表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
238/306

八十五話 『悪獣跋扈』

 のこぎりは剣のように振るってはならない。無数の刃が細かく並んでいるぶん、しんの通った一本剣よりももろく、乱暴にあつかえばすぐに刃が欠ける。


 それは頑丈な鯨の骨でできた骨鋸でも同じことだ。背骨の突起を研磨けんましてとがらせた刃は、切れ味が悪いぶん肉に食い込んだ時の反動を受けやすい。


 叩きつけるのではなく、標的の一寸いっすんわきを流すように振るう必要がある。刃先だけを通過させ、敵の表面を引きこそぐのだ。


 サビトガは蛇のような剣を振り下ろしてくる目前の衛士をやり過ごしざま、そののどからこめかみにかけてを骨鋸で切り上げる。小枝の混ざったどろをかき分けるような不快な手ごたえが指に伝わり、砕けた軟骨なんこつが皮膚片とともに天井に上がった。


 衛士が悲鳴ではなく、気管に血液が流れ込んだ時の独特の咳音せきおとを立てると、サビトガは彼の死を確信して次の敵に向かう。


 次列の衛士が二人、同時に処刑槍を左右から投擲とうてきしてきた。死神の彫刻がふえの原理で、ぴぃぃ、と鳴き声を上げる。


 衛士達の槍は衣装と同じく、サビトガのそれをオリジナルとして模造されたものだろう。拷問室から処刑槍だけがなくなっていたことがそれを裏付けている。


 処刑人の刃を打つ鍛冶師は、武将よりも頑固がんこで誇り高い特級の職人だ。先王の聖骸せいがいを砕いたミテンのような暴君には絶対に下らない。


 なればこそ衛士達の槍を打ったのは、二流三流の職人だ。何十人、何百人の血を吸っても折れぬ本物の処刑槍など、作れるわけがない。


 槍としての性能と耐久性を保ったまま、笛の音をかなでさせられるものか。


 サビトガは安っぽい音を立てて飛来する槍の一本を骨鋸の背で叩き折り、もう一本を首をひねってやり過ごした。背後で気管に入った血におぼれていた衛士が、無惨むざんな音を立ててくし刺しになる。


 残り七人。サビトガは槍を失った衛士の一人に肉薄にくはくし、相手が次の武器を抜く前にその両目を骨鋸で引き裂いた。


 絶叫をき上げる口に、骨鋸の柄頭つかがしら容赦ようしゃなく叩き込む。歯が何本も舞い散り、顎骨が二段続けて砕ける音が響いた。


 とどめにのどをかき切り、背後に迫っていたもう一人に後ろ蹴りを見舞う。こむら返りを起こした上にひざを痛めた方の足だったが、もはや痛覚など怒りのかなたに消え失せていた。肺の横隔膜おうかくまくかかとにえぐられた衛士が、呼吸困難を起こしてひざまずく。


 その差し出された頭部を骨鋸の背で叩き割り、残り五人を数えた時。サビトガの耳にくさりの音が届いた。


 とっさにかかげた骨鋸を分銅ふんどう付きの鉄鎖てっさが巻き取り、かっさらってゆく。


 鎖分銅くさりふんどう。当然に処刑人の得物えものではないそれを手にした衛士が、ほぼ最後尾から「やったぞ!」と歓喜の声を上げた。


 敵が、一気に三人、それぞれ異なる武器を手に突っ込んで来る。サビトガは素早く腰のベルトに差し込んだ大針『峨嵋刺がびし』と、くちばし状の拷問具『耳裂き』を抜き取り、部屋の西側へと移動する。


 己を追う三人の敵の軌道きどうを操り、最初に接触する一人を意図的に選んだ。それは最も長い武器を持つ敵、みにく餓鬼がきの装飾のほどこされた長刀を振りかざす衛士だ。


 奇声と共に放たれる刃を、サビトガはあえてギリギリの線で回避する。身を低くかがめたサビトガの髪とこめかみの皮膚を、長刀の刃先が乾いた音と共にはじき飛ばした。


 にやりとくちびるをゆがめる衛士。だがサビトガは痛痒つうようの気配をらさず、長刀の柄をたどって衛士の顔に手を伸ばす。


 長くするど峨嵋刺がびしが、衛士の鼻孔びこうに深々と嫌な音を立てて突き立った。目をく衛士の顔面の奥深くを、サビトガは一気に突きえぐる。


 鼻と口、そして耳の穴は、人体の中で最も脳に近い『生得的な裂傷』だ。本来肉で包み守るべき最重要器官に隣接する道が、ごく薄くもろ隔壁かくへきのみを残して開通している。


 その隔壁を針で突き崩せばどうなるか。鼻孔の奥深くを破壊された頭部は脳に針を受け入れ、生命の根幹を成す機能を奪われる。


 峨嵋刺がびしは脳組織を存分にかき回し、血と脳漿のうしょうの糸を引いて引き抜かれる。衛士はせきを二つ三つ落とすと、次の瞬間鼻孔から流れ出てきた脳肉に、人ならざる絶望の声を上げた。


 サビトガは大きく背後にび、敵から距離を取る。後続の二人が剣と槍を手に追いすがってくるが、脳をかき回された衛士が狂乱状態でその背の一つに長刀を振り下ろした。


 仲間に斬られた衛士が、血塗ちまみれになりながら怒声を上げる。その顔面を長刀の衛士が泣きながら両断した。事態に気付いた三人目が、サビトガを追うのをやめて長刀の衛士に斬りかかる。


 仲間同士で争う衛士達が部屋中を転げ回り、血と脳漿のうしょう罵詈ばりをまき散らした。


 サビトガの骨鋸を奪った鎖分銅の衛士が、あわてて混乱をおさめようと動く。だが彼が争いの場に到達する前に、物陰を伝って来たサビトガが彼の耳に鉄のくちばしを突き入れた。


 閉じたカラスの嘴のような拷問具は、そのするどい先端を衛士の耳の奥深くまで到達させる。サビトガはくちばしの持ち手にある留め具のピンを抜き、嘴の奥深くで押さえつけられていた極太ごくぶとバネ(・・)を解き放つ。


 耳裂き。その名が示す通りの残虐な結果が、衛士の耳孔じこう内で炸裂する。およそ耳にまつわる器官と機能を半身分はんしんぶん一気に喪失した衛士は、反吐へどの混じった泡を吹きながら声もなく倒伏とうふくした。


 サビトガは、陶器の顎骨の奥で乱れた息をととのえながら、一度は奪われた骨鋸を拾い上げる。背後では長刀の衛士が敗者の肉を切り刻みながら、脳肉をまき散らしてゆるやかに死体へと変わろうとしていた。


 サビトガは深く息を吐き、目の前の倒伏した衛士ののどをかき切る。かき切ってから、殺した衛士の人数を数えた。


 あと、一人。


 サビトガは立ち上がり、部屋の奥で腕を組んでいる最後の敵へ視線を投げた。


「なるほど」


 放たれた声は、このおよんで不遜ふそんな余裕に満ちている。


「死道を極めた鬼畜とは、これほどのものか。まるで人間性を感じない……悪獣の争いぶりだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ