第8話 リサ姉の家で
家具店で必要な物を買った俺達は、マンションまで軽トラで商品を運んだ。
セミダブルのマットレスを運ぶぐらい、俺にとっては大した事じゃない。
エレベーターだってあるし、引っ越しのバイトをやっていた経験もある。
俺達が住んでいるのは3階で、エレベーターから近い位置に部屋がある。
俺の部屋は305号室で、リサ姉は1つ手前の304号室だ。殆どエレベーターの前で、すぐに運び入れられた。
他に買った棚等も上げてしまい、俺は軽トラを返しに戻る。別に良いと言ったのに、リサ姉は返却にも着いて来た。
「一輝君が車を運転してるんやもんなぁ。不思議な感じやわぁ」
「え、もしかして似合ってない?」
車を買うか悩んでいたけど、その場合は諦める理由になるぞ。似合わないならちょっとなぁ。
地方じゃ車は必須と言うけど、現状別に困ってないから、絶対必要とまでは思っていない。
「いやいや、そんな事はあらへんよ。ただホンマに大人なんやなぁって」
「え、まだそこ分かって貰えてない?」
一緒にお酒も飲んだのに、まだ大人と認識して貰えていない?
そんなにガキっぽく見えるのだろうか? でもさっきはリサ姉と夫婦に見られたしなぁ。
「だってあんな小さかった子がやで、こんな立派になってるんやからビックリやん」
ああそうか、俺から見たリサ姉はあんまり変わっていない。だけどリサ姉から見た俺は、大きく変化しているのか。
俺は成長期を過ぎたリサ姉しか知らないけど、リサ姉は昔の俺を知っているから。
もし俺が大人になった杏奈ちゃんを見たら、こんな風に感じるのだろうか。
多分そういう事だよな、リサ姉から見た今の俺というのは。じゃあちょっとぐらい、成長した所を見せよう。
「懐かしいよね、あの頃が」
今はもう戻れない過去。変わってしまった関係性。リサ姉は複雑だろうけど、俺はあの頃が好きだ。
リサ姉と杏奈ちゃんが居る生活は、とても充実していた。離婚して母親が居ない俺には、リサ姉が頼れるお姉ちゃんだった。
料理が上手くて、色んな作り方を教えてくれた。あの経験が無かったら、自炊にもっと苦戦しただろう。
「そうやなぁ、色々あったなぁ」
「俺は楽しかったよ、リサ姉と居るの」
離婚をしたせいで、あの頃の記憶が全部嫌な過去になって欲しくない。
俺にとっては全部が、輝かしい思い出なんだ。俺のエゴでしかないとしても、笑って話せる過去にしてあげたい。
消せない過去の傷跡じゃなくて、楽しい時間もあったのだと思っていて欲しいから。
「今の俺があるのは、リサ姉のお陰なんだ。あの頃があったから、こうして大人になれた」
「一輝君……」
本当にただ、それだけなんだ。きっと暫くは辛いだろうけど、忘れないでいて欲しい。
酷い裏切りにあって、しんどい時もあっただろう。かつて愛し合った筈の相手と、裁判なんてやる辛さが俺には分からない。
でも母親が居ない悲しみを、埋めて貰った恩がある。女性を憎むような、偏屈な男にならなかった。
それは間違いなくリサ姉のお陰で、常日頃から感謝している事だから。
「だからその、なんて言うのかな。ありがとうリサ姉、あの頃ずっと一緒に居てくれて。教えて貰った料理、今も役に立ってるよ」
俺に出来る事なんて、結局この程度でしかない。親権を取られた事なんて、解決してあげられない。
不倫をされた苦しみなんて、俺には想像しか出来ない。代わりに悩む事は出来ない。
ただここに1人、過去の貴女に感謝している奴が居る。それだけは忘れないで欲しい。
「いつか直接お礼を言いたかった。だからこうして、再会出来て良かったよ」
再会した日、上手く慰める事が出来なかった。俺も余裕が無かったから、下手くそな話しか出来なかった。
だけど昨日俺なりに考えて、何が言えるだろうかと振り返った。
そして今日どこかのタイミングで、伝えようと思っていた。この車の中っていうのは、丁度良いかなと。
誰かに聞かれる事の無い密室だから、こういう話も出来るかなって。
信号待ちのついでに、ふと助手席を見た。リサ姉が何も話さないから、どうしたのかなと思って。
「グズッ……グズッ……」
「え!? あ、ごめん!? 踏み込みすぎた!?」
リサ姉が号泣しているので、思わずハンドル操作を誤りかけた。
ちょっと深入りをし過ぎたというか、もうちょっと期間を空けてから言うべきだったか?
「ちゃうねん……嬉しいねん……」
「へ!? あっ、そっ、そうなんだ?」
デリカシーに欠ける踏み込み行為をやってしまったと、後悔しかけていたけど違うらしい。
どうやら上手く伝えられたみたいだ。俺なりに頑張ってみて良かった。
ただこのまま軽トラを返してしまうと、メイクが崩れた泣き顔のリサ姉を降ろす事になる。
それは流石に憚られるので、わざと10分ぐらい遠回りする事にした。ごめんなさい、家具屋さん!
どうにか泣き止んだリサ姉は、帰るだけだからと持っていたメイク落としのシートで顔を拭った。
「一輝君に泣かされてもうたなぁ」
「その言い方は語弊がない!?」
何かこう、微妙にエッチだから止めて欲しい。いや字が違うのは分かっているけど。音は一緒だしさ。
でもまあ、リサ姉が少しでも元気になれたなら良いよね。たまには無い頭を絞ってみるもんだ。
今度こそ軽トラを返却し、2人でリサ姉の家に戻る。さて、サクッと家具を組み立てようか。
作るのは木製のシェルフと、同じく木製のベッド。そしてスチールラックの3つだ。
どれも簡単に組み立てられる物だけど、リサ姉は壊滅的にセンスがない。
多分図工とか技術とか、苦手な教科だったんじゃないかな。そんな気がする。聞いた事はないけど。
「リサ姉、シェルフとスチールラック、どっちを先に作れば良い?」
俺が尋ねるとリサ姉は少し考えてから、スチールラックと答えた。なら先ずはスチールラックで。
難しい作業は何もなく、説明書すら読む必要がない。何処でも売っているような、定番の家具だから。
プラスチックのストッパーを4 本のポールに付けて、あとは棚を通すだけだ。
1番下の棚は最も低い位置にしておく。普通はこうするのが一般的だろうし。
「2段目と3段目の高さ、どれぐらいにする?」
「あ、ちょっと待ってな…………2段目はこれ、3段目にはこれを置きたいねん」
リサ姉が持って来た、2種類の衣装ケースを預かる。なるほどじゃあ高さを合わせて……って、片方下着入れじゃねーか!
思いっきり1番手前の下着を視界に入れてしまったよ。赤か……派手なの着るなぁ。やっぱりギャルだから?
いやいや、信用しているから渡してくれたんだ。邪な考えは捨てろ。そして忘れろ今見たものは。
衝撃的なブツを見てしまったが、雑念を捨てて無心で作業を続ける。
無心で……無心…………む……し……ん………………無理だよ! 集中できるか!
棚の高さを調整する為に、仮置きしてあるから嫌でも視界に入って来る。
どうにかこうにか作業を進め、天板を付けて完成だ。スチールラックを作るのに、ここまで緊張したのは初めての経験だ。
「よ、よし! キャスターは付ける?」
棚の足にキャスターを付けられるタイプを買ったから、移動式にする事も出来る。
「せやなぁ、その方が掃除しやすいしなぁ」
というわけで、棚をひっくり返してキャスターに交換する。棚は俺の胸ぐらいまであるから、キャスターの付け替えはやりやすかった。
「これでオッケー、残りもやっちゃうね」
「うん、ありがとうなぁホンマに」
懐かしいなぁこの感じ。リサ姉が新しい家具を買う度に、俺が作ってあげるようになったのは中1の時から。
その時からこの笑顔を見るのが、俺にとっての勲章みたいなものだった。
やっぱりリサ姉は、笑っている時が1番可愛いと俺は思っている。




