第二十四話「わだかまりを溶かして」
「千景……」
もう一度、名を呼ばれる。頭上に手を置かれているのがわかった。それでも私は答えなかった。答えたくなかったのだ。キールへの憤りと許せない気持ちが強くて口を開きたくない。
そう思っていたところに、唇に生温かく柔らかいものが当たっている事に気付いた。私は目を見張る。いつの間にかキールと唇が重なっていて、優しい口づけをされていた。何度も何度も角度を変えて口づけられる。
あれだけキールに嫌気を差していたのに、熱っぽいキスを繰り返しされていく内に、不思議と胸の内に温かな情が膨らんでくるのを感じた。さらに心臓がドキドキと音を立て始める。
――きゅ、急にどうして?
心が千々に乱れていたが、甘い口づけによって頭の中が熱で浮かされ、何も考えられなくなった。それから唇を離された時、私はある事に気付いた。
――キールってピアスをしている?
銀色シルバーのリングだ。
「ピアスをしているの? デザインは花の紋章?」
よく見てみると八重桜のような花のデザインが彫られている。
「あぁ、バーントシェンナ国の紋章だ」
私は不思議と花の紋章に目が奪われていた。気品と優しさを感じる花だ。
「なぁ」
「なあに?」
私はポ~とピアスの紋章に惚けていたら、キールから声を掛けられた。
「続きしようか?」
「え?」
続きって、もしかして……もしかしなくてもですよね? とはいっても先に進むには気掛かりな事があって、私は真面目に訊いてみようと口を開く。
「……キール」
「なに?」
私は心に引っ掛かっていた事柄を吐露する。
「あのさ、大事な役目とはいえ、シャルトさんに申し訳なくて」
「シャルト?」
キールは眉を顰めて首を傾げる。
「だって一緒に湯浴みに入る仲じゃん?」
「まぁ、オレが生まれた時からアイツはいるしな」
そんなに長い付き合いか。そりゃ今日来たばかりの私がしゃしゃり出てきたら、シャルトさんは釈然としないよね。自分の恋人が他の女性とエッチするなんて、とんでもなく辛いって。私だったら堪えられないよ。
「いくら大事な契りとはいえ、やっぱり悪いなって思ってさ」
「は?」
さらにキールは眉間に深く皺を刻んでいたが、私はお構いなく言葉を続ける。
「だからシャルトさんに!」
「なんでシャルト?」
「だってラブラブなんでしょ、彼女と?」
「はぁ? オレあっちの趣味ないし?」
「どっちの趣味?」
「それにアイツ、彼女じゃないし?」
「え、彼女じゃないの?」
でも一緒にお風呂には入るんだよね? それと、そっちの趣味ってどういう意味だ?
「なんか腑に落ちない顔してんな?」
「だって彼女じゃないのに、一緒に湯浴みに入るってさ、変じゃん? それともこっちの世界では当たり前だったりするの?」
「あー、オマエさっきから、なに言ってんのかわからなかったけど、ようやく意味がわかったよ」
清々しい表情をするキールとは反対に、私は悩まし気に顔を歪ませていた。
「なにが?」
「……言うのが面倒。それに言わない方が面白そうだし」
「なんだよ、それ! 人が真剣に訊いてんだぞ!」
私はキールに食って掛かった。人が真面目に訊いているのに面倒とか、面白そうとか、なに考えてんだよ! 女心をバカにしているのか!
「シャルトとはなにもない」
「でも一緒に湯浴みに入る仲じゃん!?」
「やたらそこにこだわるな、オマエ」
「こだわるよ!」
「シャルトに妬いてんの?」
「誰が妬くかよ!」
またなにを言い出すか、コヤツは!
「じゃぁ、なんでもないって言ってんだから、いいだろ?」
「なんだ、その無理やり感!」
「シャルトにも訊いてみろよ、オレとの関係」
そう言うキールはめちゃめちゃ辟易した顔をして言い放った。ムゥー、いけしゃあしゃあと答えているところをみると、本当になにもないのかなぁ? お風呂もこっちの世界では男女入るのが普通なの? 私が渋い顔をしながら、複雑に思考を交差していると……。
「もう解決した?」
「解決って?」
キールの言葉に「?」が浮かぶ。
「心に抱えている問題」
「あ、うん。一応……ないかな?」
そういう意味か。私がサラリと答えると、
「そう、じゃぁ……」
再びキールの手が私の肌に触れた。それからすっかりと彼のペースに流され、大人の時間が始まってしまった! 好き勝手に翻弄された私はベッドでグッタリとしおれていた。
「そろそろ……」
キールは私から離れたと思ったら、いきなり服を脱ぎ始めた。
――え? ……え? ………えぇえええ!?




