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15:一息ついて

 クリスに抱き抱えられたまま数分。森を抜けて里まで戻ってきた僕は、クリスに全身をまさぐられている最中だった。


「大丈夫!? どこかケガしてたりはしてない!? ああもぅ、こんな頭に葉っぱなんかつけてぇ!」

「大丈夫だって。だからこんなとこで服脱がそうとしないで」


 若干錯乱しているような勢いで僕に詰め寄ってくるクリスだが、僕はそれを苦笑と共に押し留める。頭に付いていたらしい葉っぱを払い、身体の調子を確かめる。


「やっぱり、離れすぎるとテイムが解けちゃうのかな」


 いつも通り、重たい身体。

 咄嗟にテイムしたガルニアの分はともかく、その前にテイムしていたはずのアルマさんの分の能力値も無くなっている。

 だが、同じく距離が離れているはずのナイトの分は残っていることを考えると、距離は関係ないのかもしれない。

 ……というか、ガルニアをテイムしたのって、考えてみたらとんでもないことじゃないか? 人間までテイム可能とか、流石にちょっと万能すぎるというか。

 何か反動とか、ペナルティがあるんじゃないかと不安になってきた。考え無しにテイムするのは控えたほうがいいのかもしれない。今はまだ何も感じないけど。


「と、取り敢えず大丈夫みたいだね。ふぅ」

「ごめん。心配かけたね」

「無事ならもう何でもいいよ。でも、私が近くに来てたのよくわかったね。だから飛び降りてきたんでしょ?」

「あぁ、サピィが教えてくれたから」


 頭の上で静かにしていたサピィが、ん? といった感じに顔の前にぶら下がってくる。

 どうやら彼女は、森にいる他のスピリットと連絡を取り合えるらしく、それを利用してクリスが近付いてきていることを僕に教えてくれていたのだ。

 念話みたいなものだからガルニアには気付かれず、おかげで不意討ちに近い形で彼から逃れることが出来た。……まぁ、それほど強く捕まっていなかったのも、理由のひとつではあるのだが。

 助かったよ、と頬をぷにっとつついてやると、サピィは鼻先にひとつキスを落としてから頭の上に戻っていった。可愛いやつだ。


「リオ! 無事だったか!」

「……心配かけやがって」


 呼ばれた方向に顔を向けると、そこにはアルマさんとメルニャさんの姿が。

 二人共に息を切らしているのを見ると、余程心配してくれていたらしい。それを見て申し訳なく思うよりも嬉しくなってしまう僕は、ちょっとだけ悪い子供なのかもしれない。

 飛び付いてきたナイトに顔を舐められつつ、そんなことを思う僕なのだった。







「皆無事だったのね。安心したわ」

「無事も何も、結界式変えたなら反応あんだからわかってたろうが」

「興醒めするようなこと言わないの。第一、この術式じゃあ対象の状態まではわからないんだから」

「まぁまぁ。皆無事なら良いじゃないか」

「そーそー。特にリオが無事なんだからさ」


 ところ変わって、ベアクルさんの家。

 念のために、里を含めた周辺の状況を把握しているベアクルさんに安全確認を取りにきた僕達は、取り敢えずは安心だと判断して腰を落ち着けていた。

 考えてみると、こうしてベアクルさんの家に皆で集まるのは初めてかもしれない。先程から解放してくれないクリスの腕の中で、そんなことを考える僕。


「リオがさらわれたと聞いた時はどうなるかと思ったが」

「油断してたわけじゃねぇんだがな……悪かった」

「済んだことだ。それよりは、僕やお前が半獣化して尚、手に余るような敵がいることの方が問題だな」

「あの」


 アルマさんが素直に謝ったことに内心でちょっと驚きながらも、少し気になったことがあって話に入る。

 二人は此方を向くと、先を促すように首を傾けた。


「半獣化って、何なんですか? アルマさんを見てて、何となくどんなものかはわかるんですけど……」

「あぁ」


 そういえばそうか、とメルニャさんが頷く。どうやら、別段隠していたわけではないようだ。


「半獣化というのは、獣人だけが出来る、まぁ変身みたいなものかな。その獣人が持つ獣の特性を引き出すことで、能力を大幅に底上げすることが出来るんだ」

「半、ってことは」

「勿論、半獣化を過ぎれば獣化という状態になる。ただ、そこまでいくと色々問題があってね。リスクを考えずに済むのが半獣化までってこと」

「只でさえ半分獣の俺らだ。そっから更に獣に近付こうとして、無事に済む訳がねぇ」


 いつの間にかパイプをくわえていたアルマさんが、煙を吐き出しながらメルニャさんに続く。

 確かに、あれだけステータスが底上げされるのだ。ノーリスクなんてことは有り得ないだろう。


「人間のお前には縁の無い感覚だろうがな。俺達獣人って奴等は、いつもどっかに獣としての本能を抱えてる」


 燻ったらしい草に狐火を落としながら、僕ではなく部屋の天井を眺めているアルマさん。

 どこか気だるげな彼は、そのままの状態で言葉を続けた。


「その本能に身を委ねて、獣化を起こしてる訳だが……」

「アルマ。お前」

「狐火の使い過ぎで疲れてるだけだ。侵食は起きてねぇよ」

「……ならいいが」

「侵食?」


 嫌な響きの言葉が聞こえ、思わず口を挟んでしまう。話の流れからして、決して良い意味の言葉ではないだろう。

 そんな僕の声に返したのは、気だるげなアルマさんだ。彼は視線を下ろすと、パイプを口から手に持ち変えて此方を向いた。


「獣としての本能に、完全に身を委ねることで起きるのが獣化。そこまでは行かずとも、理性を持ち合わせつつそれを行うのが半獣化。半獣化までなら、何かおきたとしても軽い倦怠感程度。今の俺みたいにな」

「なら、侵食は」

「侵食っつうのは、文字通り本能が理性を侵食していく状態を言う。半獣化を超えて獣化をしようとすると、高い確率でこの侵食が起きちまうんだ」

「侵食が始まってしまうと、その獣人は徐々に理性と本能のバランスが逆転していってしまう。最終的には、常に獣化した状態――つまりは、完全な獣と成り果ててしまうんだ。見た目こそヒトの形ではあるけれど、中身は獣そのものさ」

「勿論、いきなり完全に獣化しちまえば、侵食を通り越してずっとそのままってことも有り得る。そうじゃなくても、半獣化を長く続けりゃ疑似侵食が起きて、気が付いた時には手遅れってことも珍しくねぇ。だから、出来ることならあまり半獣化は使いたくねぇんだ」


 この気だるさも地味に辛いしな、と言ったところで、またパイプをくわえ、イスの背もたれに深く腰かけるアルマさん。

 言われてみると、アルマさんだけではなくメルニャさんも少し眠そうにしている。

 最悪なリスクだけではなく、単純にステータスの底上げによる身体への反動もあるのだろう。それを考えても、おいそれと乱発出来るようなものではない。

 と、そこで不意に思う。

 クリスが半獣化をしたら、一体どんな化け物ステータスになるんだろうか?


「因みにだけどさ。クリスは半獣化したらどうなるの?」

「え? 私? ……えっとね」

「んなもん、元からバケモンがもっとバケモンに変わるだけだ」

「……その言い方はどうかと思うな」

「俺ぁ事実を言ったまでだ」


 なにやらクリスが言い淀んだところで、間髪入れずにアルマさんが茶化しにかかる。

 その内容に、確かにその通りだよな、と思ってしまって。


「フフッ」

「ああっ! リオまでなに笑ってるの!」

「ほら見ろ。閲覧者にはわかるんだよ」

「むー……」

「いひゃいいひゃい」


 笑いを堪えきれなかった僕の頬を引っ張りながらも、膨れっ面でアルマさんを睨むクリス。しかしそれもどこ吹く風と軽く流したアルマさんは、ひとつ煙を吐き出してから口を開いた。


「しっかし、聖騎士が出ばってくるのは予想外だったぜ」

「……そういえば、細かい話を聞いてなかったな。お前の方は聖騎士だったのか」

「人間にしちゃあなかなか骨のあるステータスしてたぜ。何より、どうやったか知らねぇが、俺の狐火を切って爆発させやがった」


 見るからに不機嫌になったアルマさんが、それでも事実あったことを淡々と語る。

 確かに、ガルニアは僕を拐う直前に、アルマさんの狐火を切って爆散させていた。


「でも、無傷で切り抜けたんでしょ?」

「向こうが逃げに回ってたから無傷で済んだだけだ。真っ向から来られてたら、五体満足じゃ済まねぇな」

「それほど、か」

「多分、あの聖騎士と俺じゃあ、色々と相性が悪いだろうしな」


 プカプカと煙を浮かべながら言うアルマさん。不機嫌ではあるが、きっぱりと認めているせいか、あまり悔しそうには見えなかった。

 普段の態度や口調から見れば意外な反応にも思えるが、こう見えて彼は戦い自体をあまり好まない。勿論、吹っ掛けられたら倍にして返すぐらいのことはするだろうが、自分から無闇に喧嘩を売ることはしないのだ。

 こういうことで感情を表に出すのは、これもまた意外とも思えるもう一人の人物だ。


「んで? お前が遅れを取ったってのはどんな奴なんだよ」

「……魔術師だ」

「魔術師ぃ? カモじゃねぇか」


 アルマさんに聞かれ、途端に苦虫を噛み潰したかのような顔をするメルニャさん。

 その口から放たれた言葉に、驚きと呆れが半々、といった反応をアルマさんが見せていた。

 アルマさんの言葉から察するに、メルニャさんは戦いにおいて魔術師を得意としていたのだろう。それが、話を聞いてみれば良くて引き分け、事実押し負けたようなものだと言うのだから、本人も半分認めきれていないのではないだろうか。

 アルマさんとメルニャさん。この辺りの性格が反対ならイメージ通りなのだけれど。


「普通の魔術師相手ならば、近付いてしまえば何てことはない。だが……」

「生憎相手は『普通』じゃなかったってことだな。片方が聖騎士だ。それに釣り合う魔術師とくりゃあ、宮廷魔術師か何かじゃねぇのか? んな奴等相手に被害が無かったことを素直に喜ぼうや」

「しかし」

「間違えんなよ、メルニャ。俺達は生きることが目的で、それが出来りゃあ勝ちなんだ。たとえどんなに屈辱を味わおうと、生き残っていればこっちのもん……そういって人を諌めたのは誰だった?」


 対面に座っているメルニャさんに、口元に笑みを浮かべながら言う。そんなアルマさんの言葉に、ようやくメルニャさんも額のシワを無くし、心なしか力が入っていた肩を落とした。


「……そうだな。少し、熱くなっていたみたいだ」


 そう言って、テーブルにある水を飲んで一息ついたメルニャさん。普段は凄く理知的と言うか、冷静で温厚なイメージがあるんだけど、こういう一面もあることに今更ながらびっくりだ。

 どんな時でも普段と変わらないペースを貫くアルマさんと、感情の振幅が激しいメルニャさん。前々から思ってはいたけど、二人って結構良いコンビなのかもしれない。


「はーい、小難しい話は一旦終わり。皆お腹空いてるわよね。少し遅いけど、お昼にしましょう」

「あ、僕も」

「あんなことがあった後だから、リオは休んでいなさい。大丈夫、仕込みは済んでるから、後は盛って出すだけよ」

「手抜きか」

「うるさい狐は煙で満腹なのかしら?」

「なるわけねぇだろ。早く出せ」

「偉そうに……」


 ぶつくさ言いながらも、部屋の奥に消えていくベアクルさん。

 数分もしない内に出てきたのは、もはや見慣れたポックルのスープと多種多様のサンドイッチだ。

 スープはともかく、サンドイッチは今作られたようにしか思えない位パンがフカフカなのだけれど……。


「いただきまーす!」


 その疑問は、僕の隣に座ったクリスの元気な声に吹き飛ばされた。

 まぁ、美味しければなんでも良いか。

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