百三十五話 『集落防衛戦 三』
骸の群が金切り声を上げる。空虚な肋骨の籠を抱え、人肉を求めて生ける者達に殺到して来る。
異邦人達が木材でこさえた立てかけ式のバリケードを持ち出し、塔の窓や隙間をふさぎ始めた。未だ巨大骸骨と戦っているレイモンドとギドリットを指し、レッジが「二人が帰れなくなる!」と叫ぶ。
昨日の稽古の筋肉痛で背中を丸めた彼が、締め出される仲間を大声で危惧したことに、ブレイズがバリケードを押さえながら笑みを返した。
「やつらも馬鹿じゃない! 自ら飛び出したケツは自分で持つさ!」
バリケードの向こうにその姿を隠されてゆくレイモンド達は、事実助けてくれとも迎えに来てくれとも言わない。本来人が挑むべきではない大きさの敵に、ちっぽけな武器と体で立ち向かっている。
巨木を倒す白骨の張り手が、レイモンド達に見切られ、空を切り、土を叩いている。巨大骸骨の動きは依然緩慢だが、だからと言って頭上から迫る絶対的な死の一撃を冷静にかわし続けるのは人間業ではない。
倒壊する建物の間を、ひたすら走り続けるようなものだ。肉体的にも精神的にも、常人の域を凌駕している。
巨大骸骨の振り切った腕を、金槌の持ち手を変えながら激しく連打するギドリットを、チャコールが見納めながらバリケードで隠した。「彼は猟師」と、桜色の唇が静かに震える。
「自分より大きな獣を殺す人。熊や牛や、象や犀に挑み、その骨格や筋肉の動きを知り尽くし、死角から急所を叩き潰す人。元々正気の領域にいる人じゃない……挑む敵の大きさは、彼にとって逃走の理由にならない」
だから大丈夫。チャコールが言った瞬間、バリケードに凄まじい衝撃が走った。水路を突っ切ってきた人食い骸骨が、塔の壁や蔦のカーテンに張り付き、奇声を上げながら木材を殴っている。
バリケードにつっかえ棒をかました異邦人達が、それぞれ木材を押さえ、武器を構えた。ブレイズが頭上を見上げ、塔の屋上にいる者達に「落とせぇッ!」と叫ぶ。
巨大な岩が、丸太を抱える数人に転がされ、水路に落下した。骸骨の何体かが音を立てて押し潰され、骨片を散乱させる。
次いで岩とともに用意されていた壷が傾けられ、中に詰まっていた土砂が水路に降り注ぐ。「生き埋めにしようってのか!?」と声を上げるシュトロに、名も知らぬ赤髪の異邦人が屋上から降りつつ言った。
「人食い骸骨には脳がある。脳は空気がなきゃ動かない。やつらも息をしてるのさ。だから窒息させりゃあ、死んじまう」
「骨の表面を這う擬似筋肉があらゆる生命機能を担うからこそ、それを土砂や水で覆われれば骸骨達は戦わずして沈黙する。……だがそれで全滅するほど安い相手じゃないぞ! バリケードが破られる!!」
ブレイズの警告どおり、壁ぎわに張り付いていた骸骨達が岩や土砂の攻撃をやり過ごし、自らの侵入を防いでいた木材を音を立てて引き剥がし始める。
全ての異邦人がバリケードから離れ、直接戦闘に移行するため武器を手にした。生ける骸が、バリケードの穴から侵入して来る。
完全な防壁を持たぬ集落は、しかしその不完全さゆえに、敵が殺到する『穴』を事前に住人全員が承知していた。
骸骨の頭部。生命の根幹である脳が詰まった、唯一の弱点。
目の前に差し出されたそれに、異邦人達の雑多な武器が振り下ろされる。
サビトガやシュトロの刃を受け、高く高く切り飛ばされる骸骨の頭蓋は、まるで断頭台にかけられた罪人の首のようだった。




