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「その方、名は何という?」
前のめりな姿勢で国王はエインズに尋ねた。
しかしエインズの耳には届いていない。
「国王陛下がお尋ねになられている! 速やかに答えよ!」
騎士が威圧的に声を張る。
しかしエインズは広間を観察するばかりで答える素振りはない。
「……エインズ殿」
前方のカンザスが少し焦りを見せながら小声でエインズに話しかける。
「エインズ様」
横のソフィアもこれは少しまずいとエインズに声をかけたところで、エインズもようやくソフィアが意識下に入った。
「うん? ……ああ、僕のことはソフィアに任せるよ。好きなように説明しておいて」
一度ソフィアに向けられた顔はすぐに床に向けられ、指で触りながら観察を続けるエインズ。
ソフィア一人に向けた声量だったが、それは静まり返る広間には大きすぎた。青筋を立てる騎士、困惑の表情を見せるキリシヤと反対の青年。
カンザスとライカの顔は青白いものに変わってしまっていた。
玉座に座る国王のみが表情を変えない。
「……」
ソフィアもどのように仕える主に応えればよいのか思いあぐねていた。
短い間。しかし国王とエインズを除く周りの者たちからすれば、生きた心地のしない時間が、それはゆっくりと、時間が止まっているのではないかと思うほどにゆっくりと流れているように感じられた。
「ふふふ、ふははは!」
その時間も国王の突然の笑い声によって断たれた。
「これほどの不遜な態度、独特な雰囲気と存在感、まるで魔女と初めて会った時のようじゃ」
周りの人間とは正反対に笑みを浮かべながら背もたれに身を任せた国王は続ける。
「横の騎士よ。そなたの腰の剣の紋章、何度か見たことがある。銀雪騎士団のものよな」
国王の視線はエインズからソフィアに移り、話しかける。
「はっ! 私は銀雪騎士団所属のソフィアと申します。この度は国王陛下にお目通りが叶い、恐悦至極にございます」
国王の意識がエインズからソフィアに移り、そしてエインズの先ほどの不敬罪とも取られる態度が見過ごされることになり、カンザスとライカは九死に一生を得たような心地であった。
「そうじゃ。銀雪騎士団じゃ。ガウス団長には何度と助けてもらっておる。そなたがここにいるとはどういうことじゃ?」
「はい。横にいますは私がこの身この剣を捧げるべき『主君』にございます」
「っ! なるほどのう……」
キリシヤやカンザス、ライカは表情を変えなかったが、国王と横の青年と文官は事の重大さに気づいた。
「ではソフィアとやら。コルベッリの一件、説明を聞かせてもらってもよいかの?」
「畏まりました」
そこから語られるはライカとの遭遇からコルベッリ捕縛までの流れとその内容。魔法の知識を十分に持っているソフィアの説明に国王や玉座に並ぶ者たちは十分に理解できるものであった。
「……なるほど。それはこの者たちがおらねば、ライカ嬢の命も危うかったかもしれぬのう」
コルベッリが使用した魔法の厄介さ、扱う一つの魔法で鍛えられた侯爵家の騎士隊が崩壊まで追いやられた。『次代の明星』の魔法士の実力には国王といえど、唸るものであった。
「あの、すみません」
突如としてエインズが口を開いた。
「貴様! 口を開くことは許されておらんぞ!」
「騎士長、よい」
鋭い目をした騎士はどうやら騎士長だったようだ。騎士長の怒声も国王の静かな言葉でそこで消える。
「なんじゃ、エインズよ」
ソフィアの説明の中でエインズの名前も紹介されていた。
エインズは国王が座る椅子を指差しながら、
「その玉座に座ってみたいのですが」
と語る。
「「……」」
再度静まり返る広間。
「……き、貴様。もう我慢ならん!」
顔を真っ赤にした騎士長がエインズの元まで荒々しく歩みを進める。
「やめよ騎士長。エインズは功労者ぞ」
「それとこれは別でございます陛下! こやつは今まさに謀反を示唆する大罪を犯しております! 近衛騎士長としてこの愚行に裁きを与えねばこのダルテ、立つ瀬がございません!」
歩みながら抜剣する騎士長ダルテ。
エインズとの間に割り込むようにソフィアが立ち構える。
「どけ」
「主君をお守り致すのが私の使命にございますれば」
巨大な体躯で凄むダルテと、相対して一切怯まないソフィア。
「玉座に座りたいなんて、謀反なんて、正気に戻ってエインズ」
ライカは青白い顔で、必死に声をかける。
「ん? いや謀反なんてそんな。王様になりたいとかじゃなくてさ。その玉座、というよりこの広間全体で構成された術式に興味があるんだよ」
「玉座の広間が術式を構成、している?」
エインズとライカのやりとりに国王のみが眉をぴくりと動かした。
〇
朝日が差し込むとある王城の一室。
「リーザロッテ様、朝食をお持ち致しました」
ワゴンを押したメイドが扉を開けて中に入る。
カラカラと音を立てながら、白いクロスがかけられた大きなダイニングテーブルの前に寄せられる。
「お熱いのでご注意ください」
ワゴンからテーブルに移されるステーキ皿は、激しい音を立たせながら肉を焼き油が飛び散る。
「ふああ、分かっておるわ」
肩ひもがずり落ちかけているネグリジェを身に着けたシルエットはすらりと伸びる。差し込む朝日にネグリジェから透けるその影は、彼女の妖艶さをより際立たせた。
体を伸ばしながら欠伸をする女性は、素足でペタペタとベッドからテーブルまで歩いて、ステーキ皿の前に座る。
メイドはワゴンからスープにパンにと次々並べていく。
外では小鳥の囀りが聞こえる清々しい朝に、リーザロッテはゆっくりとナイフとフォークを手に持つ。
慣れた手つきで肉を切り分けると、重々しく肉汁滴る赤身肉を口に入れる。
リーザロッテの顔は綻ぶこともなく、若干眉間にしわを寄せながら咀嚼する。
横に控えるメイドもその光景はこれまでに何度も目にしてきたが、慣れることはなく、見ているだけで胃もたれを起こしてしまいそうになる。
「ミレイネ、今日は普段より早いのではないか?」
リーザロッテは肉を流し込むようにスープを飲んでからメイドのミレイネに尋ねる。
「本日はブランディ侯爵当主、カンザス=ブランディ様が陛下と内謁なされる予定とのことです」
「それと妾の早起きと何の関係があるのかしら?」
「ブランディ卿がこの度『次代の明星』の一人、コルベッリをお連れの方と協力して捕縛したとして報告に参られたとのことです」
リーザロッテはゆったりした手つきでパンをちぎり、スープに浸して、
「(はて、ブランディ卿の所の戦力ではコルベッリを撃退するに至らないはずであるが、その連れの者が余程の実力者なのかしら)」
口に放り込む。




