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第十話 迷宮は道連れ、MLOは情け

「なっ……!?」


 最初に感じたのは強烈な驚愕。

 次いで疑問と好奇心が胸中に膨れ上がる。


 ――今の、は……?


 薄暗い城内を一瞬激しく照らす光。

 階段を降りた広間の出口、正面の通路を右から左へと光の奔流が駆け抜けた。


 魔術だ。それも、とてつもなく強力な。

 今のを見ただけでは呪文の内容は全く分からない。恐らく、俺の知らないタグを使っているのだろう。


 ――しかし光だと?


 当然、火水風土の基本四属性には存在しないものだ。現在確認されている『光属性』と言われている魔術は『天使との契約によって使えるようになった魔術』だけ。ちなみに攻略サイトの掲示板では天使との契約魔術を『神聖魔術』とか呼んでいるそうだが、そのような分類はゲームシステム上は存在しない。


 そして、天使との契約魔術には先ほどのような『直接的に属性を使った強力な攻撃魔術』は現状無い。例えば、天使の羽や光る剣などを出現させる具現化系のものがほとんどだ。光属性を放出する魔術なんて……いや、『光』というエネルギー、もしくは光のような何かを放出しているのかもしれない。

 知的好奇心が湧き上がるが、あれを一瞬見ただけじゃこれ以上は分からないか。


「て、敵なの!?」

「なになにぃ~?」


 メーゼとシーファも突然のことに混乱していた。

 それもそうだ。ただでさえ此方は今、前衛が欠如しているのだ。俺は魔術だと思ったが、実際はまだ分からない。未知のモンスターの攻撃かもしれない。突発的に戦闘にでもなったりしたら非常に危険だ。


 俺たちが驚き唖然としていると。


「おんやー?」

「どした?」

「いかがなされたのですか?」

「まあまあ」

「ですのですの?」


 光の奔流が飛び出してきた方の通路から、大勢の学生(プレイヤー)が歩いてきた。学生風、戦士風、魔術師風な格好をしている者、ドレスや着物を着ている者など様々な服装をしていたが、共通しているのは全員が全員――――『女性』だということ。

 30人以上、もしかしたら40人以上いるかもしれない。かなりの大集団だ。


「リーダーリーダー。なんか一般の人が居ますよー?」

「むむむぅ、なぁんらってぇ? ブログにはちゃんと書いたんらよな?」

「それはもう!」

「仕方ないわねぇ。今週の担当はだれだったかしら」

「はーい。わたしッス~」

「おー、じゃあ頼むな」

「まかせて下さいッス!」

「ちょうど良いわ。広さも手頃だし、此処で少し休憩にしましょう」

「そうらな、そうするのら」

「わかりましたー」


 彼女たちは此方を見ながらガヤガヤと騒いだあと、階段の広間に入ってきた。そして、その内の一人がトテテテテと俺たちに近付いて来る。


「すみませんッス~」


 濃い蒼色のショートヘアの少女だった。

 細身の体に半袖のTシャツと革製の胸鎧、スラッとした足には短パンを穿いた軽装の盗賊風の格好をしている。

 にへらぁと緩そうな笑顔を見せながら彼女は声をかけてきた。


「え? えと……」

「な、なんなの?」

「いやーいやー、いきなりすみませんスねー。あ、わたしたちはギルド【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の者ですー」

「【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】? ……あ、二大ギルドの?」

「そそ。いちおー、そう呼ばれてはいますッスねー」


 太田の言っていた女性限定の大ギルド。

 まさかこんな所で出くわすとは。


「わたしはギルドの対外交渉担当【リグルカ】でッス。ちょーっとお時間いいですか?」


 気安い印象のリグルカは、此方の返答も聞かずにどんどんと話を進めてきた。

 なるほど、対外交渉担当か。この我が道を往く(ゴーイングマイウェイ)な感じは確かに大規模集団の交渉役としては必要なのかもしれない。


「わたしらはこれから、この【大王古城跡】のボスにレイド戦を挑もうとしてるんスよ」


 聞けば、これまで何度かPT単位で挑戦してきた此処のボスだが、そのあり得ないほどの能力の高さに全て敗北してきた。そして今回、満を持してギルドの精鋭を集めて本格的に攻略に乗り出したらしい。


「このことはギルドのブログや攻略サイトの掲示板の方でも記載してあったんスけどね、やっぱり見逃してしまう人も居ちゃいますよねー」


 集まったメンバーは55人。大規模ギルドという割には少ないと思うかもしれないが、今回は相手が相手だけにレベル30超えでインターミドルクラスであるという制限を課しているらしい。MLOも正式サービスが開始されてからまだ2ヵ月ということを考えれば、一ギルド内でそのレベルの学生(プレイヤー)が55人も居るというのはかなり多い方なのかもしれない。


「大人数でのダンジョン攻略になるから一般プレイヤーの人たちの妨害になるかもっていうんで前々から告知していたんスけどねー」


 高レベルプレイヤーが50人以上も揃ってダンジョンを移動すれば、それだけでモンスターはがっつり狩り尽される。もしかしたら俺たちやウィントたちが今まで格上ダンジョンで無事だったのも、彼女たちが敵を減らしてくれていたからかもしれない。


「――というわけで、申し訳ないんスけど、この先に進むなら狩りとしての効率は期待出来ないと思うのですよ」


 なるほど、そういうことか。

 ギルドという集団内での一大イベントではあるが、関係の無い狩り目的のプレイヤーにとっては獲物を盗られて良い印象を受ける人は居ないだろう。対外交渉担当というのは、そういった学生(プレイヤー)との摩擦を穏便に解決するための役割というわけか。


「話は分かりました。だけど……」

「はい?」


 今回、俺たちは狩りを目的としているのではない。

 未だ生き残っているウィントたちと合流し、無事にこのダンジョンから脱出することだ。

 俺は仲間とはぐれてしまったこと、彼らを探していることをリグルカに説明した。


「ほーほー、なるほど。そのお仲間さんたちを探したいだけ、と」

「はい。モンスターを減らしてくれるのはむしろこちらとしては有り難いくらいだし」

「ふむふむ。それなら……まあ、大丈夫ッスかねー」


 ポリポリと頭を掻きながらふぅと息を吐くリグルカ。

 彼女からすれば余計な面倒事にならずに済んだ、といったところだろう。

 あとは軽くダンジョン内の情報を聞いたりしてからウィントたちの捜索に戻るとするか。


 と、考えていたその時。


「ねえねえ、どうかしたの?」


 リグルカの背後からひょこっと赤毛のショートヘアの女の子が顔を出した。


 ――あれ? この子はたしか……。


「おろ、なのかさん? えっと、実はですねー」


 突然現れた【なのか】というらしい少女に俺たちのことを説明するリグルカ。

 その間、俺はずっと彼女を見つめていた。

 スポーツをしているような引き締まった細い体に、白を基調とした半袖のジャケットと短パン、そして額の長いハチマキ。

 なにより、あの天真爛漫さと強気な余裕さを含んだあの笑顔に見覚えがあったのだ。


 ――初めて【ルーン洞窟】に行った時、第5エリアで出会った上級プレイヤーだ。


 間違いない。あのインパクトは簡単に忘れられるものじゃない。

 強力な敵をパンチ一発で弾き飛ばすほどの実力を持つ学生(プレイヤー)

 低頭なリグルカの様子からして、ギルドの中でも高い地位にいるのだろうか。


「ふむり、なるほろ」


 説明が終わった赤髪の少女は此方を見てにかっと笑顔で、一言。


「じゃあさ、――――あたしたちと一緒に来ない?」

「…………は?」

「ちょっ、なのかさん? マジッスか……」




   ◆○★△




「はーい、小休憩おわりー! 出発するよー!」

「先頭はユリアのPT(パーティー)とマイのPTよ」

『了解でーす!』

「よーし! それじゃあ……はりきって往くのらー!」


 数分後、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】レイド部隊が再び出発。

 俺、メーゼ、シーファの三人は、なのかの提案を受けて、彼女たちに付いていくことにした。


 俺たちがこのダンジョンに居る理由を話したら、なのかは『それは……燃える展開だねっ』と何故か協力的になった。突然の見知らぬ者たちの参加にギルドメンバーからは不満の声も上がったが、ハチマキ少女が協力を宣言してからは一転、そんな声はピタリと止んだ。このハチマキ少女は、どうやらかなりの地位に位置しているようだ。


 ――だが、今は助かる。


 前衛の居ない俺たちではいつ全滅するとも限らない。だとしたら、例え自由に動けたとしても全滅の可能性を持ちながら当てもなく彷徨うよりも、進行方向は決まってしまうが命の安全を確保して長時間探せる方が良いとだろうという結論になったからだ。

 広大な通路を2PTずつの縦長の隊列で進んで行く。レベルの低い俺たちはやや後方に配置された。


「えーっ? なのかさんのこと知らないの? マジっすか?」

「もぐり?」

「まあまあ」

「ですのですの?」


 周りは女子ばかりだ。なので俺にとっては多少居心地が悪いのだが、メーゼとシーファはすぐに仲良くなったらしく、同じ場所に配置されたリグルカたちの輪に自然と入り込んでいた。

 彼女たちは意外とフランクで、内部情報というほどでもないが、自分たちのことは気軽に話してくれた。どうやら噂は本当だったようで、とある女学園内での知り合いがギルドメンバーに多いようだ。そのせいかは分からないが、いやに礼儀正しいというか話を振れば乗ってくるけど自分からは踏み込まないような一歩引いた大人しめな人が多いなと感じた。リグルカのような積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくる子は少数派の例外。いや、それ故に交渉役を任せられているのだろう。


「有名なの?」

「もしかしてぇ、幹部の人、とかあ?」

「もしかしても何も、我らがギルドの幹部さまだよ」

「へぇ、そーなんだ。強いの?」

「ものすっごく強いスよ。あれはヤバイ」

「まあまあ」

「ですのですの」


 あのハチマキの少女は【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の創設メンバーの一人で、名を【七火(なのか)】。生粋の前衛で、遠距離攻撃の多い魔術が物を言うこのMLOで超近接肉弾戦を好むという変わり者らしい。


「今度のイベントにも出るの?」

「出るよ出るよ、出まくるよ。うちからは今回20人くらい出るかなー」

「あれぇ? 意外と少ないねぇ」

「今回のイベントじゃ報酬のタグやアイテムが貰えるのは1人だけじゃないスか。そこに盟主(リーダー)や七火さんたち幹部が出るって聞いたら……それでも参加するって人は当然少なくなるッスよ」

「だよねー」

「ですわね」

「まあまあ」

「ですのですの」


 20人か。確かに少ない。二大ギルドと呼ばれているから、てっきりかなりの人数が参加するものと思っていたが。

俺はふと思い立ち会話に口を挟んだ。


「あの、幹部の人って全員参加するんですか?」

「……っ」


 何人かにあからさまにビクッとされた。

 女学園生だから男性に慣れていないのだろうか。


「えー? どうだったッスかなぁ」


 しかしリグルカだけは普通に対応してくれる。

 むしろ男と見られていないのかもしれないが。


盟主(リーダー)含め、幹部メンバーは全部で3人参加するはずですよ」


 リグルカの隣の子が代わりに答えてくれた。


「3人?」

「ああー、好戦派(バトルジャンキー)な方々ッスねー」

「リーダー、七火さん、あと(あね)さんですね」

「他の幹部さんは対人戦に興味無い人たちばかりですし」

「へー、そんなんだぁ」


 恐らく常識的なものなのだろうが、彼女たちの会話から新しい情報が次々と得ることが出来た。

 まず、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の幹部は全部で7人。

 全員がMLOの正式サービス開始当日からプレイしていて、レベルは既に40に到達している。


 そしてその内の三人が、MLO公式イベント『天下一魔闘会』に参加する。

 それ以外にも、高レベルのギルドメンバーが20人ほど参加する。

 思ったよりは少なかったが、それでも格上の敵が20人。

 上位8位に入賞し、早くシニアクラスに進級したかったが、やはり壁は高く厚そうだ。


「……。あはは、じゃあさ――」


 先ほどから、リグルカたちと話しつつもメーゼは時折周囲をチラ見していた。

 多分、ウイントたちのことを探しているのだろう。俺も注意しているし、周りの子たちには事情を話してあるから、誰かが見かけたら伝えてくれるはずだ。

しかし、あれから結構進んだが、俺たち以外の一般プレイヤーを見たという話は一向に聞かない。既に結構な距離を歩いたんじゃないだろうか。

 戦闘は【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の学生(プレイヤー)が受け持ってくれていた。まさにおんぶにだっこ状態だ。完全に厚意に甘えてしまっている。

 俺たちを助けてくれることに、何か彼女たちにメリットがあるかとも疑問に思ったが、聞けば幹部である七火の『人助け』は結構ギルド内では有名らしい。

 助けを求めなければ助けないが、求めた者は助ける。ロールプレイなのかどうか定かではないが、そういうスタンスをとっているという。


「七火さんが困ってるプレイヤー(ひと)を見て助けないわけないッスしねー」


 リグルカの言葉に、何人ものギルドメンバーがこくこくと頷いていた。

 その七火は、最先頭でレイド部隊に立ちはだかるMOBを掃討している。

 先頭に立つ露払い担当PTは交代制(ローテーション)だ。しかし七火は担当のPTメンバーではなくとも戦闘に参加していた。むしろ彼女の方が露払い担当PTよりも敵を倒していたようだ。交代して後に下がってきた子たちが苦笑しながら言っていた。

 好戦派(バトルジャンキー)、とリグルカたちは言っていたが、その言は正しいように思えた。


「…………彼女がイベントでは敵になるのか」


 小さく呟く。

 もしかしたら、俺と七火が戦うこともあるのかもしれない。

 そう思うと、後方に位置しているのが少しもどかしく感じてくる。

 此処からだと前線で戦う彼女の様子が見れない。


 どんな魔術を使うのか。

 どのような動きをするのか。

 それらに対抗するには、どんな魔術を使えばいいのか。

 好奇心が湧き上がる。対抗心が燃え上がる。

 MLOをプレイするまでは、こんな感情を感じることは無かったというのに。


 ――負けたくは、ないな。


 そんな想いが、生まれてきていた。


「うん? 何か言ったッスか?」


 耳聡くリグルカが振り向いてくる。

 この蒼髪の少女も色々と気遣いの人だ。特定の誰かとだけ話さないで、万遍なく誰にでも話を振り、ギルドメンバーが孤立しないように気を配っている。

 そしてそれは俺たちにも当て嵌められる。闖入者である俺たちが孤立しないよう、またはギルドメンバーに馴染めるように話を振ってくれる。


「なんでもないよ」


 俺が唯一の男だから警戒されているのか、それともただの善意で気を使ってくれているのか。ちょっとしたことでも目敏く反応してくれる。

 なんというか、クラスでの人気者のスキルを持っているなと思った。

 誰に対しても腰は低いが、もしやギルド内でも上の方の地位なのかもしれないな。


「そッスか。……あーいやでも、そろそろやばいかもッスね」

「やばい? 何かあるの?」


 ふと周囲を見て困り顔をするリグルカにメーゼは尋ねる。

 そのやりとりに他のメンバーたちも何かに気付いたようだ。


「あ」

「?」

「そろそろ……ボスの部屋なのですわ」

「ですわですわ」

「うっそぉ」

「それは……確かにやばいわね」


 ギルド【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の目的地、【大王の間】にもうすぐ着くらしい。ちなみにリグルカはここ一週間、【大王の間】を探して見つけ出したプレイヤーの一人だという。道理で辺りを見ただけで地理が分かったわけだ。


「レイドボスらしき強力なボス……か」

「おろろ? カラムスさん、そいつはちょっと情報が古いッスよ」

「え?」


 俺の呟きにリグルカが反応した。

 しかし一昨日見た攻略サイトに書いてあった情報が古いと言われるとは。

 流石は二大ギルドといったところか、それとも攻略サイトがしょぼいのか。


「この【大王古城跡】のボスは、ダンジョン内の儀式場にある祭壇を壊すか壊さないかで、その力が大きく変わってくるんスよ」


 広大なダンジョン内に五か所、ボスの力を高めている儀式場があり、そこは中ボス的なモンスターに守られている。儀式場でモンスターの守る祭壇を壊せば、壊した分だけボスの力は弱くなる。全て壊せば適正レベル帯以上のプレイヤーなら1PTでも倒せるかもしれないが、ドロップアイテムも相応のものが出る。

逆に、ひとつも壊さなかった場合、敵は強大な大規模戦闘用(レイド)ボスとなり、プレイヤー側も隊列を組んで事に臨む必要があるが、そのぶん報酬は破格らしい。


 今回、彼女たちの目的はレイドボスを倒すことによって得られる報酬のようだ。


「流石に報酬の詳細までは情報を得ることは出来なかったッスけどね」

「それでも【森羅陰陽寮】も狙っているという報告もありましたし」

「そッスね。多少急なスメジュールでも動く必要はあったッス」


『…………』


 此処で二大ギルドのもうひとつ【森羅陰陽寮】の名前が出てくるとは。なにやら込み入った事情がありそうだが、流石にそこまでは俺からは踏み込めない。メーゼとシーファも口を挟めずに黙って聞いている。


「それで……どうするッスか?」


 リグルカがこちらを振り返る。

 大きな翡翠の瞳が俺たち三人を順に見つめた。

 恐らく、ボスの部屋に着いた後、俺たちはどうするのかを聞いているのだ。


「どう……する?」


 俺一人で決めることは出来ない。

 隣の二人に視線を向ける。


「ん~」

「そうだねぇ」

「【魔法少女連盟(こちら)】としてはどっちでもいいッスよー」


 どっちでも、というのはこのままボス戦に付いて行っても、その手前で別れても、ということだろう。

 此処に来るまでにかなりマップ範囲は広がっている。しかし、ウィントたちのマーカーはまだ確認できなかった。

 彼らが保健室送りになっているということはない。それは視界端のPTメンバーの情報から分かっている。むしろ気になるのは、俺たちが【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】と合流したくらいから、ウィントたちの体力値が全く減っていないということだ。もしかしたら一つ所に留まっているのかもしれない。だとすれば探しに行くというのが最善だが、今俺たちが居るのはダンジョンの最奥だ。出てくるMOBも非常に強力なモンスターばかり。こんなところで投げ出されれば、一瞬で保健室送りになるだろう。


 でも、だからと言って付いて行く、というのも憚られる。彼女たちにとって、レベルの低い俺たちはお荷物でしかない。今までは戦う者が限られていたから、後方組に混ざっても問題はなかった。

 しかし、実際にボス戦となればそうもいかなくなるだろう。大規模戦闘(レイド)と言われるくらいだ。全員で戦いに臨み、俺たちを気遣う余裕など無いと思っていい。


「ホントに気にしなくても良いッスよー」


 俺たちの顔色で察したのか、リグルカが口を挟んでくる。


「七火さんが良いって言ったんスから、別に付いてきても反対する人はウチにはいないスよ」


 あの人の影響力はそれほどなのか。


「ただ、流石にボス戦に入ってまでは面倒は見きれないッス。端っこに居ても良いんで、自分の身は自分で守ってもらうということでひとつ」

「それは当然だと思うけれど……良いのかしら?」

「あ、もちろんレイドPTに入れる、って話じゃないんで、一緒に居てもボス戦の報酬とか期待しても駄目ッスよー」


 と、コロコロと笑いながら冗談のように言う蒼髪の少女。


「そ、そんなもの期待なんかしてないわよっ」

「あたしはちょっと期待してたのになぁ」

「こら、シーファ!」

「ハハッ、素直ッスねー」


 さして気を害した様子もなくリグルカと周りの子たちは笑った。


「……俺としては、出来れば一緒に付いて行きたいけど……」

「そうね、わたしたちだけじゃ……」

「放り出された途端……」


 メーゼとシーファも、気持ちは同じの様だった。


「さっきも言ったけど、付いてきても問題は無いッス」

「ごめんね、ありがと」

「助かるよぉ」


 確かに助かる。

 だけど、このおんぶにだっこ状態は如何せん居心地が悪い。

 せめて何か手伝えることがあればいいのだけど。

 例えば、


「報酬はどうでもいいけど、戦闘に参加する、というのはダメか?」


 と訊いてみる。


「ほへ? え~と……それは経験値もドロップアイテムも要らないから、ボスにダメージを与える役に参加したい――ということッスか?」

「ああ」


 此処まで戦闘もせずに付いてこさせて貰って、更にはボス戦まで付いて行こうというのだ。しかも、あわよくばボス戦後の帰路も……と打算を働かせている。

 どれだけ力になれるかは分からないが、御礼も兼ねて協力を申し出るのは当然だと思えた。


「ん~、このレイドボス戦は一応『MLO初のレイド戦をギルド【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】が制す』というスローガンを掲げているスよねー」

「それも凄いわよね」

「うんうん! すっごぉいよお」

「? 凄い……のか? それって」


 メーゼとシーファが何度も頷いて感心しているが、俺はリグルカの言った事のその凄さがよく分からず首を傾げる。多くのプレイヤーの中で初めて行う、というのは確かに凄いのかもしれないが。


「分からないの? ほら、MLOって秘密主義的な風潮があるじゃない」

「……あ、なるほど。人数か」


 ガルガロとも話したが、他者に自分の魔術を見せたくないという思惑上、どうしても学生(プレイヤー)個人のコミュニティは限られてしまう。そんな中、レイド戦を行えるほどの数の学生に、共に戦うことの許諾を得るなんてかなり困難なことだと容易に想像できる。

 そして、それが出来てしまう【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】メンバーたちの信頼関係。それは確かに感心するほどに凄いと言えた。


「そッスね。ウチは幹部さまたちが色んな意味……そう! 色んな意味でしっかりしてるスから、メンバーの人間関係は良好! 信頼関係ばっちし! 短期間でレイド戦が出来るまでになったんスよ!」

「ププっ。『色んな意味』でね」

「色んな意味というか、個々人で別々の意味で……というか」

「シッ! それ以上はお口チャック」

「はーい」


『???』


 奇妙な連携を見せるギルドの面々に、俺たちは互いに顔を見合わせた。


「えーと、つまり……どういうこと?」

「出来るならギルドメンバーだけでやりたい、ってことッス」

「う……」

「やっぱりぃ、そうだよねぇ」


 仲間と大きな事を成す、というのが彼女たちの目的なのだ。そこにいきなり何処の馬の骨とも知れない者が混ざるというのだから。普通は受け入れるなんてことはしないだろう。


「ま、でも良いんじゃない?」

「たぶん大丈夫じゃないかなー」


「……え?」


 困った顔から一転。

 いきなりなに、その軽さ。


「大丈夫なの?」

「今日は“あの人”も居ないし、盟主(リーダー)たちはそこまで深く考えてないから大丈夫だと思うッスよー」

「それで良いんですか……」


 俺の問いは誰もがスルーした。


「まあ、一応こっちから幹部さまたちには言っておくよ」

「でも悪いけど報酬は期待しないでね?」

「ドロップアイテムやクエスト報酬は無理だろうね、分配するにもこの人数だし。ギルドメンバーでも貰えない人が出てくるのは確実。ましてや部外者じゃねぇ」

「だからっ、期待してないって言ってるでしょ!」


 声を荒げるメーゼに、周囲の少女たちが笑った。


「アハハ。まあ、もう知らない仲じゃなくなったッスし、少ないかもしれないけどお金くらいなら上と交渉してみるッスよ」


 要らないとは言ったが、これ以上断るのも彼女たちに悪いか。

 まずは、件のレイドボスとやらを倒さなければ、ウィントたちを探すことを続けることも出来やしない。


「――盟主(リーダー)たちに許可を貰って来たよー」

「条件付きですけど、一緒に戦うことは認めてもらいましたわ」


 俺たち三人の参戦の許可を貰いに隊列の先頭に行っていた娘たちが戻ってきた。

 どうやら、特に問題なく参加が認められたようだ。

 それと同時。


「あ、着いたッスよ」


 前方を見上げたリグルカが呟いた。

 巨大な城内通路の最奥。

 高層ビルの如き大きさの、装飾の施された巨大な両開きの扉。


「ここが目当ての――――ボス部屋ッス」

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