五十四話 『物資補給戦 四』
わざわざ四等分したのに、三つの匙はほぐれやすいマスの肉を無秩序に持ち去り、焼き石の上でバラバラにしていく。思わず「行儀が悪い!」と声を上げながらも、サビトガも負けじと自分の分を箸で確保にかかる。
マスは往々にして、肉以上に皮と脂が美味い。敷いたシダごとごそっと切り身を取り上げると、カバノキの皮に盛り、肉を割り開いた。
淡水魚らしい、主張のひかえめな香りが鼻孔に上がってくる。味付けは一切していないが、箸で口に運ぶと十分すぎるほどの魚肉の味がした。
歯で押し潰すと、温かい肉汁があふれてくる。のみ込めば体に蓄積される栄養を感じるかのような、確かな満足感があった。
美味い魚だ。だが、皮ごと食えばもっと美味いに違いない。肉よりも頑丈な皮を箸先で切り裂くと、サビトガはすぐに二口目を放り込んだ。弾力のある皮と濃厚な脂に包まれた肉は、予想通り素晴らしい味を舌に伝えてくる。
米か酒が欲しい。サビトガはマスを頬張りながら、つい贅沢に思いを馳せた。
祖国パージ・グナの大粒の米をたっぷりと炊煙を上げて炊き上げ、椀によそってマスの横に置けば、どれほど疲れた心身の励みになるだろう。マスにもたっぷりと塩を振り、そこに瓜の塩漬けでもあれば――あまつさえ、辛口の安酒でもあれば、どれほど――――。
「――未練がましいな」
自分の額を叩き、苦笑しながらつぶやいた言葉に、マスの皮をしゃぶっていたレッジがびくっと肩を跳ねさせた。あわててお前のことじゃない、とことわるサビトガの前で、シュトロがごっそりと大きな魚肉をかっさらい、その上に亀の卵を三つものせた。
予想していたことだが、マスや亀の卵に比べてシダの人気は今一つだった。すべてのシダは食べられる、が、ほぼすべてのシダは味が悪い。マスの脂を吸って煮物のようになったシダを、サビトガは責任上、皆より多目にカバノキの皮に取った。
シダはまずいと言うよりは、味がしなかった。口当たりはぱさぱさしていて、そのくせ茎部分はぐにゃぐにゃしている。
食物としての高い安全性を得るために、旨みのすべてを供物として悪魔に差し出したような、そんなシダだった。こういった無味乾燥な植物は、しかし逆に保存食に向いている。煙でいぶして水分を飛ばせば不快な歯ごたえも消えるはずだ。最悪、白湯にひたして茶葉代わりに使ってもいいかもしれない。
サビトガはマスとシダを平らげると、最後に一つだけ、亀の卵を味見してみた。
卵は白身がほぼ消えて、焼き固まった黄身の塊になっている。口に入れると少々粉っぽく、鳥類のそれよりもかなり薄い味がした。しかし、確かに卵の味だ。淡白ではあるが旨みがあった。
良質な栄養をたっぷりと得た一同は、やがて空になった石の焼き台の周りで水筒の水を飲んだり、横になり始めた。
サビトガは十分温まった体の上に服をまといながら、燻製作業の続きにかかる。その後方で満腹になったレッジが「しかしアレだよね」と声を上げた。
「思えばみんな、わりとのん気だよね。僕は話に聞いただけだけど、魔王を自称する化け物と出会っておいてその場に留まるなんて、ふつうできないよ。気味悪くないの? ひょっとしたらその辺に潜んでるかもしれないのにさ」
「……とりあえず食料を確保しねえと身動きできねえからな。こんな豊かな場所を素通りする手はねえし」
それに、と、シュトロが水を飲みながらに、昨日魔王が現れた辺りを見る。
「信用はできねえが……なんとなくあの野郎は、俺達を直接手にかけるようなことはしなさそうに思えるんだよな。もし俺達を殺す気なら、チャンスは昨日いくらでもあった。俺もサビトガも一度は背後を取られたんだ。ヤツがその気なら、きっと誰か一人は殺られてた」
「少なくともあの魔王には知能があり、会話をする意志もあった。話の通じんやつは人間にも多い……見てくれは不気味だが、敵と断じるのは早い気もするな」
サビトガが燻製器をいじりながら言うと、少女が思いがけず低い声で「敵じゃない」と口を開いた。男達の視線を受けながら、少女はひざを抱え、首を振る。
「ここは使命に出かけた産道の民が代々通ってきた道だ。産道の民に生還者がいる以上、この時点で回避不可能な死や、勝ちようのない敵が現れるはずがない。魔王は、きっと魔王自身が言ったとおりに、産道の民の守護者であり、異邦人の導き手なんだ。味方とまでは言わないが……きっと、ワタシ達に害なす者じゃない」
「……」
「産道の民も、成長すると人外じみた姿と力を持つようになる。魔王の姿がその邪悪さの証明にはならないはずだ」
少女の言葉に、サビトガ達はそれぞれの表情で視線を交わし合う。
何ともいえぬ空気が流れる中、亀の喉肉をつついていた小魚の一匹が、ぱしゃ、と、酒瓶の中で水しぶきを上げた。




