第25話 2人で過ごす日々
お昼はリサ姉と買い物に出掛けている。少し怒っていたけれど、今は落ち着いている。
デートDVの話は一旦脇において、近所のスーパーで買い出しだ。
食費は折半と決めているから、カゴを分ける必要はない。どうせ2人で食べるのだから。
俺がショッピングカートを押しながら、リサ姉のすぐ後ろを着いていく。
「一輝君とこ、人参は?」
「まだ大丈夫かな。リサ姉が必要なら買っておこう」
お互いのストックは様々だ。毎日同じだけ減るわけじゃない。
その時々で作る物は変わるし、何を食べたいと思うかは日によりけり。
だからこその折半だ。そこに何の不満もない。変に細かくやり取りするより分かり易い。
「そろそろ暑くなるやろし、メニューに悩む所やなぁ」
思案するリサ姉の表情が、とても可愛いくて良いと思う。
いつも通り小麦色の肌は艶があり、触れた時のモチモチ感が見るだけで分かる。
外出用に軽いメイクが施されており、美しい整った顔立ちは更に磨きが掛かっている。
バチバチのカールしたまつ毛、丁寧に引かれたアイライン。
薄ピンクのチークに真っ赤なリップ。どれも素材の良さを引き立てている。
「一輝君はどう思う?」
「ん〜そろそろざる蕎麦か、そうめんでもやる?」
リサ姉は先程までと違い、オフな部屋着ではなくなっている。
黒のオフショルダーなワンピース姿だ。言う程派手ではないのだが、妙なセクシーさがある。
少しタイトな作りになっているからだろうか。それともリサ姉から放出されるフェロモン故か。
どうしても見惚れてしまうのは避けられない。やはり綺麗な女性だと改めて思う。
「ほな蕎麦つゆと麺つゆもやなぁ。どっちかの家においとけばエエか」
「……それで良いんじゃない? 2個ずつ買うのもね」
おっと、話はちゃんと聞いておかないと。リサ姉を眺める事ぐらいいつでも出来るのだから。
見惚れていないで買い出しに集中しよう。TPOは弁えないと。
「春キャベツもそろそろ終わりやなぁ」
良く話題になっている春キャベツ。3月から5月に収穫される物を指す。
「早いよね〜時間が経つの」
この前社会人になったと思えば、もう5月に入っている。体感だとまだ1ヶ月も経っていないのに。
大人になると時間の経過が早いと聞いていたけど、こんなにも違うものか。
高校生や大学生の頃は、無限に時間があるかと思うぐらい自由だったのに。
「せやで〜これから早いで。気付いたら30歳になってるんやから」
「そうなんだ? 俺もそうなるのかな?」
30歳までまだ8年あるけど、あっという間なのだろうか。ちょっと想像出来ない。
今のリサ姉と同じ年齢になる頃には、どんな人間になっているのだろう。
結婚して子供が居るのか、独り身のままか。それともまだリサ姉とこうしているのか。
「時間は大事にせなあかんで? 後から返ってこうへんからなぁ」
リサ姉が言うと説得力があり過ぎる。12年経って離婚だからなぁ。
俺もそうなったらどうしようか。リサ姉は美人だからやり直せるけど、俺はなぁ……。
リサ姉は魅力があると言ってくれるけど、他の女性からは全然だ。
唯一出来た彼女は、デートDV疑惑のある彩智1人だけ。これでは恐らく絶望的だ。
「気をつけるよ」
どうしようか、もし俺がDV気質のある女性にしかモテなかったら。
その時はもう、リサ姉に頭を下げてでも交際を願うしかなくなる。
貴女を下さいではなくて、俺を助けて下さいと。貴女しかまともな女性が周りにいませんと。
何か……それはそれでちょっと嫌だな。だいぶ情けないというか、みっともないよな。
「せや、今夜お刺身食べへん?」
「良いね! お酒に合うし」
鮮魚コーナーまで来た俺達は、刺身用の生魚を物色する。
温かくなって来たから、刺身というチョイスは悪くない。冬場はちょっとあれだけど。
そして何故か今唐突に、女体盛りという単語が頭をよぎる。本当に何故か分からないけど。
今もやっている人が居るのか知らないけど。まあ特殊な刺身の食べ方だ。
裸の女性を皿の代わりにして、刺身を乗せて食べるというアレ。
AVぐらいでしか俺は実物を見た事がない。それもネットのサンプル映像だけだ。
良さが分からなかったというか、シンプルに不潔では? と思ってしまった。
だけどもしリサ姉にやって貰えたら……ちょっと有りかも知れない。
もちろんやらないけどさ。やらないけど、少し見てみたくはあるな。
「一輝君?」
「はいっ!? な、何かな?」
昼間から何を考えているのか。リサ姉とそういう関係になったからと、浮かれ過ぎているのかも。
大体冷静に考えれば、リサ姉で女体盛りってなんだよ。頭が悪い発想だぞ。
「サーモンもいるかなって」
「あ、あ〜。うん、食べたいかな」
あくまでサーモンの刺身がね。女体盛りじゃなくてね。本当に何で急に浮かんだ?
ボーッとしていると唐突に変な事を考えてしまうな。これは良くない傾向だ。
また変な事を考えてしまう前に、リサ姉との買い物を満喫しようじゃないか。
そう例えば、リサ姉の旦那になるとこんな感じなのかなとか……うん? いや違うな。
これ昔から何も変わってなくないか? 一緒にスーパーで買い物していたあの頃のまんまでは?
まだ俺が小さかった頃、リサ姉と近所のスーパーで買い物は何度もした。
ほぼあのままで、何かこう……特別感はこれと言ってない。昔から知っている弊害か。
もしリサ姉と結婚したら、という妄想を過去の積み重ねが邪魔をして来る。
「そこの奥さん! 良かったら食べてみて下さい!」
たまたま通り掛かった加工品コーナーで、ウインナーの試食が行われている。
以前と同じ様に、リサ姉が奥さん扱いされた。もしかして他人から見れば、俺達はお似合いなのだろうか。
もしそうであるのなら嬉しい。かつてはチョロチョロと着いて回るガキだったからな。
それが今では、リサ姉と夫婦である様に見えているなら。俺もちゃんと大人に見えているという事だ。
妄想なんかしなくても、リサ姉と夫婦に見えているなら光栄な話だ。
2回目だから流石に偶然という事ではないのだろう。男冥利に尽きる。
「なあまた奥さんやて! やっぱり一輝君と居たら若う見られるんやな!」
店員さんには聞こえない様に、小声でリサ姉が耳打ちして来た。
とても良い笑顔で、リサ姉は喜んでいる。俺も貴女と夫婦に見られて嬉しいよ。
こんなに綺麗で可愛いお姉さんと、結婚しているように見えたという事だからさ。
リサ姉が喜んでくれるのなら、幾らでも旦那代わりをやりますとも。
本当はただのセフレに過ぎないとしても。俺は貴女の喜ぶ姿が見たいから。
「旦那さんもどうぞ」
「どうも」
いちいち訂正する気はない。店員さんには俺達が夫婦に見えた。それだけの話。
気分を良くしたのか、リサ姉はウインナーを購入するみたいだ。
俺の大切な人を喜ばせてくれたんだ。販売員のおばちゃんに貢献しておくよ。
たった一袋で成績が変わるのかは知らないけど、これからも頑張って欲しい。
加工品のコーナーから離れて、お菓子のコーナーへと移動する。
「あ、でもごめんな。一輝君はウチと、何回も夫婦扱いは嫌ちゃう? 8歳も離れてんのに」
はしゃぎ過ぎたとリサ姉が、そんな事を言って来る。嫌なわけが無いよ、とても光栄だ。
「嬉しいぐらいだよ。外に居る時は、リサ姉の旦那役をやるよ」
あくまでも役。本当の夫婦ではない。それでも貴女が喜んでくれるなら。俺はその為なら何でもやる。だってリサ姉は、憧れのお姉さんなのだから。
「…………ありがとうな」
少し恥ずかしそうに笑うリサ姉は、今日1番の可愛さを見せていた。




