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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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百四話 『暗黒の君』

 長い夜が終わった。


 暗黒の時代に、人々が泥濘ぬかるみくような困難で些細ささいな抵抗をきざんだ、たった一夜の出来事が終わった。


 時代の支配者が打倒されることもなく、国の体制が揺るぐこともなく、ほんの数十人の死傷者が王のみやに転がり、ただ二人の貴人がその身をくらませた。


 それだけのことが、しかし確かに、決着を見たのだ。


 サビトガは縛を受け、再びミテンのかごに戻された。もはやいつ、どんな死に方をしてもおかしくなかった。ミテンがあの漆黒の眼球をこぼれんばかりにひんき、自分への憎悪に心をがされているのだと思うと、死を覚悟すると共に、ほんの少し愉快な気にもなる。


 しょせんこの世はままならぬもの。悪意と権力だけで全人類をひれ伏させることなどできぬのだ。


 己をちんと呼ぶ若造から真に貴い人を守れたことに、サビトガは大局的には満足していた。細々(こまごま)とした不安材料はあるが、シブキ達のその後をけ負った将軍はどう転んでも軍人の矜持きょうじを捨てられる男ではない。


 の人間性を放棄しても、軍人でいられなくなるほどの邪悪な行為には手を染められない、そんな男だ。ならば軍人としてちかったことは必ずやりげるだろう。


 生きよ。そう命じたシブキの心にこたえられないのは残念だった。


 ままならぬ世。ままならぬ生。


 シブキがその在り方をいつか救える人になることを、願うばかりだった。





 だが、サビトガは、やがて思い知ることになる。


 自分がままならぬと片付けていた世が、人生が、予想をはるかに超えた邪悪な計画をはらみ息づいていたことを。


 守るべき人を守り、その代償として恥辱と痛苦にまみれた死を迎え終わるほど、単純なすじではなかったことを。


 これからが、真に苦難多き時であることを。


 骨のずいまで、思い知ることとなるのだ。






「――――どうした、処刑人。食が進んでおらぬようだが」


 黄金色に透き通ったスープを見つめるサビトガに、時代の支配者が声を放った。


 シブキがパージ・グナを去ってから十日後。投獄され続けていたサビトガを、突然に衛士達が籠から引き出した。


 最期の時が来たのかと思いきや、衛士達はサビトガを処刑台ではなく王宮へと連れて行き、すぐに女官達に引き渡した。


 女官達は手枷てかせをはめられたままのサビトガの服を剃刀かみそりで切り裂き、湯殿ゆどので体を洗った。ミテンが採用した新しい女官は、みな肌が白く金髪の、外国の女だった。港で売られていた奴隷や娼館の不法入国者をし上げたらしく、まともに言葉もしゃべれぬ女もいた。


 彼女らに下品な視線をびせられながら湯殿を出ると、きぬの衣を着せられ、手枷を新しいものにえられた。そうしてそのまま王宮の奥へと通されると、ミテンが笑顔で食卓に着きサビトガを待っていたのだ。


 目の前には、ぜいの限りを尽くした料理が並んでいる。サビトガは天井や壁の向こうから弓兵がやじりを向けてきているのを感じながら、ミテンをするどにらんだ。


「最後の晩餐ばんさんを振る舞ってくれるような方ではないはずだ。この料理にはどんな意味がある?」


「ただのめしだ。毒など入っておらぬぞ」


 ミテンが給仕の女官のあごをつかまえ、ぶどうの酒煮を素手で唇に差し込んだ。


 サビトガの横に居た女官が、同じようにサビトガのあごをつかまえて料理を食わせようとする。とっさににらみつけると、未だ十代であろう金髪娘が瞬時に目をうるませてくすんと鼻を鳴らした。


 可愛かわいい子ぶった、演技じみた仕草だった。食堂に居る女官全員がにこにこ、うるうると、うそ臭い表情を顔にり付けている。


「外国女は良い。我が国の女どもと違って美におもむきがある。そう思わんか?」


「……」


「それとも同族しか抱けぬクチか? いやいや、後宮に闖入ちんにゅうしておきながらただの一人も手を付けなかったお前だ。それはあるまい。ならば残るは不能か、男が好きか……さすがのちんも美少年にはまだ食指が動かぬなあ」


「言葉でなぶるために俺を近くに呼んだのか」


 手枷のはまった手で鉄製のはしを取り上げるサビトガに、ミテンと女官達の顔に多少の緊張が走る。


 弓の引きしぼられる音を聞きながら、サビトガは箸を皿の上の鯨肉に突き刺し、口に運んでみちぎった。


 こんな状況にもかかわらず、新鮮な肉の味と滋養じようが体に染み渡るようだった。鯨をすぐに食べ終えると、今度は蒸し焼きにされたつるの肉に箸を伸ばす。調味油をたっぷりと吸って、歯ざわりは綿わたのように柔らかい。


 先ほどべそをかいた女官が、もう笑顔で酒杯を差し出してきた。匂いをかぐと、鬼姫が飲んでいた桃の酒だった。


 無意識に目を細め、一気にあおる。弓兵が自分を射殺す前にミテンに手をかけられるか、サビトガは真剣に考えていた。


ぜいの限りを尽くし美女を抱きつくし、国中を踏みつけて天下に名をとどろかせる。それが真に強い王のり方というものだ」


 夢にまで見た米の飯をかき込みながら、サビトガはミテンの声を聞く。彼の話す内容に興味はない。彼ののどの位置を知るためだった。


「朕は父王のように多くの子を残すつもりはない。若く美しい女官のことごとくを毎晩のように抱くが、その腹に子が宿れば例外なく堕胎だたいさせる」


 くだらぬ言葉に意味はない。


「偉大な王に血統など無用だ。女は快楽だけを王に差し出せば良い。同様に民も、国土も、王の贅のためだけに在れば良い」


 愚物の言うことなど考慮にあたいしない。


「朕は国を圧するモノ。支配し、蹂躙じゅうりんするモノ」


 全てたわ言だ!


「――ならば、朕さえ死ねば国は救われると――――そう、お前は考えるだろう?」


 ぴたりと、サビトガの箸が止まった。


 ミテンが卓にひじをつき、にんまりと笑う。真っ黒に染まる双眸そうぼうが、闇の三日月と化しサビトガを突き刺すように見た。



「魔の島、というものを、知っておるか。処刑人」



 サビトガが三日月に、刃の視線を返す。


 ミテンの笑みが、攻撃的なほどに深まった。


「人間を不死にする秘宝が眠ると言われる、伝説の秘境よ。我が国からも過去、何度も何度も大軍が派遣され、その消息を絶ってきた。

 ……国を永久に支配する不死の王を生むため。今度は貴様が魔の島に向かうのだ。処刑人殿」

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