第32話 少しずつ前へ
リサ姉と再びあの古民家風のカフェに来ている。マンションの近くにある、俺が見つけたあの店だ。
和風の内装が特徴的なカフェには、沢山の男女が客として来店している。
どちらかと言えば女性が多めで、残りは殆どカップルと思われる。
「久しぶりやなぁ、ここ来るの」
リサ姉の言うように、この店を訪れるのは久しぶりだ。GW明けに一度来たのが最後だった。
「たまには良いかなって」
日曜日のお昼から、2人でランチを楽しみに来ている。作っても良かったけど、たまにはプロの味も楽しみたい。
家庭料理では出せない味というものもある。あとは面倒だったという理由もあるけど。
朝はベッドに寝転びながら2人で過ごし、少し遅めの起床をした。時間が中途半端だったので朝昼兼用だ。
「今日はどうしよかなぁ」
「朝抜いてるから、それなりに量が欲しいよね」
ただゴロゴロしていただけとは言え、流石に腹は減っている。
サンドイッチとパスタぐらいなら余裕で入る。無駄に体だけはデカいからな。
それに昨夜は、それなりに体力を消耗している。ガッツリと食べておきたいところ。
「気分的には和食なんやけど、サンドイッチも気にはなるんよなぁ」
「俺が頼むから、ちょっと分けるよ」
俺がそう伝えると、嬉しそうにリサ姉が笑った。何度見ても見飽きない笑顔。
でもまだ傷は癒えきってはいない。瘡蓋で塞がれただけで、その下にはまだ生々しい傷跡がある。
結婚した相手に裏切られるって、どれぐらい辛いのだろうな。
俺の場合はまだ恋人だった。それでも、まあまあ辛いというのにな。
未だに俺は女性が良くわからない。あれだけ性行為を拒絶した彩智が、あっさり子供を作っていた。
そんなにも俺には魅力が無かったのかとか、じゃあなんで告白して来たんだとか、色んな疑問が今もある。
「ほな甘えさせて貰おうかな」
「どうぞどうぞ」
何より俺と別れてすぐに肉体関係を結んでないと、子供なんて出来ないだろうし。
あの時は可哀想だと思ったけど、後々考えてみると複雑な気分になる。
俺は結局彩智にとって、何だったのかと。今更気にしても仕方ないけどさ。
怒りこそないが、どうしてだ? という思いはある。引き摺り続けるつもりはないけど。
そんな俺ですら、これぐらいは考えてしまう。リサ姉の場合はもっと辛いのだろう。
でもこうして、少しずつ前に進んでいる。強い女性だなと思う。
だからこそ俺も、前を向こうと思える。恋人という関係は、未だに良く分からないけど。
リサ姉と過ごしていたら、少しは分かるのだろうか? 恋愛というものの正解が。
「食べたらどうする? またどっか行く?」
「暇だし良いよ」
大体恋愛とは何なのか、という事を正確に説明出来る人なんて居るのか?
自分はこうだった、という体験談は出来るだろう。でもそれは、その人の経験談だ。
Aさんの恋愛経験が、Bさんの恋愛に活きるかは分からない。だって別の人間だから。
実際彩智と付き合っていた頃に調べた事は、半分ぐらい正解では無かった。
実践して上手く行く事もあったけど、結局はただの情報に過ぎなかった。
人によるとしか言えないというか、それで上手く行った人も居るというだけで。
これだけやっていれば大丈夫! なんて便利な恋愛のやり方なんて無かった。
「ほなちょっと買い物行かへん? 服買いたいし」
「良いよ。俺も何か買おうかな」
リサ姉はまた恋人ぐらい出来ると言ってくれている。本当にそうだろうか?
どうも俺にはピンと来ない。だって女心は俺にとって、難解過ぎて分からない。
リサ姉の事はある程度分かるけど、それは昔から知っているからだ。
恋人の気持ちすら分かっていなかったヤツに、これ以上の成長なんてあるか?
「もう結構暑いし、服装に悩むわぁ」
あんまり悩んでいても仕方ないか。分からない事を考えても答えなんか出ない。
それに俺は、こうしてリサ姉と過ごす時間が楽しいから。
「女性だと透けるとか気にしないとだもんね」
「それもやけどさぁ、年齢的にあんまり露出激しいもんは気が引けるし」
それは気にしないでも大丈夫そうな気がするけど。痴女みたいな格好でさえ無ければ。
「ちょっとぐらい大丈夫だよ。リサ姉スタイル良いから」
「でも30やで?20歳とちゃうからさぁ」
女性にとっての30歳って、そんなに気にする事なのだろうか?
子供を作るとかならともかく。服装なんて自由で良いと思うけどね。
海外の人なんて、露出をあまり気にしているようには見えないし。
激し過ぎなければ大丈夫じゃないのか? 今までもそんな変な格好をリサ姉がしていた事はない。
若干肌色成分が多めではあるけど、リサ姉みたいなタイプなら普通の範疇だろうし。
ギャルの人なら、そんな感じの服装だよねって。素直にそう捉えられる格好ばかりだ。
「いつもの大人っぽい服装なら大丈夫だよ」
「え〜ほな一輝君に選んで貰おうかなぁ」
俺がリサ姉の服を選ぶ!? そんな責任重大な役目をやっても大丈夫か?
似合いそうな服なら……ギリ分かるか? いやでもセンスは必要だからなぁ。
男物ならともかく、女性の服だとあんまり自信はない。
「俺、ギャル系ブランドとか分からないよ?」
「店はウチが決めるやん。一輝君の好みでエエから、1回選んでみてよ」
そう言われてもなぁ……本当に大丈夫か? 俺のチョイスで恥をかかせたくはない。
ただ俺が選んだ服をリサ姉が着てくれるのも、嬉しいと言えば嬉しいよな。
何と言うか、彼氏面じゃないけどさ。魅力的な提案ではあるんだよな。
「ま、まあ、1回ぐらいなら」
「楽しみやわぁ」
あんまり期待されるのはちょっと。滅茶苦茶良い笑顔を浮かべてくれているけど。
これは少し早まったか? 下手な事は考えず、無難なチョイスにしておこう。
「あんまり期待しないでよ?」
「なんで? 一輝君がウチに似合うと思ったもんを、選んでくれるんやし」
そもそもリサ姉が綺麗だから似合うってだけで、俺のセンスが光るわけじゃないよ。
リサ姉なら大体の服が似合うだろうし。ただ素材を活かせるかは選ぶ人間次第。
俺にリサ姉の良さを強調する服を、ちゃんと選べるかと言うと怪しいところだ。
「リサ姉なら何着ても似合うって」
「こういう時は、その返しじゃアカンのやで」
上手く躱そうとしたらダメだった。流石にこんな方法では許されないか。
そんな話をしている途中で、俺達の注文が届いた。リサ姉は日替わり定食。
俺はたらこスパゲティとミックスサンド。コーヒーは食後だからまだ来ない。
「ほらリサ姉、サンドイッチ」
「選ぶのは約束やしな?」
駄目だ全てを悟られている。何とか有耶無耶にしようとするも失敗した。
これは腹を括るしかない。俺にリサ姉の満足出来るチョイスが出来るのか、全然分からないけど。
「わ、分かったよ……」
「そない気張らんでエエて。一輝君が選んでくれる事が嬉しいねんから」
そんな理由なの? 本当にそれだけで良いの? どうも不安が残るなぁ。
言ってくれている内容は嬉しいけどさ。それはそれでプレッシャーなんだよな。
ガッカリされたらどうしようとか。露骨にそんな態度を出す人じゃないけど、やっぱり反応で分かるし。
何よりそこまで言われたら、良い結果を出したいと思うのが男心だよな。
「まあその、頑張ってみる」
俺に言えるのはそれだけだ。やれる限りやってみよう。リサ姉に似合うと思った服を選ぶだけだ。
「大丈夫やて、普段着のセンスあるし」
「そ、そうかな? ありがとう」
ちょっとしたイベントが決まったところで、俺達は昼食を楽しんだ。
考え方次第では、如何に俺がリサ姉を理解出来ているかという試験でもある。
女心は分からなくても、過ごして来た時間は長いのだ。そういう意味では、少し自信を持てる。
玉砕覚悟で一発決めてみせれば良い。そうして気合を入れつつ、俺はリサ姉と街へ繰り出した。




