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#01 大航海のち、ときどきずっと大後悔

 





「若とのさん、なんや感じ悪いですね」

「うん」


 雪之丞の感覚は正しく、船橋ブリッジにいる船員たちはキャプテンらしき人物を筆頭に何やら天彦たちとの会話を拒んでいる模様。しっかりがっつりと意識はしているはずなのに。


 これの意味するところとは。天彦をして、状況は杳として読み解けない。最悪は売られることも覚悟の範疇か。そんな焦りが生じてしまうほど情報が乏しかった。

 いずれにしても天彦はモードをパターンシリアスに切り替え、雪之丞に覚られないよう内心の緊迫をひた隠し、じっと周囲を観察した。


 束の間、天彦ははたと緊張の糸を緩める。


「うわぁ――! 見てください! 四方どこを見渡してもぜんっぶ、海です」

「当り前すぎて草」

「なんですの、その低いテンション」

「いや、これでもかなり上げてるで」

「ふーん、さようですか」


 こんなお気楽快活な声を聞いてしまっては、自分のシリアスモードが滑稽に思えるではないか。

 と、すると天彦の思考がはたと切り替わる。じたばたしたところでもはや海上のヒト。すべてに今更感が否めないと気づいてしまった。


「ほなお雪ちゃん」

「はい」

「どこを見渡してもと申したなら、せめて八方にはしてほしいかな」

「某なんと申しました」

「四方」

「細かいです! もう、若とのさんったら細かいんやから」

「普通やろ」

「細かいです」

「ほなそれで」


 うふふ、わきゃきゃ。


 雪之丞に救われた感情だったが、こう見えても天彦とて実は肝の太さだけは天下一品なのである。採算の度外視さえ許されるのなら後は野となれ山となれ。いくらでも開き直って腹を括れる。そんな類の人種だった。


「ときに若とのさん」

「なんや」

「けったいないつものお力でお船の行く先、見通せませんの」

「伝え方に悪意を感じる」

「え、そうですか。気のせいですやろ」

「……まあええやろ。星読みでの航路予想か。人生の航路も読めてへんのに無理に決まってるやろ。――って、申して哀しいボケを言わせるな!」

「若とのさん、案外余裕そうですね」

「余裕やろ」

「え、凄いです! 前々から思ってましたけど、やっぱし若とのさんの胆力は途轍も物凄いです!」

「ふふ、そうやろそうやろ」


 むふふふふ。そんなやったらいくらでも頂戴。なんぼあっても困りませんから。


 全っっっ然まったく余裕などない。だがこの場合雪之丞の感じ方がすべてだった。

 天彦は最愛の家来がそう感じ取ってくれたのなら重畳と、作れているかどうかはかなり怪しい推定笑顔を差し向ける。


 と、

 雪之丞から冷ややかと侮蔑の丁度間、例えるなら便所コオロギを見るような視線を差し向けられる。


「いったい何のお心算ですの」

「しばく」

「あ、ホンモノさんや。あんまし出来過ぎるから偽物さんを疑っていました」

「おいコラ」

「でも安心しました。安心したらなんや眠たあなってきました。……ふぁあああ」

「なにで安心しとねん!」

「うるさいです。眠るんですから声を張らんとってください、むにゅむにゅ」

「おまっ……、ほんまどこでも眠れるな、お前さんは」


 天彦は途端寝息を立て始めた雪之丞に、さすが腐っても武士の子と感心の視線を落とすのだった。もちろん九割は呆れ果てたジト目感情の。


 さてお遊びはこれまで。


 相方がこの調子なのだ。自分はシリアスを受け持たねば。

 天彦は油断なく表情ごと凛と引きしめると、


「売られるにしろ何にしろ、自由までは拘束されていないようやな」


 小声でつぶやくと、ざっと船内を一望する。と同時に耳を澄ませて漏れ聞こえてくる会話に注意を向ける。


「ほう」


 第一感は、誰かへ引き渡されると見たが、それがどういう理由かまではわからない。すると果たしてその誰かが一大事。

 船員のほとんどがコーカソイド(白人)で、ネグロイド(黒人)やモンゴロイド(黄色人)もいるにはいるが、彼らは下僕か奴隷であろう。


 ならば行く先は欧州か。途中のマカオかインドもなくはないが、この貿易船は積み荷が満載。補給以外での寄港は考えにくい。

 船員たちの会話からその事実は確定している。船員は長旅に辟易していて、一日も早くお宝を換金して羽を伸ばしたいらしい。


「……イタリア語か」


 天彦のカバーしている言語だったことは重畳だが、仮にフィレンツェ語であったとしても同じこと。航海の長さを思うと一瞬でテンション鬼下がりだ。

 反面、誰かと結ばれた約束が、正しく履行されるだけの報酬は受け渡されているのだろう。実に荒っぽそうな髭面の海の漢どもが揶揄うどころか、まるで興味を示してこない。

 するとかなり強いめの上意下達がなされていると読み解くのが、この場合無理のない解釈となろう。


「やっぱしラウラの差し金なん……か?」


 そこは考えても詮無いこと。天彦は脳裏のラウラにジト目を送って思考を一旦ラウラから切り離した。


 そもそも急拵えのVIP席を用意されているようだし、身の危険は低そうだ。


「でゅふ」


 ならばやることはただ一つ。果たして推測が正しいのか。

 天彦は持ち前の信条に沿って即実践の仮説の立証に乗り出すのだった。情報収集を兼ねた船内探索という名の大冒険やつ。


 こうして名も権威も何もかも失った菊亭天彦くんの、ほんとうの意味での実力を問われる大冒険が幕を開けた。






 ◇






 それは直感に近い感覚だった。けれど確かな手応えと謎の確信が天彦にはあった。

 するとやはり。船橋ブリッジ出たら5秒で、その予感を裏付ける光景に出くわした。


「くくく。笑う」


 天彦は言葉通り歯を見せて笑った。


 むくつけき海の漢どもに八方からソードカトラスの切っ先を向けられて、まるで黒ひげ危機一髪のように詰め込まれた葡萄酒の空き樽から顔だけを覗かせるおバカな彼らが、あまりに馬鹿馬鹿しくて笑った。


「お殿様笑うなんてひどいです! ボクたち悪くないのに」

「……こんな役回りばっか、なんで」

「こ、これには深い訳が……!」

「くっ、無念にござる」


 そこにはよく知る顔が二つと、そして親の顔より見た顔が同じく二つあった。


 結果的に天彦の予感は半分当たって半分外れた。

 だが天彦は心底嬉しそうな笑みを浮かべて、扇子をぱちり。


 まるでこの場の最上位者は己である。そんな堂々とした振舞で、ソードカトラスの銀閃が鈍く光る現場に颯爽と足を踏み入れると、



「Lascialo andare. Erano la mia famiglia impiegato」(解放せよ、彼らは私の家来だ)



 船員に向かって言い放った。とても流ちょうなネイティブイタリアンで。


 しばし沈黙の時間が流れる。だがあの天彦が、生まれ持った気高い品格と身に染み付いた権高い態度の合わせ技で当然要求が通る顔で言い放ち、当然そうなる流れを作ったのだ。言い分が通らないはずがなかった。


「Tieni d'occhio la compagnia famiglia impiegato」(大事な家族なら目を離すな)

「Si, lo fanno」(ああ、そうしよう)

「Basta, per l'amor di Dio!」(なんてこった、稼ぎをふいにしちまったぜ)


 場がざわついたがそれも一瞬。やはり船員たちは何かを言い含められているのだろう。中の一人の命令口調の発言によって、ソードカトラスの呪縛は解き放たれる。


 すると天彦は当然の表情で、まだ雑然としている渦中へと更に足を踏み込んでいった。


 そして、


「お前さんら、どこに居っても騒々しいなぁ」


「っ――、必ずや挽回してご覧にいれまする」

「く、面目次第もございませぬ」

「にん」

「にん」



 ふは、くくく、あはははは。



 実に愉快そうに扇子で口元を隠しながらも、声を出して大笑いした。


 どうせ潜り込んでくるのなら、戦闘力ほぼゼロに等しい彼らではなく、有り余るほどの巨大戦力が欲しかったのは天彦だけの内緒の話。


 だが天彦は素直に喜んだ。率直に感動を体現した。


 天彦を含め、彼らはおそらく二度と故地の土を踏むことはないだろう。それほどに大航海の成功率は極めて低い。

 彼らはそれを承知でこうして捨て身で同行してくれたのだ。この気持ちに歓喜せずにいったい何に喜びを感じればよいというのか。


「是知、佐吉、枢、よう参ってくれた。……で、お前さん誰やった」

「ひどいです!」


 大真面目に生きていても、あるいは大真面目に生きれば生きるほど、シリアス神に横を向かれてしまう。そんな面子が堂々揃い踏みしたのだった。













【文中補足】

 >菊亭天彦

 東宮別当・正三位/権大納言

 なんかいろいろ惜しくて足りない、なんかいろいろ憐れなひと。(通称お殿様・殿・若とのさん、人生において氏名で呼ばれることが極めて稀な超貴種、数え12)


 >朱雀雪之丞

 東宮永代別当、正四位下/治部卿(雅楽省長官兼務)

 大の甘党、善きにつけ悪しきにつけオンリーワン、噂話が好き、おせっかいな性格、目立ちたがり屋、後先を考えない、秘密という概念がない、一生口が軽い、反省はするが改善はされない(通称お雪ちゃん・数え13)


 >長野是知

 正五位下/式部大輔、菊亭家諸太夫長野家嫡子、菊亭家元政所扶、機を見て敏なる小賢しい人、要領の天才、常に権高く一見すると厭なやつ(深掘りしても厭なやつ)、但し単純知能指数はすぐにでもメンサ会員になれるほどの逸材。(通称これとも・数え12)


 >石田佐吉三成

 従五位下/治部少輔、ただただ天彦信奉マン、事務処理の天才、計算は大得意だが損得の勘定となると急にバグる偏向のひと、ひとつの作業を一生やっていられる根気のひと、ときに義の人(通称さきち・数え12)


 >枢(くるる)

 コンスエラえら可愛がり射干党秘蔵っ子、菊亭ギーク班にも一時所属していた指先の超器用な物作りの天才くん、口癖どかーんしちゃいます? お姉様方に叱られません?

 持ち前の器用さとギークに仕込まれた技とで作る爆弾は天下一品、(通称クルル・数え12・コーカソイド系ミックス容姿)一人称ボク


 >氏名不詳、メガネの天パ

 ルカの親族、辛口批評でお馴染みのルカをして一族の最高傑作と言わしめる忍術の天才、但しドジっ子属性を持つため原則ポンコツ、(通称メガテン・数え12・イタリア系容姿)













どうでしょうか。かつて文学史にないほどの大歴史小説に仕上げる心算です!(真顔)


イツメンも御新規様も、どうかご愛顧のほどよろしく御願い申し上げます┌○ペコリ




でもWi-Fiないから、あっ……

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― 新着の感想 ―
世界に逃しましたか(苦笑 日の本どうなったのでしょう(苦笑2
わーわーなんてこったパンナコッタ 天正使節団より前、、だな?ってことは、ローマ法王大喜びの巻からの動きかぁ。しかも大友ズレやその辺の木っ端大名のご子息じゃなくて、国の貴族にしてお子様当主にして中央政権…
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