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#02 とう! 資本主義のブタ見参

 





 キリスト紀元(西暦)1571年9月17日






 天彦たちが乗り込んだガレオン船はマカオ・日ノ本間に開設された交易定期就航便、その第一便だった。

 だがそこが天彦たちの到着地ではなかった。交易船は日ノ本からの積み荷を降ろすと新たな荷物を積み大海原へと出航した。


 何やら船籍は天彦の予想を裏切りカピタン・モール(ポルトガル在外領土管理者)らしかった。

 そこから推論を組み替え直し検討し直した結果、捻り出された推測メタ的、あるいは消去法的推測は、どうやらこの船。船籍は個人所有ではなかろうかとの結論に達した。









 そうするとすべての辻褄があってしまうので話が早く楽なのはもちろん、納得性が極めて高くなるからだ。


 天彦の存在を疎ましく思っていて、けれど殺したいほど憎いわけではない。そんな関係性の人物となると、そうは……いや実はかなりの数いるのだが、ガレオン船所有者となると一気に数が絞れてしまう。


 カピタン・モールは言わずと知れたラウラの愛人フェルナンド・メネゼス提督であり、提督ほど天彦の存在を疎ましく思っている者もそうはいないだろう内の一人であった。


 故にこのガレオン船の所有者はフェルナンド・メネゼスに特定された。

 カピタン・モールの所有する私貿易用個人商船であれば、なるほど納得の応接具合いだったのだ。


 彼らは頻りに天彦をinviato speciale(特使)と言って客人扱いを徹底した。

 手厚く遇されてはないが客人扱いは紛れもなく、身の安全も少なくとも天彦的感覚ではかなり優遇されていると感じ取れた。


 その上でこの菊亭天彦国外追放作戦を立案したのは魔王信長であり、関係者は相当数に上ったのだろうと直感するに至っている。

 その賛同者筆頭に太陽の沈まぬ帝国王から指名され派遣されているカピタン・モール即ちフェルナンド・メネゼスの存在があった。


 裏取引内容はこうだ。追放地はどこでもよい。但し天彦の生存もしくは無事が担保されることが条件であり、密約が担保されている限り基督教の布教を許可し、喉から手が出るほど欲しているであろう銀の輸出も認めることとする。


 拒否する理由などどこにもない。

 魔王は煩わしいクソガキを一時排除できる。フェルナンドは最愛の愛人に再度アタックできる上に本国にもいい顔ができ、自身もオニほど銭儲けができる一挙両得の提案である。


 願わくはこの密約に東宮とドラゴン謙信公が噛んでいないことを切に願うばかりだが、けれど確信せずにはいられなかった。追認くらいはしたのだろうと。

 でなければこうも秘密裏に事は運べなかっただろうし、すべての辻褄も合わせられなかっただろうから。そう考えると、実に素晴らしい悪巧みではないか。なるほど天晴れな自身の国外追放劇だったのだ。


 すると最終目的地は太陽の沈まない帝国ポルトガルなのだろう。

 前世通じて未経験の土地。テンションが上がらないと言ったら嘘になる。

 天彦はそんな感情とテンションで、話題を振った。


 モップを手にする五人の家来に。


「身共の見立て、どないさんや」


「お流石の御慧眼にあらせられまする」

「御尤もにございまする」

「どうでもよろしいですわ。そんなことより某、甘味を所望します」

「おお、すごっ。ぱちぱちぱち」

「お殿様っておバカなのにお利巧さん。お利巧さんなのにおバカさん。あれ、どっちだろ」


 コンスエラしばく。


 だが現実的ではないので教育された被害者に八つ当たりすることにする。


「クルル、罰としてモップ掛け二往復半、残りは半分は逆立ちで返ってくるん」

「はい!」


 彼こそバカで可愛かった。つまりバカかわいい。

 そんなクルルの背中を見ながら、


「もう半月もすれば到着するやろ。それまでの辛抱や」

「なんでわかるんです」

「見てみい」

「はい? ……おお、陸や。陸が見えた!」


 天彦が双眼鏡を覗かせると、そこには大陸の陸地がその影を覗かせていた。

 むろんアフリカ大陸である。

 ガレオン船はアフリカ大陸の沿岸をなぞるように航行していた。


 閑話休題、

 誰がどの意見を口にしたのかはご想像にお任せるが、天彦は半ば確信をもっている私見に意見を求めた。要するに会話のネタ、もしくはネタレベルのお題を提唱してやったのだ。


 というのもオニほど暇だった。

 この密約に東宮とドラゴン謙信が噛んでいないことを切に願いつつ、けれど確信せずにはいられなかった。それほどすべての辻褄が合う、自身の国外追放劇だったのだ。


 そして同時に是知と佐吉の二人が、与六とラウラが仕組んだ隠密作戦から除外されていたことへの嬉しみは、やはり格別の感情を以って天彦の柔らかい部分をじんわりと温めてくれるのだった。


「是知の意見は実にしょーもなかった。よってモップ掛け二往復半の罰に処す」

「くっ」

「なんや、不満なんか」

「滅相もございませぬ! 謹んで三往復半の刑に伏し、残り半分はうさぎ跳びで戻ってまいりまする」

「ん、ええ心掛けや。ほな身共も雇用者責任で共に参ろうさん」

「殿、何卒」

「何卒」


 佐吉と是知が間髪入れず、切実な声で懇願した。こうなっては致し方ない。彼らはひと目がある以上絶対に梃子でも譲らない。侍は故地から遠く離れても、一生メンタル侍だった。


 よって対話は不毛。天彦は渋々モップを手放した。


 だがこうでもしていないとそれこそ氏ぬほど退屈なのだ。

 望遠鏡という玩具を手にした雪之丞は、おそらく日が暮れるまで眺めていることだろう。

 天彦はそんな雪之丞の隣に並び、海面の照り返しに左目を眇めながら忌々しいほどぎらつく太陽を遮るために掌を翳す。そして肉眼でも薄らぼんやり見えてきたアフリカ大陸の輪郭を眺めようとしたそのとき、


 ぽつ、ぽつ、ぽつ、


 お天気雨かと怪訝な顔をしていると、たちまち空に曇天が広がる。

 ひと雨くるのかと既に三度経験している時化を想像してげんなりした表情を浮かべていると、


 びかびかびか、


 凄まじいまでの雷鳴が、不穏な爆裂音を伴い海面目掛けて轟いた。


「皆、船橋ブリッジに戻ろう」

「はい」


 厭な予感だけはズバピタで当たる天彦の予感がざわめいた。それもただの予感ではない。途轍もなく厭な予感がひしひしと妙な胸騒ぎを猛烈に訴えてくる。


「お雪ちゃん」

「はーい」


 天彦は雪之丞に強制終了を告げると、モップ掛けから戻ってきたクルルと是知を伴って不穏を予告してくる甲板を後にするのだった。






 ◇◆◇






 1570年にオスマン帝国はヴェネツィア共和国領キプロスを攻撃し、ファマグスタの街は13ヶ月の間戦い抜いたが、ついに陥落した


 6月27日、350隻から400隻に10万人を載せたオスマン艦隊が出航した。

 オスマン軍は7月3日にキプロス島南岸のラルナカに近いサリネスの海岸に到達し、抵抗を受けることなく上陸を果たしキプロスの主都ニコシアに向けて進軍した


 ヴェネツィア共和国陣営では事前に水際でオスマン軍の上陸を阻止する作戦も検討されたが、オスマン軍の砲火力が圧倒的であること、またもし海岸で敗れればその時点でキプロス島防衛戦力が全滅する恐れがあることから却下され、代わりに要塞に籠城して援軍が来るまで耐えるという方針をとることにしていた。


 7月22日に始まったニコシア包囲戦は、7週間後の9月9日まで続いた。←ココ。


 厳密にはココの直前、9月6日。

 そんなオニのように波乱渦巻く危険極まりないキプロス島に、漂流していた天彦たちは流れ着いていた。


「貴様ら、いったいどこからきた!」



 じんおわ。



 身分を証明する物など何もなく、身分を証明してくれる人もどこにもいない。

 それはそう。天彦たち以外全員が座礁して沈没してしまったガレオン船と共に海の藻屑と消えたのだから。



 閑話休題、

 天彦は自分たちが辿りついた先がキプロス島であると直感していた。と同時に不幸中の中でも重畳であったと自身の悪運に身震いする。


 この戦、ベネツィア側の戦略的勝利に終わる、はずだから。

 但し戦術レベルでは大敗を喫する。例えばこのキプロス島の戦では凄惨を極めることとなる。故に立ち回りには慎重さが求められた。それこそ針の穴を通すほどのとびきり特級に慎重なやつを。


 ヴェネツィア共和国側が新たに築いていた、街を星形に囲んだ土嚢壁はオスマン軍の砲撃によく耐えることができた。

 対するララ・ムスタファ・パシャ率いるオスマン軍は、アーキバス兵の援護斉射のもとで塹壕を掘って城壁に近づき、また徐々に街を囲むヴェネツィア側の堀を埋めていった。

 包囲戦が始まって45日が過ぎた9月9日、オスマン軍は15回目の総攻撃をもって、ついに城壁を突破した。守備隊は弾薬を使い果たし、もはや抵抗する力を失っていた。

 突入したオスマン軍は2万人のニコシア住民に対する大虐殺を繰り広げた。

 本来ムスリムにとって不浄とされる豚ですら殺しつくされ、生き残ったのは奴隷として売り飛ばすために捕らえられた女性と男児のみであった。

 包囲戦中クレタにはジローラモ・ザネ率いるヴェネツィア艦隊、マルカントニオ・コロンナ率いる教皇領艦隊、ジョヴァンニ・アンドレア・ドーリア率いるナポリ・ジェノヴァ・スペイン連合艦隊、計200隻が集結していた。

 しかし彼らの結集は遅延を重ねて8月後半となり、ようやくキプロスへ出航したものの途中でニコシア陥落の知らせを受けて引き返していったのだ。


 この時点での戦術的敗北は必至。今更覆せることはない。それこそGODでもない限りは。

 故に天彦の着眼すべきはその展開の先の見通しとなる。


 この後すぐヴェネツィア共和国は、イスパニア王国、教皇庁と共に神聖同盟を形成し、ガレー船208隻から成る艦隊を構成する。

 このうち110隻がセバスティアーノ・ヴェニエル率いるヴェネツィア船であった。提督はスペイン王フェリペ2世の異母弟ドン・フアン・デ・アウストリアであった。


 オスマン帝国の艦隊は神聖同盟側とほぼ同数であり、アドリア海をレージナで北上した後パトラ湾のレパントへ補給のため入港した。

 神聖同盟側はメッシーナに集結した後、10月7日にレパントのオスマン帝国艦隊を撃破、117隻のガレー船を拿捕した。これがレパントの海戦である。


 ヴェネツィア共和国はキプロス奪還を希望したが、フェリペ2世らが反対したため、神聖同盟はそのまま解散された。

 結局、1573年にヴェネツィアはオスマン帝国と講和しキプロスを割譲することになる。

 1575年時点でのヴェネツィアの人口は17万5千人であったが、1581年には12万4千人にまで減少することとなる。


 のだが、それは別の話である。


「くくく、やっぱし物語はこうやないとな」

「薄気味の悪い。おい黙れ、黙らんか!」

「痛いやろ、どつくな! ふん、Sit tibi Dei beneficia.(あなたに神の御加護があらんことを)」


 天彦からすれば目一杯の皮肉を口にした心算だったのだろう。

 けれど天彦のネイティブ以上に流ちょうなラテン語を耳にした兵士の一人は、端正な顔に驚嘆以上に驚愕した表情を張り付けフリーズした。


 そしてその驚愕は天彦たちを連行する三名の兵士すべてに伝播した。


 そして長い沈黙の後、


「Please ignosci mihi propter ruditas.(ご無礼をお許しください)」


 三人の中で一番早く天彦の貴種性に気づいた兵士が、流ちょうなラテン語を操って謝意を述べた。

 言葉だけに留まらず、騎士の礼法なのか何なのか。その場に片膝立ちとなり誠心誠意と感じ受けるには十分な謝意を見える化させるのだった。


「さすがは我が殿! 無礼千万なる赤鬼でさえ畏怖の念を覚えてござる」

「おお、お流石! 殿の威容が伴天連共に通じてござる」


 違う。


 だが是知と佐吉の誤解も強ち正しく、当時カトリックのミサはラテン語で行われていた。

 信者が聞き取れないため説教は別だが、聖職者の共通言語としてラテン語は存在していた。

 すると逆説的にラテン語スピーカーとは、専門の教育を受けた聖職者か高度な教育を受けた貴族の子弟ということになり、この定理に一切の例外は存在しなかった。


 奇しくも単に意趣返しした心算の天彦だったが、結果的にこの定理に則り聖職者もしくは高貴なる出自の離縁者認定されたのだった。



 でゅふ、らっきー。



 こうして、こんなアンラッキーがラッキーに転じて、ヴェネツィア編は始まるのだった。








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