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21:狐と狐と狼と

 僕がこの里に来てから、早くも二年が経過していた。

 四季の移ろいが緩やかなこの地域では、うっかりすると日どころか月単位で日時を間違えたりする。事実、それだけ時間が過ぎたことに気付いたのはつい最近の話だ。

 特にこの一年。色々なことが有りすぎて濃厚な一年となったが、凄まじい勢いで過ぎ去っていった一年でもある。

 考えてみれば、拾われた頃は死にぞこないの身体と祝福の虚弱体質もあり、歩くことすらままならなかった。

 それが今では、


「はい、今日の訓練終わり」

「……クリス、もうちょっと手加減してくれても、僕はいいと思うんだ……」


 ……こうして、クリスが放つ縦横無尽な攻撃を避け続けるという拷問にも、耐えられるくらいには回復したのだから、我ながらすごいものである。

 まぁ、回復というよりは、シンクロによるブーストが効いているからこそ、ここまで動くことが出来ているだけだ。シンクロが切れると瞬く間に最低値に成り下がるので、本質的には最初とあまり変わっていないのかも。


「いや、これだけ身を守れるなら及第点だと思うけどね? どうせなら上目指した方がいいじゃない。ちゃんと避けるとこは避けてるし、直撃なんてもう一月近く食らってないし」

「木剣と違って、当たったら半端じゃなく痛いからね……」


 刃を潰してあるとはいえ、本物と同じ造りをしてある訓練用の剣を担ぎながら言うクリスに、げんなりしながら言葉を返す。

 クリスは木剣から鉄剣に、メルニャさんは速さと手数が倍近くに、アルマさんに至っては基本五個だった狐火が十個まで増えていた。

 どの方の一撃も直撃すれば泣きを見るどころの話ではないので、当然僕は半泣きになりながら必死に避け続け。今では、回避限定ではあるが、それなりのものを身に付けられたんじゃないかな、と自負している。


「ナイトちゃんもサピィちゃんも、随分強くなったんじゃない?」

「うーん。夜の狩りを始めてから大分強くなったけど、そろそろレベルアップも鈍くなってきた気はする」


 今はいない僕の相棒達も、順調に成長を続けている。

 ナイト、サピィ共に、確かレベルは18まで上がっただろうか。昼間の森では、最早最深部であろうと敵無しのレベルである。

 ナイトは半年前から安定した強さがあったが、見るべきはサピィの風の魔術だ。

 一度不意を突かれ、樹木タイプのモンスター――トレント――に一撃食らったことがあった。訓練の賜物か、反射で身をよじって直撃は避けたものの、顔面を狙った鋭い枝先に右頬を切り裂かれてしまったのだ。

 油断した、と舌打ちしながらも、ナイトに指示を出そうとした僕だったのだが、それは必要無かった。

 その前に、見たことが無いほどに冷たい表情を浮かべたサピィが、無数の風の刃でトレントを切り刻んでしまったのだ。

 考えてみれば、魔力と精神の値がアルマさんにも匹敵する彼女だ。そんな彼女が、殺意をもって魔術を行使すればどうなるのか。

 それが、これ以上ないくらいに明確になった出来事だった。

 ……あと、レベルが上がるにつれて、段々と何だか理知的になっていくような印象を受ける。天真爛漫なのは出会った当初から変わらないのだが、彼女から受けとる言葉が昔よりもたどたどしくない、というか。

 まあ、本質的な部分は変わっていないので、特に気にすることもないのだが。


「あ、そういえば聞いてる? 近いうちに、私達の仲間が帰ってくるって」

「あぁ、うん。時々名前が出てきてた人ね」

「そ。フォッグって言うんだけど」


 いい加減会話がしにくいので、身体を起こして後ろ手で支える格好になる。因みに、今までの会話は、全て仰向けに倒れた状態で行っていた。

 ついでに、鉄製の小手とすね当ても外す。必要な防具とはいえ、僕には重くて仕方がない。これでクリスが着けているような胸当てや、腰回りの鎧なんか着たらまともに動けないんじゃなかろうか。


「そういえば、あんまり詳しいこと聞いてなかった」

「うーん、フォッグの場合は事情が事情だったからね。今更関係ないから言っちゃうけど、あいつ、向こうの傭兵やってるんだよね」

「傭兵? 向こうって、国の?」

「そ。獣人なのをいろんな方法でごまかして、まんまと国に居座ってるってわけ」

「……それ、大丈夫なの?」

「どっちの意味で?」


 クリスの返しに、少し考える。どっちの、とは。


「バレてないのか、の方」

「アルマでもあの認識阻害は破れないみたいだから、それはきっと大丈夫。ついでに言うと、向こうにいるからって私達を裏切るようなこともない」

「根拠は?」

「向こうが獣人を嫌いなように、あいつも人間がだいっきらいだから。分別はつく方だし、割り切りも出来るから馬鹿なことしないけど」


 それは、また。

 ここにいる人達は、露骨に人間嫌いな人がいなかったからあまり気にならなかったが、そうか。

 考えてみれば、これだけ一方的な扱いを受ける中で、人間嫌いになるなと言う方が難しい。むしろ、関わってこなければ正直どうでもいい、と言わんばかりに長閑に暮らしているこの里のあり方が珍しいのか。


「因みに、いつ頃帰ってくるの?」

「早ければ向こう二、三日くらいで来るみたいだよ? でもまたすぐに帰っちゃうと思うけど」

「あ、完全にこっち側に来るわけじゃないんだ」

「あいつは情報収集をするのと、それをこっちに流すのが目的だから。今回はたまたま怪しまれずに帰ってこれるタイミングがあったから、ついでに直接情報を渡しておきたいみたいだよ」

「ふーん……」


 話を聞きながら、大分安定してきたサモンスキルを使ってサピィとナイトを呼び寄せる。

 しかし、正確な情報を得るためとはいえ、そのフォッグという人はずいぶんと無茶をするんだな。クリスの口振りからすると、もう大分前から同じようなことを続けているんだろうけど。

 もし、万が一が起きて獣人であることがバレてしまったら、先ず間違いなくその時点で終了だ。良ければ奴隷、悪くなくとも、きっと処刑は免れない。

 そんなリスクを背負ってまで、彼は一体何を思いながら敵陣のど真ん中にいるのだろう。

 大嫌いな人間達に囲まれながら、どんな顔をして過ごしているのだろうか。


「さ、帰ろ。私も今日はお休みだから、ずっと一緒にいれるよっ」

「嬉しいけど、くっつくのはご飯作ってからね」

「む」


 よいしょ、とナイトに腰掛けて、歩くクリスと共に夕方の里を進む。僕が乗ってもその足取りはなんら変わらず、軽めの振動が心地よい。


「ゆっくりでいいからね、ナイト」


 僕の声に、ちらりとこちらを振り返るナイトだが、問題ないとばかりに直ぐにまた前を向く。その背を撫でながら、夕焼けに染まる空を見上げた。

 何気なくナイトに乗って移動しているが、これが出来るようになるまでちょっとした苦労があった。

 今でこそ、歩いてもらうだけなら、跨がらずに腰掛ける程度で充分にバランスを取って座っていられる。が、最初は跨がっても上手く身体を安定させられずに、べたりと身体をくっつけておかないと乗っていられなかったのだ。

 毛を掴んで引っ張ってしまっては痛いだろうし、かといって何も掴まなければ普通に落ちる。

 結局、首輪を付けてそれを掴むことで妥協したのだが、それでもリラックスして乗れるようになるまでに大分かかった。

 慣れてしまえば今のように手を身体におくだけでもバランスが取れているが、それは、ナイトが此方のことを考えて、なるべく揺れが無いように歩いてくれているからだ。

 現在、レベルが18のナイトの身体は更に成長して、すでに巨大狼と称しても不思議ではない体躯となっている。

 お座りの状態になれば、もはや僕より背が高い。四本足で立つ普段ですら、クリスの腰辺り――僕の頭くらいまでの高さがあるのだ。

 正直、こんな狼に襲われたら普通に死ねる。それくらい、デカイ。

 まあ、勿論味方なので襲われることなんてないのだが。精々がじゃれてきて押し倒される程度だし、そんな恐怖なんて感じることはない。


 そう思っていたのだけれど――。





 そいつと出会ったのは、翌日の明朝だった。


「……ヤバい」


 たらり、と額から頬へと伝わる汗。それを拭うことも出来ずに、ただ構えたままに目の前の生物と睨み合う。

 ナイトが唸る向こう側には、黄金色の体毛を光らせながら、そのナイトにも負けていない体躯をゆっくりと見せつけるように移動していた。

 余裕の無いこちらとは対照的に、その豊かな尾をゆるやかに揺らしながら、こちらを静かに眺めている金色の瞳。

 直ぐに襲い掛かってくる雰囲気は無い。しかし、僕の目に映るその値が、油断してはいけないと如実に訴えかけてきている。




 名称 フレイムキッズ

 レベル33

 スキル 『狐火』


 筋力D- 体力C 俊敏D- 魔力B- 精神A




 頬がひきつくのが止まらない。

 明らかに森に生息しているモンスターではない。

 レベルは、今まで見てきた中でもクリスに次ぐ高さ。ステータスの最高値も人外認定のAにまで乗っている。

 格上。ちらりとこちらを一瞥するだけで何もしてはこないが、その気になれば一撃でやられてしまうであろう実力を、この狐のモンスターは持っている。

 ナイトのステータス最高値は、俊敏のC+だ。サピィはひとつレベルが落ちて17だが、魔力と精神がB-に乗っている。

 が、相手のスキルに狐火がある時点で、下手な攻撃は仕掛けられない。最低でも、アルマさんと同程度の火力を持っていると考えた方がいいとすると、サピィでは避けられなかった場合が怖い。

 結果、向こうから何もしてこない為に膠着状態に陥っていた。

 逃げようにもじっと此方を見つめられては、迂闊に背を向けられない。かといってジリジリ下がろうにも、後ろから他のモンスターに襲われるかもしれない。


「…………」


 涼しいはずの明朝の森の中。滴る汗がいくつ地面に落ちたかわからなくなってきた頃に、ようやく動きがあった。


『誰かくる』


 不意に頭に響いたのは、サピィの声だ。

 その言葉に少し遅れて理解が追い付き、もしかしたらクリスか誰かが近くに来てくれたのか、と一抹の希望を見出だす。


 が。


「……おや。クグリ、何とにらめっこしてるんだい?」


 その希望は、見知らぬ姿と聞き覚えの無い声に瞬く間に霧散する。

 現れたのは、長身細躯の男だ。腰の両側に、その長い足と同じ位に長い剣を備えている。が、それよりも目を引いたのは――


「獣人……?」


 そう。その頭にある長く大きな耳は、確かに狐のそれだ。アルマさんよりも縦長なそれは、僕の声を聞くとピクリと反応して、その顔が此方に向く。

 細く開かれた瞼の向こう側にある金色の瞳が、僕を貫いた。


「何故、俺が獣人だとわかる」


 底冷えした声だった。

 狐のモンスターに向けられたものとは全く違う、敵に向けられるものである鋭い眼光。

 怯まないナイトが一歩前に出ようとした瞬間に、青い炎がその足元を焼いた。


「ナイト、下がれ!」


 こちらを見つめるだけだったフレイムキッズが、男と同じく敵対的になったのを悟る。

 その場から飛び退いたナイトは、僕の横まで弾けるように移動してきた。


「俺が獣人なのを見破れる人間はいないはずなんだがねぇ……。まぁ、良い」


 その言葉と、その手が腰の剣に伸びるのは同時。

 男のステータスを見て、彼がクリスの言っていたフォッグ・ドルガンという人物だとわかるのと、彼が人間嫌いなのを思い出すのも、同時。


 しかし。


「知られたところで、殺しちまえば関係ないからなぁ」


 その剣が僕の首に襲い掛かるのと、身を守る何かしらの反応は、同時では遥かに間に合わず――






「阿呆か」

「あんた、殺されたいの?」



 ――その代わりに、頼もしすぎる二人の獣人が、凶刃から僕の身を守るのだった。

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