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26:止まる者、止まらない者

「なんだ……? 急に少なくなったな」


 乱れた息を整えながら、率直な感想を漏らす。

 気が付けば、周りには倒れたモンスターの残骸しか見当たらない。

 近くで戦っていた里の人達も、急に現れなくなったモンスターに疑問を覚えているようだ。僕のように息を整えながらも、警戒だけは怠らない。


「皆、大丈夫?」

『まだ大丈夫だけど、この子が』


 流石にぶっ続けで戦うのはこれが初だ。魔力切れを起こさないように分担して戦闘を回していたが、クグリ、サピィ両方に疲れが見える。

 そして、サピィがナイトを気遣ようにその身体を撫でているが、現時点で一番ダメージがあるのは彼女だった。


「こんなに血が……」


 戦いに置いて、ナイトはその戦闘スタイルからどうしても前に出ざるを得ない。

 どれも深い傷ではないものの、動けば血が滴る程度には出血していた。

 駆け寄ってきたナイト自身はまだ平気そうだが、あまり過信するのも良くないだろう。その頭を撫でながら、これからどうするかを考える。


「これで終わってくれてるなら、何の心配もいらないんだけど」

『森にまだたくさんいるみたい。知らない子達が隠れてる』

「だろうね」


 レベルが上がり、更に森の状況を把握出来るようになったらしいサピィの言葉に息を吐く。

 このままの状態で戦いを続けていては、いつか物量に押し負けてしまうであろうことは想像に難くない。

 幾つかレベルが上がっているとはいえ、絶対量が上がるだけで体力や魔力が回復するわけではない。それに、けしかけてくるモンスターとて、常に同じ強さだと思わない方が良いだろう。

 今までは、レベルも低く比較的倒しやすいモンスターばかりだった。

 ここでひとつ波を切り、油断させた上で強いモンスターで叩き潰しにくるのも充分に有り得る。


「いよいよ、使わなきゃならなくなってくるかな……」


 出し惜しみをしてきたわけではない。

 が、まだ僕には切れる手札が残されている。それすなわち、テイマーとしての能力だ。

 限界数は今のところ把握出来ていない。もしかすると、許容範囲を越えると予想だにしない副作用が現れるかもしれないが。


「……少し失敗したな。こうなる前にテイマーとしての限界くらい知っておけばよかった」


 防御面での鍛練こそ、それこそ三人からお墨付きを貰えるまでに突き詰めることが出来た。しかし、テイマーとしての自分のキャパシティを測ることはしてこなかった。

 まぁ、遊びでサピィ達緑のスピリットを大量にテイムしたこともあるので、少なくとも数だけで言うなら二十や三十じゃ特に負担は覚えないのは確認済みではある。

 それでも、常にテイムしておいたのがサピィとナイトの二体だけだったのは、単純に不便を感じなかったからなのと、管理面で無駄に数を増やすのもどうかと思ったからなのだが。

 あまり気は進まないが、もしテイム能力に限界が来たとしても、テイムしたそばから同士討ちさせるか、強力なモンスターを一体テイムして盾なり矛なりさせれば良い。

 サピィ達は別として、テイムしたモンスターを使い捨てで利用していくことも出来るのだ。


「…………」


 少し考えて、自嘲する。

 今更こんなことで迷うなんてどうかしている。使えるものは全て使って、全力を尽くして生き残る。

 それが出来ないなら、とっととここから逃げ出した方がよっぽどマシだ。


「逃げないって、決めたしね」


 そう、改めて覚悟を決め直した瞬間に、地響きが里に響き渡り、地面が微かに揺れる。その原因は、直ぐにその姿を現した。


 森の木々を薙ぎ倒しながら歩いてきたであろうそいつらは、そのゴリゴリと武骨な音を立ててながら、こちらを目指して向かってきていた。

 三メートルを優に越えるであろう巨大な体躯に纏うのは、まるで適当な一枚岩を重ね、繋ぎ合わせたかのような岩の鎧。

それは彼らが生まれつきに持っているもの。文字通りの岩男だ。



 名称 ロックタイタン

 レベル 18

 スキル 『威圧』


 筋力B 体力B 俊敏G 魔力G 精神G




 やはり現れた、雑魚とは一線を画するモンスター。


 ロックタイタンはこちらの存在を確認すると、その岩で出来た口を動かし、形容し難い声で咆哮する。その数、五体。

 ピリピリと肌がひりつく感覚が僕らを襲う。サピィには少し衝撃が強すぎたか、頭を抱えて僕の服の内側に隠れてしまっていた。

 もしかしたら、これが『威圧』の効果なのかもしれない。


「さて……さっきのストーンエッグの時も思ったけど、ちょっと僕らじゃ相性が悪いな」


 見た感じ、その岩石で覆われた身体は、動きこそ鈍く、攻撃も単調だろう。敵対せずに戦闘を避けることなら、簡単に出来るはずだ。

 が、今のように戦闘が避けられないとなると、今の僕らじゃ手に余る。

 サピィの魔術では火力不足だし、ナイトの牙も恐らく通らない。

 可能性があるとすれば、クグリの狐火だろう。最大火力で放てば、或いは岩ごと溶かすことも出来るだろうが、むやみにクグリを消耗させるのも得策とは言えない。

 ベアクルさんならば岩ごと叩き割ることも出来ただろうが、当然ながら今はここにいない。ならばと他を見渡して。


「里の皆は――無理か」



 地響きを慣らしながら近付いてくるロックタイタンもそうだが、先程とまではうってかわって、またモンスターがそこらから現れ始めていた。

 数こそ少なくなっているが、その代わりに軒並み手強くなっているモンスターの群れ。助けは無いと考えた方が良い。


「助け、か」


 ふと考えて、笑みが零れる。助けが周りから得られないのならば、今正に迫ってきている存在の力を借りれば良い。


「さて」


 敵は数こそ多いが、所詮はテイム可能なモンスター。

 弱気になるな。無理だと思えば何も出来ない。多少自信過剰ぐらいが、今の僕には丁度良い。

 ピンチでも何でもない。寧ろ、この場は僕の――テイマーの、独壇場だ。


「手始めに、お前らからだ」


 僕の目が、緩慢とも言えるスピードで迫ってくるロックタイタンを捉える。

 やることはひとつだけ。ただ、強い意思をもって、目の前の存在を掌握、自らのモノだと認識するだけだ。


 そうして、呆気なくテイム自体は成功する。


 同時に五体。『シンクロ』により上乗せされたステータスが、僕の身体を軽くした。


「止まれ」


 奴隷紋のせいか、それとも多重テイムの弊害か、軽い頭痛を感じつつ命令を下す。

 その重い歩みを止めたロックタイタンは、多少の戸惑いのようなものを見せつつ、それでも次の命令を待っていた。


 ――やれる。僕にも、戦える。


 それは、果たして何からくる笑みなのか。

 言うことを聞かない表情筋。抑えきれない、高揚感。それに急かされるように、僕は思うままに命令を下す。



「潰し合え」









「いやはや……流石に、衝撃だけでも辛いものがあるな。しかも此方の攻撃もなかなか通らないときた。まぁ、仕事はこなしているから問題は無いわけだが」


 ふざけたようにふらついた振りをする聖騎士の姿に、小さな苛つきを覚えるクリス。

 両手で握られた大剣が、唸りを上げて上段から落とされる。それを、聖騎士はやはりかわそうともしない。


「ちっ」


 それを見たクリスは、舌打ちしながら剣を止め、


「ん?」


 妙な違和感を感じつつ、柄で男の顎をかちあげてから距離を取った。

 牽制程度の一撃とはいえ、並の威力ではない。

 常人なら意識はおろか、命すら危ういものを、聖騎士はことも無さげに首の骨を鳴らすだけで終わらせる。


「…………」



 ――今のは。それに――



 ちらりと手元を見下ろしたクリスが、少し唇を尖らせる。

 クリスの猛攻を受け続ける聖騎士は、未だ鎧にすらダメージを受けていない。だというのに、クリスの大剣は刃が潰れてナマクラになりかけてしまっていた。

 今の今まで放ってきたどの斬撃も打撃も、聖騎士には届いていない。その純白の鎧に、クリスの攻撃は全て防がれてしまっている。

 それも、剣どころかそれを握る手にすら反動が返ってくる程の固さ。

 魔術による物理障壁。いや、まさかこれは――


「さて。今度はこちらの番か」


 流石に力だけでは破れない。剣が本格的に役立たずになる前に、突破口を見出だす為に頭を回し始めるクリス。

 しかし、それを許さない聖騎士は、兜の奥からくぐもった声を響かせて、男は片手剣を振り上げた。


 戦闘において緩慢とも言えるその動作は、本来ならば致命的な隙に成りかねない。が、クリスは舌打ちを更にひとつこぼし、回避行動に入った。

 此方の攻撃が通らない状況で、わざわざ懐に入っての攻防は分が悪い。


「『断罪する』」


 言葉と共に降り下ろされた剣。同時に、見えない一撃が逃げるクリスを追うように地面を傷付けていく。

 この攻撃も得体がしれない。地面を深く抉る威力もさることながら、明らかに何も無い状況から斬撃が降ってくる。否、斬撃かどうかすら怪しいところだった。

 クリスは強く地面を蹴り、地を這うような姿勢で走る。ただ逃げるだけではない。その鋭い視線が向かう先にあるのは。


「はぁ!!」

「むっ」




 気合い一閃。

 クリスの一撃は、聖騎士――ではなく、その手にある片手剣を、中程から叩き折る。

 同時に不可視の攻撃は止み、クリスはその感触に再度違和感を覚え、そしてようやく答えに辿り着いた。


「……成る程。随分手の込んだことをしてるじゃないか。通りでさっきから手が痛いはずだ」

「なんのことかな?」

「しらばっくれても無駄だよ。もう、タネは割れてる」


 同時に、クリスは踏み込んだ。

 今までで一番強く、深く踏み抜いた足から生まれるエネルギーが、腰から上半身へと伝わり、横るわれた大剣が風を裂いて男の首元へと襲い掛かる。

 今日最大の力で振るわれた一撃はしかし、寸止めのように当たる直前にその動きを止め。


「――大当たり。で、やっぱりそうだったか」


 今までが嘘だったかのように、兜を一撃で切り飛ばした。

 そこに、男の頭は無い。それどころか――


「やれやれ、ばれてしまったか」


 参った、とでも言うように、その両手が軽く上げられる。

 その鎧、甲冑の中身には何も無い。

 聖騎士本人だと思われたそれは、ただの操られた鎧だったということだ。


「最初の一撃で騙された。わざとだね?」

「ふむ、思ったよりも頭が回るようだ。――その通りだよ。私を地面に打ち込んでくれたあの一撃と数発、普通の物理障壁だけで受けきらせてもらった。……まぁ、予想以上の威力で面食らったがね」


 そこだけは正直な感想だったのか、芝居がかった口調が崩れ、溜め息混じりで語る姿無き聖騎士。

 つまるところ、クリスは最初から今まで、良いように男の掌の上で転がされていたのだ。

 攻撃が実際に当たっていたのは最初の数発のみ。

 その数発も、魔術による物理障壁で防がれ、中身に伝わる衝撃も、がらんどうでは意味が無い。


「物理障壁じゃなくて、物理反射だったってことだ。しかもアタシの攻撃が当たる瞬間のみ発動させる気の使いよう。騙されたアタシが迂闊だけど」

「気付かれてしまっては意味が無い。事実、簡単に突破されてしまったしね。どこでわかったんだい?」

「柄で殴った時だけ、反動が来なかったからね。あとは剣」


 はからずもあの苦し紛れのフェイントが、クリスの閃きに繋がった。

 上段からの切り下ろしにタイミングを合わせていた聖騎士は、その後のかちあげには『反射』が間に合わなかった。

仕方無しに『障壁』でごまかしたものの、結果的には失敗に終わっていたわけだ。

 そしてそれは、もうひとつ男の弱味を露見させる。


「反射の術式は難しいらしいね。そう長く発動させられないし、連発も出来ない。尚且つ、アンタは自分じゃなく、遠隔操作してる鎧に発動させてるわけだ。そうなると、攻撃の瞬間だけ発動させてるんじゃなく、その瞬間しか発動させられないと見た」

「…………」

「更に、アンタの『断罪』とやらは、その剣に直接刻まれた術式に頼ってる部分が大きかったんだろう。だから、剣にだけは障壁も反射も使えなかった。術式は重ね掛けすると反発しあって使い物にならなくなるからね。以上、アンタの無敵の種明かし。採点よろしく」

「文句なしの満点だよ。そこまでばれているなら、最早なりふり構っていられないな」


 鎧から響いていた声が、不意にそこら中から響き渡る。

 次いで、辺りの地面がボコボコと沸き上がり始める。それらはやがて、もといた鎧の人形と同じ姿を形作っていく。

 刃がつぶれた剣を肩にかつぎ、それを眺めていたクリスは、


「本体はどこにいるのか……まぁ、関係無いね。アタシを閉じ込めているコレの正体も粗方わかったし」

『その口振りだと、私の結界式も壊されてしまうのだろうな。だが、もう少し此処に留まって貰おう。第三段階に入るまで、後少しのようなのでな』


 その内容に眉を潜めたクリスだったが、直ぐ様その壁を破壊しようと走りだし、


『出し惜しみは止めておこう。私の魔力が尽きるその瞬間まで――さぁ、踊ろうか』

「しつこい男は嫌われるよ!」


 見えない壁に辿り着く前に、土で出来た人形の壁が無数に立ち塞がる。

 しかしクリスは怯むことなく、その牙を剥き出しにして、両手で剣を掴み突っ込んでいった。








「アアアアアア!!」

「ちぃ……! クソが、往生しろよ!!」

「アルマ!」

「どのみちコイツは手遅れだ! 妙な甘さ見せてんじゃぁねぇや!」


 頬に薄く線を浮かばせたアルマが、叫びと共に狐火を自分の足元へと発現させた。

 その青白い炎は、いま正にアルマに掴みかかっていた少女をアルマもろとも飲み込んで、凄まじい火力で彼女『だけ』を燃やし尽くそうとする。

 猫の耳と尾を持った少女は、その火に全てを呑まれる瞬間に、縦に開いた瞳孔の瞳を僅かに細め、


「――――」


 爆発にも似た轟音と共に消えた狐火。そこから、カラカラと音を立てて、まだ細く、頼りない骨が地面に落ちた。


「……くそったれがァ」


 笑った。確かに笑っていた。

 満足げに、獣に染まったその顔で、少女は確かに笑っていたのだ。

 それが、アルマには何より辛く――許せない。

 完全に獣化してしまった獣人は、もう元には戻れない。

 だから殺した。少しでも被害を抑える為に、一人でも少女に仲間を殺させない為に。

 自分の選択は間違っていない。迷いも何もない。


 それでも――



「後で、ちゃんと埋めてやっから、待ってろ」



 ――それでも、こんなにも、胸が重たい。



「アルマ、大丈夫か」

「傷は大したことねぇ。それよか、まだくるぞ。……前にいる連中は全員気絶で押さえろ。後ろの爺は手遅れだ、殺せ」

「――わかった。俺だけが逃げるわけにはいかないからな」

「……けっ。地獄落ちが決まるだけの話だ。そう珍しい話じゃねぇ」


 隣では同じように頬に線を浮かばせたフォッグが覚悟を決めたように構えを取っていた。

 アルマはそれを見て、更に後ろから走ってくる腐れ縁の熊の獣人にも視線を向ける。

 まだこちらまで辿り着いていない彼女に向かって、彼は目を見開いて怒鳴った。


「テメェ、リオはどうした!!」

「うるさいわね、貴方が無茶しないように見張りにきたのよ!」

「誰が頼んだんなこと! とっとと里に戻りやがれ!」


 怒鳴りながら、ベアクルの進行方向に狐火を放つ。それは一瞬で青白い壁を造り出し、近付けない熱波を放出しはじめ――


「ぬるいわよこの馬鹿狐!」

「なっ……不感症じゃねえのかこの色熊!」

「最っ低!」


 ――勢いそのまま狐火の壁を抜けてきたベアクルが、更に勢いをつけてアルマの頬を掌で張りつけた。

 たたらを踏んで踏みとどまったものの、頬を赤くしたアルマは尚もベアクルに噛み付こうと掴みかかろうとして。


「半獣化を解きなさい!」

「なっ」


 逆に胸ぐらを掴まれ、額がぶつけられる。

 他の獣人達は局地的な結界式により動きを止められ、ただ睨み付けるだけに止まっていた。


「それ以上は回復出来る域を越えるわよ」

「……はっ。んなことねぇよ」

「貴方は元から獣の部分が強いからね。多少侵食されたところで変わらないかもしれないだろうけど。それでも駄目よ」


 有無を言わせない態度に、珍しくアルマのほうから視線を背ける。リオがこの場面を目にしていれば、驚きのあまりしばらく瞬きを忘れてしまうであろうその光景。

 それはこの場にいたフォッグも同じであり、その場を動けない彼はただただこの状況を見守ることしか出来ない。

 やがて、アルマのその赤くなった頬から線が消える。半獣化を解いたのだ。


「……ったく。お節介野郎め。リオは大丈夫なんだろうな」

「この状況で心配出来る貴方も相当だけれどね。大丈夫よ、あの子も強いから。それでも心配なら」

「わかったよ。半獣化無しでも楽勝だってとこ見せてやる。……とっとと終わらせて戻ればいいんだろうが」


 そこまで言ってようやく解放されたアルマが、襟を整えながら悪態をついた。

 それでも、どこか心の重さがマシになったような気もしないでもない。胸ぐらを掴まれた時に、一緒に奪われたようだった。


「やれんのか」

「やれるわよ。……たとえ、貴方がそうなったとしてもね。だから止めた」

「上等だ」


 噛み締めるだけで精一杯だった口が緩み、笑みを形作る。

 これからやることは決して楽しいことではない。どうしようもないとはいえ、やることは人殺しに他ならないのだから。

 それでも、笑う。先程の少女のように。


「ベアクル、そろそろ結界式を解いてくれ」

「あら、ごめんなさい」


 巻き添えを食らっていたフォッグが遅れて解放される。彼の頬からは線は消えていないが、ベアクルは何も言わない。

 それは果たしてまだ大丈夫だろうからという信頼からか、それとも付き合いの差からくるものか。どちらも、が正解だろうかと苦笑する彼は、改めて剣を構える。


「さぁ、こんな馬鹿げたこと終わらせて、さっさと帰るぜ。……流石に、俺もたまにはのんびりしてぇからよ」

「残念。終わっても貴方の本業は大忙しよ」


 アルマの言葉に、にっこり笑ってベアクルがそう返す。

 それにアルマは、勘弁してくれと牙を剥いて笑って返すのだった。












 ――本人すら知らないままに、限界を迎える存在。


 小さな小さな綻びは、しかし確実にその身体に明確な亀裂を入れていく。


 破滅へと向かうその歩み。


 引き返すことは出来ない。


 引き留める存在もいない。


 破滅と引き換えに得るのは、終わりか、始まりか。


 今はまだ、誰も知らない――。


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