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七十五話 『迎撃 二』

 地面に埋まる矢の先端が、土と草を空中にまき上げる。


 直後、矢をまたごうとした十頭近い馬が、一斉に転倒した。


 まるで草の中に渡されたつなに足をとられたかのように、鳴き声も上げずに地面に倒れる。


 鞍に乗っていた冒険者達は、投げ出され、あるいは共に転倒し、運の悪い者は馬体の下敷きになった。


 後続の冒険者の群が、じょじょに速度を落として立ち止まる。二百人の集団が扇形に広がり、怒号が一瞬消え去った。


「――なんだ、あれは……!?」


 石壁の梯子に、ケウレネスと並んで登ったルキナが、思わず口元を押さえた。


 矢の突き立った地面が、まるで流砂のようにうごめき、転倒した馬の足を捕らえている。


 地面に呑み込まれた足を必死にばたつかせる馬の一頭が、残る三つの足を使って踏ん張り、脱出を試みた。がつがつと土を叩くひづめが、ずるりと呑み込まれた足を引きずり出す。


 引き上げられた馬の足には、大きな指がからみついていた。


 草の生えた、土で出来た指。それが馬の足をつかんでいる。


「ゴーレム(土人形)だ!!」


 誰かが叫ぶと、それを合図に馬達の足元から次々と地面が盛り上がる。


 まるで初めからその形で地面にはめ込まれていたかのように、人型の土の塊が同じ形の穴を残し、のっそりと起き上がった。


 体の前面にびっしりと草の生えたそれは、一般的な人体の三倍近い身の丈があり、いずれも胸の心臓の部分に矢が突き立っている。


 暴れる馬は次々とゴーレムの土の指を崩し、逃げ出して行くが、ゴーレムが痛がるそぶりはない。


 ぼこりぼこりと、ひとりでにゴーレムの目の部分がえぐれ、ぼう、と緑色の火の粉がそこに宿った。


 次の瞬間、七体のゴーレムが冒険者達に向かって『走り出した』。土と地虫をまきちらし、どすりどすりと丘を下って来る巨体に、様子をうかがっていたスノーバ人達が悲鳴と咆哮を上げ、前後に動く。


 現れた異形に果敢に立ち向かう者と、距離を取る者。拡散する敵陣にルキナがケウレネスと顔を見合わせ、同時に唾を呑んだ。


「投石器より効果的だ」


「これほどの魔術を使えて『ちょっとろうそくの火を操れる程度』とは……ロドマリアめ、とんだ食わせ者ですね」


「ルキナ様ァ―! 管理官、殿、が……!」


 突如声を上げる弓兵に視線を向けたとたん、ルキナとケウレネスはぽかんと口を開けて絶句した。


 弓兵達にしがみついていた管理官達が、何故かみな一斉に自分の前にいる弓兵の首を絞めていた。


 髪を振り乱し奇声を上げる彼女らを、他の兵士達があわてて梯子を上り、取り押さえる。


 地上に引きずり下ろされるロドマリアに駆け寄りながら、ルキナは「どうした!」とその頬をきつけ代わりに叩く。


「しっかりしろ! 流れ矢でも当たったか!?」


「あだ! いだだだ! ルキナ様、年寄りはもっと優しく扱って下さいませ……!」


「何故弓兵の首を絞める!?」


「ちょっと正気を失っていただけでございます。もう治りました」


 眉根を寄せて「はあ!?」と怒鳴るルキナから顔をそらし、ロドマリアが同じく頬を張られている同僚達を見つつ顔を押さえる。


「魔術の代償でございます。ゴーレム精製の術ほどの高位魔術を使えば、相応のものが術者の体から抜け落ちます。それは生命力であったり、精神力であったりするわけですが……

 あくまで歴史的資料としての魔術を管理する立場にある私どもは、そういった魔術の反動を低く抑える訓練を経ていません。ですから魔術の力にモロに精神を侵され、このような狂態をさらすわけでして」


「……無理をしたということか?」


「所詮研究者でございます。戦闘者でない我々がリスクなしで使える魔術など、せいぜいロウソクの点火消火くらいのものでして。

 まあ完全に気が触れなかっただけ儲け物です」


 そういうことか。


 以前のロドマリアの言葉の意味を理解したルキナは、他の管理官達にも視線をやりながら「よく分かった」と声を吐く。


「お前達が精神を危険にさらしてくれたおかげで、敵の勢いを削げた。よくやった。あのゴーレムはどのくらいもつんだ?」


「完全に破壊されるまで戦い続けます。コフィンの魔術にうとい冒険者達には、嫌な相手でしょうな。

 考えてもみてください、襲って来る地面を剣や槍で倒せますか?」


「……農耕具の方が良さそうだ」


「草の根がびっしりと張り巡らされたコフィンの土ですから、強いですよ。しかも連日の太陽で乾ききっている。

 七体のゴーレムが敵をかき回している間に、矢とつぶてで攻撃を続けてください。それでかなり数を減らせるはずです」


 ルキナがうなずきかけた瞬間、石壁の向こうを見ていたケウレネスが絶叫に近い声を放った。


「敵陣拡散! ゴーレムの攻略に当たっている集団から約六十の冒険者が離脱しました! 王都の側面へ回っています!」


「……裏手へ向かう気か! 向こうには何人いる!?」


「二十人足らずです! こちらに敵の大部分が迫っていたので……」


「ケウレネス! 兵士を連れて応援に向かえ! 調教師! 敵の接近をドゥーを走らせて報せよ! 弓兵とつぶて班は攻撃再開だ! 射ち尽くし投げ尽くせッ!!」


 ルキナの号令の下、コフィン人達がそれぞれの役目を果たすため、一気に動き出した。

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