第17話 楽しい時間
マリンパークに入れるまで結構掛かった。30分は待ったけど、リサ姉と一緒だったから楽しい時間でしかない。
昔とは関係性が変化したとは言え、2人で過ごす時間が心地よいものであるのは変わらない。
余計な気を遣わなくて良いというか、相手の望みが分かるから変な空気にならない。
「見てや一輝君、変な色のヒトデ」
「本当だ、保護色なのかな?」
リサ姉と並んで順路通り、海洋生物の展示エリアを移動している。人が多いから、先程までより距離が近い。
そうなると当然ながら、リサ姉の柔らかい感触をより一層感じる事になる。
もちろんリサ姉の良い匂いもしている。これは香水や柔軟剤の香りではない。
化学成分由来ではないのを知っている。何故なら俺は、風呂上がりのリサ姉と最近一緒に居るから。
何も付けていない時の香りを知っている。昔から知っている、憧れのお姉さんから漂う香り。
「タツノオトシゴも見た目はわりと可愛いやんなぁ」
「え? あ、うん、そうだね」
いかん、水槽に集中出来ない。今は性欲を滾らせるタイミングではないだろう。
駄目だと分かっていても、どうしても意識してしまう。童貞じゃなくなっても、そこは変わらない。
童貞みたいな反応だとか、良く言われる諸々のアレ。結局はさ、隠すのが上手くなるだけじゃない?
絶対みんな性欲自体はあるだろ。魅力的な女性と一緒に居て、何も感じないなんて有り得ないだろう。
もちろん友達とか知らない人なら別だ。でも彼女とか肉体関係にある人とか、その場合なら感じる筈だ。
取り繕うのが上手くなっただけで、本音の部分は変わらないんじゃないか?
少なくとも俺はそう感じた。多分俺もリサ姉と関係を続けて行けば、上手く隠せるようになるのだろうか。
ただ今の俺はまだ初心者も良い所。どうにかして平静を保たないと。
「もう一輝君、水槽の中やのうてウチを見ててどうすんねんな。嬉しいけどや」
「いやその、ごめん。つい」
ご尤もなんだけど、密着度合いがね? スタイルの良いリサ姉とくっつくとどうしてもね?
それだけじゃなくて今日も可愛いなとか、色々と考えてしまう。本当に魅力的で困る人だ。
でもまあ……少し落ち着かないとな。せっかく2人でデートに来ているのだから。
「せやけど、ホンマ凄い人やなぁ」
あまりに人が多いから、ゆっくり観て回る余裕がない。人の流れに乗るしかない。
「こんな地方都市でも、人が集まるもんだね」
正直少し驚いている。GWだしオープンして間もないから、人が集まるのも分かる。
でもこんなに何処から人が来たのだろうと思ってしまう。
うちの県は人口がちょうど平均的な規模の土地だ。多くもなく少なくもない。
とても平均的な土地なのに、連休だからと沢山来場者が来ている。
そんな事を考えていると、少し落ち着けたみたいだ。このまま魚達に集中しよう。
「こらレストランは無理ちゃう? 何か買って食べよっか」
「確かになぁ。凄い並びそうだし」
ここマリンパークでは、アザラシの見られるレストランがある。可愛らしい姿を見ながら、ご飯を食べられる。
だが言うまでもなく、注目されている。恐らくはかなり並ばないと入れない。
リサ姉が好きなイルカのショーは、開催時間が決められている。あまり遅くなると合わせるのが難しい。
遅れてしまうと次の時間まで待たないといけない。それなら見たいものを優先する方が良さそうだ。
「アザラシも可愛いけど、また今度でエエし」
またって事は、一緒に次も来ようって意味? 良い方に捉えちゃうよ今日の俺は。
「夏ぐらいには落ち着いているかもね」
それぐらい先でも、俺達はこうしているだろうか? 仲の良い関係のまま、過ごせるだろうか?
肉体関係の方はともかく、リサ姉は今みたいな笑顔を見せてくれているかな?
せっかく再会して昔のように楽しく過ごせているのだから、もうこの関係を手放したくはない。
だけどいつか、リサ姉は再婚をするだろう。そのつもりはあるみたいだし。
「せやんなぁ、すぐ潰れんやろうしね。この人気ぶりやったら」
「そうだよ、こんなに人が来ているんだから」
大人気のマリンパークと同じように、魅力のある人も引く手数多だ。そしてそれは、リサ姉にも該当する。
幸せにはなって欲しい。だけどまた誰かと結婚したら、俺達の関係はどうなるのだろうか。
当然だけど肉体関係は終わりにしないといけない。結婚した後もなんて、続けられない。
続けようとも思わない。俺達は今、お互いに傷の舐め合いをしているだけ。
どちらかに相手が出来たなら、そこで終わりの関係性。ただそれだけの話。
「エイの裏側って顔にしか見えへんよね」
「ああ、分かるそれ」
だけど何故だろうか、ずっとこうして居たいと思ってしまうのは。
隣で笑っているリサ姉が、とても可愛いから? この姿を見ていたいと願ってしまう。
だけど最後まで共に居る相手は、俺じゃない。いつか誰かと、リサ姉は一緒になる。
多分だけど、同じバツイチ同士の再婚を願うんじゃないかな。
そうなると俺は対象外だ。昔と同じように、幸せなリサ姉を近くで見ているだけ。
何も変わらない。あの頃に戻るだけだ。それで良いじゃないか。
今はただのボーナスモードだ。リサ姉のみたいな美人と、特別親しい関係を体験出来る期間。
もうそう割り切って、気軽に過ごせば良いのかな。本来セフレなんて、それだけの関係なのだから。
「なあ一輝君、そろそろお昼にせん?」
色々と考えながらマリンパークを回っている内に、結構な時間が過ぎていた。
リサ姉が見たいイルカショーの開始時間を思えば、今の内に売店で何か買って食べた方が良いだろう。
「そうだね。えっと売店の位置は…………あっちだ」
リサ姉と共に売店へ向かう。ホットドッグのキッチンカーには、結構な列が既に出来ている。
「他も似たようなもんやなぁ。もうここでエエ?」
「俺は構わないよ。最近ホットドッグは食べて無かったし」
入場時程は並ばずに済み、ホットドッグのセットを2つ購入する。
「リサ姉はまだ給料入らないでしょ? これぐらい奢るよ」
「せやけど……エエのホンマに?」
全然構わないよと返し、俺がまとめて料金を払った。座れそうな所を探して、空いていたベンチを確保する。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん、ほな待ってるな」
俺はリサ姉を残して、お手洗いを探す。人が多くてトイレを探すだけでも大変だ。
人混みを掻き分けて案内表示に従って、1番近くのトイレへ向かう。
言うまでもなくトイレも混んでいた。男子トイレだから流れは早いけど、少し時間を食ってしまった。
思ったよりリサ姉を待たせてしまったから、早歩きでベンチへと戻る。
その時だった。昔聞いた覚えのあるキツめの関西弁が、遠くから聞こえて来たのは。
「離せって言うてるやろ! エエ加減にせぇよ!」
間違いない。本気で怒った時のリサ姉の声だ。俺がトイレに行っている間に、何があったんだ?
どうにかベンチまで戻ると、リサ姉の腕を掴む1人の男性。その隣にも1人別の男性が居た。
「彼女に何か用事でも?」
無遠慮にリサ姉の腕を掴んでいる男性の腕を、少し強めに握ってやる。
「いっ!? てめぇいきなり…………あ、いや、その……」
「用事は終わりましたよね?」
ニッコリと笑いながら、リサ姉の腕から男性の腕を引き離す。
以前よりこんな男達から、同級生の女子をガードする役目を任されて来た。
分かり易いナンパ野郎なんて、何度となく撃退して来た。対応なんて慣れたものだ。
「もも、もちろんですよ! じゃあ俺達はこれで」
「し、失礼しました〜!」
チャラそうな見た目の男達が、そそくさと逃げて行った。
未だにこんな事をする連中が、普通に居るのだなと少し感心した。もちろん良くもまあ馬鹿をやるよなぁと言う意味で。




