百三十九話 『集落防衛戦 七』
水路に、いつしか骨の川が生まれていた。砕かれ、断ち割られた魔性の骨片が、乾いた曲線を転がり落ち、白いラインを歪に引き重ねる。
それは集落を落とせなかった尖兵達の死に場所だ。数十体の人食い骸骨が散乱する水路に落ち込まなかったことは、異形の戦車にとって、ささやかなりとも敵の領域を侵したという、自負をともなう名誉なのか。それとも他と変わらぬ、ただただの無念なのか。
知を持つ人外の心は計り知れず、人々は鎖を引き、その奇妙な命を圧する。サビトガ達に加勢する人数は四人に達し、合計七人力が戦車を柱に押しつけ、バキバキと古い木と骨を散らす。
白骨牛の髑髏が、潰れる瞬間に赤子の呪詛のような、意味をなさぬ恐ろしい声を発した。骨片の中で脳髄がひしゃげる音が響き、鎖が完全に魔の者の形を崩す。
もはや鎖からは、いかなる抵抗も伝わってはこない。敵の死を確信した人々が、一人二人と鎖から手を離した。
背後の防衛線からも、戦闘の気配が消えている。人食い骸骨もまた全滅したのだ。サビトガとシュトロは、自分達の手の上から鎖を引き続けるオーレンに、同時に目を向けた。
頭から血を流す馬賊は、潰れた敵を睨んだまま息を詰め続けている。顔を熟れたカラス瓜のように上気させている彼に、ともに鎖を引いていた少女が、レッジの横から声を投げた。
「手を離せ。あの戦車はもう死んでいる」
「…………」
「大丈夫だ、オーレン。生き残ったのはオマエだ」
オーレンは、少女に返事も視線すらも返さず、時間をかけて牽引の姿勢を解き、地面に座り込んだ。
風が吹き、皆の頬と髪をなでる。再び防衛線に戻ろうとする人々に、オーレンが息を吐き出しつつ声を放った。
「死ねばよかったのにと、思ってるだろ」
多くの人々はその言葉を無視した。反応を返したのは立ち止まった少女と、歩き続けながら口を開いたサビトガだけだ。
「みんなそこまで子供じゃない。だからお前を助けに来た」
「そうかい。肩抱き合って、涙流し合って、やっぱり仲間は最高だってみっともなく叫び散らすのがお好みなんだな。そういうの、うんざりなんだよ。むかつくんだ。だからあんたも僕の下に敷いて、こき使ってやりたかった」
「それが馬賊のくせに馬を嫌い、仲間内の和を軽視する理由か?」
サビトガはオーレンではなく、少女を振り返り、足を止めた。彼女が歩き出さないことを確認してから、声だけをオーレンに向ける。
「馴れ合い、親しみ合い、絆だの友情だのを掲げながら悪事を働く馬賊集団。そういう場所でお前が育ったのだとしたら、確かにその性格ではうまくやっていけんだろうな」
「盗人同士の馴れ合いも、人馬の馴れ合いもたくさんだ。どうせ心なんか通じてないのに、気色悪いんだよ。最後には自分のために相手を放り出すに決まってるんだ」
「仲間か馬に見捨てられたか。そのあげくの『千人の牢名主』か」
ブレイズに聞かされた話を唇にのせながら、サビトガは腕を伸ばす。少女がオーレンを振り返り、それからゆっくりとサビトガに近づいた。
サビトガの目が、一度だけオーレンを見る。
「お前の心の傷には興味がない。お前がしたことは許さんし、俺の仲間にも、俺の馬にも手出しはさせん」
「……あんたが『上』だからか?」
「俺達が『対等』だからだ。俺も、お前も、他の者も皆同じだ。上下関係などない。それを認めさせるための決闘だった」
オーレンが目を剥き、顔を上げる。サビトガは少女の手を取りながら、再び防衛線へと歩き出した。「しばらく休んでろ」と、低い声が馬賊に飛ぶ。
「今度俺の仲間を馬鹿にしたら、その鼻を二度と戻らんようにへし折るぞ」
脅しの言葉は抑揚なく、風にまぎれるように流れる。
少女が最後にオーレンを振り返ると、彼は白い電気の空を見上げて、心底呆けたような顔をしていた。




