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30:ドルトン家

「ところで、リオ様」

「うん?」


 ガルニアに保護されてから数日後。身体の調子も良くなり、庭先を借りて軽く運動していたところで、ガルニアから声をかけられた。


「ずいぶん調子も良くなられたようですが、これからどうするかはお考えで?」

「あー……。ごめん、まだ考えてないや」


 投げ掛けられた問いに、少しばつが悪くなって、頭を掻きながらそう返す。

 体調が戻った今、いつまでもガルニアの家に厄介になるのも悪いな、ぐらいにしか考えていなかった。具体的にどうするかは、先伸ばしにしたままだったのだ。


「先に言っておきますが、冒険者になるのは認めません。いくら彼女達がいるとはいえ、たかだか七歳の子供がおいそれと踏み込める世界ではありませんから」

「さすがにそこまで無謀なことは考えてないけど。というか、何も具体的なことは考えてないんだけど」


 屈伸しながら、そう返す。

 とはいえ、冒険者とは言わずとも、一人で生きていくには何かしらで金銭を都合しなければ話にならない。

 子供が働けるような場所なんて限られているだろうし、そもそも、王都なんて満足に出歩いたことがない。そんな状況じゃあ、最悪迷った後にの垂れ死ぬかもしれない。

 かといって、何時までもここに居座る訳にもいかず。離ればなれになってしまった皆を探す、という目的こそあるが、それは焦ったところでどうにかなるものでもなく。

 結果、今の僕にはこれといった目標が見当たらないわけだ。

 そんなことを思いながら柔軟運動を繰り返す僕の補助をしながら、ガルニアはこう聞いてくる。


「では、特に急ぐようなこともないのですね?」

「それは、まぁ」

「なら、学園都市にある学園に入学するのを目指して見ては? 試験は二年後になりますが」


 ガルニアの唐突な提案に、動きを止めて彼に視線を向ける。

 いつの間にか仲良くなっていたのか、彼は傍らに座るナイトの背を撫でながら続けた。


「本来、学園の入学は五歳からになりますが。五年に一度編入試験が行われますので、それに合格することが出来れば学園には通えますよ」


 ガルニアのその提案に、考えたことも無かったな、と首をひねる。

 学園都市。その名の通り、様々な学園、学院が集まって出来た都市だとメルニャさんから教えて貰ったことはある。学んだだけで、当然行ったことは無い。

 漠然と考えて、当面の目標が見当たらない今、学園を目指すのも良いかもしれないと思いつつ。しかし――


「色々と必要なモノが、僕には足りてない気がするんだけど……さしあたり、身分証明とか」


 何せ最近まで獣人の里で暮らしていた僕だ。

 アルマイア家は僕の存在などとうの昔に消し去っているだろうし、仮に僕がごねたところで向こうがノーと言えばそれで終わりだ。今更頼るつもりなんて更々ないが。

 今現在、僕は王都で使える身分証明を何一つ持っていない、平たく言えば浮浪者だ。

 そんな人間が、学園の試験など受けられるのだろうか?


 そう思いながら放った言葉に、ガルニアは特に何も目立った反応はせずに、事も無げにこう返してきた。


「ドルトン家の養子になれば何の問題もありません。勿論、リオ様がよろしければ、の話ですが」

「……えっと」


 これまた予想外の返事が帰ってきて、困惑から言葉が出てこなくなる。

 確かに、それが出来れば僕の身元に関しては、何の問題も無くなるのだけれど。


「前から思ってたんだけど……どうして、ガルニアはそこまで僕に良くしてくれるの? 僕はもう、貴族でも何でもないのに」


 僕が捨てられた理由こそ知らないにしても、元々僕とガルニアの繋がりは、アルメニア家の息子と、その家に遣える騎士という、ただそれだけの関係だったはずだ。

 今の僕には、彼に忠誠を誓われる立場にはない。だというのに、何故、そこまで僕に気をかけてくれるのか。


「……確かに、今の貴方は貴族ではありません。ですが、私は貴方がアルメニア家におられた頃から、神童と呼ばれた貴方に期待していた。それは家の位や、貴族としての血を見てのことではなく」


 一度目を伏せ、それから再度、その青い瞳を僕に向ける。そして、ガルニアは言う。


「私は……そう。言うなれば、貴方に惚れているのです」

「ほ、惚れ……!?」

「勿論、おかしな意味ではありませんよ?」


 予想の斜め上にきた言葉に狼狽える僕に、クスクスと笑いながらガルニアは続けた。もしかして、今の言い回しはわざとだったか。


「私は聖騎士の祝福を受け、その祝福の通りに、国の聖騎士の一人として名を連ねることが出来ました。周りは私を賞賛こそすれ、否定するようなことは何一つ無かった。それが、私に少なからず自惚れを与えていたのでしょう」

「それは……聖騎士なんて、なろうとしてなれるようなものじゃないって聞いてるし。少しは自惚れてもいいんじゃないかな……」

「では、貴方ももう少し自分を認めてもらわなくては困る」


 何故だ、と突っ込みそうになり、しかし眉をひそめて首を傾げるにとどめる。

 ガルニアの話をしていたはずなのに、何故僕の自己評価の話になってしまうのか。

 そんな僕に、またしてもガルニアはクスクスと笑った。


「私の自惚れを消したのは、他でもない貴方なのですよ。リオ様」


 ……放たれた言葉の内容を理解するのに、数秒かかった。

 口が開いていたことを自覚して、ごまかすように口元を手で押さえた僕に、ガルニアは続ける。


「私が貴方ぐらいの年頃には、まだまだ生意気な小僧にしか過ぎませんでした。祝福のおかげか、人より身体は強かった自覚はありますが、精々その程度。……今の貴方のような立ち振舞いなど、望んだところで出来ようもなかった」

「い、いや、それは」


 ガルニアが言っているのは、僕が屋敷に居た頃のことを言っているのだろう。

 確かに、あの頃は色々と立ち振舞いには気を付けていた。教えられた所作をしっかりこなしていれば、我が儘を言う必要もなく恵まれた環境で暮らしていけたので、子供らしい振舞いなんて意識したこともなかったのだ。

 しかし、それは僕が紛いなりにも高い精神年齢を持っているから出来ただけの話であって、本来なら褒められるようなことではない。

 かといって、そんなことを言うわけにもいかずにまごまごしていると、更にガルニアは続けた。


「まあ、屋敷に居た頃の印象だけだったならば、ここまで世話を焼こうなんてことは思いませんでしたが」

「……あんまり、接点もなかったしね」

「はい。……私が貴方の力になりたいと強く感じた切っ掛けは、獣人の里にて、貴方と再会した、正にあの時です」


 僕が獣人側に着くと決めたあの日か。あの時は、予想だにしない人物との再会に驚いたものだ。

 ……そういえば、僕も敬語で話していたのだけれど……今更のことか。


「あの瞬間は深くは考えることが出来ませんでしたが、あれから国に戻り、貴方が捨てられた理由を探り、その真実を知ったその時に、私は貴方の力になろうと決めたのです。例え、聖騎士の名を捨てることになろうとも」

「待って。真実を知ったって……」


 顔が強張るのを感じた。

 それを見てか、ガルニアは少しだけ申し訳なさそうに僕に向かって頭を下げる。


「すべて、知っています。貴方の祝福……それが原因で、貴方が捨てられたことも。その祝福の名も」

「だったら、なんで。『死神の祝福』を受けた僕は、『忌み子』としてあの家から見捨てられた。そんな僕を養子にしたら」

「爵位もない家にそんな理屈は関係ありません。災いを呼ぶなど子供騙しの噂に過ぎない。アルマイア家が貴方を見切ったのは、体面が悪いから、ただそれだけです」


 妙に力強く言い切られ、口を返す前に押しきられそうになる。

 けれど、まだ納得は出来ない。


「で、でも。僕一人の為だけに聖騎士の座まで捨てて……」

「聖騎士剥奪に関しては、獣人討伐を拒否した時点で覚悟しておりました。それに、貴方一人も守れないそんな名前に、今更何の価値がありましょう」


 どこまでも真っ直ぐに、ガルニアはそんな言葉をぶつけてくる。

 そんなガルニアに、僕はうぅ、と小さく唸ることしか出来なくなってしまった。

 一体全体、何がガルニアをここまでさせるのか。忠誠心と呼んでも差し支えないくらいの気持ちをぶつけられ、気恥ずかしいような申し訳無いような……。

 アルマさんが聞いたら怒るかもしれないが、僕はそんな大した人間じゃない。

 生まれと同時に持たされた貴族という価値はとうに消え、少しばかり大人びただけの、この世界じゃ無力で非力なただの子供なのだ。


「それに、私には貴方を守る、その義務がある」

「……義務?」

「はい。いつかまた、貴方の大切な人と再会する時まで……彼女と、約束しましたから」


 約束。誰と?

 そんなの決まってる。僕の大切な人と言えば、彼女の顔が真っ先に浮かんでくる。


「だから、私は貴方を守ります。必要とあれば、出来る限り力になりましょう。これは、私と、彼女の意思であり、願望なのですよ」

「……本当に、迷惑じゃない? お世話になって、いいのかな」

「私がそうしたいと言っているのです。……貴方は少しだけ、楽観的に物を考えることも覚えた方が良いかもしれませんね。まだまだ子供なのですから――そうですね。やった、ラッキー、くらいで宜しいのですよ」


 少しだけおどけて、真面目な顔には似つかわしくない言葉を放つガルニアに、僕は思わず笑ってしまう。

 ここは、素直になっても良いのだろうか。やった、ラッキー、とまではいかずとも。


 ……でも――――。






「そういえば、爵位が無いって言ってたけれど」

「えぇ。爵位等は受けていません。私や姉が国に仕えていたので、待遇は他の上流階級より良いでしょうが……。ドルトン家は平民の出ですからね。土地を貰っても運用など出来ませんし。代わりに勲章を受けたり、わかりやすくモノを貰ったり……そうして、ドルトン家は豊かになった訳です」


 まぁ、一代限りの繁栄になるでしょうが、とガルニアは続ける。


「じゃあ、元々はこんな立派なトコには住んでなかったの?」

「少なくとも、私が小さな頃はここまで立派な家になんて住んでません。先に姉が、後から私がたまたま成功してこうなったに過ぎませんから」


 にわかには信じられない、と表情で訴える僕に、ガルニアにしては珍しく苦笑したままに、本当ですよ、と念を押してくる。

 ガルニアの言葉をそのまま信じるなら、ドルトン家は姉と弟、たった二人の力だけで、平民から上流階級にのしあがってきたことになる。

 この世界では、貧富の差は目に見えて激しい。平民が貴族に近い生活を、それもたかだが一代の半ばなんて短い期間で出来るようになるなんて、とんでもないサクセスストーリーだ。


「ちなみに、お姉さんは何を?」

「宮廷薬師です、が……」だった、と言うべきね。今はただの街のお薬屋さんってとこ」


 ガルニアの言葉に被せるように、少し張られた言葉が上から飛んでくる。

 つられて上を見れば、窓の縁に脚をかけ、今まさに飛び立とうとしている女性の姿が――って、そこは三階!


「ちょっ!」

「ほっ」


 待てとも言えず、中途半端な声だけが口から飛び出した時には、彼女は既にその身を宙に投げ出していた。

 ヒラヒラした服が風に踊り、勢いよく落下してくる――かと思いきや。


「ほぉほぉ。すっかり細胞は馴染んだみたいねぇ。……ふーむ」

「――――」

「ん、どうしたの豆に襲われた鳩みたいな顔して」


 なんだその中途半端な例えは、とは突っ込めず、代わりにガルニアが呆れた顔で、


「姉さん。三階から人間が飛び降りてくれば、大体皆そんな反応になる」

「豆に」

「それはいいから」


 呆気に取られた僕を他所に、会話を続けるドルトン姉弟。

 三階から飛び降りてきたはずの彼女は、まるで衝撃を感じさせない軽やかな着地を見せ、平然と立ち上がる。

 そして、呆れ顔のガルニアの鼻を意味なくつまみ、ぺしりとすげなく払われていた。

 なるほど、こうして見比べると確かに似ている。性格は……あまり似ていないようだけど。


「まぁまぁそれはさておいて。ちょーっと、失礼するよ」


 注意するように言うガルニアの言葉をさらりと流したらしい彼女は、すぐに此方に向き直って、何やら僕の身体を観察し始めた。

 その横に並んだガルニアは、姉に聞こえるようにか大きく大きく溜め息をついてから、


「これが、先程話に出た私の姉。ミューズ・ドルトンです。色々と破天荒な人間ですが……まぁ、これで優秀な薬師なのですよ」

「これとか言うな、これとか。……うん。やっぱり大丈夫。もうこれで、変な不調も起きたりしないだろうね」


 よく頑張ったーよしよし、と、犬でも撫でるかのように頭をわしわしと撫で回してくるミューズさん。

 なにやら僕の身体を見ていたようだが、彼女は僕の身体に起きていることが理解出来ているらしい。


「右目の色はどうしようもないね。隠すんなら、色ガラスでも入れるか認識阻害でもかけるかすればよろしい。後は……色々身体に変化が出るかもしれないけど、まぁ大したことないと思うよ。爪がちょっと尖るとか、犬歯がちょっと目立つとか。……あぁー、感情が昂るとどうなるのかな。獣人の獣化みたいな現象は――」

「ちょ、ちょっと待って」

「ん?」


 ペラペラと矢継ぎ早に色々言ってくるミューズさんに、思わず声をかけて言葉を止める。なんかもう、色々とすっ飛ばしすぎて、どこから整理すべきかわからなくなってきた。

 登場の仕方といい、その後の行動といい、ついでに言えばその口調に至るまで、とにかくこの人はマイペース過ぎる。

 ひとまず状況を整理するためにも、こちらから質問しなければ。


「ミューズさんは、僕の身体のことを知ってるんですか?」

「勿論。だって、私が君のことを診たんだからね。いやぁ、獣人と人間の混合細胞なんて初めて見たから、もう興奮しちゃったなー……あ、ついでに後で、君のスライムも見させてもらっていい? クリスタルスライムもなかなか貴重なモンスターだから」

「それは、まぁ構いませんが……」


 質問したつもりがすぐに返され、逆に要望を聞かされてしまった。

 ちなみに、件のクリスタルスライムは、今も庭先で何やら無機物を溶かして吸収している。なにやらお手伝いさん達のごみ捨てに一役買っているらしく、妙にマスコット的な扱いになっていた。

 まぁ、テイムされたせいで無差別に吸収しようとしなくなり、特に危害もなく、ただ屋敷含む敷地内をうろうろしているだけで、普通のスライムのように移動した後が濡れるようなこともなく。むしろ埃を吸着していくので通った後は綺麗になるくらいなので、お手伝いさんに受け入れられるのも納得ではある。

 微妙に大きくなっている気もするが……まぁ、それは別に良いだろう。

 今はそれよりも、聞かなければいけないことがある。


「ミューズさんは、獣人を嫌ってはいないんですか」

「うん? ……うん。私は別に、ね。大丈夫よ、そんな不安そうな顔しなくても」


 顔に出ていたのか、ミューズさんは頭から頬へと手を移し、今度は両手で僕の顔を優しく包む。


「心配しなくていい。ここに、君の敵はいないの。少なくとも、私とガルニアは味方。君が、獣人に育てられた人間だと知っていても、それは変わらないから」


 だから、とミューズさんは手を離し、今度は苦笑いを此方に向けて。


「仲間にそう伝えてくれない? ちょっぴり怖いのよねぇ、さすがに」


 言われて、後ろを向いてハッとする。

 いつの間に背後についてくれていたのか、そこにはナイトとクグリの姿があり、その両方が牙を剥き出して威嚇している。

 どうやら、僕の不安が皆にも伝わってしまっていたようだ。頼もしくて何よりだが、今は落ち着いて貰おう。


「ふうん……本当に言うことを聞くのね。テイマーって初めて見たけど、どういう仕組みになってるのかしら……」


 僕が二匹にとりあえず座るように言って、不承不承ながら従う姿を見たミューズさんは、興味深そうにその様子を眺めている。

 ついでに、無事に吸収……食事とも言えるのだろか。とりあえず一段落ついたらしいクリスタルスライムも呼び寄せておく。服の内側にいたサピィも、いつの間にかナイトの頭の上へと移動していた。


「これで、全員なの?」

「はい。皆良い子なので、心配ないですよ」

「あぁ、うん。そこは気にしてないんだけど」


 何やら思案顔を見せるミューズさん。何か問題でもあるのだろうか、と、黙りこんでいる間、クグリの尾を撫でながら時間を潰す。

 む、毛玉が。後でブラッシングしてやらなければ。


「ガルニア。学園の話はしたの?」

「さわりだけだが、一応は」


「そう。ねぇ、リオ君」

「はい」


 少し、声色が変わる。真面目な顔付きになったミューズさんは、屈んで僕に目線を合わせた。

 僕と同じ――今は、片方だけだけど――青い瞳が、僕の瞳を覗きこむ。


「学園都市には、都市と言うだけあって沢山の学園があるわ。ガルニアも私も、五歳からそこに通ってきたの」


 私は薬学専攻で、ガルニアは勿論騎士学校ね、と続ける彼女。

 そして、ミューズさんは僕の後ろに控える皆を軽く一瞥してから、


「貴方がテイマーとしてその力を使って生きていくなら、私は是非、学園に通うのをお勧めする。勿論、出来る限りのサポートはさせてもらうわ」

「えっと……学園に通えるなら、それは願ったり叶ったりなんですが……その。迷惑だったり、とか」


 もっと言うなら。

 自分でも捻くれた考えだとも思っているのだけれど……。

 あまり、一から十まで世話になるようなことになってしまうと、それはそれで、こう。


「うーん。あんまり信用ならない、かな? まぁ、無理もないのかな」

「すいません……」

「いいのいいの。君が大人びてる理由でもあるんだろうけど、正直、人間不信になっててもおかしくないからね」

「……姉さん」

「はいはい。でも、そうね」


 うーん、と顎に手を当てて首を傾げてしまうミューズさん。

 非常に申し訳無いのだが、どうにも心に引っ掛かってしまうのだ。

 完全に寄りかかり、世話になってしまう格好になると、こちらに負い目が出来てしまう。そんな風に考えてしまって、どうにも落ち着かない。

 きっとどこかで、人間に対する不信が残っているのだろう。こればっかりは、今すぐどうにかなるものでもないのだろうが……。


「リオ様」

「…………」

「先程も言いましたが、難しく考える必要は無いのです。無理に私達を信用する必要もない。私達が勝手に貴方の力になりたいだけですので、リオ様。貴方は、私達利用するくらいの心持ちで構わないのですよ」

「そうねぇ。それぐらいで全然構わないわ。学園だって、貴方が嫌なら別段強要するつもりもないし」


 ガルニアの言葉に、あっけらかんと続けるミューズさん。

 その声に、態度には、僕を騙そうとしているようなものは見られない。僕が心のそこで穿った見方をしているだけで、きっとこの二人は善意から言ってくれているのだろう。

 そう考えて、肩の力を抜いた。

 どのみち、僕が頼れるのはこの人達だけなのだ。だったら、他に選べる道は無い。


「今すぐ答を出す必要もないわ。まぁ、もう少しはここに――」

「ガルニア」

「はい?」

「僕が養子になったら、僕は、貴方の弟になるのかな」

「は? ……まぁ、そうなるかと」

「じゃあ、敬語は無しにしよう。様付けも」


 にこりと笑って、そんなことを言ってみる。

 ガルニアは虚を突かれたようで、彼にしては珍しく軽く口を開けたまま、言ってしまえば間抜けな顔をしたまま動かない。


「いいでしょう?」


 だめ押しに、首を傾けてもう一言。

 そこでようやく、ガルニアは開けた口から笑い声と共に息を吐き出して。


「善処しましょう」


 そう言って、僕の頭を撫でるのだった。


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