表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
207/306

五十四話 『物資補給戦 四』

 わざわざ四等分したのに、三つのさじはほぐれやすいマスの肉を無秩序に持ち去り、焼き石の上でバラバラにしていく。思わず「行儀が悪い!」と声を上げながらも、サビトガも負けじと自分の分を箸で確保にかかる。


 マスは往々にして、肉以上に皮とあぶら美味うまい。敷いたシダごとごそっと切り身を取り上げると、カバノキの皮に盛り、肉を割り開いた。


 淡水魚らしい、主張のひかえめな香りが鼻孔に上がってくる。味付けは一切していないが、箸で口に運ぶと十分すぎるほどの魚肉の味がした。


 歯で押し潰すと、温かい肉汁があふれてくる。のみ込めば体に蓄積される栄養を感じるかのような、確かな満足感があった。


 美味い魚だ。だが、皮ごと食えばもっと美味いに違いない。肉よりも頑丈な皮を箸先で切り裂くと、サビトガはすぐに二口目を放り込んだ。弾力のある皮と濃厚な脂に包まれた肉は、予想通り素晴らしい味を舌に伝えてくる。


 米か酒が欲しい。サビトガはマスを頬張ほおばりながら、つい贅沢ぜいたくに思いをせた。


 祖国パージ・グナの大粒の米をたっぷりと炊煙すいえんを上げてき上げ、わんによそってマスの横に置けば、どれほど疲れた心身のはげみになるだろう。マスにもたっぷりと塩を振り、そこにうりの塩漬けでもあれば――あまつさえ、辛口の安酒でもあれば、どれほど――――。


「――未練がましいな」


 自分のひたいを叩き、苦笑しながらつぶやいた言葉に、マスの皮をしゃぶっていたレッジがびくっと肩をねさせた。あわててお前のことじゃない、とことわるサビトガの前で、シュトロがごっそりと大きな魚肉をかっさらい、その上に亀の卵を三つものせた。


 予想していたことだが、マスや亀の卵に比べてシダの人気は今一つだった。すべてのシダは食べられる、が、ほぼすべてのシダは味が悪い。マスの脂を吸って煮物のようになったシダを、サビトガは責任上、皆より多目にカバノキの皮に取った。


 シダはまずいと言うよりは、味がしなかった。口当たりはぱさぱさしていて、そのくせくき部分はぐにゃぐにゃしている。


 食物としての高い安全性を得るために、うまみのすべてを供物くもつとして悪魔に差し出したような、そんなシダだった。こういった無味乾燥な植物は、しかし逆に保存食に向いている。煙でいぶして水分を飛ばせば不快な歯ごたえも消えるはずだ。最悪、白湯にひたして茶葉代わりに使ってもいいかもしれない。


 サビトガはマスとシダを平らげると、最後に一つだけ、亀の卵を味見してみた。


 卵は白身がほぼ消えて、焼き固まった黄身のかたまりになっている。口に入れると少々粉っぽく、鳥類のそれよりもかなり薄い味がした。しかし、確かに卵の味だ。淡白ではあるが旨みがあった。


 良質な栄養をたっぷりと得た一同は、やがて空になった石の焼き台の周りで水筒すいとうの水を飲んだり、横になり始めた。


 サビトガは十分温まった体の上に服をまといながら、燻製くんせい作業の続きにかかる。その後方で満腹になったレッジが「しかしアレだよね」と声を上げた。


「思えばみんな、わりとのん気だよね。僕は話に聞いただけだけど、魔王を自称する化け物と出会っておいてその場にとどまるなんて、ふつうできないよ。気味悪くないの? ひょっとしたらその辺に潜んでるかもしれないのにさ」


「……とりあえず食料を確保しねえと身動きできねえからな。こんな豊かな場所を素通りする手はねえし」


 それに、と、シュトロが水を飲みながらに、昨日魔王が現れたあたりを見る。


「信用はできねえが……なんとなくあの野郎は、俺達を直接手にかけるようなことはしなさそうに思えるんだよな。もし俺達を殺す気なら、チャンスは昨日いくらでもあった。俺もサビトガも一度は背後を取られたんだ。ヤツがその気なら、きっと誰か一人はられてた」


「少なくともあの魔王には知能があり、会話をする意志もあった。話の通じんやつは人間にも多い……見てくれは不気味だが、敵と断じるのは早い気もするな」


 サビトガが燻製くんせい器をいじりながら言うと、少女が思いがけず低い声で「敵じゃない」と口を開いた。男達の視線を受けながら、少女はひざをかかえ、首を振る。


「ここは使命に出かけた産道の民が代々通ってきた道だ。産道の民に生還者がいる以上、この時点で回避不可能な死や、勝ちようのない敵が現れるはずがない。魔王は、きっと魔王自身が言ったとおりに、産道の民の守護者であり、異邦人の導き手なんだ。味方とまでは言わないが……きっと、ワタシ達に害なす者じゃない」


「……」


「産道の民も、成長すると人外じみた姿と力を持つようになる。魔王の姿がその邪悪さの証明にはならないはずだ」


 少女の言葉に、サビトガ達はそれぞれの表情で視線を交わし合う。


 何ともいえぬ空気が流れる中、亀ののど肉をつついていた小魚の一匹が、ぱしゃ、と、酒瓶の中で水しぶきを上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ