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㉝ ベアトリス視点

 私には姉が一人いる。

 小さいころはよく一緒に遊んでいた。

 一歳しか違わないので、与えられるおもちゃはいつも同じで、ドレスも似たようなものばかりだった。


 ただし、一つだけ姉だけしか持っていないものがあった。


 婚約者だ。 


 王家特有だというキラキラ輝く銀色の髪と青い瞳の、マルスラン・アングラード第三王子殿下。


 月に一度は訪ねて来るきれいな男の子と私も遊びたかったのに、それは姉にしか許されなかった。

 姉は長女で、大きくなったら第三王子殿下と結婚し、二人で公爵家を支えることが決まっていたからだ。

 私たち姉妹は表面的には平等に扱われていたが、一番大事にされるのは姉で、私はおまけでしかなかった。


 その流れが、ある時突然変わった。


 両親は私たちにあまり関心がなく、たまに思い出したように呼び出してはだいたい同じように可愛がられていたのだが、ある時から両親が会うのは私だけになった。

 私の部屋と隣同士で、同じような内装だった部屋から姉が追い出され、陽当たりの悪い使用人部屋に押し込められた。

 なにがあったのかとメイドに聞いてみたら、


「フランセットお嬢様は、魔力がとても少なかったそうです」


 と教えてくれた。


 魔力というのは、貴族にとってとても重要なものだというのは私でも知っていた。

 高位貴族である公爵家の長女なら、たくさんの魔力を持っているのが当然なのに、姉は平民と同じくらいの魔力しかなかったのだそうだ。

 それが原因で姉は両親から見放されたらしい。

 

 それから数日後、いつも通りオクレール公爵家を訪れた第三王子殿下をもてなしたのは、姉ではなく私だった。

 姉の魔力が少なかったことを話すと、第三王子殿下はきれいな顔を歪めた。

 それを見て、私は胸がすくような思いだった。


 私が豊富な魔力に恵まれていることが判明してからは、第三王子殿下は私を婚約者のように大切に扱ってくれるようになった。

 豪華な花束や可愛い贈り物は全て私のものだった。

 アングラード王家の色をした装飾品が増える度、私は姉に自慢して見せた。

 

 マルスラン様とお茶をする時、古びたメイド服を着た姉を呼び出しお茶を淹れさせるのもとても気分が良かった。

 難癖をつけてお茶を頭からかけたりしても、姉はなにも言わずに俯いたままだった。

 涙の一つでもこぼして見せればまだ可愛げがあるのに、なにをされても姉は暗い顔をするだけで、泣くことは一度もなかった。


 手足は棒切れのように痩せ細り、艶のない変な色の髪をした姉は、どう見ても煌びやかなマルスラン様とは不釣り合いで、そんな姉と婚約しているマルスラン様が気の毒でしかたがなかった。

 みすぼらしくて陰気な姉をマルスラン様も嫌っていた。


 私とマルスラン様は相思相愛だった。

 第三王子であるマルスラン様の望みでも叶えられないことがあるなど、思ってもいなかった。

 

 だから、マルスラン様が姉との婚約破棄を宣言したことが大問題になり、王宮の一室に両親と共に閉じ込められても、私にはなんでそうなったのかさっぱりわからなかった。

 両親は互いを罵りあい責任を押し付け合い、最後には全て私のせいだと言い出した。

 

 いろいろと言い返してもみたが、まったく話が通じず怒鳴るばかりで、私は両親と会話をするのを諦めた。


 数日後には公爵家に戻されたが、使用人の数は半分以下に減っており、私と仲が良かったメイドや執事はいなくなっていた。

 父の執務室には王宮からの文官がやってきて、書類やらなにやらを細かく調べているようだった。

 父は執務室から締め出され、扉の前でなにやら喚いていた。

 母も溜め込んでいた宝石やドレスを売り払われ、父と同じように喚いていた。


 そんな両親の声を聞きたくないのに、謹慎処分ということで外に出ることが禁じられていたので、私は部屋の中で耳を塞いでいることしかできなかった。

 あの夜会の後からマルスラン様にも会えていない。

 手紙を送ることもできず、私をいつもちやほやしていた令嬢たちからも音沙汰一つない。


 私の宝石なども取り上げられ、流行の最先端のドレスで溢れていた私のクローゼットはスカスカになった。

 マルスラン様からの贈り物も手紙も全て押収され、私にはなにも残らなかった。


 なぜこんなことになってしまったのだろう。

 なんで私がこんな目にあわないといけないのか。

 私はなにも悪いことなどしていないのに。

 

 悪いのは……姉だ。

 

 公爵家の長女で第三王子殿下の婚約者でありながら、平民のように魔力が乏しくみすぼらしい容姿の姉が全て悪いのだ。

 姉がちゃんとしていなかったから、私たち家族がこんなことになっているのだ。


 私の胸の中に、姉への憎しみが募っていった。


 あれから姉がどうなったのかは誰も教えてくれなかったので、きっとどこか遠くの修道院にでもやられたのだろうと思っていた。

 姉は私よりも不幸でいるのだと信じて、それで勝手に溜飲を下げていた。


 それなのに、昔から私に気がある素振りを見せていた騎士を泣き落としして、唯一手元に残ったドレスで着飾り気晴らしに外出した先で、姉を見つけた。


 美術館から背の高い男と手をつないで出てきた姉は、簡素ながらも良く似合うワンピースを着ていて、楽しそうに笑っていた。

 妙な色ながらその髪には艶があり、痩せていた頬は丸みを帯び、瞳は活き活きと輝いていた。

 連れの男も、そんな姉に優しい笑みを向けている。

 

 しかも……よく見ればあの男、かなり整った容姿をしているではないか。


 私は一気に頭に血が上った。

 

 私がこんなに惨めな思いをしているというのに、姉が笑っているなど許せない!

 姉はいつまでもみすぼらしいままで、踏みにじられていないといけないのに!


 私はいつもそうしていたように、姉を怒鳴りつけた。

 こうすると、姉は怯えた顔をするのだ。


 なのに、この時の姉は私をちらりと見ただけで無視した。

 さっさと背を向けて歩き去ろうとした姉に、私は信じられない思いだった。 

 

 連れていた騎士をけしかけたのに、全く使い物にならなかった。

 それに加えて、姉の連れの男は竜騎士だとか言い出すではないか。


 竜騎士が姉なんかの相手をするはずがないじゃない!

 そんなのはったりに決まってる!

 

 私は怒りに任せて、炎魔法を姉に放った。

 しかし、私の魔法は姉によりあっさりと防がれ、私は姉の魔法で拘束された。


 平民並みの魔力しかないはずの姉になんでこんなことができるのか、理解できなかった。

 あれは姉ではない別人なのではないか、と思ったくらいだ。


 それから私は憲兵隊の牢に収監され、家に帰ることも両親に会うこともできないまま、北の辺境の地デュラクの領主の妾とされることになった。


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