百十八話 『待っていた二人』
「気付いたらしいな。ごつい喪服野郎が鬼みたいな顔で向かって来るぜ。お祈りでも唱えるか、小僧」
「生憎と無宗教でね」
苔むした大橋に立つ人影が、二つ。たがいにのんびりと声を交わした。
一人は茶色の髪をなでつけ、鼻の下に髭をたくわえた中年男。
もう一人は灰色の髪を短く刈った、ひょろりと長細いシルエットの青年だ。
二人は量の違いこそあれ、ぎっしりと筋肉の詰まった腕を組み、あるいはズボンのポケットに突っ込んでいる。
橋を上がってくる男と少女に、まずは中年男が声をかけた。
「気をつけろ! そのへんは石材がもろい! 苔の生えてない所を歩いて来い!」
返事がないことを確認してから、中年男が懐をあさり、真っ赤な木苺の詰まった瓶を取り出す。二、三個を口に放り込みながら「ありゃぁ強えぞ」と、天気の話をするような口ぶりで言った。
「相手が悪かったんじゃねえか。お前みたいな下衆野郎に屈するツラじゃねえぞ、どう見ても」
「うるさい人だね。馬畜生なんかに同情するような甘ちゃんは、どんなに強くてもここじゃ二流三流なんだよ。あんただって分かってるだろ、レイモンドさん」
レイモンドと呼ばれた中年男が、木苺を大事そうに食べながら首をひねった。「二流三流はよく分からんが」と、甘ずっぱい声を吐く。
「俺は異邦人同士のもめ事は、基本的には当人の話し合いと殴り合いで解決してもらってる。集落の長だからって仲良くしろだの、秩序を守れだの、口はばったく言うつもりはねえ。俺に損と危害、不快を与えねぇ限りは、完璧に自由放任だ」
「ひどい村長だよねえ、うふふ」
「だからよ、オーレン。お前があの怒れる甘ちゃんにぶち殺されても、俺は仇なんか取ってやらんぞ。お前のことは早めに忘れて、ヤツとよろしくやる方法を考えるからな」
レイモンドが太い人差し指を伸ばした時には、男と少女は大橋の上をすぐそこまで歩いて来ていた。
相手方の形相に指を引っ込めるレイモンドの隣で、オーレンが長い腕を広げて「やあ!」と白々しい笑顔を作る。陶器のあご骨を着けた男が、オーレンへ「お前が盗人だな」と恐ろしい声を向けた。
彼の荷物袋はレイモンドの足元に転がっていたが、オーレンは髑髏馬の体毛のついた乗馬ズボンを履いていた。ひげをいじるレイモンドに、男は視線もくれない。
オーレンが、乗馬ズボンと外套に包まれた体を揺らし、いつもの気障な哄笑を響かせた。
「盗人とはご挨拶じゃないか。一番遅れてやって来た新人のくせに。オーレンさんって呼びなよ、後輩君」




