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18:サモンスキル

2話同時投稿しております。


 ……余りにも想定外なことが起きてしまい、しばらくサピィと空間の裂け目を交互に眺めたまま、呆然とするしかなかった。

 そうしている内に裂け目は小さくなっていき、やがてそこには何も無くなってしまう。


『どうかした?』

「え、あぁ、いや」


 不意に顔の前に移動してきたサピィにハッとして、顔を振って気持ちを切り替える。取り敢えず、彼女に少し聞いてみることにしよう。


「い、今のは?」

『呼ばれたから、来ただけだけど』

「サピィが、あれを開いたってこと?」

『? 呼んだのは、リオだよ?』


 何を言ってるの? と可愛らしく小首を傾げるサピィ。どうやら、あの空間の裂け目はサピィではなく、僕が造り出したものらしい。

 しかし、自分のステータスを見ても、それらしきスキルは覚えていない。可能性としては、あれはテイマー系の標準スキルなのかもしれない。僕なら『エンドレステイム』の中に、この力が備わっているということか。

 だとするなら、もしかするとまだまだ僕が把握していない力があるのかもしれない。考えてみれば、今までテイマーとしての力の可能性を突き詰めるようなことはしてこなかった。サピィとナイトが此方の意図を余すことなく汲み取ってくれるので、その必要性を感じなかったのだ。


「えっと」


 もう一度、あの空間の裂け目を造り出してみよう。

 出来れば、今度はもう少し大きな、ナイトも通れるくらいのものを造り出したいところだ。


 目をつぶり、ナイトへと呼び掛ける。取り敢えず先程見た裂け目のイメージを追加して、更にそれを広げるように……。

 と、そこで。


「うっ!?」


 頭が、軋むように傷んだ。

 思わず頭を抱えたが、目を開くとそこには、先程よりも大きな、およそイメージ通りの大きさで裂け目が出来ている。

 更には、裂け目の向こう側は先程のぐにゃぐにゃしたようなものではなく、しっかりとした別の空間が広がっている。そしてそこには、目を点にして此方を凝視している女性――ベアクルさんと、その傍らに座っているナイトがいた。


「…………」

「…………」


 暫し、無言の時間が流れる。

 けれど直ぐに、また頭痛が襲ってきた。それに呼応するように裂け目が蠢き、今にも閉じようと動き出す。

 それを見たナイトが即座に此方の空間へと飛び込んできて、直後に裂け目は閉じて消え去ってしまった。

 タイミングが悪かったナイトが挟まっていたんじゃないか、というか挟まってたらどうなってしまうのか、と不吉な考えが頭をよぎったが、頭痛の余韻が頭の回転を鈍らせる。

 寝起きも相まって、まあ迎えに行く手間が省けたしいいか、と緩い結論を出して、僕はまたベッドへと倒れ込んだ。

 クリスが帰ってくるまではまだ少し時間がある。それまでもう一眠りして、それからクリスに聞くなり自分で考えるなりするとしよう。

 そう考えて、家番をナイトとサピィに任せて僕は目をつぶるのだった。









「空間が裂けた?」

「うん。正直、気付いたのは偶然だったんだけど」


 クリスが帰ってくる時間にきっかりと目を覚ました僕は、簡単な夕飯をこしらえてから、先程のことを彼女に相談してみた。

 クリスは、木のスプーンを口元から引き抜くと、しばらく視線を虚空へとさ迷わせる。

 因みに、今日の献立はポックルと各種野菜のスープにパンである。手抜きではない。時間が無かっただけだ。


「空間魔法なら出来ないことも無いだろうけど……先ず空間魔法なんて使える人間が希有だし、有り得ないか」

「うん。スキルにも無いから、なんなのかなって」

「スキルに無いからって、それらのことが出来ない訳じゃないんだけどね。……うーん。魔法や魔術はアルマが詳しいだろうから、明日にでも聞いてみれば? もしかしたら知ってるかも」

「そうだね。そうしてみるよ」


 まあそうなるよね、と半ば予想はついていた結論に行きつき、パンをスープに浸して口に運ぶ。

 一応初歩的な魔術は使えるらしいが、クリスは完全に物理で戦うタイプの人間だ。しかもその魔術も、実用レベルのものは身体強化のブースト系しかなく、他は一応知識としては知っているだけ、といったもの。

 そんな彼女からしてみれば、こんな相談されても困るだけだろう。

 考えてみれば、魔法や魔術に関してはまだよくわかっていないことが多いし、スキルとの関係もあやふやにしか理解していない。

 その辺りも、明日聞いてみることにする。

 ……まだまだ知らないことばかりなんだな、と。最近になって思い知っている事実につきそうになったため息を、パンと共に飲み下す僕だった。








 で、翌日。早速アルマさんにそのことを聞いてみることに。

 するとアルマさんは、じゃあ今日はそこらへんの話でもするか、と僕へ座るように促してきた。どうやら、座学に入るらしい。


「あー、と。お前が出したっていう空間の裂け目はまず置いといてだ。基本的な魔法関係の話から始める。魔法と魔術の違いは、いつかさらっと話したよな」

「はい。確か、魔法は世界から力を借りて、魔術は自分の力を使う……とかだったような」

「ざっくり言えばそうなる。で、一般的なのは魔術の方だ。魔術師はそれなりにいるが、魔法使いは非常に希有な存在になる」


 魔術師と魔法使い。

 似たようで、その実全く違う存在だというそのふたつは、稀少さも危険度も桁違いだとアルマさんは言う。


「先ず、魔術は魔力があれば誰でも使えるが、魔法は魔力がどれだけあっても使えない奴は使えない。これは完全に、先天性によるもんだ」

「先天性……」

「テイマーも先天性みたいなもんだがな。だが、明確な基準がわかっていないテイマーと違って、魔法が使える奴と使えない奴には、そもそも身体自体に決定的な違いがある」


 何時ものように、懐からパイプを取り出したアルマさん。彼が葉を詰めている間に、僕は疑問を口にした。


「身体に?」

「そうだ。目に見えるもんじゃないがな。因みに、お前は使えない人間だ。里にいる中で使える奴は、ベアクルだけだな。結界術も一応魔法に含まれるらしい」

「見た目に見えない……。内臓とか、そういう器官があるってことですか?」

「ああ、そうだ。魔法が使える奴は、『魔孔』っつう器官を全身に備えてる。自然に漂う魔力……魔素じゃねぇぞ? それを身体に取り込む為の器官だな」


 へぇ、と感心しながら、アルマさんの話を聞く。

 何故、その魔孔の有無がアルマさんにわかるのかと言うと、治癒魔術を応用した身体検査をすれば簡単にわかるらしい。


「魔孔は毛穴よりも更に小さいが、実際に身体に穴が空いていて、そこから全身に血管のようなパイプを張り巡らしている器官だ。この数も人それぞれで、当然多けりゃ多い程魔法に関して有利だ。逆に言えば少なければ大した魔法は使えない。一概に魔法使いつっても、ピンからキリまでは当然存在する」

「でも、それでも魔術から比べれば」

「魔法の方が有利だな。なんせ、魔法は魔術と違って、基本的に燃料切れすることがない。魔術は自身の魔力が切れりゃあ終わりだが、魔法はこの世界の魔力を使ってるわけだからな」


 因みに、とひとつ息をつく。パイプをくわえて煙を燻らせてから、アルマさんは再度口を開いた。


「魔法使いが放った魔法は、不発しようが炸裂しようが、再度世界の魔力に還元される。馬鹿みたいな魔力で馬鹿みたいにバカスカ魔法を撃ちまくっても、そこの場所の魔力が尽きることはない。……なんだその顔は」

「……いや、反則みたいな存在なんだな、と」

「……言っとくが、お前だってそれなりに反則な能力してんだからな? 丁度良い機会だから、そこらへんもはっきりさせといてやろう」


 ……素直な感想を言っただけなのに、なぜか大きな溜め息をつかれた。

 いや、確かにテイマーの力も便利だとは思うけれども。そんな永久機関じみた存在の魔法使いに比べると劣る気がする。それに、僕に至っては祝福が邪魔しているのだし。


「はっきりさせると言われても……確かに便利だと思うし、強力だとも感じてはいます。でも、まだサピィとナイトの二体しかテイムしてませんし、テイマーとしての鍛練らしいこともしてないんでどうにも……」

「その二体しか、の時点で、そこらのテイマーとは違うっつうのを自覚するんだ。意識せずに、負担を感じずに複数のモンスターをテイム出来る存在は、魔法使いに負けず劣らずの希有な存在だ」

「えぇ?」

「何だその反応は」

「いや、だって」


 僕の反応に、微妙に眉を寄せて不機嫌そうになるアルマさん。いや、そこでガンつけられても。もう慣れたからそんなに怖くないけど。

 確かに、テイム出来る数に限界があるとは考えてなかった。五、六体くらいまでなら普通にテイム出来るんだろうな、くらいの軽い考えですらあったから。

 というか、一体しかテイム出来ないのなら、もっと良く考えてからテイムしていただろうし。


『む』

「痛っ」


 頭の上にいたサピィに、不意に髪の毛を引っ張られた。

 ごめんごめん、別にお前が不満な訳じゃないって。ちょっとそう思っただけだから。


「それに、お前自身の力もな。ある意味では祝福のお陰かも知れんが、お前の持つスキルは有り得ない組み合わせをしてる」

「有り得ないって……」

「考えてもみろ。モンスターの能力値を直に確認出来て、なおかつその一部を自分の力に出来る、複数テイムの可能なテイマー。充分にふざけた存在じゃねぇか」

「いや、まぁ……確かに。確かに、そうなのかな……?」


 言われてみると、確かに。

 祝福の劣等感ばかりが先走っていたからか、もしくは元からそうだったから気付かなかっただけか。

 僕の持つその三つのスキルは、互いに干渉しあえる内容のスキルであったことに、改めて気付いた。

 これが、普通のなんてことない祝福を授かった人間だったなら、確かに魔法使いに負けず劣らずの反則的な存在だろう。逆に言えば、これだけのものを持たないと、『最弱』のマイナスイメージを相殺しきれない、とも言えるのだが。


「少しは分かったか、自分の価値ってもんがよ。お前は自分で思ってるよりも遥かにすごい人間なんだぜ?」

「少しは。でも、ここにいる人達が凄すぎて、自分が特別だとも思えませんけど」

「それでもかまわん。自惚れろとまでは言ってねぇしな」

「自惚れろと言われても出来ないですよね……」


 何せ、クリスを筆頭に、戦闘力その他で圧倒的なものを持っている皆様だ。

 アルマさんは治癒魔術に狐火の火力。

 メルニャさんは豊富な知識に斥候能力。

 ベアクルさんはまさかの魔法使いという希有な存在。

 クリスに至っては、最早語るまでもなく。

 こんな人達に囲まれた状態で、どうして自惚れることが出来ようか。


「話を戻すか。あー、どこまで話したか……」

「あ、あの。魔術とスキルの関係についても教えて欲しいです」

「あぁ、それも教えてなかったか」


 そういやそうだな、と一度立ち上がり、何やら部屋の奥に向かったアルマさん。帰ってきたその手には、ここでは珍しいガラスのコップに入れたジュースがあった。

 飲め、と言わんばかりにそれを渡されたので、ありがたく頂いておく。


「そもそも、魔術には基本属性である五つと、特殊属性の二つの七種が存在する」

「火、水、雷、風、土に、光と闇ですよね」

「ああ。スキルにすると、その後に〜〜の魔術、とかつくわけだが。別段スキルが無くとも、これらは当然使うこたぁ出来る」


 言いながら、人差し指を立てたアルマさんは、その先に小さな火を灯す。何時もの狐火とは違う、赤い炎だ。


「因みに俺がそれなりに使えるのは、火と雷、あとは風に光か。治癒魔術は光の派生みたいなもんだから当然として」


 次いで、青白い光が指先でスパークし、それが消えたかと思えば、彼はぴっとその指先を此方に向けてきた。自然には起きないであろう風が顔を撫で、これが風の魔術かと理解する。


「と、この通りに、スキルが無くとも使うことは出来る訳だが、ある程度まで鍛えると、どうしたって越えられない壁が出てくる」

「それを越える為に必要なのが、スキルってことでいいんでしょうか」

「まぁ、認識としては正しい。一般的には、スキルを持つだけで威力や制御に補正がかかるから、それを求めてスキルを得るのが普通だな。壁に辿り着く奴なんて一握りしかいねぇし、越えていく奴はもっと少ないしな」


 ふむ。となると、スキルは基本的に各魔術のブースト的な役割で覚えられることが多いと。

 だが、サピィは特に何かしていた訳でも無いのに風の魔術のスキルを覚えていた。これは一体どういうことなのか。その辺りを訪ねてみると、彼は少しサピィを見つめた後に、


「ヒトとモンスターじゃあ、そもそもスキルの種類が違うものも多いしな。緑のスピリットが元から備えてるスキルが、レベルアップで解放されただけだ。おそらく」

「ははぁ、なるほど」


 となると、未だ見ない赤のスピリットや青のスピリットも、それに準ずるスキルを潜在的に備えているかもしれないのか。

 いつか全種類のスピリットをテイム出来たら、それはそれで面白いかもしれない。

 因みにだが、今のところ確認出来ているスピリットは赤、青、緑。確認は出来ていないが存在するであろうと言われているのが、土、雷、光、闇だ。後者四種が色では無く属性の名なのは、確認出来ていないために色がわからないかららしい。

 でも、多分見つかっても名前は変わらないだろうとは思う。だって茶のスピリットとか微妙にカッコ悪いし。だったら土のスピリットでいい。


「とまぁ、ここまでは前置きだな。本題は、お前が出したっていう空間の裂け目の話」


 灰になった葉を捨てながら言うアルマさんに、少し体勢を変える僕。どうやら大体当たりはついているみたいだが、果たしてあの裂け目は一体何だったのか。

 クリスが言っていた空間魔法の線はすでに消えているので、考えられるのはテイマーの標準スキルくらいしかないのだが。



 ――なんて考えていたのだが、アルマさんは本当になんてことないように、予想の斜め上の答えを出してきた。






「結論から言えば、それはサモンスキルの一種だな。スキルが生えてないから、モドキとも言えるだろうが」

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