思ってしまう時点で、俺向きではないって事だ。


「いつもなら、微妙に方向性の違うお前との会議は助かるんだがな。新しい観点の発見というか」

『そ、そうですか? えへへ』


 それで喜ぶのか。お前は悪辣だって言われてるようなもんなんだぞ。かなり直接的に。

 ミナミと俺で盤上勝負をすると、思いついても普通なら躊躇して手が止まりそうな外道戦術でも有用であれば遠慮なく使ってくるミナミと、それを見越した上でさり気なく罠を仕掛ける俺という形になる事が多い。これは、戦略シミュレーションゲームのような複雑性の高いものであるほど顕著だ。

 意外と盲点になっている事もあるので普通に感心するし、実際割と負けたりもするのだが、俺っぽい悪辣さはない。

 ちなみに、ポーカーとかは超弱い。


「しょうがねえな。思いつく範囲でとりあえずでもやれる事はやっておくか」

『ほう、さしあたっては何を?』

「予告出撃」




-3B-




 その日、怪人たちに激震が走った。


『たまには旅行にでも行きたいなー』


 何気なくアトランティス・ネットワーク内に投稿された、世界情勢を無視すれば普通っぽく見える内容。

 その掲示板は、アトランティス・ネットワークの言語翻訳能力を利用して、世界の名所を紹介し合うという極々普通の場所だったのだが、投稿者があまりに普通ではなかったのだ。

 アトランティス・ネットワークには匿名性がない。一時的、表面的な偽装もできない事はないが、誰でも簡単に投稿者が誰であるのが知る事ができてしまう。

 削除する事はできるが、同じアトランティス・ネットワークのサービスを使って半リアルタイムで外部サーバにログ保管している者がいるので、過去の迂闊な発言も辿れてしまう。

 つまり、世界中から動向を常に監視されているような存在であれば、そんな何気ない場所での何気ない発言でも一瞬で特定される。


 唐突に、旅行したいと言い出すマスカレイド。そんな裏の裏まで考察せざるを得ない発言一つだけで世界が鳴動する。

 最も顕著に、もはや過敏と言えるほどに反応が見られるのは怪人たちだ。

 この発言は、少し前まで怪人を震え上がらせていた予告出撃をどうしても連想させるものだったからだ。


『お、おおおおおお落ち着け、ま、まだ慌てる時間じゃない』


 プレイしているチームメイト相手ではなく、自分にそう言い聞かせる怪人が続出した。たいていは人間社会に侵攻して拠点を構築している怪人だ。


『ま、待てっ!? まだ行きたいと言っているだけだ!』

『そ、そうだな。出撃かどうかも分からんし、そもそも日時も場所も指定されていない』

『お、おい! ドタキャンはやめろっ! スケジュールがっ!?』


 どこかの会議室で開かれていた、最近ちょっと羽振りがいい成金紛いな怪人たちの集会は大混乱だ。


『や、やめろ人間共っ!! どこに行きたいんですかとか聞くんじゃねーっ!?』


 どこかの空気を読めない人間が、その発言に向かって返信した。その投稿者はアトランティス・ネットワークに根を張って営業活動する旅行代理店の社員であり、この観光事業が壊滅的な世界情勢にあって尚営業成績を上げ続けているツワモノだ。

 単に市場の動向調査のために常駐しているだけであり、その発言もいつものノリのままである事から、相手に気付いていないのが見てとれる。

 当たり前だ。その掲示板ではこんな発言は良くある会話に過ぎないのだから。普段から特定個人を監視しているような、あるいはフィルター機能などで登録しているような相手でなければ、初手からチェックを入れたりはいない。この掲示板にもそういう者はいたが、発言者は単にノーマークだっただけだ。


[ いまのところの候補は、◯◯月◯◯日◯◯◯の◯◯◯かなー ]

[ え、それはまた随分具体的な…… ]


 楽観視していた、したかった怪人の間で激震が走る。あまりに違う、近付けば一瞬で風邪ひきそうな二つの現場の空気感。


[ というか、そこって怪人たちがいるっている危険地域じゃ…… ]


『うああああああっーーーー!!!』


 一瞬遅れて、現実逃避していたどこかの怪人が悲鳴を上げた。当然、発言にあった拠点を構築しているオーナー怪人である。


 馬鹿なっ! 馬鹿なっ!? 何故ピンポイントで俺様がこんな目にっ!!

 視界が歪む。立っていられない。ちょっと前から、怪人幹部による前哨戦開始宣言に便乗してどさくさ紛れに拠点構築して悦に浸っていたのに。

 周囲の嘲笑する怪人も、安堵する怪人も、戦慄する怪人も、あまりに遠くの存在に感じられた。

 如何にも成り上がりですと言っているような、派手な装飾品の輝きがくすんで見える。あまりに脆い砂上の楼閣だった。


 嵐が起きる。いざその日にならずとも、怪人たちの間ではすでに強風で吹き飛ばされそうだった。

 この件に関して幹部の声明はない。問い合わせにも反応はない。どういう事だと憤る怪人たちだが、彼らは勝手に状況判断して動いていただけだ。

 怪人幹部は流れを作り、利用しようとしたが、元々計画に組み込まれていた手札を切り、多少の情報誘導を行っただけなのである。

 その手札たちから見ても、怪人幹部Cが何を考えているのかは分からない。それは、直接の配下であるバルバロッサシリーズたちも同様であった。

 バルバロッサ・シータだけは一際苦々しい顔をしていたものの、それはマスカレイドに対する考え方の違いに他ならない。



[ 日本 大阪府 ]


 やたらと虎柄のユニフォームを着た者が多い道頓堀に一体の怪人が出現した。

 彼の名は楽天怪人ハッピー・ヘッド。予告出撃するのはブラフで、出現しても隠れていたマスカレイドに返り討ちになるだけだという友人たちの助言を妄想だと言い放ち、特に理由もなく大丈夫だと出撃していまったB級怪人である。


 B級であろうが、この周囲にいる連中など数分で吹き飛ばせる。予告出撃に出ているマスカレイドが戻って来るまでには確実に数十分かかるはずだ。

 それだけあれば壊滅的な被害を出せる自信がある。何故なら、この怪人はこれまでもなんとなく楽観的思考で行動し、無駄に成功体験を重ねてしまったバ……ベテラン怪人だからだっ!!

 どいつもこいつも考え過ぎ。俺様ならできる。マスカレイドは強いかもしれないが、逃げるくらいできるぜ。尚、どれもこれも根拠はない。


「なっ? あんたもそう思うだろ?」

「は、はぁ……なんや一体。こっちは忙しいんや、コスプレ……か?」


 道頓堀の上に出現するなり、唐突に通りすがりを捕まえてそんな問いを投げかける怪人ハッピー・ヘッド。

 もちろん欄外で心情を説明したわけでもないので、通りすがりのおっちゃんはさっぱり意味が分からない。

 そいつが怪人だと判断するのに要した時間は数秒。そして、そのうしろにいた銀タイツに気付いたのは一瞬だった。


「ぶえええーーーーっっ!!」


 そして、為す術もなく倒されるのも一瞬だった。いろんな意味でムカついたので、頭部のハンバーガー部分を左右から圧縮させて面長にする。

 やり過ぎたのか、赤い何かが舞って、眼の前のおっさんの虎ユニフォームにぶちまけられてしまった。絵面がちょっと猟奇的過ぎたかもしれない。これは今後のイメージに影響してしまうかもと反省するマスカレイド。


「うわあっ!? 血っ!? って、ソースやないかっ!」


 ハンバーガーソースだったらしい。

 その瞬間、歓声が湧いた。なんだか良く分からないが、タイムリーヒットが出たらしい。

 確かこういう時は道頓堀に飛び込むんだったかと、爆発する前の怪人を河に投げ捨てるマスカレイド。

 野球のスケジュールを追ってたわけでもないので今日が日本シリーズの第何戦かも分からないし、そもそもどっちが打ったのかも見ていなかった事に気付くがすでに時は遅し。

 実は日本シリーズに阪神が出ていた事さえ認識していなかったのだが、中継しているという事はそういう事だろうからそれはいい。

 橋下の河で、派手な爆発音とは違って貧相な飛沫が舞う。その時にはすでにマスカレイドの帰還処理は始まっていた。


「くそ、アレじゃ参考にならん」


 その後、アトランティス・ネットワークの掲示板に一件の投稿があった。


『面倒になったので止めます』




-4-




『なんか、大阪でマスカレイドさんが呪いをかけに来たと評判になってるんですが』

「なんでやねん」


 パチリ、と音をたてつつ、大画面に映るミナミに向かってツッコミを入れる。


『ようやくカーネルの呪いが解けたと思ってたのにと』

「そのジンクス、良く知らなかったんだもん」

『だもん、とか』


 無言のまま、対面の妹が指し返してきたので即座に指し返す。持ち時間を決めているわけでもないので、想定していた手なら即応だ。

 その手に明日香は長考に入ったらしい。難しい局面だからな。


 あの日、別に日本一を決める試合でもなかったらしいのだが、俺が怪人を投げ込んだタイミングで打ったのは相手側だったらしい。

 本当に呪いか、あるいはジンクスなのかは知らないが、そのあとはそのまま敗北。翌日も何かの間違いのような惨敗を喫してしまったらしい。

 おかけで、マスカレイドさんは道頓堀の英雄ではなく死神扱いである。命の危険を救ったはずなのに。

 そして、勝ち数でリードしていたのに並ばれて虎民は発狂。どういうわけだか絶不調のメンバーを前に戦犯探しを始めたという事なのだろう。

 ぶっちゃけ、俺としては知った事じゃないんだが。


「むむむむ……」


 明日香が盤面を前に唸っている。


「あのー、これってどんな感じなんですか? 明日香が負けてる?」

『解析ソフトではマスカレイドさん優位ですね』

「はえー」


 明日香の横ではとぼけた表情のクリスが対局を見守っていた。将棋は良く分からないようなので、戦況は把握できていないようだが。

 実際、分かり難い場面だと思う。正直、妹がここまで指せると思ってなかった俺としてはビビってる。何手か前までは危なかったのだ。

 俺、結構強かったはずなんだがな。


「目的は十分に果たしたから、ムキにならんでも」

「……だって、ムカつくし」


 そんな事を言われても困るのである。俺も結構負けず嫌いだからわざと負ける気はないし。


「あーっ! もう、負けました! 負け負け」

『あれ、まだ手はあるっぽいですけど』

「頭爆発しそう。いきなり呼ばれてやるような事じゃないし」


 と思っていたら諦めたらしい。俺も読み切れなかったから乱戦に持ち込んだ面もあるので、少しホッとした。


「というか、お前いつの間にそんなに強くなってんだ? 囲碁将棋部に入ってたとか?」

「入ってない。昔、兄貴にボロ負けした事がムカついて練習した……と思う」

「あー」


 こいつが小学生の時、親父に勝ってイキってたこいつをボコボコにした覚えがあるわ。我ながら、なんて大人げない。


「で、結局なんなの? 目的は果たしたっぽいけど」

「戦術面での刺激を求めてる。例の怪人幹部対策で」

「それで将棋? 役に立つのか分からないけど……あ、役に立たない事が分かった?」

「いや、そうでもない」


 なんとなくでとった手ではあるが、実際に指してみた感じ新しい刺激を感じていた。以前なら全然感じなかった知覚が開くような……。

 明日香の場合はちょっと王道が過ぎる感があるので対幹部Cに直接の意味はなさそうだが、これが分かっただけでも意味はある。


「クリスもやるか? オセロとか。さすがに打てるだろ?」

「は、はあ……オセロ。そりゃルールくらい知ってますけど」

「そう馬鹿にしたもんでもないと思うけどな」


 AIが解析し尽くされたとか言われているけど、単に遊ぶだけなら十分に楽しい知的遊戯だ。俺も別にそこまでの腕はないし。

 というわけで、うんうん唸りながらオセロを始める。現在中盤で数だけ見れば五分かクリス有利だが、別に接待オセロとかではない。

 横では、呆れた表情の妹がこちらを見ていた。


「そういえば、求めてた結果は出たから報酬は出してもいいぞ」

「えー、それはそれでムカつくんですけどー」

「じゃあ、参加賞として一ヶ月分で」

「どうしよう。今自分の発言をすごく後悔してる」


 どっちやねん。

 妹を将棋を誘うにあたり、本気で対局してもらうために出した餌は、以前こいつが食いついていたミナミ愛用の基礎化粧品セットだ。勝てば、その一年分の定期サービスを報酬として出す事になっていた。一般人のカタログポイントとして見れば天文学的な額になるものの、俺としては誤差のようなものなので正直どうでも良かったのだ。ヒーローと人間のポイント格差、レート格差がどれだけあるかという話である。

 だって、オペレーターのミナミが普段使いしているようなものなわけで。


 ちなみに、妹の前に長谷川さんを呼び出して同じ事をした際には、例の健康ランド利用権を贈呈した。かなり疲れているっぽかったので、喜んでくれるだろう。彼とのチェス対局はというと、実は負けている。俺が不慣れであった事と、長谷川さんは普通に強かった結果だ。

 感触とてはただただ定石の強さを感じた対局だった。見覚えはあるものの、そこまで詳しくない俺には対処方法が分からない。

 また、あまり忙しい近藤さんは場を設けていないのだが、最近彼についた専属の部下が強いとの事で、できればどこかで顔合わせのついででも、という話になっている。名を龍王というらしく、どんなキラキラネームだよと思ったが、実はプロ棋士の息子らしい。実は元奨励会員だったりするんだろうか。さすがにそこまでの腕は求めてないんだけど。


「つまり、ある程度情報を把握している範囲で相手を探してるわけか」

「そうだ。できれば俺っぽい思考しているやつがいい。具体的には……上手く説明できんが、お前なら分かるだろ?」

「あーうん。なんとなく」


 分かんのかよ。分かる上でそんな微妙な表情してんのかよとツッコミたくなったが、こらえる。下手に踏み込むと、あまり聞きたくない性格診断や昔の恥ずかしいエピソードが飛び出してきそうだからだ。そして、クリスがいてミナミが見学しているこの場面でも躊躇なく晒してくるだろう。……身内というものは扱いに困る。


「じゃあ、ミナミさんは?」

『え?』

「こいつは実に悪辣だし参考にもなるんだが、これまでもさんざんやってるんだよ。それで足りなくなったから探してるわけで」

『……おのれ、勝手な事を』


 自覚もしている事実だろうが。


「いや、姉のほうじゃなくてミナミさん……妹ミナミさん」

「……あー」


 盲点というほどでもないが、案外アリかもしれない。姉よりは俺に似た思考してるっぽいし。情報的にも問題なく範囲内だ。

 元から候補入りはしていたので、少し順番をズラして呼び出してみる事にした。


「うああぁぁぁ~~……」


 その横で、クリスは俺が全染めしたオセロの盤面を前に悲痛な声を上げていた。すまん、狙ってたんだ。

 終盤、展開が予想できる段になって、少しずつ引きつっていくのはちょっと楽しかったぞ。




-5-




「それで、わざわざ直接呼んだんですか」

「ああ、ネット越しよりは多分掴めるものが多いと思ってな」


 翌日、いつものリビングルームに妹ミナミの姿があった。姉ミナミはモニター越しに見学しているが、昨日の二人はいない。

 実はこのリビングルーム、少し前から専用の転送口からしか入室できないように設定し直している。

 妹の部屋と繋がっている謎通路はそのままだが、基本的に施錠しっ放しで、ここに来る場合も転送口を使うように言っている。

 今回、妹ミナミが訪れたのもそのルートで、日本全国いろんなところに設置された転送装置からなのだ。昨日の二人に至ってはメガフロート設置の銀嶺機関のビル、そのガチガチにセキュリティが固められた中で更に知る者が限定された秘密通路を利用している。超便利。


「それで、何がいい? 一通り揃えてはあるが」

「えーと、マスカレイドさんの弱いやつで」

「まあ、それでも目的には沿えるから構わんが……」


 以前とは違い、ずいぶんと素直になったものである。まだ猫被ってる感じはあるが、どちらかというとこちらが本性っぽい。


「この中だと、ルールがとりあえず分かってるのだと……囲碁と、バックギャモンとシャンチー。チャトランガに至ってはルールも知らん」

「なんでそんなのを用意してるんですか」


 ボードゲームを用意する流れでつい気になってしまったのである。カタログさんはなんでも買えてしまうから、ついつい手が出てしまうのである。


「一応、目的に合致しない事もないって麻雀とかも用意しているが」

「じゃあ囲碁で」


 渋い奴である。ここは多少不利になってもポピュラーなゲームを選ぶか、運頼りなものを選ぶと思ってたのに。

 トランプもあるのだから、その中からゲームを選んでも良かったのだ。なのに囲碁を選ぶという事は、そこに多少なりとも勝機があると認識しているわけか。

 ちなみに、姉のほうのミナミは今回の流れで囲碁のルールを覚えはしたものの、最後まで打ち切れるところまでいかない。


「一応聞くが、実力のほどは?」

「素人レベルです。それで、報酬もらえるんですよね? これ見よがしに置いてあるアレ」

「ああ、ウチの妹と検討してな。負けても参加賞で一ヶ月分は出そう」


 最終的にそういう事になったのだ。最初から報酬満額出ると分かっていたら真剣にならないだろうと。

 だからというわけではないが、この対戦に合わせて例の基礎化粧品セットが専用の台に飾り立てられている。やったのはメイドたちだ。

 無駄に華美に飾られ、周囲から浮いた違和感は、ある種異様なインパクトを放っている。


「ちなみに、同じような額でいいなら別のやつでもいい。カタログから選んでくれ」

「あー、そういうのはいいです。むしろアレで」

『定期的に送ってるのに』

「足りないんだっ! 予備が欲しいんだよっ!」


 なんか結構切実らしい。そこら辺、いくらでも手に入るミナミ……姉ミナミには理解できない機微なのだろう。


「それで、他に条件は?」

「話は通ってると思うが、とにかくどんな手を使ってでも勝ちに来てくれると助かる。押し通せそうなら、ゲーム内でどんな卑怯な戦法をとってもいいし、盤外戦術もアリだ」

「姉ミナミの尊厳を売り渡すような盤外戦術は?」

「もちろんアリだ」

『ちょっ!?』


 だって、そういう相手の戦術と相対したいってのが目的なんだから。まさか本気とは思わんが、いきなりこんな話が出てくるあたり、こいつはセンスがあると思う。

 そして対局が始まる。棋力とかそういうものは分からないし、そもそもお互いなんとか最後まで打ち切れるってくらいの腕らしいので上手下手もなく、じゃんけんで先手後手を選ぶ。もちろん置き石はない。


「そういえば、こないだの津波は問題なかったか? メガフロートの被害報告は受けてるが、個々の詳細までは聞いてなかったし」


 パチリと、形だけサマになった打ち方。囲碁セットを使って練習したのだ。

 その打ち方に騙されたのか怪訝な表情を見せる妹ミナミだったが、特に文句を言う事もなく続ける。実際ただのブラフである。


「……動けませんでした。似たようなのは二度目なのに、せいぜい腰を抜かさないくらいで」

『腰抜かしたの?』

「姉ミナミうるさい。……アレは、実際に体験してみないと分からないと思う」


 あまりそういう事に取り乱すタイプには見えなかったのだが、案外感性は普通なのかもしれない。


「一回目の時は、明日香君のほうがよっぽどしっかりしてました。今回はもっと」

「あー、ウチの妹、そういうところあるよな」


 なんとなく逆境に強いというか、芯の深い部分に強さを感じる。あれは多分母ちゃん譲りだな。

 それは多分、俺にはないものだ。


 対局は続くものの、お互い少々グダった展開。ぶっちゃけ、どっちがいいのかも良く分からない。プロならこの時点で何目差だとか分かるんだろうか。

 終盤、ヨセに入ったタイミングもはっきりしないまま、整地のように石を埋めていく。……と、そのタイミングで妹ミナミの手が止まった。

 多分だが、結果が分かったのだろう。素人故に紛れはあるだろうが、それを加味してもちょっと足りなくなりそうだ。このままいけば多分十目分くらいの差で俺が勝つ。黒だからコミの負担があるものの、それでも十分な差だろう。

 さて、この場に至って何かできる事はあるのか。まさか、複数回勝負にしようだとか、盤を引っ繰り返したりはしないだろうが。


「うーん……」


 妹ミナミは悩んでいる。手を考えるような余地はすでにないし、多分思考は別のところにあるのだろうが。

 その時、俺はなんとなくだが、この場を打開可能な盤外戦術に思い至った。しかし、普通ならまずとらないような割に合わない手だ。

 あるいは、躊躇なくコレを出してくるなら、妹ミナミの戦術的思考はかなり俺に近いと言わざるを得ない。




「よし、これで……降参して下さい」

「……マジかよ」


 思い至ってはいたものの、まさかと思い目を疑った。

 妹ミナミは自分のポケットの中から小さな旗を取り出し、こちらに見せつけるように降参を促したのだ。

 普通の価値観であれば正気を疑わざるを得ない。おそらくその価値を知れば誰も欲しがる、所有権を巡って戦争すら起こり得る、ある意味究極の暴力権をあっさり手放した。


「負けました」

「はい、ありがとうございました」


 立場上、言い逃れしよう思えばいくらでもできるだろうが、俺は素直に頭を下げ、負けを認めた。

 あるいは、こういう意識外からの理不尽な不意打ちが怪人たちの感じているものなのかもしれないと思った。

 多分、これが今必要な知見というやつなのだろう。


『は? …………はあっ!? え、どういう事ですか? なんでマスカレイドさんが降参してるんですかっ?』


 巨大モニターから、事情を知らない姉ミナミの困惑の声が響く。

 なるほど、妹ミナミ……南奈美。思ったよりやるじゃねーか。




ちなみに虎さんが戦っていたのは楽天イーグルスじゃないです。(*■∀■*)


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― 新着の感想 ―
だから、別にミナミにバラせばよくない?そうしたら空白時間作るなんて工作せずに情報交換出来るようになるし。「ミナミには絶対バレちゃいけないんだ!」なんてよく分からんこだわりでこんな不利益出してどうすんだ…
道頓堀にゴミを捨ててはいけないのです……
あの旗をこんなにもあっさり使うなんて驚きだよ。 マスカレイドさんも楽しそうで何より
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