第31話 少しだけ変わったリサ姉の反応
彩智との再会があってから、ほんの少しだけリサ姉の反応が変わった。何て言うのかな? より可愛くなった?
今までだったら軽く流していたような、俺の褒め言葉に照れる様子を見せている。本当にちょっとした変化なんだけどさ。
ただ少しの変化であっても、魅力的な女性がより魅力的になったのだから影響は大きい。今まで以上に破壊力が高い。
「最近の間島君、楽しそうよね」
助手席に座っている高嶺部長が、そんな話を切り出した。その指摘は当たっている。リサ姉のお陰で私生活が充実している。
単に美人と一緒に居るから、なんて理由ではない。何というか、昔に戻ったみたいで嬉しいんだ。
俺達の関係は昔より進んだ先にあるけど、根本的な部分は何も変わっていない。リサ姉と居る時間が楽しいのだ。
「いえまあ、それなりに」
美人という意味では、高嶺部長もそうだ。腰まである長い黒髪は美しく、いつ見ても艶がある。
リサ姉と変わらないぐらいの身長で、スタイルの良さも負けていない。リサ姉ぐらい美しい人は、高嶺部長ぐらいしか俺は知らない。
こうして上司として、教育係として一緒に居る機会が多い。美人は3日で飽きるというけれど、俺は今のところ見飽きてはいない。
会うたびに綺麗な人だなと思っている。薬指に指輪をしていないけど、多分彼氏か旦那さんが居るだろう。これだけ魅力的なのに、居ない筈がない。
「浮かれるのは良くないけれど、活力があるのは良い事よ」
「ありがとうございます」
今のところは大きなミスをせずに済んでいるので、注意程度しかされた事はない。良好な関係を結べていると思う。
職場では高嶺部長が、帰ればリサ姉が居る。俺には勿体ない美女が、いつも近くに居るというのは幸運だろう。
もちろん見た目だけで判断しているのではない。その容姿に見合うだけの、優れた内面を持っているからだ。
リサ姉は可愛らしくて、優しいお母さんで。娘へ真っ直ぐに愛情を注ぐ素晴らしい女性だ。理想の母親と言っても良い。
そして高嶺部長は、クールでカッコイイ大人の女性。厳しい面はあるけれど、真っ当な理由からの発言だ。
理不尽なパワハラを行うような女性ではない。俺から見れば、上司として理想的な人だ。優しい所もちゃんとあるし。
「最近は運転も安定して来たし、そろそろ1人で動いて貰っても大丈夫そうね」
「だ、大丈夫ですかね? 俺1人で……」
その評価は嬉しいけど、外回りを完全に単独で行うのは少し不安だ。今はまだ、隔日で高嶺部長が同行しているから安心だけど。
事故とかミスとか、何か失態を犯さないかという懸念事項は残っている。あと高嶺部長の奢りが無くなるのは少し悲しい。
安心感だけじゃなく、お財布事情としてもお得な点はあったからな。上司のお金で食うメシは、正直めっちゃ美味かったよ。
でもいつまでも高嶺部長が同行してくれるのではないと、分かってはいた事だから覚悟はしていた。いつかは巣立たねばならないと。
「間島君なら大丈夫よ。体調管理だけは気をつけてね」
「は、はい」
そろそろ時間は16時になる。後は会社に戻って、細かな仕事を終わらせるだけだ。今日はとりあえず、無事に仕事を終われそうだ。
1人で外回りを始めるのは、いつからになるのだろうか。明日からじゃない事を祈る。まだ少し自信が持てないから。
どうなって行くのかは分からないけど、出来る限り頑張ろうと思う。そんな覚悟らしきものを決める頃には、終業時間になっていた。
まあ、何とかなるだろう。あんまり考えていても仕方がないしな。なるようになると、考える様になれたのはリサ姉との関係がある。
ある程度適当でも、案外何とかなるのが大人の世界だ。意外とそこまで、誰しもが厳格に生きてはいない。
「高嶺部長、お疲れ様です」
「ええ、お疲れ様」
挨拶を済ませて退勤する。電車に揺られながら帰宅して、着替えたらお隣のリサ姉の家へ向かう。今週はリサ姉の家でご飯だ。
この関係が当たり前になってから、昔みたいに交わしている挨拶がある。かつてはほぼ毎日していたやり取り。
普通の家庭であれば、こんな事を特別視する必要がない。俺の家庭みたいな、特殊な家でなければ。
「ただいま」
「おかえり~もうちょい待っててや」
ただいま、おかえり。そんな日本では当たり前に交わされる言葉。だけど俺は、これが当たり前だと知ったのはリサ姉と出会ってからだ。
俺がまだ母親とも暮らしていた頃は、俺に向けられた事が無いコミュニケーションだった。ただいまと言っても無視されていた。
今思えば、母親は俺にどれだけ興味が無かったのだろう。お帰りすら言われない日々が当たり前だった。
友人達の家とは、何もかもが違っている。俺がそれを父親に話したのは何歳の時だったか。多分6歳か、7歳ぐらいだと思う。
それから俺の家は、色々と崩壊して行った。発覚した母親の不倫と、喧嘩が絶えない両親。そして相変わらず母親は俺に興味が無い。
「今日はカレーか。リサ姉のカレー大好きなんだよね」
「昔からそう言うてくれてたよなぁ。作り甲斐があるわ」
俺にとってのおふくろの味は、リサ姉の料理だ。実母の料理は、もう記憶に残っていない。普通の料理だったんじゃないかな。
リサ姉と出会ってから、俺の記憶は上書きされている。自分で作れるようになるまで、食事イコールリサ姉のご飯だった。
関西風の味付けだったのもあって、当時の俺には全てが新鮮だった。白みその味噌汁なんて初めて食べた。
その中でも特に刺激的だったのが、リサ姉のカレーだった。鰹節や昆布を使ってダシをとっているのが特徴だ。
普通のカレーと違って、風味があって食べやすい。昔は良くカレーが良いとせがんでいた。流石に毎日は断られたけど。
「運ぶの手伝うよ」
そろそろ出来上がりそうだから、料理を運ぶのを手伝う。ずっと待っているのも悪いからね。
昔からの習慣だって言うのもある。こうしてリサ姉を手伝うのは、当たり前の日常だったから。今も無意識に自然と体が動く。
「ありがとう。ほなサラダを頼むわ」
「オッケー」
昔から続いていた関係性。毎日のようにこうして、俺はリサ姉と過ごして来た。しかし見える風景は昔と違う。
俺もだいぶ背が伸びたし、住んでいる家も違う。懐かしいのに、どこか新鮮味がある。殆ど同棲みたいな生活だからだろうか。
それにリサ姉の知らなかった面を見たのもあるだろう。男女の関係として、触れ合って来たから。裏の顔、というと少し違うかも知れないけど。
特別な男性にしか、見せる事の無いリサ姉の姿や表情。話し方や声、色々と俺は知ってしまったから。もうただのガキとお姉さんじゃない。
「ほな頂きます」
「頂きます」
俺にとって母親の代わりであり、姉の代わりでもあった女性。そんな初恋のお姉さんと、こうして2人きりで過ごす毎日。
やはりどこからどう見ても、魅力的なお姉さんだ。優しくて綺麗で可愛らしくて、料理も上手で完璧だ。
「うん! 美味い! やっぱりリサ姉は、良い奥さんになれるよ」
噓偽りない俺の本音。将来的に再婚を考えているリサ姉に、自信を持って欲しいから。決してその相手が俺では無かったとしても。
「……ありがとう」
今までだったら、褒めてもなんもあげへんよ~とか言われていた。それがこんな風に、柔らかな笑顔で返してくれる。
本当に可愛いなぁリサ姉は。こんな人と一緒に、毎日ご飯を食べている幸運に感謝だ。スタートが不幸であったとしても。
俺達には辛い出来事があったけど、今では少し前を向けているから。俺だけじゃなくて、きっとリサ姉もその筈だ。
少しずつだけど、夜に寝ながら涙を流す回数が減っている。俺が居るお陰……だと思っても良いのだろうか。
彼女の悲しみを多少なりとも軽減出来ているのなら、そうであるなら嬉しい。こうして笑い合いながら、共に過ごす事で役に立てているのなら。




