第百九十五話:二十七日目
別のプレイヤーからの依頼で一日中装備を作って休んでして納品した翌日。
この日は、なんだか朝からそわそわしていた。
なにか、よくないことが起こりそうな予感がして、普段よりさらに早く目が覚めてしまった。
微妙な悪夢を見てしまった後のような、少しの動悸と疲れた感覚。
明け方の薄闇の中、体を起こして呼吸を整える。
動悸はすぐに治まったけれども、嫌な予感は治まってはくれず。
なんだか心細くなってしまって、ヤタを呼んで、胸に抱く。
ようやく落ち着いたのは、いつもの起きる時間。
寝汗を流してから厨房に行って、ライラさんやリラさんと一緒に朝ごはんを作り、ミナトにトールくん、ステラ、リンドくんにちびっ子たちと一緒にごはんを食べる。
食べてる最中も僕は浮かない顔をしていたのか、トールくんに声をかけられた。
「ミコト、どうかしたのかい? なんだか元気がないよ?」
問われて、うーん、とうなる。
感覚的なことをどう言葉にすればいいのか悩んでいると、思ったこと、感じたことをそのまま言ってごらん。と言われたので、感じたことをそのまま伝える。
「……うん。……なんだか、今日はね、嫌な感じするんだ。…………なんだか、よくないことが起こりそうな、そんな予感がするんだよ」
『……ふむ。虫の知らせ、というやつかもしれんな』
僕の言葉を聞いたヤタが、少し納得した感じで言う。
感受性の高い人は、何かが、災いが起きることを事前に察知する場合があるのだと。
神に祈りを捧げる神官などは、神の声を聞いたと表現したりするのだとか。
「いつもと違うなにかがあって、みんなが傷ついたりするのは嫌だから、今日は《北の街》に薬草を届けるのは中止にしよう。みんな、ここにいてね」
今日のお出かけは中止と宣言して不満が出ると思いきや、ちびっ子たちはしょうがないねって雰囲気。
あれー? と首をかしげると、その理由をミナトが教えてくれる。
「ミコトがそんな神妙な顔してるから、ちびっ子たちも迷惑かけちゃいけないと思ったんだろ」
「あや、僕、そんな顔してたんだ」
「しているぞ、今も」
そう指摘するステラも、心配そうな表情。
「なにか起きたときにすぐ動けるように、今日は体を休めておこうよ」
不安な気持ちを拭い去ることができない僕を安心させるように、トールくんが頭を撫でてくれた。
午前は《拠点》を巡って、家畜……家畜? や作物の様子を見て回り、昼ごはんをみんなで作って食べて、片付けをしたらみんなでお昼寝して。
午後は思い思いに過ごして、日も傾き、そろそろ晩ごはんの支度をしようかという頃。
…………ぞくっ、と、悪寒がした。
なにかがくる。よくないことが起きる。
そんな直感に従い、ヤタに声をかけようとしたその時。
※
《緊急クエスト:異界の悪魔》
全プレイヤーに対し、緊急のクエストを発行。
異界の地からの侵略者たる《黒》の上級悪魔が顕現した。
上級悪魔ともなれば、竜すら屠る。
今まさに、世界の危機が訪れた。
世界を蝕む邪悪を討滅してほしい。
・依頼者:???
・対象:炎の上級悪魔: 《黒》 の討伐。
・報酬:参加報酬白金貨10枚 + 討伐報酬。
・制限時間:なし。討たねば国の一つは容易く滅びる。
・補足事項:敵は《北の街》の北に位置する《朽ちた地下遺跡群》への街道沿いに出現した。
なぜそのような、なにもない場所に出現したのか。どこへ行きなにを成すのか、敵の狙いが分からない。精鋭で対応してほしい。
・特記事項:報酬は、参加したプレイヤー全員に配布される。
※
ステータスウインドウが勝手に開いて、緊急のクエストを告げてくる。
「ヤタ!」
『骨ども! 鬼ども! 出番だぞ! 腕に覚えのあるものどもは集まれ!』
ヤタの号令で、ゴスケさんやぐれ太をはじめ、強い力を持った子たちが集まる。
コボルトのジョンとメグも駆けつけるけれども、
『犬ども、お前らはダメだ』
『なぜですワン!』
『一緒に戦いますワン!』
『お前らは、ここでチビどもを守れ。傍らに寄り添って励ますのは、人の言葉を話せるお前らにしかできない』
2匹がちびっ子たちと仲が良いことと、言葉を話せるのは大きいようで、ちびっ子たちに寄り添って安心させる係を言いつけられていた。
集まったのは、僕、ミナト、トールくん、ステラ、リンドくんの戦える5人と、ゴスケさんたちやぐれ太、レーヴェをはじめとした、強い力を持った仲間たちが40以上。
みんなそろえば、どんな敵だって負けないといえるくらいの自慢の仲間たちだ。
「いくよ、みんな。ヤタ、お願い」
『任された』
号令をかけて気合を入れ、ヤタにお願いして敵の待つ場所へと転移する。
一瞬の浮遊感の後、広い平地に来た僕らは、まずは周囲を見渡す。
背の低い草花に覆われている草原の正面には、道といえるかはちょっと微妙な、草がまばらに生えている程度の草原の切れ目が続き、その先には、かろうじて視認できる距離に、頭に2本のねじれた角を生やしコウモリのような翼を持つ人型の存在が……悪魔がいた。




