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第30話 俺は貴女の努力を見て来た

 思いもよらない彩智(さち)の登場で、俺とリサ姉は対応を迫られた。泣きじゃくる彩智を、リサ姉が慰めたのは流石だった。

 妊娠するなり別れを告げられてしまった彩智に、親身になって寄り添っている。俺にはとても出来ない芸当だ。

 そもそも男性である俺には、妊娠した女性の気持ちが分からない。不安な気持ちとか、色々と複雑だろう事は分かる。


 ただそれぐらいしか分からず、何がどう辛いかなんて、表面的にしか分からない。浅い知識しか持っていないから。

 性教育で学ぶ範囲と、ネットで得た中途半端な知識だけ。それもどこまで正確な内容であるのか、正直怪しいところだ。

 彩智から状況を聞いたリサ姉は、涙を流す彩智に色々な事を伝えた。まだ中絶手術が可能な期間である事。

 中絶手術を行うリスクや、必要な凡その費用。そして命を宿した事の重さについて。仮に堕胎するとしても、楽になれるわけではないと。


「中絶は人によって、不妊の原因にもなる。それにアンタはもう分かってるやろ? そこに1人の命が宿ったって。中絶した後も、その事実は残り続ける。産まなかったからって、無かった事にはならへん」


 俺には先ず出来ない話だ。子供を生んだ事のあるリサ姉だから言える事。1人の命を背負うという、母親だからこその意見。


「じゃあ産めばエエんかって言うとそれも違う。産んだらアンタは、母親をやらなアカン。アンタは愛せるか? 自分を見捨てた男の子供を。自分の子やからって、ちゃんと向き合えるか? 捨てた男の面影を我が子に見て、平静で居られるか?」


 何もかもが、俺みたいな若造には足りていない考え方。そこまで考えて生きて来た事なんてない。望まぬ妊娠をさせてはいけない、それぐらいなら分かる。

 だからこそ俺は、彩智の意見を尊重して手を出さなかった。今でこそリサ姉と肉体関係にあるけど、避妊は絶対にしている。

 その程度の事は、リサ姉が今話している内容と比べれば、浅はかも良いところだ。こんな男がリサ姉と付き合うなんて、分不相応だろう。

 だから俺は、これぐらいの立ち位置がお似合いなのだろう。都合の良い男が最大値で、リサ姉の運命の人には決してなれない。


「でも今一番に考えなアカンのは、アンタの体とお腹の子や。どっちも命の問題や、簡単に答えが出せる話やない。せやけどその割には、案外簡単に子供が出来てまう。ホンマにな、色々と考えるねん。子供が出来るとな」


 彩智は黙ってリサ姉の話を聞いている。それは俺も同様だ、口を挟む余地なんて全くない。リサ姉の話は、あまりにも奥が深い。

 女性が妊娠するというのは、俺達男性が思っているよりも、遥かに大変な事なのだろう。まだまだ考えが甘かったと思い知る。

 おまけに彩智が置かれた状況が、非常にややこしいという問題もある。なんと相手は、40歳近い既婚者だったのだ。


 それと同時に、リサ姉の心が心配になる。今は離れて暮らしている、娘の杏奈あんなちゃん。これだけ考えている人が、何も思わない筈がない。

 リサ姉が夜に流す涙は、もしかして娘の事を思ってのものだろうか? そうであるのなら、俺はあまりにも無力だ。

 部外者過ぎて、何もしてあげられない。家族でもない俺は、どうにも出来ない。だって俺は……ただの他人だ。


「その辺も含めて、先ずは親とよう話し合いや。ほんで男にも責任取らせたらエエ。今のご時世、逃げ切るのは簡単やないしな」


 暫く続いたリサ姉の話は終わり、彩智は実家に帰る道を選んだ。俺は体を大切になとしか、彩智に伝える事が出来なかった。

 彩智の来訪で空気がガラッと変わった室内で、俺はリサ姉と向き合う。あんなに自信満々に話していたリサ姉は、少し辛そうにしている。


「あの子に偉そうな事を言うといて、ウチはこの有様や。全部自分に返って来る事ばっかりや」


「そ、そんな事はないって!」


 やっぱり気にしていたらしい。当然だろう、リサ姉と彩智の状況はそう大きく変わらない。結婚したかしていないか、そこぐらいしか大筋は変わらない。

 男性側が裏切って、女性側が裏切られた。その構造は何も違わない。どうしてそんな簡単に、裏切る事が出来るのだろう。

 リサ姉の元旦那さんは、嘘をついて女子大生と不倫をしていた。彩智の彼氏は、同じく嘘をついて独身を装っていた。

 何故そうなる? 付き合うなり結婚するなりした、愛する相手ではないのか? 大切だと思ったから、一緒になった筈なのに。


「中途半端に母親やって、中途半端にリタイアした女や。哀れなもんやで」


 リサ姉は自分を責めている。裁判で負けて失った親権、離れ離れになった娘。辛くない筈がないのだ。

 大丈夫そうに見えても、笑っているとしても。心の傷までは消えてくれない。そんな簡単に割り切れないだろう。


「中途半端なんかじゃないよ! あんなに愛情を込めていたじゃないか!」


 それだけは否定したい。俺はそれを良く知っているから。リサ姉は中途半端な母親なんかじゃない。立派な母親だったし、今も変わっていない。

 今まで俺が見て来たリサ姉というお母さんは、間違いなく世に誇れる存在だ。毎日毎日頑張って、娘を育てていた。

 食べ物にも気を遣っていたし、病気になった時はつきっきりで看病していた。とても熱意を込めていたのを知っている。


「俺が見て来たリサ姉は、どう考えても立派な母親だよ」


一輝かずき君……」


 きっと色々と考えてしまうのだろう。娘とのこれまでや、元旦那と積み重ねて来た過去。これからの未来についても。

 どれだけ強い人であったとしても、辛くないわけじゃない。心が痛まないなんて事は無い。むしろ辛い事の方が、多いのではないだろうか。

 裏切られるというのは、何よりも辛い事の筈だ。それも特別な相手からの裏切りなんて余計に。

 俺も母親が大切に想ってくれていないと知った時は、かなり辛かったのを覚えている。今はもうどうでも良いけれど。


「だからそんな風に言わないで。誰が何を言おうとも、俺はリサ姉の過去を肯定する。そして今のリサ姉も」


 どういう理由でリサ姉を裏切って、不倫に走ったのかは知らない。ただこれだけ魅力的な女性なのだから、不満なんてない筈だ。

 今のリサ姉も昔と変わらず、綺麗で可愛らしい女性だ。勝手にこんな事を思うべきなのかも知れない。

 だけど俺は敢えて断言する。リサ姉を裏切る方が、絶対におかしいと。俺なら毎日がバラ色に感じるだろう。

 だって今の生活が既に、楽しくて仕方ないから。もしこれが結婚生活だったら、どれだけ嬉しいだろうか。


「こんなに魅力的な女性が、哀れな筈ないよ」


 目の前にいるリサ姉の頬を軽く撫でる。もう何度も触れたリサ姉の肌は、触り心地がとても良い。

 するとリサ姉は俺の胸に顔を埋めて、背中に手を回して来た。多分きっと、そういう事だろう。俺はリサ姉を抱き締めた。

 何を思っているのかは、俺に察する事が出来ない。付き合いは長いけど、何もかもを理解出来る領域にいない。

 ただこうして欲しいのだろうな、という予想が立てられるだけで。それに、これで正解だったらしい。

 リサ姉はより強く俺を抱きしめている。もっとして欲しいという訴えだろう。少しだけ腕の力を強める。暫くすると満足したのかリサ姉は俺から離れた。


「あ、そうだリサ姉」


「うん? どうしたん?」


 これだけは言っておかないといけないと思った。彩智の一件があったからこそ、明確にしておくべきだと思ったから。


「もしリサ姉に子供が出来たら、その時は結婚しよう」


「なっ!? は!? だって一輝君、ちゃんと避妊してるやんか」


 責任を取らなくて良いというけれど、そこだけは絶対に決めておきたい。避妊をしたからと言っても、100%じゃないのだから。

 万が一という事もある。もしその僅か数%を引いてしまったら、もうバツイチとかどうかは関係ない。

 都合の良い関係は終わらせて、子供と向き合うべきだろう。俺では夫として、役不足も良い所だろうけど。


「もし出来たらの話だよ。そうなったら流石にさ、幾らセフレだって言ってもさ」


「…………わざと作ろうとしないって、約束してや?」


 もちろんそんな真似はしない。ただ体の関係を続ける上で、そこだけはハッキリさせておいた方が良いと思っただけ。

 大体そんなカスみたいな真似をして、リサ姉を俺のものにしたいとは思わない。リサ姉が俺を選んでくれるなら、とても光栄な事だけどさ。

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