20:深夜の密会
いつもよりも豪華な昼御飯を食べ終えた後、補給だとのたまうクリスのスキンシップを乗り越えて、午後の見回りに向かう彼女を見送る。
因みにお昼のメニューは揚げ物でした。多種多様なコロッケに野菜の天ぷら、白身魚のフライ等。里ではあまり油を使う料理を見ないので作ってみたら、ことのほか好評で満足である。
……なんだか、半年で一番スキルアップしたのは料理なんじゃないかとも思ってしまう。だって前世じゃ料理なんてしたことなかったし。
「でも、やっぱり出来ればご飯が欲しかったなー」
取ってきたパニ草を適当な大きさに刻みながら呟く。
揚げ物にパンでは、やはり少し違う。クリスに聞けば普通にお米は存在するそうだが、里には出回っていないらしい。
まあ、気候云々が稲作には向いていないのだろう。どうせならそこらへんの常識もぶっ壊したトンデモ作物も見てみたいのだが。雑草レベルでたくましい稲とか。
「これでよし、と」
最早原型を無くしたパニ草と、綺麗に土を落としたパニパ草の根を天日に当てておく。
パニパ草の葉の部分は特に薬用ではないが、試しに噛んでみるとちょっとしたミントのような香りが鼻に通った。なので、これも綺麗に洗った後にお湯で煮詰めてみることにする。
もしかしたら何か出来るかも、くらいの軽い考えだ。
「ワイルドボアは……皮剥ぎはちょっと出来ないしなぁ」
パニパ草を火にかけてから、外に吊るしてあるワイルドボアに目を向ける。ちょうど窓から見える位置にあるそれは、現在血抜きの真っ最中だ。
保存用に燻製にでもしようか、でもそれだとまた森にいって燻す何かを取ってこないといけないなぁ、と考えてから、そこでもパニパ草が頭に浮かぶ。
パニパ草で燻したら、良い感じに臭みも取れるんじゃないか?
「……後で試してみるか」
何て言いつつ、煮詰めているのとは別に取っておいたパニパ草を千切り、軽く火で炙ってみる。
煙は……出るな。匂いも香草のそれだ。意外といけるかもしれない。
となると、後で肉を軽く塩漬けにして乾燥させて……まあ、三分の一くらいでいいだろう。全部使って失敗したら困るし。
外に出て、どれだけ使うかの目算を立てる。燻製釜はベアクルさんの家にあるし、使わせてもらおう。
「上手く言ったら、まずナイトにあげるね」
外で日向ぼっこしていたらしいナイトの背を撫でながら、そう語りかける。
ワイルドボアを仕留めたのは彼女なんだし、完成品を口にするのは彼女が一番だ。
まあ、別に生肉でも平気で食うんだけど。
家に入り、パニパ草の様子を確かめる。適当に薪の量を調節して弱火を保ちつつ、今度はサモンスキルの検証を始めることにした。
本当ならその辺に詳しそうなメルニャさんに聞きたいところだが、多分今日は一日見回りのままだろう。なので、自分なりに可能性を広げて考えていくことにする。
まずは、とりあえずあの裂け目が出せる条件を探っていこう。
サピィを呼んだ時には頭痛が起きなかったので、原因であろう裂け目の大きさに気を付けて。
……とりあえず、外にいるナイトに向けて、空間を繋げる感じでやってみよう。
「……お、空いた」
割りとあっさり空間は裂け、その先には先程見たばかりのナイトの姿が見えた。ナイトは此方をちらりと見たものの、直ぐに目をつぶって日向ぼっこを再開させた。用が無いのを知っているからだ。
とりあえず、裂け目を造ること自体には然程難しさを感じない。イメージだけでぱっといける。頭痛も来ていないので、次にもう一度使って平気なら、裂け目の大きさが頭痛の原因だと言えるだろう。
さて、じゃあ次。
「サピィ、ちょっと適当に外に出てってみて」
『はーい』
言われた通りに、サピィは壁をすり抜けて何処かへと消えていく。地味にそんなこと出来たのか、と驚きつつも、今度はサピィに向けて空間を繋げてみる。
ナイトの時とは違い、何処にいるかがわからない状態であの裂け目を造り出すとどうなるか。
こちらも裂け目自体は簡単に現れた。が、その向こう側が、前と同じようにぐねぐねとした奇妙な空間になっているのが確認出来る。
その中からサピィが飛び出してきたので、呼び出し――まぁ、サモンスキルとしては成功しているのだろう。つまり――
「場所をしっかり指定すれば、その場所に直接繋げられるって感じ、かな? それをせずに、直接何かを呼ぼうとしてこれをやると、この四次元チックなものになる、と」
試しに、ベッドのわきにあるランプの横に空間を繋げてみる。
少しイメージするのに難儀したが、問題なく成功した。僕の目の前にひとつ、ベッドのわきにひとつ。ふたつの裂け目が見える場所に現存している。
試しに指を入れてみると、空間を越えて向こう側に指が出ていくのが確認出来た。
「……これ、間違って閉じたら大惨事だな」
言ってて自分で怖くなったのですぐに指を引き抜き、代わりにさっきパニパ草を混ぜるのに使った箸を突っ込んでみる。
向こう側に飛び出したのを確認してから、裂け目を閉じようとして、気付いた。
裂け目が閉じれないのだ。
「異物があると、閉じるに閉じれないのかな」
いくらイメージしても、裂け目は一向に閉じる気配が無い。無駄に力んだりもしたが意味がなかった。
箸を引き抜くと問題なく閉じれたので、これなら間違って閉じて、通る最中に真っ二つ、とかは起きそうにない。
ならば、と次はもう一度ランプの傍に空間を繋げ、手を突っ込んでランプを手に取ってみる。
そして、それを持ったまま此方へと持ってくると――
「おっ、と……」
ここで、前よりも幾分軽いとはいえ、それなりに辛い頭痛が牙を向いてきた。
次いで立ちくらみに襲われたので、手近にあった椅子に腰掛ける。既に裂け目は閉じていて、しかし、僕の手にはランプがしっかりと握られていた。
「……もしかして、何かものを通過させたら何かしら負担がかかる、のか? でもサピィとナイトは平気だったし……」
それに、自分の手を突っ込んだ時も平気だった。箸も普通に通ったのだけれど……。
こちらも大きさに関係があったりするのだろうか。だとすると、この頭痛はやはり、何かしらの無理をした代償だと考えるのが妥当なのか。
しかし、思ったよりも力の幅が広くて驚きだ。サピィやナイト、つまりテイムしたモンスターと不意に離れてしまっても、これを使えばすぐに手元に呼び戻せる。
更には、まだ無理だろうが、擬似的な異次元ポケットのような使い方も出来そうだ。
この力が何に依存するのか――多分、魔力なんだろうけど――わかっていないが、突き詰めていけば、強力な手札になるに違いない。
欲を言えば、しっかりとした『スキル』として習得しておきたいものだが。なにぶん僕はスキルの習得方法を知らないし、多分皆もサモンスキルの習得方法なんてわからないだろう。
しかし、前にアルマさんが言っていたように、スキルは壁を破る為に必要なものだと割り切るしかあるまい。今は努力あるのみである。
「……まぁ、今日はもう無理そうだけど」
意外と尾を引くこの頭痛。
その後しばらく、僕は椅子に座ったままかまどの前でぼんやりしていたのだった。勿論、火の調節もしつつだが。
――夜になったが、なかなかクリスが帰ってこない。
半年前のあの日から、殆ど日が落ちる前に帰ることが続いていたのに、今はすでに星が顔を出している。
もしや何かあったのか、と少し不安になるものの、クリスに何か出来る存在なんてそういない、と自分で自分を落ち着けた。
しかし、遅いことには変わりない。帰り時間を見越して作っておいた夕飯も、すっかり冷えてしまっている。
「……少し、見に行こうか」
言いながら、訓練用の服に着替え、ランプの火を消してから外に出た。
見れば、思ったよりも月がだいぶ高くなっている。この時間に帰ってきたこともあるにはあるが、その時は決まって何か厄介ごとがあった日だ。今回も何か、問題があったと考えてもいいだろう。
「メルニャさんは帰ってきてるのかな……。ナイト、ちょっと」
ナイトに走らせ、メルニャさんが在宅かどうかを確認にいかせる。その間に、僕はアルマさんの家に歩を進めた。
距離的にはこちらの方が近いが、移動スピード的にナイトの方が早く着くだろう。往復して丁度良いくらいだろうか。
「アルマさん、アルマさん?」
数分で家についたが、部屋に明かりはついていない。
念のために強くノックしてみるが、反応は無しだ。同時にナイトが帰ってきて、メルニャさんが家にいないであろうことも確認出来た。
「これは、間違いなく何かあったな」
里の主戦力三人が揃って不在。正直、不吉なことの前触れとしか思えない。前触れどころか、最中、もしくは事後の可能性だってある。
森に歩を進めながら、先程から頭の上で黙りこんでいるサピィに声をかけた。
「サピィ。まだわからない?」
『もう少し、近付かないと……。でも、すごく森が静か』
サピィは森に生息するスピリットを通じて、いくらか森の状況を把握することが出来る。
これはサピィのレベルが上がったことによって、上位個体とも言える存在になった彼女だから出来ることだ。
しかし、それなりに効果を期待するには当然森に近付かなくてはいけない。
森が見えた辺りで珍しくピリピリし始めたサピィは、一層黙りこくって森の把握に務め始めた。
「…………」
考えて見れば、夜中の森に入るのは初めてだ。
夜はモンスターが活発化する。更には得体の知れない植物もその食指を伸ばしはじめることもあって、夜の森にはまだ立ち寄ることを禁止されていた。
森の手前まできて、昼間とは違う雰囲気に、思わず足が止まる。しかし、直ぐに歩みを再開させて森に踏み込んだ。
『リオ。そのまま、まっすぐ』
何かを探知したのか、サピィからナビが飛んできた。
夜目が利かないので、ナイトの後をついて森を進む。時折、足元にあるヒカリゴケの明かりに助けられながら、しばらく歩き続けた。
感覚から言って、森の半ばまできただろうか。
不意に、小さくではあるが、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「――――い。今は――」
聞き間違えるはずもない。これはクリスの声だ。
一体こんな真夜中の森の中で、誰と話しているのか。
物音を立てないように、慎重に声のする方へと進んでいく。やがて、森の中ではありえない青い光が見えてくる。
あれは、アルマさんの狐火だ。光に照らされる人の姿は、四人。クリス、アルマさんに、メルニャさん。それと――
「……では。良い返事を、期待する」
息を呑んだ。
三人と相対する形で立っているのは、僕と同じ、金髪碧眼の青年だ。
ガルニア・ベン=ドルトン。半年前の襲撃で姿を見せた彼が、今になってまた、ここに姿を現している。
息を呑んだ理由は、彼がいる驚きだけではない。最後に放った言葉の前に、確かに彼は、此方を見た。そして直ぐに、背を向けてその場から消えていく。
その姿が完全に見えなくなった辺りで、メルニャさんが珍しく大きな溜め息をついていた。
「…………」
「また面倒な話持ってきやがったなぁ」
「信じられると思うか?」
「少なくとも、武器も持たずに一人で来た辺りは認めてやってもいい。他は……おいおい、フォッグの奴にでも確認させりゃあいい」
ボリボリと頭を掻きながら、アルマさんはちらりと此方を見やる。
やはり、気付かれていたらしい。だからこそ、ガルニアも話を切り上げてしまったのだろうが。
動けずにいた僕だが、メルニャさんの目も此方に向いた辺りで観念して、がさがさと音を立てながら出ていく。
「どこまで聞いた?」
単刀直入な問いに、首を横に振ることで答える。
アルマさんはそれ以上聞いてはこずに、そうか、とだけ呟いて、軽く僕の頭を小突いた。
「夜中の森には入るんじゃねぇっつったろうが」
「だって、皆して里にいないから」
「嫌な予感がしたってか。全く……お前の勘は良くも悪くも厄介なもんだな」
一体何をガルニアと話していたのか。気になって仕方がない。仕方がなかったが、アルマさんの言葉に、メルニャさんの思わしげな此方への視線。
そして、
「…………」
黙ったまま、ガルニアが消えていった森の奥を見つめるクリスの姿を見てしまうと、僕は開きかけた口を閉じて、ただ目を伏せることしか出来ないのだった。




