第9節:ナイアたんはお楽しみです。
先代頭領に礼を言ってネクロの都へと旅立った俺たちは、今後のことを話し合う為に休憩がてら、山道から街道へ繋がる手前の辺りで腰を落ち着けた。
『御仁……惜しい男をなくしたのである……!』
「死んだみたいに言うんじゃねーよ」
「バンパイア化して、ついて来て下さればこんな想いはしないで済みましたのに……」
「殺したみたいに言うんじゃねーよ!!」
どんだけ先代の筋肉に惚れてんだ、この肉弾コンビは。
山頂の方角に目を向けて悲嘆に暮れる残念美少女と背後霊は放っておいて、俺はルラトを見た。
「で、こっからどーすんの?」
実際のところ、フレッシュゴーレム連中は。
本当に顔がナイアに殴りこそげさせられてアレな奴以外は、腕がなかったり胸に穴が空いていたりはするものの、マントで覆ってしまえば別に都に入っても問題はない。
そもそも入れるかどーかという話もあるが、とりあえず一番の問題は大所帯である事だ。
ナイア達を含めると二十人近い連中が、ゾロゾロ街道を行くと目立ち過ぎる。
「それに関してじゃが、ナイア嬢とおぬし、それにゴストンと我くらいの面々で一度ネクロの都へ入り、物資を調達する為にナイア嬢の邸宅に赴こうと思うておる」
「邸宅?」
家を指すにはえらく豪華な言葉に思わず問い返すが、よく考えたらナイアは貴族令嬢だ。
そりゃ家のサイズは屋敷以上だろう。
「アウター伯爵家は位こそ高くはないが、古くからある名門じゃ。従者の装備を一式整えれば、今後またネクロの都から外へ出るにしても便利じゃしの。まぁ、ナイア嬢には馬車の中で我慢してもらう事になるが」
「嫌ですわ」
「って、おい」
いきなり否定し始めやがったナイアにツッコむと、ナイアは膝を抱えて顎をその上に乗せた。
「だってそれでは、ゾンビの皆様の醜悪なお姿や、ルラトの肋骨美を楽しむ事が出来ませんでしょう?」
ふてくされたように口を尖らすナイアの姿は超可愛いが、それよりも生足がッ!
「服の布地がもうちょっと風に靡けば下着が見える程に付け根までえええええええ!!!」
「小僧ォ……!!」
「心の声がダダ漏れしてるぞ、コープ」
「いだだだだだだだだァ!!!」
ぐぉお、骨野郎てめぇ、後ろから脳髄に食い込むほどの全力の両手アイアンクローだとぉおおおおお!?
死んでる! コレ死んでるって!!
ギブギブギブ! と言ってからたっぷり数十秒、花畑で誰かが手を振っているのが見えた。
もしかして、あれが顔も知らねー親かなんかか? 死んでたならザマアミロ。
そうして肉体が修復されて現実に戻って来た俺に、ゴストンが言った。
「お前のせいで、ナイア様の下着が衆目に晒される機会が失われた事を嬉しく思うぞ」
「本音を言え」
「お前に与えられたのは当然の報いだ」
ニヤニヤしてるが、ゴストンの目が笑ってねぇ。
この野郎、ルラトの手前言葉を濁してやがるが、心の声は『みすみすナイアの下着を楽しむ機会を失わせやがって、死に腐れ』くらいの感じに違いない。
ナイアはというと、俺の声に自分の姿を理解したのか、頬を染めながら足を揃えて正座に変わっていた。
スリットをしっかりと手で押さえている。
……今更恥ずかしがる位なら最初からそんな格好するんじゃねぇ!
内心で吐き捨ててから、俺は話を戻した。
「ってかナイア。お前の楽しみの為に怪しい集団のまま行動する事はねぇ。我慢しろ」
大体、肋骨美とか醜悪な姿ってなんだ。
ご令嬢の楽しみとして明らかにおかしいだろうが!
「そんな……コープ様……」
うるうると目を潤ませてもダメなもんはダメだ!
「半透明な筋肉スペクターで我慢しとけ!」
『ぬ。無礼千万である。朕はスペクターではなくジンニーであり、かつ、朕の肉体は我慢して拝むものではない。崇め奉り感謝と共に眺め回すべき完璧な肉体美である!』
「先代頭領くらいになってから言いやがれ!」
『グゴハァァッ!』
俺の言葉の何がクリティカルヒットしたのか、ホテプは、 モストマスキュラー……前傾姿勢で筋肉を誇示するポーズ……から一点、胸元を撃ち抜かれたかのように両手力こぶのポーズから体をさらに後ろに逸らし、ぐるりと反転して|後ろ両手力こぶのポーズ(バックダブルバイセプス)を取った後に、地面にがっくりと両手をついて崩折れた。
長ぇ。全然ショック受けてねーだろお前。
「ああ! ホテプ!」
そんなホテプを振り返り、背中をさするナイア。
「わたくしは、貴方の半透明な肉体美を眺め飽きてなどいませんし、ゴルバチョフ様に劣らない完璧な肉体美だと思っていますわ! 絢爛な禍々しさを感じさせるデスマスクも、突き立てられると凍りつくような魂の尾の感触もたまりませんわ!」
えらく最後の言葉が卑猥に聞こえるな。
そういや、ゾンビを殺した時に ホテプに刺されて恍惚としていたが、コイツ性癖が特殊過ぎるわ。
『ナイア……本当にそう思うのであるか……?』
「当然ですわ! ホテプ以上の霊体など考えられませんわ!」
『ナイア……!』
なんか感動的に感じられる雰囲気を醸し出して聖気を放ってるが、見た目卑猥な格好した魔女と悪霊だからな、コレ。
「まぁ、放っておこうかの。しかしナイア嬢、とりあえず今回はネクロの都に入るまでの我慢じゃ。大人しくしておいてくれると助かるの」
「うぅ……仕方がありませんわね……」
ホテプを立ち直せて、不承不承、という感じで頷くナイア。
承諾を得て、ルラトはこっちに目を戻した。
「用立てはナイア嬢のお父上であるアウター伯爵に頼む必要があるがの。ま、アウター伯爵は娘に甘い御仁じゃ。どうにでもなるじゃろ」
「そうなのか?」
「うむ。魔王軍入りをあっさり許可したくらいじゃしの」
「ちょっと待て、伯爵」
幾らなんでも敵軍入りを許可してんのは、甘過ぎるとかいうレベルじゃねーだろ!!!
いきなりネクロの都の防衛が不安になったが、ゴストンは気にもせずに話に入って来た。
「ルラト様は大丈夫なのですか?」
「我はフリーパスじゃ。ナイア嬢の従者という事での、アウター伯爵直々の書状を持っておる」
「モンスターのくせしやがって……」
「なんか言ったか、小僧」
「ぐぼはっ!」
額を相変わらず神速の速さで突かれたが、なんかこの位なら最早痛みとすら呼べなく感じて来ている俺は色々ヤバいかも知れん。
「大体、我はモンスターではない。どちらかと言えば英傑の魂じゃ。自分で言うのもアレじゃが」
「全くだ骨野郎め。てか、英傑とか言いながらお前が戦ってんの見た覚えがねーぞ」
そもそも従者なら、ナイアがどう言おうが最前線で戦え。
「肉と鎧がないのでの。流石に背中の暗黒剣が扱えんのじゃ」
「何だ暗黒剣って」
聖剣じゃねーのかよ。英傑とか言ってたのは嘘か。
「暗黒騎士じゃったでな。ちなみに暗黒騎士は、聖なる力で邪悪な闇を操る者の事で、邪悪そのものではないのじゃぞ」
「そうなのか!?」
初耳だ。
しかも骨野郎のクセになんかカッコ良さげ!
「ちなみに暗黒騎士が操作を誤って暗黒剣に魂を喰われると魂喰いになるがの」
「ダメじゃねーか!」
なんつー物騒な。
ソウルイーターっていや、ネクロの前にあった王国の首都を単体で壊滅させた超上級モンスターだぞ。
「じゃから暗黒騎士はある程度修練を積んで上位になると、聖騎士に職業変更するのじゃ」
「お前は?」
「うむ。面倒臭くてそのまま行った」
お前本当に英傑だったのか?
実はザコいとかで、その背中の剣も見せかけじゃねーだろうな。
「疑っておるの。持ってみるか?」
よっこいせ、と両手で鞘を外したルラトが暗黒剣とやらを差し出す。
持った瞬間、俺は前につんのめって剣に引っ張られた。
両手が、ベキベキと音を立てて地面にめり込む。
「って重た痛あああああああッ!! 手! 手がァ!!」
何だこれ、持ち上がるどこかビクともしねぇ!!
おかしいだろ! どんな金属で作ったらこうなるんだ!?
「ちょ、誰かどけろコレ! 重い痛い重い痛い!!」
「だから言うたじゃろ」
ルラトが、ひょい、と剣を持ち上げて再び背中に吊るす。
何でコイツは骨が折れねぇんだ!? こいつの骨こそオリハルコンで出来てるんじゃねーだろうな!?
「最重量の大剣でもビクともしない美しい骨……! ルラトはやっぱり最高のスケルトンですわ……!」
「違うと言うておるじゃろ」
てかナイア、お前は黙っとけ。話が進まねぇ。
「では、とりあえずこの辺りで盗賊団の連中には野宿しておいて貰おうかの。出立じゃ」
休憩終了を宣言して立ち上がるルラトに、俺は修復した両手をプラプラと振りながら頷いた。
なんか微妙に感覚がおかしい。
「ああ、そうじゃ小僧。暗黒剣は触れるだけで適正のない者は生気を吸われるからの。しばらく疲れが残るぞ」
「先に言えよ!」
どこかくすんでいたルラトの骨が、ちょっと白く艶めいているように見える。
……この骨野郎、もしかして生気を吸う為にわざわざ俺に持たせたんじゃねーだろうな。




