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 リディとノエのお披露目会の日から、私とレアンドルは一緒に住むようになった。

 正式に婚約が発表されたので、なにも問題ないのだそうだ。


 寮の友人たちと離れるのは寂しいから、引っ越しはもう少し先でと言ったのに、


「寮には休日にでも遊びに行けばいいじゃねぇか。

 あんたはもう俺のものなんだ。俺と同じ場所に帰るのは当然だろ」


 と、押し切られてしまった。


 なのに、休日は寝室から出してくれないので、引っ越してから一か月以上経っても、まだ寮に遊びに行けていない。


 今朝は、頬に温かく湿ったものが触れた感触で目が覚めた。


「起きたか?」


「ん……おはよ」


 なんとか重い瞼を開いた。

 窓から差し込む光から、まだ早朝だということがわかる。

 腰の痛みと体の怠さを、治癒魔法で消し去った。

 治癒魔法はとても便利だ。

 こんな使い方は想定外ではあったが、訓練しておいてよかったとほぼ毎朝実感している。


「……ジョゼ」


 今日は休日だ。

 案の定、レアンドルは私にのしかかってきた。


 いつもならこのまま流されてしまうところだが。


「ダメよ!今日はダメ!」


「なぁ、いいだろ?」


「ダメったらダメ!夜までお預けよ!」


 今日はどうしても外せない予定があるのだ。

 レアンドルもそれがわかっているはずなのに、こうやって駄々をこねるのだから困ったものだ。

 なし崩し的に予定キャンセルを狙っているという考えが透けて見える。


「ほら、もう起きなきゃ。遅刻しちゃうわ」


「……ちっ、わかったよ。夜になったら、覚えてろよ」


 レアンドルは渋々私の上から退いた。


 


 私たちが住んでいるのは、王宮の外郭内にある宿舎の一つだ。

 温かみのある内装で、広くはないが庭もあって、私はとても気に入っている。

 そのうち家庭菜園をやってみたい。


「はぁ、行きたくねぇぇぇ……」


 二人揃って家を出て、厩舎に向かって歩きながらレアンドルは大きな溜息をついた。 

 

「もうっレアンドルったら、そんなに嫌なの?」


「嫌というか、気が重いというか……気まずいというか」


 冴えない顔をするレアンドル。

 というのも、今日はレアンドルの実家であるバロー伯爵家を訪ねることになっているのだ。


 レアンドルは四年前に士官学校を卒業してすぐ独身寮に移り住み、それから一度も帰省していないのだそうだ。

 家族と顔を合わせたのも、先月のお披露目会の時が四年ぶりだったということなので、家族関係が拗れるような出来事がその頃にあったのだと思う。


「リディ!ノエ!おはよう!」


『おはよう』


『おはよ!早くお出かけしようよ!』


 こうしてプライベートで竜に乗って遠出することができるのも、竜騎士の特権なのだ。


『ジョゼ、レアンドルは行きたくないって思っているようですが』


 レアンドルと契約しているリディには、意識しなくてもレアンドルの気持ちがなんとなく伝わってしまう。


「レアンドル、リディが心配してるわ」


「……すまねぇ、心配かけちまったか。大丈夫だ、リディ。

 いい加減、俺も腹を括るよ」


 レアンドルはリディの頭を撫でた。


 まだ人間と契約して日が浅いリディは、人間の風習や生活習慣などに馴染みがない。

 今回のお出かけの目的も事前に説明してはあるが、リディからすれば、行きたくないところになぜ行くのかが理解できないようだ。 

 ノエはそんな難しいことは考えず、ただお出かけを楽しみにしている。

 

 ノエにキュルキュルと急かされながら鞍をとりつけ、王都から飛び立った。


 バロー伯爵家の領地は王都から馬車で片道二日ほどかかる距離にあるが、竜の翼なら一刻ほどでたどり着くことができる。


 実は私も少し緊張しているのだが、皆でお出かけ楽しい!と無邪気に伝えてくるノエが可愛くて、肩の力を少し抜くことができた。

 ノエはとてもいい子だ。


 やがてリディが高度を下げ、私たちはやや古めかしい邸宅の広い庭にふわりと着地した。

 どうやらここがバロー伯爵家のようだ。

 

「坊ちゃま!」


 すぐに使用人だと思われる人たちが庭に出てきた。


「クレマンか。久しぶりだな」


「四年ぶりでございますよ。ああ、坊ちゃま、立派になられて」


「坊ちゃまはやめろ」


 白髪の男性が目頭をハンカチで押さえた。

 その後にいる人たちも、だいたい同じように目を潤ませている。


 ここの人たちが、レアンドルを大切に思っているということがよくわかる光景だった。


「紹介しよう。俺の婚約者のジョゼだ」


「初めまして。ジョゼです。竜騎士ではないのですが、竜騎士団で働いています。

 よろしくお願いします」


「ジョゼ様、ようこそお越しくださいました。

 家令のクレマンと申します。

 レアンドル様が生まれる前からバロー伯爵家にお仕えしております。

 我々使用人一同、ジョゼ様を歓迎いたします」


 私に家名がないことで、平民であることが伝わったはずだが、それでも丁寧に頭を下げてくれた。

 フランセットは公爵家の使用人たちにも冷たくされていたので、とりあえず歓迎されたことにほっとした。


「それから、こっちは俺と契約を交わしたリディ。

 水色の小さいのはノエ。ノエはジョゼと契約をしている」

 

 おおぉ~と感嘆の声が上がった。


「なんと大きく美しい竜でしょう!さすがは坊ちゃまですな!」


「だから、坊ちゃまはやめろって」


 坊ちゃまと呼ばれて渋い顔をするレアンドルがおかしくて笑いを堪えていると、

 

「お帰り、レアンドル」


「お帰りなさい」


 お披露目会でも聞いた声が聞こえてきた。

 バロー伯爵夫妻。レアンドルの両親だ。


「……父上、母上。ただいま帰りました」


 途端にレアンドルが硬い表情になってしまった。

 使用人たちには蟠りはなさそうなので、やはり家族間でなにかあったのだろう。


「ジョゼさんも、よく来てくれたね」


「いらっしゃい、ジョゼさん。レアンドルを連れて来てくれてありがとうね。

 さぁ、中に案内するわ」


 私たちが通されたのは、陽当たりのいいサロンだった。

 豪華ではないが温かみのある調度品で整えられ、ここで寛ぐ人が居心地がいいようにと気配りがされているのが感じられた。


 それなのに。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 カウチに座って、お茶を淹れてくれたメイドが退室したところで、サロン内には沈黙が満ちてしまった。

 なんとも気まずい空気に、私はどうしていいのかわからなくて、とりあえずお茶を一口飲んだ。

 香り豊かな美味しいお茶だと思うのだが、なんだか味がしない。


「……ジョゼさん、その制服とても似合っているわね」


「あ、ありがとうございます」


 沈黙を破ったのは、伯爵夫人だった。

 

 今日の私は、黒い竜騎士団の騎士服を着ている。

 せっかくだから可愛らしい服装にしようと思っていたのに、レアンドルが許さなかったのだ。

 いざとなったら走って逃げられるように、という理由なのだそうだが、いったいなにが起こると想定しているのだろうか。


「ジョゼさんは、竜騎士団で、どんなことをなさっているの?」


「竜のお世話が中心です。厩舎の掃除をしたり、食事の準備をしたりですね。

 他にも、医務室で治癒魔法をかけたりすることもあります」


「まぁ、治癒魔法も使えるの?とても優秀なのね。

 いいお嬢さんじゃない。ね、あなた」


「ああ……そうだな」


 伯爵はちらっと私を見て、俯いた。

 そして、また沈黙。


 どうしたものかとおろおろしていると、夫人が大きな溜息をついた。


「はぁ、まったくもう……いい歳した男がなにをウジウジしているのやら」


 いい歳した男というのは、どうやら伯爵のことらしい。


「私との約束、覚えていらっしゃいますよね?」


「……もちろん、覚えている」


「じゃあ、今すべきことは一つだけですわね?そうでしょう?」

 

「…………」


 夫人が伯爵に圧をかけ、伯爵はなんだか縮こまっている。

 

 約束ってなに?伯爵がすべきことって?


 私が首を傾げていると、伯爵はゆっくりと立ち上がった。


 反射的に身構えたレアンドルに、伯爵はガバッと頭を下げた。


「すまなかった!」


 これはレアンドルにも予想外だったようで、赤い瞳をぱちぱちと瞬かせた。


「すまなかった。私が悪かった。

 あれから、一日たりとも後悔しなかった日はない。

 ずっと、おまえに謝りたいと思っていた。

 すまなかった……どうか、許してくれないか。この通りだ」


 私は、レアンドルと家族の間になにがあったのかは聞いていない。


 なにがあったにしても、それは家族の問題で、私は口出しをしないということは事前に伝えてある。

 

 できれば仲直りしてほしいと思ってはいるが、それを強制するつもりはない。


 血がつながっていても、私の家族のように関係が壊れてしまうこともあるのだから。


 お披露目会で、バロー伯爵夫妻がレアンドルに歩み寄ろうとしているのがわかったから、一度だけ機会をつくったのだが、これでダメだったらそれまでだ。


 さて、レアンドルはどうするのだろうか。

 私はハラハラしながら成り行きを見守った。


「……父上、頭を上げてください」


 やや苦い顔をしたレアンドルが口を開いた。


「あれからもう四年になります。

 俺も、あの頃より大人になりました。

 許す……とは、今はまだ言えませんが、関係を修復する努力をすることにしましょう」


「そうか……ありがとう、レアンドル……」


 伯爵夫妻の目に涙が浮かび、私はほっと胸を撫でおろした。


 レアンドルたち家族は、新たな一歩を踏み出すことができたのだ。


 やっぱり来てよかった、と心から思った。

 


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