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03 不穏の種

「なっ!?」

「んぶっ!?」

 唇が触れあう寸前で、飛び込んできた異物に驚いた二人は慌てて顔を離す!

 同時に、影はレイアストの胸に弾かれながら、彼女の手の中に収まった!

 いったい、何が……と確認してみれば、それは手のひらに乗るような小さい人形だった。


「あれ……これってお姉様……?」

 よく見れば、その人形はフォルアを模しているように見える。

 レイアストがマジマジと見つめていると、フォルア人形はカクンとその顔を彼女の方へと向けた。

『何か不埒な気配を感じたわ……ダメじゃない、レイア!ワタクシの目の届かない所で、破廉恥な真似をしては!』

「えっ!? 本当にお姉様……なんですか?」

『その通りよ!』

 姉に似た人形は得意気に胸を張るような仕草を見せ、妹に向かって大きく頷いて見せる。

 その動作はまさにフォルアそのままで、何がなにやらと困惑したレイアストは、手の平に乗せた人形を前にオロオロとしてしまった。


「落ち着いてください、レイアさん。これは、フォルアさんが先生と一緒に開発した、通信用のゴーレムの一種です」

「ゴーレム!? このサイズで!?」

 しかも通信用という今まで見たことも聞いたこともない存在に、レイアストはおろか事の経緯を見ていたエルディファ達まで驚きの表情を浮かべていた。


『そういう事よ、レイア。すごいでしょう?』

「は、はい!さすがお姉様です!」

『うふふふふ、それほどでもあるわ!』

 今までも、通信魔法のような遠くと声や映像を繋ごうとする方法は試みられていたのだが、「音声を変換して魔力を放つ側」と「その魔力を受けとる側」に相当な魔力を操る技量がなければ不可能とされてきた。

 しかし、その困難なやり取りを小型のゴーレムを介して可能にするとは、まさに革命的としか言いようがない。

 それだけに、魔法が不得意なレイアストでもこの技術がいかに高度な物か、解析できなくても理解はできる。


『まぁ、ワタクシ一人の功績ではなくて、マストルアージの構想していた技術との共同開発といった所だけどね』

 種明かしをするように言うフォルアだったが、その功績を誇るより他者との協力があってこそだと素直に告げる姉に、レイアストは少し意外な物を感じた。

 かつて魔族領域にいた頃、魔王軍幹部の『万魔』として振る舞っていた彼女であったら、決してこんな事は言わなかっただろう。


(お姉様も、少しは変わっているんだな……)

 どこか厳しさと圧力を撒き散らし、常に張り積めていた当時の姉より、柔らかさと余裕が感じられる今のフォルアの方が、心身共に充実している用に思える。

 そして、レイアストとしてもそんな姉の姿は、とても好ましかった。

 だから、そんなさ称賛と親愛の気持ちを素直に伝えると、フォルア人形は言葉にならない悲鳴をあげながら、大きく身悶えした後にパタリと倒れてしまう!


「えっ、ええっ!? だ、大丈夫ですか、お姉様っ!?」

 慌てて声をかけると、人形はひょいと顔を上げた。

『あー、すまんな。フォルア譲ちゃんだが、レイアストに好きって言われたのが嬉し過ぎたみたいで、悶絶してやがる』

「マストルアージさん!」

 通信用ゴーレムから聞こえて来たのは、姉と共に王都にいる中年魔術師の声だ。

 伝えてきた姉の様子はともかくとして、直接の術者であるフォルアだけでなく、第三者まで通信に加わる事ができる手の中の小さな人形に秘められた可能性に、改めてレイアスト達は驚愕していた。


『まぁ、この技術の試しも兼ねて使ってみたんだが、本題はこいつじゃあないんだ。ちとこっちで問題が起こってるんで、お前さん達の力を借りたい』

「問題……ですか?」

『おお……実はな、とある魔族側の補給路を偵察に行かせた連中が、誰一人として戻って来ないっていう事案が起こっている』

 声にどこか遣りきれない感情を滲ませながら、マストルアージは簡単に事の経緯を話してくれた。


 人間と魔族の勢力圏を分けるように広がる境界領域は、数々の魔獣や邪人が跋扈する超がつく危険地帯だ。

 そんな所を食料や物資を積んで抜けるのだから、比較的に危険は少な目な通路とはいえ、それなりの戦力がなければ全滅する事もあり得るし、砦や保管庫を設置できるほど安全ではない。

 そのため、物資を運ぶには一気に森を抜ける方法が一番であるのだが、どうしても大人数が通れない隘路(あいろ)というものはあるものだ。

 現在、フォルアから提供された情報から、そういった場所を抑えて魔族の補給部隊を襲撃する作戦が取られているのだが、あるルートだけは一切の情報が途絶えている。

 王家直属の精鋭部隊や、危険地帯での行動に長けた冒険者達を派遣してみたのだが、そのルートで魔族への奇襲が成功した報告もなく、また戻って来た者は皆無であって事から問題視されているというのだ。


「誰一人も……ですか」

『ああ。そしてこうなってくると、あちらの補給部隊の護衛に、ジンガみてぇな手練れが護衛に着いてる可能性がある』

 ジンガの名を聞いて、レイアストは反射的にビクリと震えてしまう。

 同時に、魔族のチャカルマンが真っ青になり、元部下であってサベールなどは木陰の方へ離れた後に盛大に吐いている。

 傍若無人とも言える上位魔族の二人がこうも取り乱すのだから、改めてジンガの存在感の強さをレイアスト達は思いしらされた気分だった。


『安心しろ、さすがにジンガはいねぇよ』

「そんなに断言できる……ってことは、何らかの情報があるんですね?」

『ああ。念のため魔族がいない頃合いを見計らって調査のみを行ったんだか、わずかに回収できた情報からやり口が違うって事はわかっている』

 行方不明になった連中の捜索、及び調査は何度か行われていたそうだが、いつくかの戦闘があった形跡だけは発見されていたらしい。

 しかし、死体などはひとつも見つかっていないというのだ。

 当初は、境界領域に生息する邪人や魔獣に亡骸など食い散らかされたのではないかと推測されたのだが、冒険者達の荷物がほとんどが回収できた事からその可能性も低いとの事であった。


「ジンガお兄様が、わざわざ斬った相手を埋葬したりどこかへ運ぶような真似をするとは思えないし、倒された人達の荷物は手付かず……確かに変ですね」

『そうなの。だから、貴女達にもう少し詳しい調査をお願いしたいそうなのだけれど……』

『あいにく俺やフォルア、それにサイルズ達ももうしばらく王都から動けん。だから、お前さんとモンドの二人だけで動いてもらう事になるんだが、行けそうか?』

 不気味な敵の影、さらにレイアストとモンドだけを現場に送らなければならない不安から、マストルアージ達の声は重い。

 しかし、当のレイアストは全く別の思考を展開して息を飲んだ!


(モンド君と……ふ、二人っきりで!それって、ずっとイチャイチャし放題って事!?)

 思えば、この二人の周囲には常に誰かの目があった。

 さらに、レイアストやモンド自身の修行などもあり、彼と二人きりになろうと思ったら、タイミングを合わせて隠れながらのほんの数分が限界である。

 しかし、調査任務であれば最低でも一週間は誰からも邪魔は入らない!

 それは、怪しい敵と鉢合わせになる危険や可能性を考慮しても、かけがえのないボーナスタイムに思えた!


(モンド君と……イチャイチャ……にへへへへ……)

『どうしたの、レイア?』

 蕩けた表情でボンヤリと夢想するレイアストからの返信がない事に、心配そうな声でフォルアが語りかける。

 どうやら、このゴーレムを介した通信魔法は、音声のみで映像まではやり取りが出来ないらしい。

 もしも、フォルア側から見えているのであれば、今のレイアストの顔を見て別の心配を抱いていた事だろう。


『……やはり、この話が不安だというなら、別の冒険者に振ってもいいのよ?ワタクシも、貴女を危ない所に行かせるのは気が引けるし……』

「いいえっ!ぜひとも、その任務を受けさせてくださいっ!」

『え、ええっ……?』

 妹を気遣うフォルアの言葉だったが、通信ゴーレムをガッと握ったレイアストは、その提案を却下する!

 なにやら鬼気迫る勢いと迫力に、通信の向こう側にいるフォルア達が戸惑っている気配まで伝わってきていた。


『ま、まぁ受けてくれるならありがたい。そうなると諸々の打ち合わせや準備もある、一旦こちらで合流するとしよう』

「そうですね、わかりました!」

『そうなると、レイアと久しぶりに会えるのよね……なら、その日はワタクシと一緒にお風呂に……!』

 久々に妹と会えるとあって、興奮したフォルアの音声が途中で途切れると同時に、通信用の人形がコテンと倒れて動かなくなった。

 おそらく、魔力切れか向こう側で暴走しそうになっていたフォルアを止めるなどしているからであろう。

 見えずとも目に浮かぶ光景に、レイアストとモンドは苦笑する。

 もっとも、そんなフォルアと同レベルの妄想を、レイアストもしていたのだが。


 なにはともあれ、レイアストは気を取り直すと師であるエルディファに顔を向けた。

「すいません、エルディファさん。そんな訳で、私とモンド君は一度王都へ戻ります」

「うむ。なにやらきな臭い気配もするから、気をつけてな」

「はい!」

 元気よく答え、レイアスト達は頭を下げる。

 ただ、エルディファから死角になっているレイアストの表情……そこには、モンドと二人きりになってからのあれこれを画策する、ちょっと悪そうなニヤケ面が浮かんでいた。

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