【後日譚】 双究
「カウンターと言えば、この男を置いて他にはいない! あらゆる攻撃を弾き返して自らの攻撃へと繋げる、分析力に優れた技巧派の剣闘士! 『魔鏡』ソラン・アルバロスぅぅぅっ!」
「対するは、これまで無敗の超新星! 次の剣闘士ランキングでは上位ランカー入りが確実視されている剣闘士にして、第二十八闘技場の支配人でもある異色の英傑! ミレウス・ノアぁぁぁっ!」
実況者の言葉に合わせて『魔鏡』と試合の間の中央で向かい合う。闘技場に渦巻く熱気の中で、俺と『魔鏡』は視線を合わせた。
「ミレウス支配人。貴方は非常に興味深い」
先に口を開いたのは『魔鏡』だった。探るような、それでいて楽しそうな目で俺を見据える。
「貴方の最近の試合はすべて拝見しました。身体能力、剣技、判断力。どれを取っても申し分ありません。そして……私たちは似ている」
「それは光栄です」
彼が言いたいことは分かった。決まった攻撃の型を持たず、相手の戦い方に応じて戦術を変える。得意技を二つ名に持つ剣闘士が多い中で、だからこそ彼は『魔鏡』と呼ばれているのだ。
そしてその戦い方は、非力ゆえに相手に応じた立ち回りを取らざるを得なかった俺のスタンスと近い。
「ですが――」
言いながら、『魔鏡』はスッと目を細めた。その目は俺の一挙手一投足を見抜こうとしている。そんな気がした。
「同時に、貴方には底知れないものを感じます。まるで『大破壊』や『金閃』のように。あるいは――」
言いかけて、『魔鏡』は小さく首を横に振った。そして、手にした剣を構える。
「いえ、やめておきましょう。言葉で語りすぎるのは私の悪い癖です」
「私も言葉を多用する身ですから、よく分かります」
答えて、俺もまた剣を構える。『魔鏡』と剣術談義を交わすのは楽しそうだが、せっかく試合の間にいるのだ。剣を交わすに越したことはない。
『おおっとぉぉぉっ! 丁寧な口調とは裏腹に、両者とも凄まじい迫力だぁぁぁっ! 笑顔の下に強烈な闘志が秘められているぞぉぉぉっ!』
「『魔鏡』! 上位ランカーの恐ろしさを見せてやってくれぇぇ!」
「支配人、負けんじゃねえぞぉぉぉ!」
観客の声援を受けて、俺はさらに意識を研ぎ澄ます。同時に、対峙する『魔鏡』がわずかに腰を落とした。
『それではぁぁぁっ! 『支配人』ミレウス・ノア 対 『魔鏡』ソラン・アルバロス! ……始めぇぇぇっ!』
「……っ!」
試合が始まった瞬間。俺の予想を裏切って、『魔鏡』は間合いを詰めてくる。カウンター主体であること、そして俺が挑戦者であることから、まずは様子見を期待していたのだが……やはり一筋縄ではいかないようだ。
助走の勢いをつけて振るわれた剣撃を、俺は力を逸らして受け流す。筋力強化は間に合わないため、いつもの闘気の補助を受けての迎撃だ。
攻撃を受け流され、崩れた体勢を突いてカウンターを仕掛けるが、『魔鏡』は予想していたように身を捻って俺の剣をかわす。そこへさらに追撃をかける俺だったが、相手の搦め取るような剣の動きに気付いて剣を引き戻した。
「いい反応です」
「こんな序盤で、剣を弾き飛ばされるわけにはいきませんから」
俺の回答に『魔鏡』は黙って微笑む。それをきっかけに、俺たちは戦闘速度を一段階引き上げた。お互いの剣が閃き、無数の剣撃を積み重ねていく。俺たちのどちらもが相手の裏をかこうと動き、カウンター攻撃にさらなる反撃を合わせて相手を凌駕しようとしていた。
『これは強烈な打ち合いだぁぁぁっ! 瞬速かつ変幻自在な剣撃を互いに放ちながら、両者一歩も引いていない! なんという技量だぁぁ!』
実況者の言葉通り、俺たちの戦いは拮抗していた。お互いに先を読もうとして布石を打つのだが、見抜かれては不発に終わる。俺たちは決定打を欠いたまま、だが苛烈な剣撃の応酬が続けていた。だが――。
「さすがだな……」
思わず思考が口からもれる。おそらく読み合いの力量は五分五分。だが、バレない程度に闘気の補助を受けた俺よりも、『魔鏡』のほうが身体能力は高い。相手との力量差を埋めるために磨いてきた先読みの技術が互角であれば、この差が勝負の明暗を分ける。
『魔鏡』の横薙ぎの一撃を身を沈めて交わすと、俺は伸びきった右側面目がけて剣を繰り出した――と見せかけて身体の軸となっている左足を狙う。だが、それを読んで『魔鏡』は重心を右足に移していたらしい。彼は機敏に跳び退くと、俺の剣を狙って上から剣を叩きつけた。
足下を狙って低い位置にあった俺の剣は、勢いよく石床に激突する。武器破壊を狙ったのか、それとも衝撃で剣を取り落とさせるつもりだったのか。いずれにせよ厄介な攻撃だ。
「っ!」
だが、直後に跳び退いたのは『魔鏡』だった。彼が剣を叩きつけると同時に、敢えて踏み込んだ俺の掌打が『魔鏡』の顔面を捉えたからだ。俺は剣を取り落としかけていたが、おかげで相手からの追撃はない。そして――。
「筋力強化」
『魔鏡』が距離を空けた隙に、俺は筋力強化を発動させた。クリフたちのアドバイスを受けて猛特訓した魔術が、俺の身体能力を底上げしてくれる。
『な、なんということだぁぁぁっ! ミレウス選手が魔術を使ったぞぉぉぉ! 彼も『双剣』と同じ魔法戦士だったのかぁぁっ!?』
「マジかよ! 魔術も扱えるのか!?」
「なんて奴だ……! へへっ、いよいよ上位ランカーじみてきたな!」
初めて魔術を披露したことによって、闘技場の至る所から驚きの声が上がる。俺が魔術を使ったことに誰もが驚愕している様子だった。
「魔術とは……読みが外れましたね」
そんな中にあって、『魔鏡』は訝しむような視線を俺へ向けていた。そんな彼目がけて距離を詰めると、俺は剣を一閃させる。
「む……!」
対応した『魔鏡』の反応が一拍遅れる。さっきまで使っていた闘気の補助よりも、筋力強化のほうが効果が大きいため、速度を見誤ったのだろう。
その機を逃さず、俺は『魔鏡』へ縦横無尽に連撃を仕掛けた。反応の遅れはわずかなものだが、積み重なれば剣を通すだけの隙が生まれる。そうしてこじ開けた隙を突いて、俺は必殺の一撃を繰り出した。
全力を込めて振るった剣撃は、イメージ通りの軌跡を描いて『魔鏡』へ迫る。おそらく戦いの趨勢を決める一撃になるだろう。そう予想した次の瞬間――。
「くっ!?」
半ば本能的に俺は右横へ跳び退いた。さっきまで俺がいた空間を『魔鏡』の鋭い斬撃が斬り裂いていく。
「騙されたのは俺のほうか……」
血が滴る自分の左腕を見て呻く。そう深くはないが、不覚を取ったことに変わりはない。『魔鏡』は俺の新しい速度を即座に把握したうえで、反応が遅れたフリをして罠にかけたのだ。その対応速度と機転は見事と言うしかない。
『『魔鏡の斬撃がミレウス選手を捉えたぁぁぁっ! さすがは『魔鏡』、ランキング四位は伊達ではないっ!』
「よく避けましたね。てっきり決まったと思ったのですが」
言いながら斬りかかってくる剣を弾き、フェイントを入れて反撃する。身体能力ではこちらに分があるはずだが、驚くほど『魔鏡』の反応は的確だ。
闘気と筋力強化を得て、俺は調子に乗っていたのかもしれない。剣撃の応酬を続けながら、俺はそう自省していた。この力があればユーゼフと『大破壊』以外は相手にならない。そんな思い上がりが負傷を招いたのだろう。
ならば、俺がやることは一つだ。自他すべての情報を考えに入れて、驕ることなく剣を振るい続ける。そう腹をくくって、俺は自ら『魔鏡』との距離を詰めた。
『なんと、さらに戦闘速度が上がったぁぁっ!? 目まぐるしく攻防が入れ替わり、もはや常人では追いきれないレベルになっているぅぅぅ!』
そんな実況の声を背にして、俺たちの戦いはさらに加速していった。お互いに多種多様な攻撃を繰り出し、裏をかこうとする相手の目論見をうち破る。高速で動く肉体以上に、思考の速さこそが重要だった。
「くっ――」
そうしてどれほど剣を打ち合わせていただろうか。剣を強振して距離を取った『魔鏡』の意図が掴めず、俺は追撃の手を止めた。
「――なるほど、よく分かりました」
すると、『魔鏡』は満足したように頷いた。どうやら言葉を交わしたかったらしい。
「認めましょう。貴方は強い。上位ランカーでも屈指の強さと言っていいでしょう」
そう告げる声は落ち着いたものだ。だが、『魔鏡』の瞳には燃えるような闘志が宿っていた。
「ですが……その程度では『金閃』や『大破壊』には勝てません」
「!」
最大の関心事に触れられて、俺の表情がピクリと動く。だが、普通に考えればこのタイミングで俺を挑発する意味はない。どうやら『魔鏡』は俺の隠し玉に気が付いている様子だった。
『これはどういうことだぁぁ!? 『魔鏡』がミレウス選手を挑発しているぅぅ!?』
『魔鏡』の発言に実況者は困惑しているようだった。しかし、俺の意識はそこにはない。思考を巡らせていたからだ。
これまでの剣闘試合において、俺は闘気を目立たないように使っていた。それは持続時間の問題もあったが、闘気に頼りすぎないための戒めでもあった。
だが……眼前の相手は最上位クラスの剣闘士だ。何を出し惜しみする必要があるのか。
「たしかに、その通りだ」
次の瞬間。赤くぎらつく闘気が俺の全身から立ち昇った。全力ではないが、今の俺が魔術と併用して扱える上限ギリギリの量だ。今も安定性には欠けるが、この状態なら『大破壊』とまともに打ち合うこともできるはずだ。
『な、な、な、なんとぉぉぉっ!? 我々はこの赤い輝きを知っているっ! まさか、ミレウス選手は『大破壊』、『金閃』に続く三人目の闘気使いなのかぁぁぁっ!?』
「うおおおおっ!? 本当かよ、信じられねぇ……!」
「すげぇなおい! どこで覚えたんだ!?」
実況者の言葉を皮切りに、観客席から大歓声が上がる。それなりの反応は予想していたが、今、俺を包む歓声は想像を遥かに超えるものだった。
「やはりそうでしたか」
そんな中で唯一、驚くことなく満足気に微笑む男の姿があった。もちろん『魔鏡』だ。これまでの俺の試合を見て何か感じるものがあったのだろう。やはり恐ろしい洞察力だった。
「見抜かれていましたか」
「筋力強化のほうは予想外でしたよ。しかも、闘気と併用していますね? にわかには信じられない話です」
「私としては、見ただけでそこまで分かる貴方の洞察力のほうが信じられません」
そんな短いやり取りを経て、俺たちは剣を構える。ついさっきまで賑やかだった観客たちも、いつの間にか静まり返っていた。
「――!」
まず動いたのは俺だった。『魔鏡』との距離を詰めると、シンプルな軌道で剣を振るう。たったそれだけの動作だったが、踏み込む足の力強さも、振るった剣の勢いも、すべてが別次元に引き上げられていた。
「くっ!」
だが、その一撃を『魔鏡』は器用に受け流すと、滑り込むような足捌きで俺の左側面に回り込む。そうして繰り出された反撃の一閃を、俺は身を捻って避けた。
「カウンターまで入れてくるか……」
そしてぼやく。今の一撃は、おそらく『大破壊』とまともに打ち合えるレベルだった。それをこうもあっさり凌がれるとは、さすが『魔鏡』といったところか。
「『大破壊』とは何度も戦っていますからね」
俺の呟きが聞こえていたようで、『魔鏡』が反応する。そう告げた直後、すくい上げるような軌道で彼は剣を振るった。
その剣撃をバックステップでかわすと、俺は闘気を乗せた赤い真空波を近距離から放った。さらに、真空波を追うように『魔鏡』との距離を詰める。
「なにっ!?」
だが、そう叫んだのは俺のほうだった。『魔鏡』の体勢が崩れることを狙った真空波は、そのまま俺目がけて打ち返されたのだ。俺はとっさに真空波を弾き飛ばしたが、その驚きは大きかった。
しかし、驚いている暇はない。眼前で体勢を崩した俺を放っておくはずがなく、『魔鏡』の剣が嫌な角度で振るわれる。剣を引き戻す余裕はないと判断して、俺は剣の柄頭でその剣撃を弾いた。
「っ!?」
今度は『魔鏡』が驚く番だった。曲芸じみた動作だが、目的を果たしていれば問題はない。その隙を突いて、俺は彼に連撃を仕掛けた。
『おおっとぉぉぉっ! ここでミレウス選手の猛ラッシュが始まったぁぁぁっ! 闘気で迫力を増した怒涛の連撃が『魔鏡』に襲い掛かるぅぅっ!』
そんな実況の言葉通り、俺は次から次へと攻撃を繰り出していた。それでも対応してくる『魔鏡』には驚嘆の一言だが、身体能力差のせいだろう、彼が反撃を入れてくる頻度はかなり減っていた。
もしかすると、それすらも『魔鏡』が仕掛けた罠かもしれない。そう自分を戒めながら、俺は相手の動きを予測していく。
自分より格上のパワーや速さを誇る相手とどう戦うか。それは俺が長年問い続けてきた命題だ。そのおかげだろう、『魔鏡』との手の読み合いは、次第に俺が有利になってきていた。
「これは……」
自分の動きが高精度で読まれていることに気付いたのだろう。『魔鏡』の眉が顰められる。まだ大きな傷は負っていないが、明らかに彼のほうが劣勢だった。
だが、俺も余裕を持って戦えているわけではない。魔術と闘気の併用には集中力がいるし、戦いが長引けば闘気だって尽きてしまう。一気に勝負を決める必要があった。
「それなら――」
俺は覚悟を決めた。行動の先読みと、闘気の調整。ただでさえ集中力を使うこの二つに加えて、俺にはもう一つ切り札があった。
おそらく、この技を使わなくても『魔鏡』に勝つことはできるだろう。だから……これは俺の決意表明だ。剣闘士ミレウス・ノアは、すべての技術を使いこなして戦ってみせる。そう決めたからだ。
『極光の騎士』として身に着けた技術も、決して無駄にはしない。
「おォォっ!」
俺は剣を振るい、蹴撃を繰り出し、様々な角度から『魔鏡』を揺さぶった。そうして相手が取れる行動を少しずつ狭めていき、予測精度を上げていく。そして――。
「はっ!」
俺の剣撃をかわして、『魔鏡』がカウンターを入れようとした瞬間だった。俺にとっては攻撃後の隙であり、相手にとっては反撃の起点となるその時。
「――!?」
『魔鏡』の足下の石床が隆起した。
最悪のタイミングでバランスを崩され、『魔鏡』の意識が下へ向かう。その瞬間を狙って、俺は彼が手にしていた剣を空高く弾き飛ばした。
『き、決まったぁぁぁっ! しかし、一体何が起こったのでしょうかぁぁっ!? 『魔鏡』の足下が歪んでいるのはミレウス選手の仕業なのかぁぁっ!?』
やがて、弾き飛ばされた『魔鏡』の剣が落ちてきてカラン、と音を立てる。その音を契機にして、観客席からワッと大歓声が巻き起こった。
「うおおおぉぉっ! やりやがった!」
「あの『魔鏡』を相手にこの余裕……これは『大破壊』との試合が楽しみだな!」
「同じ闘技場だし『金閃』との試合が先か!? なんにせよ絶対に観に行くからなっ!」
そんな熱気の中で、俺は『魔鏡』の喉元に突きつけていた剣を下ろした。彼が降参のサインを出したからだ。
「見事でした。ミレウス支配人は想像以上の高みに届いていたようですね」
その言葉が意味するところは、俺の最後の隠し玉のことだろう。――大地の壁。それが、『魔鏡』の足下を崩した原因だった。
と言っても、それは魔術としてはほとんど失敗作だ。本来なら二、三メテルに伸長するはずの大地の壁だが、俺が使った大地の壁の高さは〇.一メテルにも満たない。
だが、俺が求めているのは防御手段としての大地の壁ではない。相手の攻撃の起点を潰し、俺の隙を埋めることができればそれでよかった。そう割り切って、工程を大幅にカットした結果があの魔術だった。
「それくらいしなければ、一位にはなれませんから」
強豪たちの顔を脳裏に思い浮かべながら、彼の言葉に答える。すると『魔鏡』は愉快そうに笑った。
「ランキング一位と言うと、彼のことを思い出しますね。突然試合の間に現れて、無敗のまま消えた……あの最高の剣闘士を」
「……」
『魔鏡』は懐かしむように告げて、そして俺を見据える。
「ですが、懐かしんでばかりもいられません。『大破壊』も『金閃』も、いまだに彼を超えようと鍛錬を重ねている。……そして、貴方もそうなのでしょう」
「ええ。間違いありません」
『魔鏡』の言葉に深く頷く。それは俺の衷心からの思いであり、決意だった。
「この試合は私の完敗です。斬られるどころか、剣を弾き飛ばされるようでは悪あがきする気にもなれません。ですが――」
そこで言葉を切って、『魔鏡』は強い視線を俺に向けた。穏やかな表情とは対照的に、そこには炯々と燃え上がる闘志が見て取れた。
「それはあくまで今日の話です。闘気使いが三人ともなれば、データがよく集まることでしょう」
『魔鏡』は目を光らせた。実際に闘気を乗せた真空波を打ち返してきた彼のことだ。その言葉は負け押しみではないのだろう。だが……。
「それなら、常にデータを上回る戦いを繰り広げるだけのことです」
「はは、言いますね。それでこそ剣闘士の頂点を目指すに相応しい。倒しがいがあるというものです」
そう告げて、『魔鏡』は試合の間から去っていく。後に残された俺は、剣を手にしたまま試合の間の中央へ向かった。
『さあ、決着がつきました! 『支配人』ミレウス・ノア 対 『魔鏡』ソラン・アルバロス! 帝国中の誰もが注目するこの試合を制したのは――』
俺が試合の間の中央に立つと、それを待っていたかのように実況者の大音声が響き渡る。鼓膜をビリビリと震わせる声援の中で、俺は手にした剣を天高く掲げた。
「『支配人』ミレウス・ノア! 最強の一角に足を踏み入れた英傑の勝利だぁぁぁっ!」
◆◆◆
【『魔鏡』ソラン・アルバロス】
ルエイン帝国において、実力のある剣闘士は社会的地位が高く、それに見合った収入を得ていることが多い。まして上位ランカーの居宅ともなれば、下手な貴族より金銭をつぎ込んでいることも珍しくない。
そんな広く余裕のある自宅のリビングで、『魔鏡』は予想外の人物と向かい合っていた。
「まさか、貴方が私を訪ねてくるとは……どういう風の吹き回しですか? 『大破壊』」
彼は眼前の巨漢に問いかける。現在の剣闘士ランキング一位『大破壊』。この帝都において、その名を知らない者はいないだろう。
だが、彼は決して社交的とは言えない。『大破壊』がわざわざ他人の家を訪れるなど、前代未聞レベルの珍事だった。
「……お前のことだ。察しはついているだろう」
そう答える『大破壊』はいつも通り厳めしい顔をしていた。だが、怒っているわけではない。それが分かっている『魔鏡』は、平然と口を開いた。
「ミレウス支配人のことでしょう?」
『魔鏡』は即答した。今の帝都は彼の噂話で持ちきりだ。『魔鏡』をうち破った三人目の闘気使い。しかも、それが闘技場界に数々の変革をもたらしたあの第二十八闘技場の支配人となれば、噂の材料には事欠かない。同じ剣闘士ならなおのこと気になるだろう。
「私と彼の試合はご覧になりましたか?」
「ああ」
「それなら水晶は不要ですね」
『魔鏡』はちらりと部屋の隅に視線を向けた。そこに置かれているのは記録用の水晶の数々であり、それだけでひと財産になる代物だ。『魔鏡』はそれらを使って、興味深い剣闘試合を記録していた。
「お前はあの男をどう思った」
「驚異的な強さでした。おそらく貴方や『金閃』に比肩し得るでしょう」
その回答に『大破壊』の眉がピクリと動く。
「それでいて、私と同じタイプの剣闘士でもあります。あんなに先の読み合いが白熱したのは初めてですよ」
いつか、彼と剣術談義をしたいものだ。非常に実のある話ができるだろう。そう思いながら、『魔鏡』は手元のグラスを傾ける。
「……魔術も使っていたようだが」
「少なくとも筋力強化は使用していましたよ」
「最後にお前の足下が隆起したな。あれも魔術か?」
「おそらくは。でなければ、あまりにタイミングがよすぎる」
『魔鏡』はあの時の戦いを振り返る。彼が筋力強化と闘気を併用していたのは間違いない。となれば、他の魔術も扱えると考えるべきだろう。
今回の試合を経て、彼には『双究闘士』という二つ名がつけられたという。闘気と魔術の二つを究める者。そして、剣闘士と支配人を兼ねる者。そんな意味が込められているのだろう。
一部では、清楚な巫女と妖艶な魔女に二股をかけているから、という由来もまことしやかに流れているが……もともと女癖の悪い剣闘士は枚挙に暇がない。
「それで? 聞きたいことはそれだけですか?」
それっきり黙ってしまった『大破壊』に言葉をかける。彼がわざわざ訪れてきた本当の理由に、『魔鏡』は心当たりがあったからだ。
「――例えば、ミレウス支配人と『極光の騎士』の比較だとか」
「……」
『大破壊』は何も答えない。だが、その眼光の鋭さが、何よりも彼の内心を物語っていた。そんな最強の漢を内心で微笑ましく思いながら、『魔鏡』は勝手に言葉を続ける。
「『極光の騎士』は闘気を使いませんでしたが、ミレウス支配人は闘気を使っている。彼らはともに魔術を使いますが、その技量は『極光の騎士』のほうが圧倒的に上です。おそらく、見習い魔術師と宮廷の筆頭魔術師ほどの開きがあるでしょう」
彼との戦いを振り返って、『魔鏡』は渋い表情を浮かべる。見事にしてやられたことを思い出したからだ。
「ですが、見習い魔術師レベルの技量であっても、剣技に組み込むなら脅威です。実際に大地の壁を使ったあの戦い方は見事でした。そして何より――ミレウス支配人は『極光の騎士』に似ている」
「似ている……魔術と剣技の組み合わせ方のことか?」
「もっと根本的な、戦いのリズムのようなものです。私は『剣の呼吸』と呼んでいますが」
剣の呼吸を読む。それは『魔鏡』が相手の攻撃にすぐ対応できる理由の一つであり、切り札でもあった。そしてその視点で考えれば、あの二人は驚くほど似通っていた。
「『大破壊』。貴方も同じことを考えていたのではありませんか? 貴方の直感は人間離れしている。何らかの知覚によって、ミレウス支配人と『極光の騎士』に同質の何かを感じた」
だからこそ、彼は『魔鏡』の住居を訪れたのだ。分析を得意としており、実際に剣を交わした剣闘士として。
「……そうだ」
やがて、『大破壊』は重々しい声で頷きを返した。最強の剣闘士である彼が同意見であるということは、『魔鏡』にとっても心強い話だった。
「しかし、意外ですね。貴方なら本人へ直接聞きに行きそうなものですが」
『魔鏡』にはそれが驚きだった。基本的に即断即決であり、『極光の騎士』に対しては執着とも言える闘志を燃やしていた『大破壊』にしては、あまりに回りくどい。
「……」
『大破壊』から返答はなかった。だが、その様子から感じ取れるのは居心地の悪さ……いや、躊躇いだろうか。わずかとはいえ、この男がそんな感情を持ち合わせていることに驚く『魔鏡』だったが、『大破壊』の人となりを加味し、そこから総合的に推論を組み立てていく。
そして。『魔鏡』が辿り着いたのは、自分でも信じられない結論だった。
「ひょっとして……恐れているんですか? あの古竜さえ素手で殴り殺した、人類最強の貴方が?」
「……」
『大破壊』は答えない。だが、その代わりに猛獣のような目がギロリと『魔鏡』を睨みつけた。その視線は並の人間なら気絶しかねないものだが、それに気圧されるようなら上位ランカーなどやっていられない。
「『極光の騎士』との再戦は、俺の最大の望みだ。あの男が討ち死にするなど、相手がユグドラシルであろうが信じるつもりはなかったが……」
やがて『大破壊』は口を開く。もし両者が同一人物であった場合、それは『極光の騎士』との再戦の機会が永久に失われるということだ。怖い物知らずの人類最強にとって、それは唯一の恐れなのかもしれない。
もちろん、ミレウス支配人がその気になれば『極光の騎士』として戦う可能性もある。だが、彼の魔術の技量を見る限り、その可能性は非常に低い。『魔鏡』はそう予想していた。
「なんにせよ、彼が半端な覚悟で名を捨てるとは思えません。なんだかんだでファンを大切にしていましたからね」
ひょっとすると、噂に聞く『結界の魔女』ディネアのようにユグドラシル戦で魔力を喪失したのかもしれない。それならかつての戦闘力は望めないし、その状態で試合の間に上がりたくない気持ちも分かる。
そんな『魔鏡』の思いが伝わったのか、『大破壊』はぼそりと呟く。
「俺は……弱ったあの男を確認したいわけではない」
「ええ、分かります」
『魔鏡』は静かに頷いた。彼とて『極光の騎士』と幾度も対戦した身だ。いつかはあの最強の剣闘士を倒してみせると心に決めて鍛錬を重ね、分析を繰り返してきたのだ。
だからこそ、彼は公式発表を受け入れず、いつかあの男が不遜な態度で試合の間に戻ってくる日を待っていた。だが……『大破壊』との会話を経て、それはいつしか確信へと変わっていた。
『極光の騎士』は……もう、いないのだろう。
『魔鏡』は黙って立ち上がると、戸棚から一本の酒瓶を手に取って躊躇いなく栓を抜いた。彼秘蔵の一番強い酒が、三人分の酒杯になみなみと注がれる。
「まったく……貴方は自己犠牲が強すぎるんですよ」
そして。まるで目の前に相手がいるかのように、二人は持ち手のいない酒杯に向かって語りかけていた。
「剣闘士は、もっと自分勝手で丁度いいんです」
「お前の死に場所は……そこではない」
そんな愚痴をどれほど呟いただろうか。彼らが酒杯をぐいっと飲み干せば、強烈な酒精が喉を焼いて体内に広がっていく。
二人は瓶が空になるまで無言で酒杯を呷り――そして、同時に深い息を吐いた。
「いい酒だ。身体に沁みる」
「ええ……本当に」
彼らは静かに言葉を交わす。それは、まるで彼の葬儀のようで――。
「おーい『魔鏡』! 邪魔するぜ!」
だが。彼らの間にあった厳かな空気は、あまりにも場違いな一言で消え去った。ノックと同時に玄関の扉を開いたのは『帝国の獅子』モンドール。そして、『魔鏡』の同僚とも言える『双剣』の二人だった。
「すまないな。モンドールがどうしても『魔鏡』の話を聞きたいと譲らなかった」
「なんだよ、お前も聞きたかったんだろ? ……って、うおおおおっ!? 『大破壊』じゃねえか!」
『双剣』の弁解に抗議するモンドールだったが、その言葉は途中で別の驚きに取って代わられたようだった。
「『大破壊』が他人の家のリビングに……驚いたな」
「俺とて出向くことはある。……それで何の用だ」
「決まってるさ。うちの支配人と戦った『魔鏡』の感想を聞くためだ」
そんなモンドールの答えを聞いて、『大破壊』は再び問いかける。
「感想を聞いてどうする」
「へ? そりゃもちろん、支配人を倒す方策を練るためだ。あんたもそれで来たんだろ?」
「……そうだな」
そんなやり取りをしながら、モンドールと『双剣』は遠慮なくリビングへ足を踏み入れた。そして、卓の上に置かれた酒瓶を見て歓声を上げる。
「おいおい、いい酒があるじゃねえか――って空かよ!」
「かなり度数の高い酒だったはずだ。二人で空けたのか……」
そんな賑やかな会話が耳に入って、『魔鏡』は思わず噴き出した。
「騒々しくなりましたねぇ」
そして誰にともなく告げる。どうやら、しんみりとした空気の中で別れを告げることはできないらしい。
だが。もともと自分たちは、同僚が命を落とすたびにこうして馬鹿騒ぎをして送り出していたのだ。むしろ、これが相応しいのかもしれない。
「……お別れです、『極光の騎士』」
他愛ない話題で盛り上がるリビングを眺めて、『魔鏡』は穏やかに微笑んだ。
後日譚はこれで完結です。
ご覧くださってありがとうございました!




