第27話 連休明けの仕事
リサ姉と過ごすGWは終了し、俺はまた社会人として朝から出社する。
とは言え今朝も、リサ姉に送り出して貰っているのだけれども。
今では殆ど同棲状態に近く、ほぼ毎日一緒に過ごしている。
ある意味では昔に近い。父子家庭の俺は、良くリサ姉に面倒を見て貰っていたから。
「おはよう真島」
会社に着くと同期のイケメン、西川春樹と遭遇した。今朝も爽やかな雰囲気を纏っている。
「おはよう西川」
「機嫌が良さそうだな。連休中に何かあった?」
何かどころか、良い事しか無かった。かつて憧れた初恋のお姉さんと、ずっと一緒に過ごせたのだから。
例えそれが、傷の舐め合いに過ぎないとしても。俺にとっては幸せな時間だった。
「ま、まあね。楽しい休日だったよ」
その内容まで話すつもりは無いけれど。人に聞かせるような事でもない。
「連休明けの出社なのに、楽しそうで羨ましいね」
「いやそれは辛いけどさ」
単に行ってらっしゃいのキスを貰ったから、今はまだ上機嫌なだけだ。普通に満員電車は辛かった。
あんなものを喜べる奴は居ないだろう。もう少し本数を増やして欲しいよ。
しかし地方の都市なんて、東京みたいに何本も朝からダイヤは増やせないだろう。
東京はもっと人が多いから、比較対象として正しくはないのだろうけどさ。
そんな雑談をしながら、西川とロッカールームに向かう途中で、華やかな美人上司である高嶺部長と遭遇した。
「おはよう真島君。朝礼が終わったら、私の所に来てちょうだい」
「おはようございます。分かりました!」
軽い挨拶を交わしながら、西川と男性社員用のロッカールームへと入る。
既に出社していた何人かの社員達が、自分のロッカーへ荷物を置いたり、雑談したりしている。
そろそろ暑くなって来たから、スーツでの出社から私服での出社に切り替えても良いかもな。
俺の働いている田邉物産は、私服での出社を認めている。あまり奇抜な格好だとダメらしいが。
あくまでフォーマルな服装か、最低限だらしなくない格好と決められている。
判断がやや難しいところだが、ギリギリを攻めるつもりはない。
暑苦しくない普通の服装で良いだろう。荷物が増えるのは少し面倒だが。
それぐらいのデメリットは許容出来る。これからどんどん暑くなるし。
「真島ってさ、本当に高嶺部長と、普通に受け答えするよな。怖くないのか?」
「前も言ったけど、良い人だぞ? 見た目は少し冷たく感じるかも知れないけど」
どうにもまだ誤解は完全に解けていないらしい。酒の席で少し話したぐらいじゃ足りないか。
高嶺部長はただクールなだけで、決して怖い人ではない。そりゃ怒らせた場合は別だろうけどさ。
そういう意味ではリサ姉だって怒ると怖い。ゴリゴリのギャルが、関西弁で怒るから尚更だ。
美人は怒らせると怖いって言うからな。それだって当たり前の話だとは思うけど。
怒っても怖くない人って居るのか? 居るとするなら、相当気弱な人物ぐらいだろう。
「俺にはまだ実感がないよ。部署が違うのもあるだろうけど」
少し冗談めかした感じで、西川は肩を竦めてみせる。そんな動作も似合っているのだから、イケメンは羨ましいよ。
「ご飯でも一緒に行けば分かるぞ?」
「……そんなナンパみたいな真似は出来ないよ」
確かにそれもそうか。別部署の新人が、いきなり食事に誘うのもおかしな話か。
下心を疑われても文句は言えないだろう。じゃあだからと言って、俺が西川も誘うのは変な話だ。
俺の同期を呼んでも良いですか? なんてどうして聞けようか。
しかも高嶺部長と食べる時は大体出先だ。社内に居る時はあまり一緒にならない。
高嶺部長は外食派で、俺は基本的に弁当派だ。高嶺部長と一緒だと分かっている日以外は、弁当を持参している。
「まあ、その内分かるよ。会社の飲み会とかで」
「その時は付き合ってくれよ。流石にタイマンで話すのは気が引ける」
西川と雑談をしつつ、自分の担当部署へと向かう。営業部に着いたら始業時間を待つ。
5分ほど待てば9時となり、今日の仕事が始まる。最初は朝礼から始まり、高嶺部長から淡々と説明が入る。
今日の目標と今週の目標、連休前に処理が済まなかった案件など。
要点だけを綺麗に纏めた内容で、無駄な要素は一切ない。とても分かり易い内容だった。
「では今日も1日、事故とミスに気をつけて行動して下さい」
高嶺部長はそう締めくくり、他の社員が各々の仕事へと移って行く。
俺は高嶺部長の下へ向かい、本日の指示を受ける。今日は予定通りなら、新しい営業先を教えて貰う予定だ。
行き先は少し離れた位置にあるホテルだ。イタリア料理が売りのレストランが入っている。
取引先がどういう所なのか、正確に把握しておくのは大切だと、以前に高嶺部長から教わった。
俺はその教えを守り、先週の内からしっかりと把握している。
社内にある資料やこれまでの取引、卸した商品の内容等に目を通した。
「それじゃあ真島君、コンフォルトに行くわよ」
「はい、宜しくお願いします」
行き先はコンフォルトという名前のホテル。名前の意味は心地よいという意味を持つイタリア語、コンフォータブルから取ったのだったか?
確かそんな理由だったと思う。公式ホームページにはそう書いてあった筈。
「いつも通り最初だから、私が運転するわ」
営業車のキーが掛けられたラックから、キーを取りながら高嶺部長は言う。
「お願いします」
高嶺部長は何をやっていても、様になる格好良い女性だ。堂々と前を歩く姿が頼りになる。
ビジネスバッグを手に、2人で営業部を出て行く。この関係にもだいぶ慣れて来た。
まだまだ社会人として経験は浅いけれど、この人が教えてくれるから安心だ。
リサ姉と居る時とはまた違った安心感がある。カリスマ性ってやつだろうか?
高嶺部長に着いて行けば、何故か大丈夫だと思える。付き合いはそんなに無いのに不思議だ。
「連休はちゃんと休めた? また寝不足になっていない?」
休めたと言えば休めたし、ある意味ではとても体力を使いもした。
だがこんな話は西川以上に出来ない。話せば一発アウトのセクハラだ。
初恋のお姉さんとイチャイチャしまくりでした、なんて絶対に明かせない。
例え酒の席であったとしても、仲の良い同性にしか言えない話だ。
「休めましたよ。充実していました」
嘘はついていない。本当でもないけれど。若干腰が痛いけど秘密だ。
「そう。悪い遊びをしていないのなら問題ないわ」
「わ、悪い遊びって……」
それは若干当てはまるというか、人聞きがあまり良くない事はしていた。
「警察のお世話になるような遊びよ。学生気分が残ったまま、行き過ぎた遊び方をする新人がたまに居るから。真島君は無縁そうだけどね」
なるほどそういう意味でしたか。確かに俺は人様に迷惑を掛ける遊びはしない。
車で暴走行為をするとか、女の子を酔わせて無理矢理とか。その手の行為に興味はない。
あとは迷惑行為をSNSにアップするとかもね。何が楽しいのか理解出来ない。
未成年飲酒や喫煙なども手を出さなかった。何人かの同級生にその疑いはあったけれど。
「俺はその手の遊びに興味ないので」
これは一切の偽りない言葉だ。セフレは居ても迷惑行為はやっていない。
「そう。いつまでもそのままで居てね」
駐車場に着いたので、高嶺部長と営業車に乗り込む。そう言えば高嶺部長は、休日にどうしているのだろう?
少し気になるけど、プライベートだしなぁ。しかも女性の。聞いたら不味いか?
でも休日の過ごし方を聞くだけだしなぁ。リサ姉と接する上での参考にも出来るし。
世の中の大人の女性は、普段どうしているのか聞くだけだ。少しぐらい構わないだろう。
「高嶺部長は、休日どうしているんですか?」
「……男漁り」
うん? 今なんて? 男漁りと言いましたか? とても真面目そうな高嶺部長が?
「え、えっと……」
「ふふ、冗談よ」
で、ですよね〜〜ビックリした。こんなに仕事の出来る人が、そんな趣味を持つ筈がない。
ちょっと、いやかなりビックリしたよ。高嶺部長も冗談とか言うのか。
それぐらいには仲良くなれたって事かな? そうだったら嬉しい。純粋に部下として。




