第26話 抜け出せない沼
GW最終日、ウチは今日も一輝君と過ごしている。この連休はずっと彼と一緒やった。それもあと数時間で終わりやけど。
この連休はめちゃくちゃ居心地が良かった。彼はウチを大切にしてくれるし、温かい気持ちを届けてくれる。
こんなにも大事にされたのは、もしかしたら初めてかも知れへん。前の旦那でも、ここまで優しくは無かった。
都合の良い関係は続けても、付き合いはせんなんて無茶苦茶を言っても、一輝君は嫌がらない。
「リサ姉、味付け大丈夫だった?」
彼はウチが教えた料理をちゃんと覚えて、今も続けてくれている。今ではこうしてウチに振る舞ってくれる。
「うん、美味しいで。大丈夫や」
彼の作ったハンバーグは、良い方向にアレンジがされている。ブラックペッパーが程よく効いていて美味しい。
ただウチの言う通りではなく、自分なりに勉強もして腕を上げて来た。家事でも頼りになるエエ男や。
昔から気の利く子やったから、こういう大人になるのも納得出来る。こんな優良物件はそうそう無いで。
「良かった~。リサ姉に食べて貰おうと思って、新しく調べた作り方だったから」
「え、そうなん? 嬉しいわぁ」
こうして彼は、ウチの為に色々とやってくれる。一輝君には悪いけど、独り身になってくれて助かった。
そして彼を捨てた元カノは、一体何を考えていたんやろうな? お陰で今彼がフリーだから、こんな関係が続けられるんやけど。
彼女がおったら流石にアカンからなぁこんな関係は。今だからこそ恋人未満として、一緒に居る事が許される。
だけど正直な話、ずっとこのままで居たい。彼の恋人が出来ないまま、こうして2人で居られたら。
望んではいけない未来。ウチには許されない将来。バツイチという呪縛が、彼との未来を曇らせる。
「こんだけ出来たらエエ旦那さんになるで」
「え? そ、そうかな?」
普段は厳つい顔立ちやけど、こうしていると笑った顔を見せてくれる。昔から変わらない、可愛らしい表情。
ウチは年下に興味は無いと思っていたけど、一輝君は例外みたいや。男性として、とても惹かれている。
この子が最初の結婚相手やったら、こんな事で悩む必要なんて無かったのに。でもそれだと、杏奈が生まれていない。
そもそも一輝君と出会う事も無かった。今更そんな有り得ない事を願っても、どうにもならないと分かっている。
「家事全般出来て、小さい子の面倒見もエエしな。理想的なパパ像まんまやで」
本当にそうや。あまりにも理想的過ぎて羨ましい。彼と結婚する事になる女性が。本当に心からそう思う。
こんなにエエ人が近くに居たら、きっと誰もが彼を狙う。今はまだ独り身でも、いつまで続くか分からない。
彼の幸せを素直に願いたいのに、この立場を譲りたくない。彼の中心に居るのは、ウチのままであって欲しい。
「あんまり褒められると照れるなぁ」
年齢差、バツイチの壁。他にもウチと一輝君の間には、面倒な障害がある。あと5年もすれば、ウチは子供を作るのが難しくなる。
リスクの少ない出産が出来なくなるまで、もうタイムリミットが迫っている。5年なんてあっちゅう間や。
仮に一輝君と結婚するとしてや、家庭を持てるぐらいの資金的余裕が出来るまで時間が必要や。今から最低でも2年は見とく必要あるか?
33歳が目前という所で、妊活を始めて上手く行く可能性は結構低い。対して今22歳の若い子らが相手なら、まだまだ時間的な余裕がある。
ウチみたいなリスクがどんどん上がる相手よりも、若い子と結婚した方が絶対にエエ。それが彼の為やて、分かっているのに。
「会社の飲み会とか行ったら、料理が得意って絶対言うときや。今は料理が出来ひん女の子も多いしな」
「へぇ~そうなんだ……あ、彩智も出来なかったな」
だからこそ一輝君は、これからの婚活市場でとても強い。敢えて実家暮らしを選ぶ子もおるから、自炊をしない傾向にある。
確かこの前なんかで見た。自炊する20代の女性は3割しかおらへんて。ほな残る7割ぐらいの女性からしたら、彼はとても価値が高い。
料理が出来る子らだって、一輝君と同レベルに作れるとは限らへんしな。ウチが鍛えた一輝君は、世間の主婦と変わらんぐらいの腕前や。
だからこそ、尚更ウチの出番は無くなっていく。一輝君は女の子を選びたい放題で、ウチは選んで頂く側や。全然立ち位置が違う。
「ほんま羨ましいわ~。一輝君と同世代の女子達が」
「そんな大層な男じゃないよ」
彼は自分の価値をあまり分かっていない。頼りになって優しくて、顔もエエし体格だってしっかりしとる。そんで家事が出来るんやからパーフェクトや。
あと夜の方もどんどん技術が上がって来ている。まあセックスが好きやない子やと、ちょっと合わんかなってぐらいやな。
それぐらいしかマイナス部分は無いし、後は時間の問題やろうな。はぁ……このままずっと、GWがループしたらエエのになぁ。
ずっと同じ時間を繰り返す、昔そんな映画があったなぁ。ウチだけは繰り返しに気付いてて、ひたすら同じ日を楽しむってやつ。
昔はそれの何がおもろいねんって思ったけど、今は理解出来てしまう。このまま今の時間が続いて欲しいから。
「何や綺麗な上司もおるんやろ? その人はどうなん?」
「ないない! リサ姉と変わらないぐらい綺麗な人だし、結婚していると思う」
変わらないって言われると気になるなぁ。どんな人なんやろうか? エエ会社で優秀な人らしいし、学級委員とかやってたタイプやろか?
「その人とウチやったら、どっちが綺麗なん?」
ちょっと意地悪なんは分かっているけど、どうしても聞いてみたくなった。がり勉タイプに負けたくはないねんなぁ。少なくとも頭では負けてるんやし。
「え~? うーん…………リサ姉かなぁ」
「悩むんかいな! まあエエけど」
悩みはするけど、ウチの勝ちならそんでエエわ。少なくとも負けへんかったという事実で満足しておくわ。
でもまあ、そんな事で勝っても意味はないねんけどな。どうせ最後に負けるのは、ウチなんやからな。一輝君と結婚する未来がウチには無い。
「なあ、そろそろ飲まへん?」
夜も終わりが見え始めてる。晩御飯も済ませて、後はお風呂と寝るだけや。でもその前に、もう少し2人の時間が欲しいから。
「連休最後の夜だもんね。良いよ、付き合う」
一輝君は酔うと普段より積極的になってくれる。それを分かっているから、こうして提案している。もう少しだけ、愛されたい。
明日からは新しい仕事が始まって、色々と頑張らなアカン。だからその為の元気を、与えて貰いたい。モチベーションを上げたい。
2人で缶ビールを空けながら、楽しい時間を過ごしていく。アルコールが回って来た一輝君は、ウチの事をいつも以上に褒めてくれる。
可愛い、綺麗、美人、色んな言葉を投げてくれる。それがとても嬉しくて、彼と飲むお酒はとても美味しい。
「俺がリサ姉の彼氏だったら、毎日大切にするのに」
酔った勢いで出て来た言葉なのか、本心なのかどっちだろう。本心寄りな気はするんやけど、間に受けてエエか分からない。
慰めるつもりで言うてるだけかも知れへん。一輝君はそういう所がある。ウチが言って欲しい言葉を普段も選ぶから。
でもウチもアルコールが入っているから、正常な判断が出来ているか分からへん。気付けば彼の顔がすぐ近くにあって、ウチの体はキスをしていた。
「せやったら今夜も、大切にして欲しいなぁ」
以前は寂しさが大きかった。でも今は、一輝君を手放したくないから彼を誘う。女性である事を活かして、繋ぎとめようとする。
これじゃアカンと分かっていても、まだまだ止められそうにない。だってウチはもう、一輝君という沼にハマり切っているから。




