表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
221/306

六十八話 『底』

 横穴の中は当然に闇に支配されていたが、不思議と閉塞へいそく感を感じなかった。


 天井が高く、外気が通いやすいということもあるが、何よりも足下に草が生えていることと、洞穴内にちらほらと小木が立っていることが大きいのだろう。


 陽を浴びない草木は外のものよりも貧弱で育ちが弱いが、それでもこの場所が外界と地続きになっているのだということを、視覚的に教えてくれていた。闇をランタンや松明たいまつの光で切り裂けば、そこに植物の色彩がある。その事実が一行の神経をなぐさめ、緊張感をほぐしてくれていた。


 ハングリンがランタンの強い光線を、まるで順路を示すラインのように長く遠く闇の中に引くと、何かが光に直撃されてバタバタと音を立てた。


 身構えるサビトガ達の前方で、複数の影が地に落ちる。慎重に近づくとそれは洞窟コウモリの群だった。よほど光に弱い種類と見えて、ことごとく気絶して目を回している。


 シュトロがハングリンの持つランタンに視線をやり、「どんだけ強力なんだよ」とその光量に舌を巻いた。


 ハングリンは再び歩き出しながら、シュトロに肩だけをすくめてこたえる。


「この光は金属が燃える光だ。数種類の鉱物粉とさび、油をり合わせた粘土ねんど火縄ひなわを作り、それに火をつけることによって生じる。目がくらむほどの光は、金属を経由しなければ生み出せない。木や草をいくら燃やしても『まぶしさ』は作れないのさ」


「確かに松明や蝋燭ろうそくで目くらましはできねえな」


「コウモリは狂犬病を運んで来る。やつらを追い散らすためにも、攻撃力をそなえた光源は洞穴探索に必須ひっすのものだと私は思うね」


 シュトロは自身の持つ燈火用樺皮とうかようがんぴの静かな火を見つめ、それからすぐに「チッ」と舌打ちの音を立てた。ハングリンはその様子を一切気にかけることなく、先へ進んでゆく。


 サビトガは皆とともにハングリンの後を追いながらも、松明たいまつの灯りの領域に浮き上がる小木や岩の表面に視線を走らせ、時折有益なものを見つけては手に取り採集した。


 穴底にはなかった食用のミズゴケや、マメ科の植物の芽が洞窟内には群生していた。


 ふと視界に入った小木にはなんとグミの実がっていて、色は白く抜けているものの口にするとほのかな甘みと酸味がある。


 少女を呼び止めて二人で採集していると、先を行っていたレッジが戻って来て小声で「変だよ」とささやいた。


「この洞窟、ずっとまっすぐ続いてる。大穴の底が島の中心、最古の秘境だったはずなのに、これじゃ島の外側へ戻っちゃうよ」


「……だが、地面の傾斜けいしゃは微妙に下り坂になっている。地下へ向かっているのなら、とりあえず後戻りしていることにはならないんじゃないか」


「だけど……」


「おーい! 何してんだよ、はぐれっちまうぞー!」


 洞窟を飛んでくるシュトロの声に、サビトガ達は顔を見合わせ、仕方なく会話を切り上げて先へと進む。


 一行はそれから、実に何万歩分も足を運び、暗闇と草の世界を歩き続けた。


 想像以上に長い洞窟だ。一本道なので迷うことはないが、すでに時間感覚は消えせていた。


 松明の樺皮を交換し、休憩きゅうけいをはさみながらひたすらに前へと進む。ミズゴケも豆の芽もグミも、もはや十分すぎるほどにった。いつしか光線に気絶するコウモリすらいなくなり、じょじょに忘れていた閉塞へいそく感が頭の上にのしかかってきた。


 その時。


 不意に、何の予告もなく、ハングリンがランタンの火を吹き消した。


 闇に没する彼の姿に、一瞬裏切りの気配を感じるサビトガ。だが直後に「こっちだ」と、ハングリンの声が響いた。


 視界に、唐突に明るい世界の断片が飛び込んできた。遠く洞窟の出口が見え、その先に光満ちる景色がある。


 青々とした草におおわれた地面、灰色の石に、こけの生えた土壁。


 サビトガは走り出しかけるレッジを制しながら、仲間達とともに遠景へと向かった。やがて闇から再びハングリンが現れ、落ち着いた足取りでサビトガ達の前を行く。


 洞窟の闇が薄れる。光が差し込んでくる。暗闇の世界と決別する。


 靴底が今まで以上にみずみずしい草をみ、頭に光が当たった。


 洞窟を抜け出たサビトガ達は、そのまま道なりに数歩進み――眼下に広がる光景に、言葉を失った。


「ようこそ、魔の領域へ」


 つぶやくように言ったハングリンが、そのまま両ひざを地面につき、頭をかかえて静かに笑い出した。


 サビトガは、海抜よりもはるかに低い、地の底の底を目指していたはずのサビトガは。


 目の前に広がる白い雲海に、ただただ、絶句していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ