百三十一話 『葬儀と予兆』
『デブ野郎』に関しては、翌朝早くに簡単な葬儀が行われた。
「出たいやつだけ出ればいい」とのレイモンドの招集に、しかし集落にいるほぼすべての異邦人が応えた。サビトガ達もボーン夫妻やギドリットと共に、集落の中央広場に参列する。
木枝で組まれた棺に横たわる故人は、胸に開いた穴に参列者から真っ赤な木苺の実をひとつずつ詰め込まれ、しきりに「彼のハートは熱かった」と証言するレイモンドに悼まれながら焼かれた。
燃える松明を棺に放り込んだレイモンドは、自分の手下が焼ける煙を吸い込みながら、冷えて硬直した心臓を握り締める。葬儀の最中、いや故人の体から取り出して以降ずっと手にしていたのだろう心臓は、すでにレイモンドの手垢にまみれて萎びかけていた。
『レイモンドは病気だ』。かつてハングリンが口にした台詞が、レイモンドとレイモンドの執り行う葬儀の異常さゆえに説得力を帯びる。
棺と共に燃え尽きたデブ野郎の残骸は、地中深く掘られた穴に埋葬された。それをもって葬儀はお開きとなったのだが、解散しようとするサビトガ達にオーレンが声をかけてきた。
もはやひざの負傷を感じさせない足取りのオーレンは、サビトガやその仲間達に厳しい視線を向けながら、しかし先日の決闘のことではなく、ハングリン・オールドに関する話題を振ってきた。
「デブ野郎……盾割りのスレイが殺された場所の、すぐ近くにさ。こんなものが残ってたんだ」
オーレンが、広く剥がした巨木の樹皮を差し出してくる。見れば樹皮にはとがった物で穿たれた穴が二、三有り、そばには靴跡もついていた。
ハングリンがツルハシで木を登った跡だ。オーレンが悔しげに拳と手の平を打ち合わせ、「あの野郎」とうなる。
「すぐ近くでスレイが殺されるのを見てたんだ。レイモンドさんの追跡は成功していた。……思い返せばあの時、木の上から猿が落ちてきたんだけど、あれもひょっとしたらハングリンが自分が木を飛び移るのをごまかすために、わざと落としたのかもしれない」
「……ハングリンは猿並みか?」
「臆病者のくせに身体能力だけは高い。あのクソ野郎を連れて来たのは君達だろ。やつがどういうつもりなのか、心当たりはないの?」
オーレンの問いに、シュトロが肩をすくめて「あいつの考えなんざ知るかよ」と声を上げた。
「変人で悪趣味で、何かともったいぶってばかりいやがる面倒臭ぇおっさんだ。俺達だって信用してたわけじゃねえ」
「優れた異邦人でもないくせに、中途半端にこの世界を探索して玄人づらしてるクソジジイだ。魔の者一匹殺したこともないくせに……役立たずのくせに、忌々しい……!」
親指の爪を噛みながら言うオーレンに、サビトガやブレイズは白い目を向ける。魔の者との戦いを言うならば、戦力となる新参者の意気を削ぐようなことをしていたオーレンもまた、偉そうなことは言えない立場だ。
「とにかく」と、それまで黙っていたギドリットが苔の服を揺らしながら低い声を吐いた。
「忌々しいハングリンは目障りではあるが、我々に直接害を与えたわけでもない。それより今は、魔の者の襲撃に備えるべきだ」
「魔の者の襲撃? デブ野郎を殺したやつは、もう死んだんだろ?」
シュトロの言葉に、ギドリットが苔の奥から、わずかに細い眼光を覗かせた。
「『鈴鳴らし』は森にいるほぼ唯一の魔の者だ。活動中は常に鳴き声を上げているから遭遇しようと思わなければ遭遇しないし、だからこそ大抵はこちらが先手を取れる。個体としての脅威は低い敵だが……しかし一度こちらの姿を見られると、後から別種の魔の者が集まって来るんだ」
「別種……?」
「数匹から数十匹の群であることが多い。鈴鳴らしが例の『りんりん、らんらん』という声の調子を変えて警笛を鳴らすんだとか、死体が特別な臭気を放つんだとか言われているが、とにかく鈴鳴らしと遭った人間は別の土地にいる魔の者にマークされるんだ。
きっと、今日か明日にはやって来る。集落の防衛戦だ」
ギドリットが最後の方だけ声をうわずらせ、興奮の気配をもらすと、ブレイズ夫人ことチャコールが大きな円盤の目をまたたかせてサビトガを見た。
その表情に狼狽の色がないと分かると、円盤がわずかにゆるみ、弧を描く。
「集落や魔の者、優れた異邦人がしなければならない戦いというものを、一気に理解できる機会ですよ。私達が置かれている状況を、体で知ってください」
死なないでくださいね。
そう続けるチャコールに、サビトガ達がそれぞれの表情を返した。




