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25:意味

 倒れたままの体勢で、アルマは狐火を思うがままに燃え上がらせる。

 胸に深く刻まれていたはずの傷痕は、既に治癒魔術によって塞がれていた。


「な、なんだこれは! どこから!」

「とにかく火を消すんだ! 水の魔術を使える奴はいないのか!」


 四方を狐火の火柱に囲まれた兵達は、声を上げてどうにかしようと行動を起こしている。

 むくりと起き上がったアルマは、口に残っていた血を吐き出すと、自分が造り出した狐火の檻に向けて言葉を放った。

 血が滴る口元からは笑みが消え、代わりに不貞腐れたような表情で、


「もっとましな方法は無かったのかっつうの。本当に死んだらどうすんだ」

「――即死じゃなければ問題ないと言ったのは誰だったか。それに、いくら俺が騙しが得意だっていっても、ある程度は目に見えたものがないと無理があるんでね」


 向こう側が見えない程に燃え盛る狐火の中から、一人の兵が平然と歩いてくる。

 それは、先程出会い頭にアルマに向けて剣を放った兵だ。彼は兜を脱ぎ捨てて狐火の中に放り込むと、がしがしと頭を掻きむしった。

 そこから飛び出た二本の耳を軽く動かしながら、アルマに向けて手を差し伸べる。


「よくよく我慢したじゃねぇか。大の人間嫌いがよ」

「全くだ。おかげで尻尾もボサボサさ」


 その手を掴み立ち上がったアルマは、男――フォッグと共に、再度燃え盛る狐火に視線を向ける。

 どうやら、あの中にはさしたる手練れはいないらしい。このまま火で囲んだままでも、いずれは蒸し焼きにされて息絶えるだろう。

 そう判断したアルマは、特に躊躇するでもなく檻のど真ん中に巨大な狐火を出現させ、なおかつ檻を一気に狭めて中身を燃やし尽くしにかかる。彼には敵をいたぶるような趣味は無い。断末魔すら、上げさせるつもりはなかった。


「ここはこれで全部か」

「そのはずだ。さて、アル兄、急いで南側に行くぞ。ここからなら里を突っ切った方が早い」

「あん?」


 骨と金属以外全てを焼き付くしたアルマが、忙しなく移動し始めるフォッグに怪訝そうに顔を向ける。

 それに振り返るフォッグは、俺がアル兄を指名した理由がこれだ、と前置きして、


「南側からは、今いる北側から時間差で進行が始まる手筈になっている。それを食い止めるには、大勢を一気に片付けられるアル兄が適任だった」

「それはわかってるけどよ」


 その話自体は、前々からの打ち合わせ通りではある。フォッグが騙し打ちを行うには、色々な意味でアルマがいれば楽に事が進められるし、三人の中では一番多対一が得意なのもアルマだったからだ。

 しかし、南側に向かう理由までは伝えられていない。


「そっちには何がいるっつうんだよ。魔術師か、それとも聖騎士か」

「どちらでもない」

「どちらでもない? ……あぁ、そういうことか。クソが」


 間髪入れずに返したフォッグに、ひとつ遅れてアルマが理解する。同時に、二人は森を走り始めた。

 前情報があった魔術師でも聖騎士でもない。モンスターの可能性もあるが、それだと自分にこだわる理由がわからない。必然、残された敵戦力と言えば――


「言っとくが、俺ぁ解呪の方は治癒魔術程得意じゃねえぞ。そうじゃなくとも、獣化が末期なら解呪したところで手遅れだ」

「それでも、可能性があるのはアル兄だけだ。頼む」

「頼まれるまでもねぇな――急ぐぞ」








「……成る程ね。そういうこと」

「どうかした?」

「アルマとフォッグが南に向かった理由がわかったの」


 いつまで経っても勢いの衰えないモンスターの攻めに大分辟易していた頃、ふとそんなことをベアクルさんが口にした。

 確かに、戦いが始まってまもなく、アルマさんとフォッグさんが里を突っ切ってどこかへ向かっていったのだが。

 どうやら、ベアクルさんの顔色を見る限り、相当の理由があったらしい。


「確かに疑問には思っていたのよね……」

「なに、何の話?」


 先程潰した大トカゲを蹴飛ばし、多少荒れた息を整えているベアクルさんは、珍しく焦っているかのような印象を受けた。

 その間にも、戦いは進んでいる。ナイトの咆哮に動きを止めたゴブリンの集団は、レベルアップにより更に強化されたサピィの魔術によって細切れにされた。

 更に威力が上がっている気がするが、それはナイトも同じ。明らかに体躯が大きくなり、単純に戦闘力が底上げされている。今なら、単独でも森のモンスターなら相手にもならないだろう。


「フォッグが言ってたでしょう? 向こうは大量のモンスターと、私達と同じ獣人を奴隷として戦力に数えていたのよ?」

「……じゃあ、二人が向かった南側には」

「単に敵として殺すならクリスの方が確実。なのにアルマを選んだということは……」


 苦虫を噛み潰したかのような顔。ベアクルさんのこんな顔は珍しく、よほど今の状況から導き出された答えが、彼女にとっては好ましくないらしい。


「助けるつもり?」

「それしかないでしょうね。でも、二人だけじゃ無理よ……あまりにも条件が厳し過ぎる。アルマだってわかってるはずなのに」

「…………」


 しきりに二人が走り去っていった方向に視線を向けるベアクルさん。

 今すぐにでも追い掛けたいのだろうが、僕を一人にするのも心配なのだろう。だが、


「行っていいよ。僕なら大丈夫」

「……ダメよ。リオに何かあったら」

「僕は、こういうときに足手まといにならないように、今まで頑張ってきたんだよ? それに、他の皆だっている。大丈夫だよ」


 手甲を打ち合わせ、笑ってみせる。

 不安が無いわけではない。けれど、言葉に偽りも無い。自分の身は自分で守る。その為の訓練であり、今こそその真価が問われる時だ。

 ここで守られてばかりでは、何のために泣きながらも頑張ってきたのか、自分でもわからなくなってしまう。


「……ありがとう。すぐ戻るからね!」


 サピィ、ナイト、クグリと順に目を向け、最後にまた僕を見たベアクルさんは、そう言って僕に背を向けて走り出した。

 あっという間に小さくなっていく背中を眺める暇もなく、むしろこの瞬間を待っていたと言わんばかりにモンスターが僕らを取り囲んだ。


「スライムにイビルアイ、ストーンエッグその他諸々……今度は無機物不定形のオンパレードかな」


 あんまり仲間にしても楽しくなさそうなモンスターに囲まれても嬉しくない。

 そんな、自分でもまだまだ余裕だと感じる思考に笑みを浮かべ、飛び掛かってきたスライムを避け、転がってきたストーンエッグを飛んで踏みつける。


「流石に割れないかっ!」


 人の頭ほどある石で出来た卵から飛び降り、即座にサピィから魔術が飛んだ。

 転がることによる体当たりは、直撃すれば威力はそれなりにある。が、こいつはこれ以外に攻撃方法を持たないために、踏んで動きを止めさえすればただの的だ。

 近くにいたスライムごと地面をえぐり飛ばしたカマイタチは、その殻に少なからず傷跡を残していく。


「サピィ! 一番深いとこに集中的に当てろ!」

『うんっ!』


 元気よく返ってきた返事と共に、数瞬の間を置いてから一際強烈なカマイタチがストーンエッグを襲った。

 殻の真ん中に一本の深い傷が刻まれ、衝撃で宙に浮く。それを見た僕は次の指示を下した。

 硬いだろうが、いけるはずだ。


「ナイト! そこだ、噛み砕け!」


 ――『牙の一撃』。


 ナイトが持つ、現時点での物理最高の威力に貫通力を持つ牙のスキルが、ストーンエッグの殻をものの見事に突き破った。


「イビルアイならっ、これで充分!」


 それを確認して、すぐ背後に迫っていた空飛ぶ目玉を半ば倒れかけるような蹴りで一撃。

 開いた瞳に攻撃を当てることが出来れば、そこらへんの石を投げて当てるだけでも倒せるこの魔物。

 しかし、イビルアイの厄介なところは――


「もう集まってきたか」


 聞こえてくるのは、無数の羽音。

 コウモリみたいな羽をしているくせに、不愉快な音をたてながら、大量のイビルアイが此方に向かってきているのだ。

 イビルアイの持つスキル『ホークアイ』。簡単に言えば千里眼のようなスキルだが、奴等はこれで、危機を感じると仲間を呼んでその場に大量に集まり始めるのである。

 恐らくは、奴隷紋で縛らなくてもいい、どこからともなく勝手に集まるのを利用したのだろう。全く以ていい迷惑なモンスターだ。

 里で戦っている他の住民も、この羽音を聞いてうんざりしていることだろう。


「確か、ひとつの群れで三百までいるんだったかな? ……一気にクグリに焼き払って貰った方が早いか」


 サピィの魔術でも良いが、魔力の絶対量はクグリの方が上だ。

 ちらりと見ると、まだまだ余裕だと言わんばかりにその大きな尾を揺らしている。

 僕の意を受け取ったクグリは、高く吼えると共に、イビルアイの大群に狐火を放った。



 戦いの終わりは、まだ見えない。







「――ひとつ聞きたいんだが」

「なんでしょうかー。魔力回復の間までなら特別に答えてあげますよー?」


 倒れた樹木が散乱し、その下にある地面も闇雲に耕かされた空間。たった二人しかいない戦場にしては、およそ広い範囲に被害が大きすぎると言える。

 その主犯である二人は、互いにまだまだ余裕を残しつつ、しかし動きを止めていた。

 ターニャはその小さな手で懐をまさぐると、緑色の飴玉のようなものを取り出して口に放り込む。間違いなく回復目的の行為だが、メルニャはそれを邪魔しなかった。


「で、何を聞きたいっていうんですかー? 冥土の土産に、知ってることなら答えてやります」

「簡単な質問さ。君たちが、ここを――引いては、獣人を殺す理由が知りたい。差別や先の大戦からの遺恨以外でだ」

「……獣人は害悪。それ以外に、何の理由が必要なんですかねー」

「それは君の主張だろう? 前々から疑問に思っていたんだ。獣人排他の風潮は昔から、それこそ大戦以来からあるのはわかる。だが、ここ十数年の動きは少し異様に過ぎる」


 飴玉を転がすように口を動かすターニャは、黙ったまま返事をしない。

 それを見て、そのまま言葉を続けるメルニャは、クリスがテラに来てからの里での戦いを脳裏に浮かべる。


「それまでは精々が、奴隷に身を落とした獣人が殺されるだとか、力の無い子供が路地裏に転がされてただとか、精々がその程度。少なくとも、こんな戦争紛いなことは起きてなかったと聞いている」

「……されで?」

「それが今や、そちらはどれだけの被害を出そうが関係無しに仕掛けてくる。それが少し、引っ掛かってね」


 今の風潮として、獣人が弱い立場に置かれているのは間違いない。

 獣人大戦にて人間が勝利を手にし、獣人を悪と断じたその時から、獣人は今の立場に立つことを余儀無くされた。

 その頃から、獣人は一人たりとも残すべきではないとする過激派もいるにはいたが、そこまでいくのは少数に留まっていた。

 殺すまではしなくとも、奴隷としての労働力として利用する。これを穏健派と言っていいのかはわからないが、大衆の意見はそのようなものだったのだ。

 事実として、現在のような状況になるまでは、王都にもそれなりに獣人は住んでいた。奴隷として蔑まれ、決して良いとは言えない待遇でも、とりあえず国に居られる程度には存在を認められていたのだ。


「いくら僕達獣人の立場が低いと言っても、大戦以来獣人は人間の目から隠れるように暮らしている。時折現れて、脅しのように子供を連れ去るような君たちに反感こそあるが、逆に恨みを買うような真似などしてないはずだが」


 ――何故、君たちは執拗に僕達を殺そうとするんだい?


 表情こそ柔らかく、戦闘の最中とは思えない程に優しい口調だったが、その奥には深い疑問と、静かに燃える怒りが見える。

 クリスを含め、直接前線に出て戦うメンバーは、既に不殺の枷を外してしまっている。

 今まで不当な扱いでも我慢して隠れ住んできたのは、歯向かいさえしなければ殺されることは滅多になく、また争うこともなかったからだ。

 仲間が奴隷に墜ちようとも、国で不当な扱いを受けていようとも、争い始めてしまえばそれこそ大量の被害が出る。

 それが嫌だったからこそ、獣人は逃げるように隠れるだけに行動を留めていたのだ。


「どうだい? 教えてくれるかな?」

「……残念ですが。知らないことばっかりは教えられませんねー。私は獣人を残らず殺せとしか指示を受けていませんしー」


 腰まで届く長い髪を風に揺らしながら、彼女はそう答える。

 しかしその様子は、今までで一番、彼女の素の部分が見えるかのようにメルニャは感じていた。

 初対面で受けた不気味な印象は薄まり、そこにいるのが確かに人間の少女であることを再確認する。

 そして、その不気味に感じていた部分の正体も、続いて彼女の口から語られた。


「それに……今更引くことも出来ませんー。私は獣人を殺す為だけに育てられて、生きてきたんですよ? つまりー」

「っ」


 言葉に続いたのは、突風で飛ばされた木の枝だ。攻撃と言うよりは、宣戦布告。これからまた攻撃を開始すると、予告するような行為。

 顔目掛けて飛んできたそれを叩き落としたメルニャを見て、暴風を纏うかのように佇むターニャは、どこか歪んだ笑みを浮かべ――




「今この瞬間――貴方を殺すこの時間だけが、私の生きることの意味なんですよぉ! だからぁ、お願い、私に殺されて! 無様に死んでっ! 私に生きる意味を与えてくださぁいっ!!」



 感極まったかのように声を上げ、それに呼応したかのように一際吹き荒れた暴風が、確かな殺意を持ってメルニャへと牙を向いた。

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