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27:魔人

〜超ざっくりとしたあらすじ〜


色々あって捨てられたリオは死にかけの所を獣人のクリスに拾われ、数年間平和に過ごす。

が、獣人と人間の争いに巻き込まれて人間と戦う決意を固め、テイム能力をフルに活用してモンスター相手に奮戦していた←今ここ

「はぁっ……はぁっ……」


 ――もう、一体何度テイムを繰り返してきただろうか。


 勢いを増したモンスターの軍勢はとどまるところを知らず、他のモンスターの死骸を踏みつけて里に攻め入ってくる。

 僕はそれらを片っ端からテイムしていき、ひたすらに同士討ちさせて数を減らしていた。

 サピィとナイトは少し前にダウンしてしまった。今はサモンスキルもどきで開いた空間に入ってもらっている。あの、場所を指定しない場合で開いた謎空間だ。

 現状、里のどこにいても危険には変わりない。試したことがなく、賭けではあったのだが、今のところは問題が無さそうだ。何度か開いて確認しているが、両方無事に空間に存在している。


「頭が、痛い……」


 五体いたロックタイタンの最後の一体が、今まさにただの瓦礫のように崩れ落ちた。

 その犯人である鳥のモンスターを直ぐにテイムして、その鋭利な爪で他のモンスターを襲わせる。

 テイムが外れ、また成立しての繰り返し。

 短期間での慌ただしい能力行使に無理があるのか、先程からガンガンと頭が中身から殴り付けられているように痛い。

 ステータスも、シンクロのせいで通常なら有り得ない勢いで増減してしまっているせいか、軋むような痛みが身体の節々に現れている。

 この身体、もしくはレベルでは許容出来るステータスが決まってしまっているのかもしれない。

 その許容量を超えた状態で動こうとすれば、きっととんでもない目に合う。筋肉の断裂くらいなら普通に有り得そうだ。

 こんな状態じゃあ、せっかく鍛えた回避スキルも意味が無い。

 今も一匹、白い毛並みを赤く染めた狼が隙間を縫ってこちらに向かってきているが、とてもじゃないが相手なんてしていられない。


「僕を守れ!」


 近場に控えさせていた液体状の不定形モンスター、すなわちスライムが、身体を変形させて僕を囲う。

 ただのスライムなら、あの勢いでつっこんでくるモンスターだと貫通されて終わりだが。


 狼がスライムを無視して僕に飛び掛かり、その牙がスライムに触れた瞬間、半透明だった壁が瞬く間に鈍い鉄色に変化する。


「本当に丈夫だな、こいつ」


 こいつはただのスライムじゃない。危機を感じるとその身体を高質化させ、鉄以上に固くなるクリスタルスライムだ。

 厳密にいうと身体の成分を結晶化させているので金属ではない。クリスタルスライムから取れる結晶は、まんまクリスタルスライムと呼ばれるので、その正体は不明である。

 こいつは特に奴隷紋で縛られていないにも関わらずに現れた、ピュアな野生モンスターだ。

 好戦的ではなく、他のスライムと違って金属や固形物質しか吸収しないので、危険は全く無い。

 それなりに珍しい存在のはずだが、戦闘能力は無いに等しいので、向こうは戦力に数えていなかったのだろう。ここに現れたのも、きっと死んだモンスターの固い部分に惹かれて寄ってきただけだ。

 その身体は一度結晶化すると並みの武器では歯が立たないので、攻撃面ではともかく、防御面ではとりわけ優秀なモンスターだといえる。

 今の僕には、とても頼りになる盾役になってくれていた。


「まだ終わらないか」


 周りを見渡すも、戦いの勢いは全く衰えていない。

 幸い、里に残っていた皆は、多少の負傷はあれまだまだ余裕のようで、迫りくるモンスターを次々と倒している。 それでも、最初のような余裕はなくなってきているのが不安なところか。

 僕が掌握出来ているモンスターは、現在数にして三十体弱。それらを直接他のモンスターにけしかけているので、僕だけでも六十体近くのモンスターを受け持っていることになる。

 それでも、全体の戦況は五分五分だ。むしろ、次々と増えていく多勢に無勢の状況で、よくここまで持っていられるくらいだと思う。


 だからこそ、まだ僕も頑張らなければいけない。


 僕が倒れるだけで、六十のモンスターが自由になってしまうのだ。それがきっかけで戦況が崩れることは想像に容易い。

 だから、こんな頭痛や身体の痛みくらいで弱音を吐いている場合ではないのだ。

 そう自分を鼓舞して、視界に入った蟻のモンスターをテイムしようと集中した、その時。


「――うわぁっ!」


 突然の強風に身体が煽られ、咄嗟に壁の形に結晶化したクリスタルスライムの陰に隠れる。

 とんでもない突風だ。危うく足元からさらわれて飛ばされるところだった。


「なんだ、何がっ」


 モンスターの死骸や、土埃に混ざった石がスライムにガンガンとぶつかってくる。

 そして、次々にテイムしていたモンスターの反応が無くなっていく。身体の痛みと頭痛が和らいでいくが、何が起こっているのかわからない以上、喜べることではない。

 そうして、風が収まったのを確認してから顔を出すと――。


「キャハハハハ! もうさいっこう! さいっこうですよ! 貴方がはじめて! 私、今、生きてます、えぇ、生きてるのっ!」



 高笑い、というより、半狂乱とも言える笑い声を上げている少女の姿が、そこにはあった。


 ――頭が軽い。あれだけ酷かった頭痛が成りを潜め、身体に響く痛みも、完全に綺麗さっぱり消えている。

 やはり、その原因だったものは、今の数十秒で消滅してしまったのだ。


「全部、あの子がやったのか?」


 モンスターの死骸で溢れていたはずの場所で、高らかに笑う少女。

 頭からは血を流し、右腕はあらぬ方向に曲がったままダラリとして動かない。

 白かったであろうその服は、彼女のものであろう血と土に汚れてしまい、ところどころが破れて、その下にある白い肌を晒していた。こちらも、流れる血に染まっている。


「……あの軍勢を、全部吹き飛ばしやがったってのか」


 一番近くにいた里の男性が、苦々しげに呟いた。

 今、この場にモンスターは一匹も――クリスタルスライムを除いて――存在しない。

 先程まで戦いの喧騒が鳴り止まなかったこの空間が、今は少女の高笑いしか聞こえない。

 彼の言葉に付け加えるなら、きっと、吹き飛ばしただけではない。テイムが僕の意思とは関係無く途切れたということは、そのモンスターは死んだということだ。

 落下して死んだのか、空中で切り刻まれたのかはわからないが。


「シャアッ!!」


 森から飛び出してきたのは、猫の獣人、メルニャさんだ。

 少女に飛び掛かったメルニャさんは、しかし巻き上げられた砂ぼこりに巻かれて即座に飛び退いた。

 少女と戦っていたのは彼だったようで、彼もまた身体中に傷を負ってしまっている。

 此方は、何かに切り裂かれたかのような深い切り傷まみれだ。


「……もう限界だろう。諦めたらどうだ?」

「あはぁ。限界なのは否定しませんよぉ。片腕は使えませんし、身体の中身もぐちゃぐちゃですー。魔力も、さっきので空っぽですしねぇ」


 安定しない口調で、どこか危険を孕んだ雰囲気を醸し出しながら話す少女。

 今にも倒れそうな足取りで、フラフラとメルニャさんに歩み寄っていく。


「もう少し、もう少し、遊びたいところでしたがぁ……」


 そして、その足は、メルニャさんにまで辿り着くことなく、止まってしまう。

 途中で膝を折り座り込んだ彼女は、無事な方の手で懐をまさぐり、そこから何か――赤い宝石のようなものを取り出した。


「それはまさか――止めろ!」


 それを見た瞬間、おぞましい感覚に、体中をなめ回されたような錯覚を覚えた。

 同時にメルニャさんが叫び地面を蹴るが、間に合わない。

 少女は、その宝石を躊躇いなく呑み込んだ。

 駆け寄ったはずのメルニャさんは、不可視の衝撃に身を打たれて弾き飛ばされる。


「沢山……たくさん、モンスターを倒してくれたんですねぇ。頑張ったと思いますよぉ?」


 既に、少女は立ち上がっていた。

 傷が治ったわけではない。頼りない足取りもそのままだ。しかし、間違いなく、何かが違う。


「お陰様で、予定よりも大きな魔素溜まりが出来上がりましたぁ。それ、を、ぉお」


 そして、少女の身体に変化が現れた。


 呻くような声が漏れ、更にその胸が脈打ちはじめる。 口からは血混じりの唾液がこぼれ落ち、爛々と輝く瞳からは血涙が流れ出した。

 血流の加速が始まったのか、出血は勢いを増して、あっという間に地面を赤く染めていく。

 それを、僕はただ見ていることしか出来なかった。いいや、僕だけではない。

 この場にいる全員が、この異様な状況を、固唾を飲んで見守ることしか出来ずにいる。

 そんな中、僕は半ば無意識に、彼女のステータスを確認していた。



 名称 魔人:ターニャ・アランベルク

 レベル **

 祝福 『***』

 スキル 『魔人化』『闇の魔術』『**』『***』


 筋力* 体力* 俊敏* 魔力** 精神**



「なんだ……がぁっ!」


 思わず、言葉が漏れる。

 閲覧能力で得たわずかな情報。

 なんだこれは、と思った瞬間に、強烈な頭痛と共に視界にノイズが走り、ステータスが見えなくなる。


「なんだ、いまの」


 今までに見たことがない、というか、読み取れない箇所が多すぎる、と言うのが素直な感想だった。

 そもそも、読み取れないこと自体が初めての体験だ。

 それでも異常なことが起きていることだけは理解出来た。


「あ、かっ……かふっ……」


 ――変化は、既に佳境まで差し掛かっているように見えた。


 血涙が流れていた瞳は、白目の部分が深紅に染まっている。

 白かった肌は灰色よりも濃い色に変質し、血を思わせる赤い筋が、鼓動に合わせて脈打っていた。


「魔人……」


 ポツリと呟く。

 閲覧能力から得た、わずかな情報。

 確かに、目の前の存在を一言で現すなら、これ以上の言葉もない。

 変化には苦痛が伴うのか、嗚咽をもらしながら呻いていた彼女は、やがて下げていたその顔を上げていた。

 そこに、先ほどまでのどこか幼い雰囲気は感じられない。

 それどころか、少女の姿にそぐわないアンバランスな色香すら感じられ、どこか背徳的な魅力すら放っていた。


「あれ……」


 だが、僕の身体は正直だった。細かな手足の震えが止まらない。

 思わず片手で自分の身体を抱いた僕は、こちらも震えが止まらない唇を強く閉じて、魔人の姿を観察する。

 魔人は、ただそこに佇んでいるだけだ。

 何か行動を起こす訳でも、わかりやすく敵意を向けてきているわけでもない。

 けれど――


(どうして、こんなにも恐ろしく感じるのか)


 震える身体は、止めようとする意思に反して震え続けている。

 アレが敵なのは間違いない。ならば、第一に考えることは立ち向かうこと。そうあるべきはずなのに。


「……くっ」


 考えた瞬間、足の震えが大きくなる。踏み出そうとした足が後ろに下がり、危うく尻餅をつきそうになった。


 ――情けない。今更怖じ気付いてどうするというのか。ここまできたら戦うしかないというのに。


 自分を自分で鼓舞して、しっかりと地に足をつける。

 大丈夫。そう身体に言い聞かせ、顔を上げたところで、


「リオ! 今すぐにここから離れるんだ!」

「っ!」


 メルニャさんはそう言った。

 全身から血を流しながら、それでも痛みを感じさせない声で。


「今なら邪魔者はいない! とにかくここから離れて状況を伺え! そして隙があれば逃げろ!」

「……い、嫌だ! 僕だって戦える!」

「二度は言わん!」


 再度、魔人に飛び掛かるメルニャさん。

 今までよりも目に見えて早い動きで魔人に近付くと、その鋭い爪で魔人の腕を切り裂く。

 比較的非力なメルニャさんとはいえ、その爪は並みの刃物を遥かに上回る鋭さと強靭さを誇る。

 それが獣人の力で振るわれたのだ。 避ける素振りも見せなかった魔人の腕からは、勢いよく血が吹き出した。普通なら、致命傷だ。


 しかし一撃では終わらない。

 至近距離で凄まじい勢いを維持したまま、メルニャさんはその凶器を遠慮なく振るう。

 脇腹、太股、右肩、左腕――次々と吹き出す赤黒い血が、地面を染めていき、


「…………」


 しかし特に気にした様子も見当たらない魔人。


「フッ!」


 それを見てか、もしくは最初からそのつもりだったか、強く息を吐くと共に一瞬攻撃の手が止まる。

 そして、軽く距離を置いたそこから、鋭く尖った牙を剥き出しにしたメルニャさんが、文字通り地面を蹴り砕き、


「シィッ!!」



 その加速を余すことなく伝えた、必殺の刺突が、魔人の腹部を貫いた。

 小さな身体が、突き抜けた腕に支えられ宙に浮く。

 ダラン、と力なく、くの字に折れた身体。

 ボタボタと滴り落ちる血の音だけが、暫く辺りに響き――



「……あぁ、嬉しい」



 ――その声を聴いた瞬間に、今までに感じたことがない程のおぞけが全身を駆け巡った。


 声の主は、当然、魔人。

 口から血を垂れ流しながら、腹部を貫かれ身体を持ち上げられた状態で、彼女は感極まったかのように、その声を漏らしたのだ。

 魔人は、その両手を伸ばして、メルニャさんの頬を覆う。

 それを嫌がったメルニャさんが、腕を引き抜いて離れようとしても、それにより足が地面についた魔人は、傷口が拡がるのもいとわずに距離を詰めた。

 グチリ、と嫌な音を立てて肘まで埋まったメルニャさんの腕は、まるで傷口に捕まったかのように、進むことあれ、抜けることはない。


「愛しい、愛しい、私の害悪」

「き、さま……!」

「わかります? 今、私と貴方はひとつになっている。繋がっているの。あぁ、なんて素晴らしく、心地好いぃ」


 欲情したかのような、甘く蕩けた声色に、メルニャさんの表情が苦く歪んでいく。

 魔人はそれすらもいとおしいようで、その顔を走る切り傷に指を這わせた。


「私と貴方の血が、混じり合う。……なんて素晴らしい、感覚」

「…………!」

「心配しないで。痛くないの。とっても、とぉっても、貴方が私の中にあることが嬉しいの」

「戯れ言を……!」


 尚も距離を詰めようとする魔人に、獣の形相を露にして無理やりに魔人を引き剥がそうとするメルニャさん。

 しかし、それでも彼女は離れない。それどころか、


「ああ、そうよ。これじゃあ、はみ出た部分が勿体ないものね。そうよ、貴方の言う通り」


 失念していた、とでも言いたいのか。自分の身体を貫通していた腕を見て、魔人はニッコリと笑う。

 そして、その身体から黒いモヤが吹き出し、瞬く間にメルニャさんの腕に絡み付き、


「ぐぅっ!?」


 痛みからか、メルニャさんは途端に苦痛の表情を見せて呻きだした。

 黒いモヤはメルニャさんの腕を浸食するかのように内部へと染み込んでいく。


「な、なにが……」


 それは、通常では有り得ない変化だった。

 それはまるで魔人の身体の一部になったかのよう。

 肌色は魔人と同じ灰色へと変貌してしまい、腹部から流れ出る血が生き物のように腕に這っていく。

 そこで、魔人は恍惚とした表情を隠しもせずに、おぞましくも妖艶な吐息をもらした。


「……素敵。貴方を感じる。中から、外から」

「――ふざける、なっ!」


 黒いモヤは尚も浸食を続けている。このままでは、メルニャさんそのものがあのモヤに呑み込まれてしまうかもしれない。

 それは本人も同じだったのだろう。

 覚悟を決めた顔を覗かせたメルニャさんは、こちらにまで歯軋りが聞こえてくるまでに強く歯を食い縛り、反対の腕を振りかぶる。


 ――瞬間、僕はサモンスキルの空間を開き、中で休んでいた仲間を呼び出し、即座に命令を下した。


「サピィ! メルニャさんの腕を切れっ!」

『んっ!』


 迷っている暇は無かった。

 最大威力で放たれたサピィの魔術が、二の腕の半ばからメルニャさんの腕を切断する。

 突然の僕の暴挙とも言える行動。

だが、メルニャさんは自分の腕がいきなり切断されたにも関わらずに、驚きもせずに地面を蹴って魔人から距離を取っていた。


「メルニャさん! ごめん!」

「ぐっ……、気にしないでいい。むしろ助かった!」


 ごめんで済まない怪我なのは百も承知だが、メルニャさんもやはり右腕はあきらめていたのかこちらを責めはしない。

 自分でやるよりかは一息にぶったぎってしまった方が良いだろうと、半ば本能で動いた形だったのだが……。

 ちらりと魔人の方を見れば、どこか口惜しげな表情を覗かせると、あのモヤを自らの腹部に纏わせる。

 数秒の内に、メルニャさんの腕はそのモヤに呑み込まれ、まるで吸い込まれてしまったかのように消えてしまっていた。


「惜しい……もう少し大人しくしてくれていれば、私とひとつになれたのに」


 モヤが消え、いとおしげに撫でられた腹部。そこには貫かれた傷跡は残っておらず、見ればあれだけメルニャさんによって抉られた身体の各所にもそれらしい傷は見当たらない。

 信じられないことに、この短い間に治癒が完了してしまったらしい。


「――この野郎が!」


 そこに、魔人の背後から襲い掛かる里の男性。

 クリスのものよりは小さく、それでも充分な重量を誇るであろう大剣を振りかぶった体勢で飛び上がるのは、耳を垂らした犬の獣人だ。

 彼だけではない。同じ犬の獣人があと二人、その左右から斧とハンマーで挟み撃つように振りかぶっていた。


「サピィ!」


 更に、真正面からサピィによる風の刃を放つ。

 休んだ分まだ少し余裕はあるようだが、魔力不足を防ぐ為に、牽制程度の威力しか持たせていない。これで四ヶ所からの多方向攻撃が完成する。

 例えどんな対処をしようと、どれかひとつは当たる。当たれば追撃のチャンスが生まれる。


 ――が、魔人は軽く、此方の予想を越えてくる。



「邪魔しないで?」


 クルリと振り返った彼女は、流れるような動きで真上から降り下ろされた大剣を受け流し、その大剣で斧での一撃を防ぎきる。

 そして、容易くハンマーでの攻撃をかわしたかと思った瞬間、奪い取ったそれで三人を殴り飛ばし、背後の風の刃を掻き散らした。


「今は他の害悪なんてどうでもいいの。どうせ後で死ぬんだから、わざわざ殺されにこなくてもいいと思うのだけれど」


 言いながら、どこかつまらなさそうに身体にあのモヤを纏わせる魔人。

 その背後では、呻きながら地面に倒れている里の獣人。

 総じてタフな身体を持つはずの獣人が、たったの一撃でこれだ。

 ステータスこそ確認出来ないが、メルニャさんを軽く押し止めたり、獣人が両手で扱うハンマーを片手で振るい、尚且つ三人まとめて吹き飛ばしたりする辺り、見た目では考えられないパワーがあると考えて良いだろう。


 更には、あの黒いモヤ。


 おそらくは、スキルにあった『闇の魔術』によるものだろうが……。


「くっ……」


 メルニャさんが、どこから手にいれたのか細い縄で腕を縛って止血をはかっている。

 メルニャさんの腕は、あのモヤのせいで、普通なら有り得ない変化を起こした後に、おそらくは、あの魔人の身体に吸収された。

 まだまだわからないことだらけだが、少なくとも楽観視だけは出来ない。不用意にあのモヤに触れるのは避けた方が良いだろう。


「…………」


 接近戦は論外。

 かといって、ナイトをけしかけても、正直どうにもなる気がしない。

 クグリがいたなら、まだ狐火を試す気にもなっただろうが……タイミングが悪いと言うべきか、今は傍にいないので、結局はそれも無理だ。

 ならば、僕に残された手段は、やはりこのひとつだけとなる。

 この能力は、何もモンスターだけにしか通じないものではない。あの我の強いアルマさんにだって通用した、僕の誇れる強大な能力だ。


「……なに?」


 魔人が、睨み付ける形になっている僕に視線を向けてくる。赤い瞳は僕に毛ほどの驚異も覚えていないのだろう。

 事実、その手に持つハンマーの一撃でも食らえば、防御したところで呆気なく僕は死ぬだろう。

 道端に転がる石ころに意識を向けないように、彼女は僕に大した興味も覚えていない。



 ――だからこそ、上手くいく。



 近付いてくる彼女に、震える身体。

 しかし、心だけは強く持つ。強く目を見開き、あの魔人を、僕の支配下にあると、ただそれだけを強く『事実』として頭に撃ち込む――!



「……ッ!?」

「く、あぁっ!?」



 ――瞬間、頭が弾けた。


 頭の中で真っ白な火花が散ったような錯覚を覚え、次いで、繋がる何かからどす黒いものが頭に流れ込んでくる。


 ――テイムは成功したのか。魔人はどうなっているのか。


 視界すら黒く染まった今は、それすらも確認出来ない。

 しかし、もし成功していたのなら、下す命令はひとつ。






 ――僕の許可なく、一切の行動をしないこと――






 いいや……ただ、それだけしか、命じられなかった。

 口に出たかもわからないままに、僕の意識は、闇の中へと沈んでいく――。

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