第12節:ナイアたんのスリットは必要です。
「ま、馬車と装備に関しては一日で手配するから、ちょっと待ってて。後はごゆっくり」
こうして結局アウター伯爵邸に泊まることになった訳だが、アブホース伯爵が応接間から出て行く時に、クルッと頭だけ肩越しに振り向いてルラトに言った。
「ああ、そう言えばルラト。次にドラ君に会ったら伝えておいて。『ナイアを遊ばせてくれてるからネクロの都を攻めるのは止めないけど、娘に余計な事したらどうなるか分かってるよね?』 って」
「うむ、確かに伝えておこう」
「よろしくねー」
一瞬冷酷な光をその目に見て、俺はゾクリと背筋が怖気だった。
だが、すぐに元の表情に戻ってヒラヒラと手を振るアブホース伯爵。
彼に続いてヴーアもその場を辞し、最後にナイアが優雅にスカートを摘んで膝を折った。
「では、コープ様、ゴストンさん、ルラト。また後ほど」
「おう」
「はい」
「うむ」
バタンとドアが閉じると、俺はフワッフワのソファの背もたれに深く体を埋めた。
「クソゴストン。くたばれ」
「お前はすぐにくたばるから、『お前がくたばれ』は使えんな」
「あー、でも、今回のドレスも良かったけど、ナイアはいつもの格好の方が良いな」
「何故だ?」
「そりゃスリットがあるから……ハッ!」
咄嗟に身を起こした俺の頬を、ピッとルラトの指先が一筋浅く薙いで行く。
「ふ、危なかっ……って痛ァ!?」
「小僧……避けると余計に痛い目に遭うぞ?」
「先に言えよって痛ーーーッ!!」
この骨野郎、避けられた瞬間に逆の手で、地味に俺の手首を掴んでツボを決めてきやがった!
「ギブギブギブギブ!」
「不埒な発言は死ぬ回数を増やす事になるのじゃ。気を付けるが良い」
「また殺す気か!」
最近死ぬのにも慣れてきた自分が嫌だわ!
掴まれた手首を解放され、痛みを和らげるために手首をさする俺の横で、ゴストンがルラトに訊ねる。
「ちなみに、SSS級のアブホース伯爵と親しげでしたが、旧知の間柄で?」
「うむ。二人は大昔の知り合いでの。偶然ナイア嬢の両親であったのじゃ」
「知り合い? どこで?」
「大昔に現れた魔王を倒した時にの。ナイア嬢には内緒じゃ。―――もしバラしたらどうなるか、小僧でも分かるの?」
俺はゴストンと目を見交わして頷いた。
わざわざ魂まで粉砕されそうな連中を敵に回すのは愚行の極みだしな。
しかし、マジモンの勇者パーティーかよ。
だけど一つだけ納得いかない。
「ルラトがその一人ってのは、話盛ってんじゃねーの?」
「失敬な小僧め。我がB級暗黒騎士であった頃からの知り合いじゃぞ」
「今は?」
「知らん。最初に職業等級を測ったきり、鑑定士の所には行っとらんでの」
つまりルラトは最初からB級だったと?
やっぱこの骨野郎、話盛ってるわ。
「つまんねー見栄張んなよ」
「おぬし最近、とみに遠慮がなくなってきたの。マゾか?」
ズビシ! と額をやられた俺は、そのままもう一度ソファに倒れこみながら言い返した。
「だっておかしくね? 最初からB級とかありえねーじゃん」
ちなみに普通は才能があってもF級、もしE級があれば逸材と呼ばれる。
それこそ伝説クラスの達人とか勇者くらいしか、B級スタートなんて話は聞かない。
「ネクロ王国の前にあったゴンド王国を滅ぼしたというソウルイーターが、確かそんな企画外れの等級から始まっていましたね」
ゴストンが、何かを考えながらそう口にした。
「ネフレン・カルラートという名前だったと思いますが。元は勇者パーティーにいたとか言う暗黒騎士が、変質したと」
……おい、ちょっと待て、ゴストン。
「なんじゃ、そんな話になっておるのか? 別にソウルイーター化した覚えはないのじゃが」
「お前が滅ぼしたのかよ!!」
マジか!! この骨野郎、そんな恐ろしい奴だったのか!
「英傑とかいう話はどこ行った! 嘘つきめ!」
「元は英傑じゃ。何か文句があるかの? 魔王を滅ぼしたんじゃから英傑で間違いはなかろう」
「あー、まぁどうでも良いけどさ」
全力でツッコんでみたものの、そもそもSSS級を前にした後だし、あんまインパクトもない。
「という事は、アブホース伯爵の正式な名前は……アルディーノ、ですか」
「アブホース・アルディーノ=ロート・アウターじゃの。あの頃はアブホースのファーストネームとアウター家の出である事を隠しておったからな」
つまり、アブホース伯爵が世界一有名な魔王討伐談に出てくる伝説の勇者アルディーノなのか。
どう見ても親バカで頭のネジが緩い奴にしか見えなかったが、一瞬見せた気配は確かにヤバかった。
「じゃが、この辺りで伝説になっておる魔王バーバラモス討伐なんぞ、序の口じゃぞ? 最終的に地下世界の黒幕じゃった、大邪神ヴェルゾムーアを倒して奴はS級勇者になったのじゃ」
「S級勇者になった後、何があったら邪悪職を極める事になるんだよ!!」
「地下世界は大邪神を倒した後に属性反転したしのう。我はそこで別れたが、奴らは他の危険な魔物も軒並み倒すと言うておった故、聖属性の魔物を倒す為に極めたのじゃろ」
そんなあっけらかんと簡単な事みたいに言うな。
「ちょっと次元が違いすぎる話をして頭が痛い……」
「ルラト様に突かれ過ぎただけだろう」
「もうそれで良いよ! 俺はちょっと出る」
「どこに行く気じゃ?」
「ここが現実世界だと知る為に屋台で飯でも食おうかな……」
なんか疲れた。
フラフラと立ち上がった俺の背後で、ルラトとゴストンが言う。
「自分探しの旅に出るそうですね」
「ふむ。若いの」
「ちげーよ!」
それじゃなんか俺がスゲー恥ずかしい奴みたいじゃねーか!!




