第五十八話:告白
「トールくん……泣かないでよぉ……」
「……ミコト? ……そうか、おれ、今、泣いてるのか……」
家族の最後を看取ることも出来ず、かつて住んでいた家に帰ることも出来なかったこの6年間は、どれ程辛いものだったろうか?
その悲しみ、苦しみは、想像に余りある。
……でも、僕もまた、亡くした悲しみは分かる身の上だから。
……だから、トールくんの涙を見て、僕も泣かずにはいられなかった。
「ミコト? ……ごめんよ、ミコト。きみまで泣かせてしまって……」
「ううん。僕も、分かるから。悲しくて苦しくて辛い気持ち、分かるから」
奇しくも、僕が両親を亡くしたのも、6年前になる。
両親が遺してくれた遺産があったから、贅沢はしないにしても、一人で生きてこれたのだから、本当に感謝しかない。もらうだけもらってなにも返せないのが、今でも辛いけれど。
その時、ふと、両親の言葉を思い出した。
『体は細くても、男の子なんだから。誰かを守れるような心の強い大人になりなさい』
………………あれ? 僕………………。
「ミコト? どうしたんだい? 顔色が悪くなって……。どこか具合でも悪いのかい?」
抱き着く、というよりはしがみつく僕を抱き締め返し、涙を指で拭って、頭を撫でてくれる手が心地よくて、目を閉じて手の感触を味わう。
そのおかげか、僕自身のことで動揺していた心も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「……うーん……。あのね、トールくん。笑わないで聞いて欲しいんだけど……」
「ミコトのことで、おれが笑うなんてないよ。……あ、でも、お腹空いたとか言われたなら、つい笑っちゃうかもしれないね?」
冗談めかして言ってくれる言葉に、覚悟が決まった。この人なら、受け止めてくれるだろうと。
「あ、あのね、僕、僕……。本当の僕は、男の子なんだ」
きょとんと、首をかしげるトールくん。
……なんだか、空気が弛緩したような気がした。
「……ふむ、ミコト? おれには、ミコトはきれいで可愛い女の子にしか見えないよ?」
確かにトールくんは笑ったりしなかった。けれど、何かこう……なにか、上手く言えないけれど、なんかアレな感じだ。
「じゃあさ、おれの話も聞いてくれる?」
うんうんと首を縦に振る。もう、なんだって受け止めてあげようじゃないか。
「おれ、なぜかきみのこと、姉さんだと思えてたんだ。顔も髪や目の色も全く違う。けれど、声や雰囲気、仕草なんかは、そっくりなんだ」
……うーん? お姉さんと、そっくり?
言われたことを受け止めたけれど、噛み砕いて飲み込むまでには、ちょっと時間がかかりそう。
「姉さんもね、よく抱き着いてきたりしたから。だから、ミコトが抱き着いてきても、姉さんが抱き着いてきたように感じて、むしろ心安らいでいたというか……。そうか、当たり前だけれど、ミコトは姉さんじゃないし、だとすると、その……」
トールくんからは、亡くしてしまった家族のことが本当に大好きで、大切に思っていたことが感じられた。
僕のことも、その大好きな家族と同じように感じていたみたいだし、それはとても嬉しいのだけど……。
「ねえ、ミコト?」
「なあに? トールくん?」
「もし、ミコトがよかったらだけど、おれと、その……家族にならないか?」
「……家族……」
両親を亡くして、6年。
ずっと寂しさを抱えてすごし、時には堪えかねて一人で泣くこともあった。
けれど、トールくんが家族になってくれるなら、少なくとも、一人で寂しくて泣くこともなくなるのかな?
「……でも、僕は、その……」
「うん。たとえミコトが本当は男の子でも、おれには関係ないから。男の子に戻ろうというなら、もちろん協力するし、今のままでも構わないよ」
「…………うん、…………うん」
「もう寂しい思いなんかさせないから、ずっと一緒にいよう。家族って、そういうものだろう?」
「……うん、うんっ!」
改めて、飛び付いて。
勢いのままに、唇が触れてしまった。
二度目のキスは、一瞬触れただけだけれど、柔らかさと温かさは唇に残った。
「ねえ、トールくん。こんな僕だけれど、こんな僕でよければ、これからもよろしくね?」
「ああ、ミコト。そんなきみがいいんだよ。そんなきみと一緒にいたいんだよ。こちらこそ、よろしくね」
二人、しばし見つめあって。やがて、ごく自然に、唇を重ねあった。
(可愛いミコト、私の可愛い弟を、よろしくね)
すぐ近くで、誰かが囁いた気がした。
(わふん、ご主人さま、嬉しそうだワン)
(くうん、邪魔しちゃダメだワン!)
(しーっ。おまえら、今いいところなんだから、黙って見てろ)




