第十六話 予選開始
インターミドル中編 予選の章を開始します!
■■MLO公式イベント【天下一魔闘会】予選開始!■■
プレイヤーの皆様、いつも【Magic Laws Online】――通称MLOをご利用頂き、誠にありがとうございます。
研鑽は十分に摘みましたか? 戦闘には多分に慣れましたか?
いよいよ【天下一魔闘会】の予選トーナメント期間が始まります。
プレイヤーの皆様におかれましては、日頃の成果を十二分に発揮して大会に臨んで頂きたいと思います。
本大会の参加者は【12847名】となりました。
MLOプレイヤー総数の約1割強が参加して頂いた形です。
参加者数より、予選トーナメントの詳細を決定致しました。
以下がその内容となります。
■予選トーナメント期間■
2XXX年
5月26日(土)13:00 ~ 6月30日(土)23:59
■予選トーナメント日程■
2XXX年
5月26日から6月30日までの土曜日、日曜日
それぞれ13:00・17:00・21:00
■予選ルール■
・イベント開始時刻より、学生手帳のステータス画面から『予選トーナメントマッチング設定』が出来るようになります。
・『予選トーナメントマッチング設定』画面にて、予選トーナメント日程より希望試合開始時刻を設定します。
・同時刻に設定したプレイヤーの中からランダムに対戦相手を選出します。対戦相手は試合開始まで公表はしません。
・設定された希望試合開始時刻までに学園城施設【闘技場】内に入場して下さい。入場していなかった場合は自動的に相手の不戦勝となります。
・一度でも敗北した場合は、本大会の参加資格を失います。
・先に【9勝】したプレイヤーから、本選への出場資格を得ます。
・本選出場選手が【30名】まで決まった場合、8勝0敗、あるいは8勝1敗のプレイヤーのみ敗者復活戦の参加権を得ます。
・敗者復活戦の日程と詳細は後日お知らせ致します。
・本選出場選手数によって随時ルールの変更があるかもしれません。
■試合ルール
・試合は直径60メートルの円状リング内にて行います。
・勝利条件は、対戦相手の体力ゲージをゼロにする、または「降参」に類する発言をさせることです。
・リングアウトは20秒以内にリング上に戻らなければペナルティ1を科して仕切り直し。ペナルティ合計が【3】で敗北となります。
・体力回復系アイテムは効力の優劣に関わらず、一試合に対し【2つ】まで使用を許可します。3つめを使った時点で反則負けとします。
・魔力回復系アイテムを含む、他のアイテムの使用は所持出来る数の限り許可します。
・試合内容は学園の各地に設置されたスクリーンによってリアルタイムで公開されます。
(※注 戦闘中のプレイヤーの音声は聞こえないようになっていますが、魔術の効果音と実況中継の音声だけは流れます。)
以上となります。
何か不明点が御座いましたら、公式HPからお問い合わせをお願い致します。
◆○★△
「準備は良いか、カラムス?」
中性的な高い声が静かに広がった。
10畳ほどの広さの石造りの部屋には4つの人影。
部屋の隅に置かれた、未だ冊数の少ない本棚の角に背を預けて腕を組むのは、背の低い青髪の美少年。
「ご主人様、ご健闘をお祈りしておりますね」
鈴の音に似た、清らかで涼しげな声が耳に届く。
入口のドアの横に楚々と立つのは、大和撫子の雰囲気を纏う黒髪のメイド。
「がんばろーねっ、ますたぁ!」
思わず微笑んでしまうような、拙くも元気の良い声がはっきりと響く。
火を入れた炉の前の椅子に胡坐で座るのは泥の肌に白いビキニを着たゴーレム娘。
ガルガロ、桔梗、ネリアの3人から掛けられた言葉に。
「……ああ、大丈夫だ。行こう」
パタン、と作業机の上で本――【白紙の魔導書】を閉じながら、この部屋の主である少年【カラムス】は返事と同時に椅子から腰を上げた。
◆○★△
界立スティカレーア魔術学園。
荒野に聳えるこの学園は、周囲を高く分厚い城壁で覆われ、城下町と合わせて城塞都市の形を成した区画全てを指す。
俯瞰すると円状になっており、中心に近付くほど標高が高くなるのと同じく、背の高い建物が多くなる。その円錐状都市の頂上には西洋城の形をした学び舎。
全てをひっくるめて、【学園城】と人は呼ぶ。
広大な学園城には未だ学生が入ることの叶わない立入禁止区域が幾つか存在する。
今回、そのうちの一つ、学園城中部に古代ローマのコロッセウムに似せた造りの巨大な【闘技場】が解放された。イベント【天下一魔闘会】の主舞台となる施設だ。
流石はゲームというか仮想空間というか、用途に依って試合場のサイズも数も変更でき、更には観客の設定などもできる。
予選では、試合場は直径60メートルの円状リング。観客はNPCのみ。【闘技場】の待合室や通路、城下町の酒場など、至る所に設置されたホロウィンドウのスクリーンでランダムに別々の試合が中継される。
誰の試合が見れるかなんて分からないのだが、それでもスクリーンのある場所には人が多く集まっていた。
学園城の食堂、そのテーブル群に学生たちが集まり、壁に設置されたスクリーンの周りに人垣を作っている。
その様子を眺めつつ、【闘技場】へ向かう俺たちは食堂を通り過ぎた。
「やっぱり人が多いな」
普段は講義を受ける学生くらいしか歩いていない城内が、今日は異様なほどの熱気を見せていた。
「もうすぐ第二戦目の時間ですからね」
斜め後ろを付いてくる桔梗が微笑みながら俺の呟きに律儀に返してくる。
現在の時刻は現実時間で16時58分。ゲーム内時間であと20分後には予選の第二回戦目が始まる。俺が登録した最初の試合だ。
「恐らく一日目はほとんどの者が様子見をするはずだ。MLOでPvPなんて初めての者ばかりだろうしな」
隣を歩くガルガロが淡々と口にする。
MLOのゲームシステムにおいて、フィールド上でプレイヤー同士が戦うことは可能だ。しかし、現状は他プレイヤーを倒すメリットはほとんど無いと言っていい。経験値も得られないし、相手の所持金や所有アイテムを得ることも無い。精々倒した相手にデスペナが発生するくらいだからだ。
そういう理由だからか、現在はPK被害などの報告は上がっていなかった。
だが逆に言えば、MLOにおいてPvPの経験を持つ学生なんてほとんど居ないだろうと思われる。それはつまり、誰もがMLOのゲームシステムではどういう感じのPvPになるのかというのを知らない、そして知りたいと考えているに違いない。
試合を見るための手段は各所に置かれたスクリーンだけだし、誰の試合を見れるかも完全にランダムだが、それでも初日は誰もが観戦に当てるはず。
予選試合の回数は全部で36回。この中で9連勝先取で30人が本選に出場できる。残り2人は8勝の者だけで敗者復活戦を行って決める。
早い者順ということもあり出来るだけ先手を取りたい。しかし、試合の勝手が解らずに負けてしまっては元も子も無い。今回の大会は負けたら即終了。出場資格が無くなってしまうのだ。
では、試合の機会が36回も有るのだからしばらくは様子見という名の情報収集と自己鍛錬に努めよう……というのも悪くはないが、試合の回数が減るにつれ、当然弱者が減って強者が残る。『同じ勝利数の者同士で――』などと記載されていなかったということは、例えば一回戦目の者と三回戦目の者が戦う、ということも有り得るわけだ。条件はただ、『同じ試合開始時刻を指定した者同士』だけなのだから。ならば試合を後回しにすればするほど、試合を勝ちあがってきた強い者と対戦する確率が高くなってしまう。
正直、どちらにせよその程度のリスクは十分にある。だったら俺は、入念に準備をして最初からぶつかってみようと思う。
この一週間は、そのためだけに費やしてきたつもりだ。
「ご主人様、ネリアちゃんはどうするんですか? ガルガロ様も」
自律型土人形であるネリアはシステム分類上はアイテムだ。そして試合には体力回復系以外のアイテムの所持と使用に制限はない。限界重量まで持てて、その分だけ使うことが出来る。だからネリアを試合で使うことも可能だ。
「一応すぐに出せるように設定してはいるけど」
「僕もだ。ただ、出来れば本選までは温存しておきたくはある」
ポーションなどの回復系アイテムを戦闘中直ぐに使えるように、鞄の外側にあるポケットにそれぞれ1つずつアイテムを設定して取り出せるようになっている。これは鞄アイテムのスペックによってその数も変わる。俺のショルダーバックは最初の講義の時に貰った物よりも少しだけランクの高い物に変わっていて即時取出枠は6つ。内訳は2つを体力回復ポーション、3つを魔力回復ポーション、そして残りの1つがネリアに設定していた。
「とはいえ負けてしまっては意味がない。折角試合の時間はズラしたんだからな」
ガルガロも『MLOのグランドクエストを調べる』という目的上、より強くなるためにシニアクラスを目指している。当然、進級のかかったこの大会の参加者の一人だ。
本選では分からないが、出来るだけ予選で当たらないように試合の時間は別々にすることにした。俺は本日17時で、ガルガロは21時の試合だ。桔梗も参加するという話だったが、最初の数回は様子を見るということだった。
「僕たちの中でのトップバッターだ。負けたらそれで終わり……勝てよ、カラムス」
無表情で淡々とした声援を、ガルガロは力強い視線と共にかけてくる。
眼の前には、石製の円柱にぐるりと囲まれたパンテノン神殿のような【闘技場】の入り口が見えてきた。
試合場ではガルガロも桔梗も付き添いは出来ず、俺1人だ。
――俺なりに、今日まで全力で準備を取り組んできたんだ!
この一週間でやれることはやったし、これからも同時進行でしていくつもりだ。それは試合中でも変わらない。
結局のところ、俺にとっては『思考』し続けることでしか前に進めないのだ。
「ああ、勝ってくる……!」
目指すはベスト8入賞。
こんな予選の一回戦で負けていられるか。
俺は2人に見送られながら、【闘技場】に足を踏み入れた。
◆○★△
【闘技場】の中に入ってようやく試合開始時刻になったと思った直後、全身を覆う光と共に唐突に視界が切替わった。入口の巨大空間な受付だったのが、今は真紅の絨毯が敷かれた通路になってしまった。
視線の向こうには出口であろうと思われる光。それを示すかのように『出口はあちら』『←向こうに歩け』『試合会場はこっち⇒』という矢印ウィンドウがあちらこちらに出ている。
逆に行ったらどうなるんだろうか、という好奇心もあったが、俺は素直に出口に向かって歩き出した。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
「……っ!!」
試合会場へと足を踏み入れた途端、空気が変わった。
大音声と共に、観客席の熱気が圧力となって押し寄せてくる。
『はーい、皆さん盛り上がってる~? この試合の実況を務める学園のマスコット【チーシャ】ちゃんでーす♪』
ワーワーキャーキャーと歓声が飛び交う試合会場に、スピーカーを通して一際大きい聞き覚えのある声が響き渡った。
『解説役の【ロア・ジュストー】だ。魔術理論の講師をしている。ちなみにワタシたちの音声もスクリーンでの中継に流れているぞ』
どうやらNPCのチーシャとロア女史が解説と実況をするようだ。というか、実況だけじゃなく解説も中継に流れるのか。マジか。解説されてしまうのか……。
眼の前には直径60メートルの石造りの白い円状リング。その周りに芝生が敷かれ、更にそれらを囲むように円状の観客席が階段状に広がっている。
観客席はほぼ満席だった。とはいっても、彼らは全員がNPC。つまりただの盛り上げ要員としてのエキストラのようなものだ。
『選手両名はリングに上がって開始位置まで来てくださいねー♪』
チーシャの言葉通りに足を進める。
リングの中心には、30メートル間隔で青い線が描かれていた。恐らくこれが開始位置なのだろう。
そして同時に、俺の対戦相手もリング上に姿を現した。
ローブ姿の金髪の少年だ。外見上は15~6歳くらいか。緊張しているのか、その柔和な顔に付いた眉は寄り、口の真一文字が少し歪んでる。
――もしかしたら、これは相手も初戦と見ていいかもな。
13時の1回戦目を突破してきたのだとしたら、もっと自信に溢れていることだろう。しかし、そのようなものは伺えない。
だとしたら、やはりこれが初陣。条件は俺と同じ。
深呼吸を数回。体を動かすことに自信など全くと言っていいほど無いが、これは武道の試合なんかじゃない。俺の考え通りなら、運動神経などなくても相手より冷静になれれば勝機は必ずある。
「……」
「……」
俺と金髪の少年の双方が開始位置に着いた。
自己紹介も会話すらもなく、互いに沈黙しつつ相手を観察する。
『それでは、選手が出揃いましたのでー、これより試合を開始したいと思いますっ♪』
チーシャが元気よくそう告げる。選手両名の手に力が入った。
『西方――【ユングリード】。対するは東方――【カラムス】』
ロアが対戦カードを告げる。この時、俺と彼は初めて自分の相手の名前を知った。
『両者――構え!』
「……!」
このような場に居るとはいえ、俺たち2人は互いに現代に生きる者だ。
決闘の流儀などは当然分からない。
ただ、その場を覆う雰囲気に突き動かされるように、各々の構えを見せた。
金髪の少年――ユングリードはローブの中から出した金属製の短いステッキを俺に向けて突き出す。
俺は【白紙の魔導書】を開き、左腕の肘裏と掌でしっかりと固定。右手は真っ直ぐに相手へと突き出し掌を開いた。
『それでは――――』
まずは相手の外見から情報を引き出す。
表情は優れないが、やる気は十分に伝わってくる。初陣と判断したがそれは此方も同じ、油断は出来ない。
装備は長い黒ローブと短い金属ステッキ。後衛寄りの装備に見える。少なくとも前衛の装備には見えない。ローブは大きく開いているし、中に武器らしきものを隠しているようにも見えない。恐らくは俺と同じで基本的には後衛タイプの学生と見た。
――だとしたら中遠距離戦になるな。
望む所だ。むしろ運動神経の無いに等しい俺にとっては、その展開に持ち込むことでしか勝機は少ないと考えている。
『これより――――』
思考が武器である俺に必要なのはなによりも時間だ。
そして時間を稼ぐなら出来るだけ相手との距離は取った方が良い。
色々と手は仕込んであるが、基本的には近接戦に持ち込まれたら負けると思って行動するべきだろう。
さて、それじゃあ…………
『試合――始め!!』
魔術での対人戦を、やってみようかっ!!
「っ! ――【レイキャナール・エンファント】!!」
「……【我、魔の法を紡ぐ】!」
チーシャの合図直後、対戦相手ユングリードは動かずにその場で始動キーを叫んだ。俺も一拍置いてから自身の始動キーを口に出す。
「【杖先の虚空に生じて形を成し、眼に映る敵へ飛ベ――Flame spear】ッ!!」
「!? ――【掌前の虚空に生じし積水よ、渦巻く激流の盾と成れ】!!」
ユングリードの突き出す杖の先に大きな杭のような炎の槍が現れ、同時に飛び出してきた。
相手の呪文を聞いて此方は直ぐに対抗魔術を詠唱。渦潮を真上から見たような見た目の渦巻状の水の盾を作り出した。
――なるほど、呪文に『英単語』を混ぜるということも出来るのか。
恐らく自由度の高い日本語ならではだろう。
英語での呪文も可能ということは分かっていたが、それを混ぜた呪文というのは新発見だ。そういう意味でも、この大会に出たことは無意味ではなかったと言える。
バッシュゥゥゥゥ……!!!
炎の槍が水の盾に衝突する。
相手は『Flame』と言っていた。『火』ではなく『炎』だ。
『炎』は【火属性中級】タグで扱える文言。つまり相手もインターミドルクラスということになる。
『炎』以外に強い要素、あるいは強化要素は呪文には無かった。ならばあとは相性の問題だ。
【火属性】での攻撃を防ぐには、文言の強さが同等以上の【水属性】。
そして『槍』という【貫通武器特性】を防ぐには、此方も同等以上の【防具特性】が必要だ。
双方に当て嵌まる魔術を展開した結果――飛来した炎の槍は水の盾に相殺された。
炎の熱量に触れた水の盾が轟音を立てて蒸発し、白霧となって正面に散開する。
「!?」
「【我、魔の法を紡ぐ】!」
「っ……【レイキャナール・エンファント】!」
目隠しが生まれたと同時に、俺は更に距離を取りながら始動キーを発声して詠唱準備。それが聞こえたのか、相手も遅れて発生した。
――魔術師同士の戦闘でまず重要なのは『始動キーの発声タイミング』だと俺は考える。
始動キーを発声してから呪文を受け付けるまでの制限時間がジャスト10秒。なので11秒後に呪文を言い始めてもシステムに呪文として認識されない。
しかし逆に言えば、10秒以内に呪文の最初の一音を発声すれば良いのだから、約9秒強ほどは極論無言で待機してても問題は無い。
この『9秒間』が重要なのだ。この短い時間でも出来ることは多く、考えなければならないことも多い。
「――【杖先の虚空に生じて形を成し、己が正面に向かって飛び出せ! Five of Gravel rocks】!!」
まずは敵の呪文を聞く。最短の詠唱では約3秒くらい。平均すれば10~30秒くらいなのだが、ここで相手との『始動キーを発声した時間の差』を含めれば9秒間はギリギリ耳に神経を研ぎ澄ませることが出来る。
相手とは距離として30メートル以上。普通なら言葉は聞き取りにくいが、何故か(知り合い含めて)対戦相手も詠唱を叫んでくれるので呪文の内容を聞き取ることが出来た。まあこの距離ならば視認してからでも間に合うけれども。
最低でも、相手の放つ魔術の『属性』さえ聞き取れれば、相反属性で対応出来る。大抵の攻撃魔術は相反属性の盾か壁を創れば相殺出来るのだ。
「……【正面の上手より下手へ、豪風よ吹け抜けろ】ッ」
白色の濃霧を突き抜けてくるだろう|石礫《Gravel rock》を避けるため、右から左へ抜ける強風を作りだし、自身は風の向きとは逆方向に後退する。
次の瞬間、視界の左端へと5つの石礫が風に流され通り過ぎて行く。同時に壁となっていた霧も晴れた。
「れ、【レイキャナール・エンファント】!」
「【我、魔の法を紡ぐ】――」
本当なら先制は此方が取って主導権を握るべきなのだろうが、相手の雰囲気から見て、今放ってきた二つの魔術を見て、対戦相手のユングリードは完全な『後衛』、しかも『対人戦に慣れていない』ということを半ば確信した。
奥の手を隠している、という可能性はあるが、よほど速射に優れているか、あるいは接近戦でもなければ、基本的に『呪文詠唱』という執行猶予時間があるので、何かしらの対応は可能だと考えているからそれは置いておく。
それよりも呪文だ。
相手の作成した呪文の傾向を知ることで、他にあるだろう魔術の予測と対策、そして何より、今後の呪文作成における改良のヒントを得られるかもしれないと考え、敢えて俺は後手を選んだ。
そしてそれは既に成果はあった。英単語を日本語と混ぜた呪文が成り立つという結論を手に入れることが出来たのだから。
更に言えば、対戦相手ユングリードは呪文の最後に英単語で属性と形状、事象数を指定することを一律化しているようだ。
『ふむふむ。開始直後から遠距離での撃ち合いですねー♪ どう見ますか、ロア先生?』
最初の攻防から、俺とユングリードはだいたい交互に先手を取り、相手の攻撃魔術に対して対抗魔術を発動させる。
基本的に攻撃魔術は『射出型』か『空間指定発現型』かで別れる。
火球や石礫などの『射出型』の攻撃は発動に制限はないが同時に避け易くもある。
対して『空間指定発現型』は場の属性値に左右されるが、地面から岩の槍が飛び出るなど、指定した空間に突然発現するため相手にとっては避け難い攻撃だろう。
――ではこの【闘技場】のリング上ではどうだろうか?
『射出型』は当然問題無い。
が、何もしていない初期状態のリング上では全ての属性値が不十分なのか、『空間指定発現型』は使えないようだ。せいぜい【風属性】の発現範囲が少し広い程度だろうか。石造りだと思っていたリングも土の属性値に影響してはいないようだ。要は、試合の場の初期属性値はおしなべて平均値であるということ。
『空間指定発現型』の魔術を使うには、相応に属性値を操作してやる必要がある。
そのような理由から、序盤は『射出型』魔術での応酬だった。
『なんともテンプレな後衛同士の撃ち合いだな。相反属性の後出しじゃんけん。面白味も何もないが、これはこれでタイミングが一つでもズレれば、そして対抗属性の選択をミスれば、一発で形勢は逆転する。さてさて、どちらが先に仕掛けるのかね』
【水属性】の魔術には基本的に【土属性】の『砂』で対処する。砂の『渇き』には水分を吸収するという特性を持つ。これにより、相手の放つ水量以上の砂で防御することによって水分を吸収、ダメージを緩和できる。
【土属性】は質量に加え硬度があるので物理ダメージが大きい。しかしそれは逆に言えば他の属性に比べると『重量がある』ということ。重量があればあるほど物体を動かすための力はより大きくなり、操作が難しくなる。それは魔術でも同じこと。そして移動する物体は進路と別方向からの圧力で簡単に軌道を変える。
つまり、一度撃ち出した【土属性】の魔術は、軌道変更や追尾要素が無ければ、真横から強風を当てるだけで命中率は格段に下がるわけだ。よって、土には風を。
【火属性】は先述した通りに【水属性】を。
【風属性】は例え中級になろうが、それ単体でダメージを与えることは出来ない。形状を付加するか、他の属性の強化に使うかでしか相手にダメージは与えられない。
要は、ロア女史も言っていた通り『後出しじゃんけん』の出し合いだ。
先手を取るにしろ、後手を取るにしろ、互いに返し手が分かっている以上、相手の意表を突かなければこの状況は脱せない。
そしてそれは当然ながら相手も気付いているだろうし、狙っている。
体内魔力が3分の2にまで減った。相手がどれほど余力を残しているか分からないが、これ以上先延ばしにすれば奥の手を使う魔力が無くなってしまう危険性も大きくなる。
『お?』
『どうしましたー?』
『いや……どうやら動くぞ』
『ほえ?』
相手の使用魔術を見て、所有タグなどの見極めをしていたが、これだけ経って特段アクションを見せないのであれば、もはやあのタグを所持している可能性は限りなく低いと思われる。
勿論、何かしらの切り札を持っていることも考えられるが、これまでの展開を鑑みて、その前に押し切ることは出来るだろう。
手札を1枚切れば、だ。
出来れば温存しておきたい。
しかし、正直この状態を脱する術が今のままでは思いつかない。
逆に言えば手札の1枚を使わざるを得ない状況に陥ってしまったのだ。
足で避ける、なんて上等な運動神経を持ちわせていない以上、ロア女史の解説の通り、相手の呪文や魔術を最速で見極めてから即座に対抗魔術を詠唱する必要がある。そしてそれは相手も同じ。
軌道を変えてみたり、数を変えてみたり、複数属性を同時に放ってみたり、それらを組み合わせてみたりと、互いに色々策を弄してみたが、悉く防がれ、防いできた。通常の呪文詠唱能力に至っては互角と言わざるを得ない。
使用可能呪文の多様さと、戦闘状況下の適確な呪文選択、そして噛まずに早く正確に詠唱できるということに最近自信が付き始めていただけに、少なからず自惚れていたことに恥じ入る。
悔しい。悔しい。
俺が大会に向けて頑張っていた時、他の参加者たちも同様に努力していた。
知っていたつもりだった。分かったいたつもりが、認識が甘すぎた。
先ほど挙げた程度、誰でも出来るようにしてきていると考えなければならなかったのだ。苦労したと思ったが、その程度の努力で誇ることこそが間違いだった。
――そう。間違いと、学習した。
ならばその学習は、すぐさま活かすべし。
手札を温存して倒すという考え自体が――努力した自分ならそれが出来るという甘い考え自体が、そもそも間違いだった。
互いに決め手に欠ける現状。この膠着状態から抜け出すには、全く別の武器で事に当たるしかないと思い改めた。
故に。
「【レイキャナール・エンファント】!」
「……【我、魔の法を紡ぐ】――――」
そろそろ反撃に移ろうか。
「【杖先に――――」
「――【〈瞬炎の三弾〉】ッ!!」
助詞で繋いだ二単語のみ。しかも、辞書にすら載っていない二文字造語で構成された呪文。
本来ならば有り得ない呪文構成。登録は出来ても、詠唱した直後に『魔術として成り立たない』とシステムに判断されて爆発失敗となってしまう呪文だ。
「――っ!?」
しかし、突き出された俺の右手の掌の先には、確かに魔術が発動した。
瞬時に展開される、正三角形を内包した直径1メートルほどの赤色円形の魔法陣。
その魔法陣から、ドドドッと三つの火球が勢いよく速射された。
射出速度を上乗せしたスピード重視の魔術だ。
「は、え? あ、ちょ……っ」
先ほどまでの後出しじゃんけんで言えば、このターンはユングリードの番だった。彼の方が先に始動キーを言い終えていたのだから。
だが、発動場所、属性、事象操作、これらを含む文章である呪文と、二字熟語ふたつのみの呪文、いくら先に始動キーを発声したからとて、どちらが早く呪文を詠唱し終わるかなど自明の理。
恐らく自分の方が先に攻撃魔術を放つと思っていたのだろうユングリードは、自身に向かって飛来する三つの火球に驚きながらも対処しようと言いかけた呪文を防御用に変更しようとするが、咄嗟のことに慌てて言葉が出ずにいる。
対人戦闘の経験不足が、此処で露わになった。
「くっ」
金髪の対戦者は呪文の詠唱は諦め、自ら火球を回避する選択をしたようだ。倒れ込むようにして体を捻り、火球の進路から逃れようとしている。
それはそれでこの場面の対応に於いては正解だ。
しかし、それのせいで彼は一つ忘れていることがある。
そう考えた直後、ユングリードが右手に持つ杖の辺りが――――爆発した。
「ぐはっ!?」
「――【我、魔の法を紡ぐ】」
追撃の好機と見て、始動キーを発声。
始動キーを発声して詠唱を始めてしまえば、呪文を最後まで正しく言い切る以外に選択肢は無い。中途半端な所で止めてしまえばそれは『言い間違えた』とシステムに判断されて必ず爆発失敗になってしまうからだ。
俺の魔術に驚き、回避を優先し、詠唱を途中で止めてしまったユングリードは当然の如く魔術失敗による爆発に巻き込まれる。
しかし彼の不運はそれだけに留まらなかった。
その余波に押されて後ずさり、火球の進路へと戻ってきてしまったのだ。
爆発の煙が晴れ、彼の目に映ったのは自身の間近へと迫っていた三つの火球。
「う、うわああああ!!」
咄嗟に顔を両腕で覆うユングリードに直撃。直撃。直撃。
三つ共にクリティカルヒット。
炎の残滓を撒き散らして、ユングリードの体力ゲージは5分の1ほど削られた。
威力強化はしていないとはいえ、【火属性中級】を使用した魔術がまともに当たった割にダメージは思ったほどではない。もしかしたら対魔術効果を持つ防具を使っているのかもしれない。
だがまあしかし。
「――【〈瞬岩の二弾〉】!!」
読み通りの展開に、早口に次の魔術を叩き込む。
相手の態勢が崩れたこの瞬間が勝機と確信する。
此処で俺は、試合の流れを完全に掌握することに成功したのだった。
『勝者、カラムス選手!』
チーシャの宣言と共に、割れんばかりの歓声が轟いた。
正面30メートルほど先では、仰向けに倒れるユングリードの姿が今薄れていっている。
同時に、目の前にデジタル数字で30秒のカウントが始まった。これがゼロになった瞬間、俺はこの試合場から退出することになる。
『巧く相手の意表を突いた形で主導権を握ったな。これまでの接戦は文字通りの様子見ということだったか』
解説役であるロア女史が今の試合の解説を話していた。
これはこの試合のスクリーンを見ている者には聞かれてしまうが、まあ仕方ない。
『――しかし、カラムスは相手にも恵まれたな。対戦者であるユングリードが何かしらの奥の手を所持していたとしたら、はたまた同じ手段を持っていたなら、また違った結果になっていただろう。どちらもまだまだ未熟。次回からはもう少し工夫が必要だな』
戦略が在り来たりである、相手の未熟に救われた。
耳に痛いことを言われて思わず苦笑してしまう。
そんなことは自分自身が誰よりも理解している。
俺にはまだまだ何もかもが足りない。
――だけど、勝ちは勝ちだ。
これを経験として、自らをより高めよう。
視界のカウントがゼロになった。
徐々に自分の体が薄れていく。
俺は最後に、対戦相手が居た方向に向かって、頭を下げた。
俺が気付いていなかったことに気付かせてくれた対戦相手ユングリードと、今回の試合に対して。
「……ありがとうございましたっ」
まずは予定調和。
どれだけ相手より早く呪文を言えるかっていう後衛同士の戦闘時に、漫画みたいに相手との会話を入れるの難っって思いました……(´・ω・`)
今回登場したカラムスの呪文については次回にて説明をば。




