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02 顔合わせ

「聖剣の英雄って……お父様を追い込んだあの……」

 フォルアの漏らした言葉に、マストルアージがコクリと頷く。


「──二十年前に、先代の英雄であるラディウスと俺、そしてフレアマールとエルディファに、もう一人ドワーフのミドラガー……この五人が、かつて魔王デルティメアと戦った面子さ」

 もっとも、結果としては敗北だったがな……と、マストルアージは自嘲気味に笑う。


 しかし、いまだにレイアスト達の父であるデルティメアが『英雄戦争』について拘っていたり、当事者の一人であるフレアマールに子供を産ませようとした事などから、寧ろ魔王にトラウマを与えたと言っても間違いではないのかもしれない。

 そんな自分の意見をレイアストが伝えると、さてどうだろうな……と謙遜しつつも、マストルアージはどこか嬉しそうであった。


「とにかく、二十年前に敗走した俺達は、自らを鍛え直すと共に、万が一に備えて才能ある後継者を育てる事も念頭に置いていた」

「ふうん……それで、貴方はモンド少年を弟子にした訳ね」

 愛しい妹との恋仲であり、ある意味でライバルでもあるモンドだが、その才能と珍しい術式はフォルアも認めるところである。

 そのため、そんな意見を漏らした彼女だったのだが、マストルアージは苦笑しながらそれは偶々だと答えた。


「俺は基本的に弟子を取るより、自分を鍛える事に重きを置いてたからな。モンドの場合、あんな事がなければ龍州で五行術式を極めるのが、真っ当な生き方だったわけだし……」

 師の言葉に、モンドも複雑な表情を浮かべる。

 そんな彼等に、詳しい事情を知らないフォルアは小首を傾げた。


「あの……お姉様、実は……」

 頭に疑問符を浮かべる姉に、レイアストがモンドが今に至る経緯を簡単に説明する。

 すると、フォルアは少しばかりバツの悪そうな顔をしながら、モンドへ軽く頭を下げた。

「知らぬ事とはいえ、少年にとって無神経な事を言ってしまってようね……ごめんなさい」

「い、いえ!どうか気にしないで下さい!」

 予想外な謝罪の言葉に、思わず恐縮してしまうモンド。

 まさか、元魔王軍の幹部がこんなにも素直に頭を下げるとは思ってもいなかったのだろう。

 そして、それはマストルアージも同じだったようで、少し意外そうな表情を浮かべながら、フォルアに声をかける。


「魔族の価値観的に、もっとキツい発言が出るかもと心配したんだがな」

「あら、ワタクシは自分が認めた相手には、敬意を払うと言ったでしょう。弱肉強食だけが価値観の、粗野な連中とは一緒にしてほしくないわね」

 しっかりとした、己の信念を持つ魔族の姫の発言に、レイアスト達から自然と拍手が起こる。


「さすがです、お姉様!」

「いや、魔族とか関係なしに、その若さで自分の信念を持ってるのは大したもんだ」

 妹達からの尊敬の視線を受け、鼻高々といった風のフォルアに、マストルアージも感心したように呟いた。

 それを耳ざとく聞き付けたフォルアは、魔術師にフフンと挑発的に微笑みかける。

「あら、今頃気づいたのかしら?」

「ああ。種族やらなにやら置いといて、いい女だよ、お前さんは」

「フフ、褒め言葉として受け取っておくわ」

 お互いを認め合う姉と師の姿を交互に見て、レイアストは何か感じる物があったのか、むむむ……と密かに唸っていた。


「……さて話を戻すが、そんな訳で先代から聖剣を受けついだ二代目が、俺達に合流する事になっている。これで、本格的に魔王打倒に向けて、動き出す体勢になるって事だな」

 いよいよ……そんな想いが胸に湧き、レイアストはブルリと身震いする。

 それは武者震いでもあり、若干の恐怖感も混じっている震えだ。


 真正面から下克上してやると啖呵を切った時から、この日が来るのは分かっていたし、覚悟も決まってはいた。

 しかし、いざその時になってみると、全く怯えが無いと言えば嘘になる。

 そんな、レイアストの心細さを察知したモンドが彼女の手を握り、自分がついてますと言わんばかりに笑顔で頷く。

 それを見て、レイアストの顔にも柔らかな微笑みが浮かんだ。


「それにしても、二代目はいいとして先代の『聖剣の英雄』は参戦しないのかしら?もしかして、別動隊かなにか?」

 モンドと見つめ合うレイアストの空いている手を取りながら、フォルアがマストルアージに尋ねる。

 だが、ごもっともと言えるそんな彼女の問いに、魔術師は少し残念そうな表情を浮かべながら、答えを口にした。


「実はな……先代の聖剣の英雄であるラディウスは、五年前に死んでいる」

「えっ!?」

 思わぬ答えに、フォルアだけならずレイアストも驚きの声をあげる! 

 唯一、マストルアージに師事していた関係でその事を知っていたモンドだけが、わずかに顔を伏せていた。


「どういう事なんですか……」

「もしかして、お父様と戦った事による、後遺症かなにかで……?」

 自分達が直接関係している訳ではないとはいえ、身内との戦闘でそんな事態になっていたのだとしたら、やはりモヤモヤしたものを感じてしまう。

 だが、マストルアージの口から出た先代英雄の死因は、彼女達の予想を大きく外す物であった!


「ラディウスの死因は……まぁ、ぶっちゃけて言えば、毒キノコに当たった事……かな?」

 どこか恥ずかしそうに告げる魔術師に、レイアストとフォルアも驚きを通り越して真顔になる。


「え……ええっ……?」

「か、仮にも魔王を追い込んだ英雄が、そんな死に方をするって、あり得るの……?」

「うん、まぁ……お前さんらがそう思うのも、無理はねぇよな……」

 俺だって、あいつの死因を聞いた時は、そんな感じだったよ……と、ため息混じりにマストルアージはぼやき、なんでまたそんな事になったのかを、ポツリポツリと語りだした。


「……ラディウスの奴は、国に戻ってから結婚して、生まれた息子を次の聖剣の使い手にしようと、様々な経験や知識を得るために冒険者稼業についたんだ」

「冒険者……」

 その聞きなれない職業を、レイアストは口の中で反芻する。


 魔族領域で育った彼女が知らぬのも無理はないのだが、冒険者とは人間領域に現れる魔獣や邪人を駆除したり、境界領域を探索したりする事を生業とする、傭兵のような者達の総称だ。

 彼等は、国を超えてそれらを支援するギルドに所属しており、広い情報網を持つ。

 また、様々な敵や状況に対応するために、高い戦闘能力とサバイバル能力を求められる、過酷な職業でもある。

 しかし、そんな厳しい面はあるが、貧しい生まれの者でも一攫千金や名声を得られるチャンスがあるために、持たざる者には人気が高い職業でもあった。


「俺達みたいに、少数精鋭で敵地に殴り込むためには、冒険者として身につけられる能力は必須だからな」

 実際、先の『英雄戦争』においても、野営の際には高いサバイバル能力を持つエルディファにはかなり助けられていた。

 それもあって、ラディウスが息子を鍛えるために冒険者を選んだのは、間違いではなかったのだろう。

 だが、そのために毒キノコに当たったのは、不幸な巡り合わせすぎた。


「エルディファも、素人がキノコに手を出すなとは言っててんだがな……」

 人とは違う、数奇な運命を課せられるのは英雄の(さが)なのかもしれないが、そんなギャグみたいな終わりを告げた仲間に、当時のマストルアージ達も怒っていいのか笑っていいのか、困惑したという。


「まぁそんな事はあったが、ラディウスの息子であるライドスに聖剣は継承された。あいつは親父を亡くしてからも、冒険者として修行を積んでいたんだが……」

 ライドス……それが二代目となる聖剣の使い手の名前かと、レイアスト達は脳裏に刻む。

 しかし、魔王に再戦を挑むべく、亡き父の意思と聖剣を継いだ後継者がこれから仲間に加わるというのに、マストルアージの態度の節々からは、なにやら不安のような物が滲み出ている。

 そんな様子を指摘すると、彼はため息をひとつ吐いてから、自らが何を心配しているのかを語り始めた。


「ライドスと最後に会ったのは、ラディウスの葬儀の時だ。だが、あいつは親父を尊敬しすぎるあまり、ちょっとばかり拗らせてる所があってな……ここ数年でそれが改善されたのか、それが少しばかり心配なんだよ」

「そんなに心配だったのなら、こまめに様子を見に行けばよかったじゃない」

「いやぁ、その後に俺は龍州に渡ったからな……そっから色々とあって、今回が久々の再会って事なんだ」

「なるほどね……」

 つい先程、モンドの過去を知ったフォルアも、マストルアージの事情を配慮したのか、それ以上は何も言わなかった。


「……まぁ、そんな理由はあるにしろ、とにかく頼もしい戦力増強には変わりない。姉上の仇を取るべく、魔王デルティメアをボコボコにする日も近いというわけだな!」

 どこか重くなりかけた空気を変えるように、話を締めくくるアスクルクの言葉に、全員が頷く。


(聖剣の後継者か……仲良くやれるといいけどなぁ……)

 なんとなくの不安はあるが、マストルアージやエルディファ、そしてなにより母の仲間だった人の息子だ。

 きっとうまくやれるだろうと、レイアストは自分に言い聞かせた。


           ◆


 それから三日ほどは、何事もなく静かな日々が過ぎていった。


 レイアストはエルディファに言われたよう、基礎トレーニングをこなしながら、モンドやクズノハと共に『魂霊合身』をさらに使いこなすべく修行をし、フォルアは自分の魔法(・・)をさらに強力に使いこなすべく、マストルアージから魔術(・・)の構築式などを学んでいた。

 どちらも一朝一夕で身に付くような物でもないが、それでも理解を深める事は上達に繋がる。

 そんな思いを胸に、強くなるための階段を昇っていたレイアスト達の元へ、聖剣の後継者ライドスとその仲間が到着してとの知らせがはいった!


「おお、ついに来たね!」

 知らせを持ってきてくれた衛兵に礼を告げ、レイアストは一緒に術式の勉強をしていたモンドと顔を見合わせる。

「そうですね。さっそく、先生達にも声をかけて、ライドスさん達と顔合わせといきましょう!」

 やはりモンドも男の子であるのか、『聖剣』という響きに憧れがあったようで、実物に触れられるかもしれない機会に、やや興奮しているようだ。

 さらに、そんなモンドに当てられたのか、クズノハも尻尾をパタパタと振って嬉しそうに一鳴きした。


「よーし、それじゃあマストルアージさんとお姉様の所に行こう!」

「はい!」

 そうして二人と一匹は、城の中庭で魔術の構築修行をしているフォルア達の元へと向かう。

 だが……。


「ちょ、ちょ、ちょっと!マストルアージってば!コレ(・・)、どうすればいいのよっ!」

「と、とにかく落ち着けっ!冷静に、一個ずつ構築式を解体するんだ!」

 師や姉を迎えにいったレイアスト達が見たものは、城の中庭で炎と竜巻と雷が暴れ狂い、その真ん中で大慌てしているフォルアとマストルアージの姿だった!

 一瞬、何がどうなっているのかと困惑していたのだが、マストルアージがモンドの姿を見つけると慌てて声をかけてくる!


「おおっ、モンド!お前もちょっと手伝え!」

「な、何があったんですか、先生!?」

「フォ、フォルアがよぉ、『自分が使える二重魔法を、術式を学ぶことで三重にできないか?』なんて言ってきたから、試しにやってみたんだが……」

「失敗したんですか!?」

「いいや!発動には成功したんだが、制御ができねえんだ!」

「レイア!危険だから、貴女も近づいちゃダメよ!」

 言われるまでもなく、高出力ながら制御しきれていない魔法の中に飛び込むなど、よほどの事がなくてはできはしない!

 そんなアワアワとするレイアストを制しながら、モンドはマストルアージとフォルアに声をかけた!


「先生、僕にも手伝える事はありませんか!」

「……!なら、発動中のどれかひとつを抑えてくれ!そうすりゃ、俺とフォルアで残る二つの制御に手が回る!」

「わかりました!」

 方針が決まると、モンドは即座に水気を使い、炎魔法を抑えにかかる!

 彼の参戦でコントロールの負担が減ったフォルアとマストルアージは、残る風と雷の暴走を各々で制御しはじめた。


「……あ、あのっ!私は何かやれませんか?」

 ひとりやる事もなく取り残された感じなレイアストが、三人に尋ねる。

 しかし、高度で精密な術式のコントロール技術を要するにモンド達の作業に、入る余地などありはしない。

 むしろ、下手に皆の気を散らすような真似をすれば、暴走した魔力が一気に爆ぜる可能性もあるのだから、迂闊に手を出せなかった。


「……とりあえず、今の所はないな」

「後で、たくさんハグしてくれると嬉しいわ」

「すいませんけど、先にライドスさん達の所へ向かってもらっていいですか?」

「おっ、あいつが来てるのか?」

「は、はい!それで、マストルアージさん達を呼びに来たんですけど……」

「それじゃあ……悪いがモンドの言う通り、レイアストは先に行って、あいつの相手をしててくれ……」

 いよいよ、魔力のコントロールがシビアになったのか、三人は口数も減り意識を集中させていく。

 それを見て、レイアストもやれることをやろうと、グッと拳を握った!

「こちらは任せて下さい!みんなも気をつけて!」

 励ましの言葉を送り、レイアストは(きびす)を返して二代目の元へと向かった!


 ──先程、衛兵から聞いていた聖剣の後継者を通した部屋の前に、レイアストは到着する。

 初対面の相手ではあるが、自分も一応は『聖女』なんて肩書きを付けられてしまった身だ。

 急いでここまで来たが、恥ずかしくないよう、また舐められたりしないように、パッと身だしなみを整えてから、レイアストは客間の扉をノックした。


『はい』


 中から返事があり、レイアストはひとつ呼吸をしてから扉を開き、「失礼します」と部屋の中へ進む。


 客間の中にいたのは、二人。

 大振りなロングソードをソファに立て掛け、軽く腕組みしている軽装鎧姿の青年と、白い法衣に身を包む魔術師らしき少女。

 どちらも、レイアストとさほど年頃は変わらないだろう。

 そんな二人から向けられる視線を受けながら、レイアストはニコリと微笑みかけた。


「はじめまして、私はレイアストと申します」

 とりあえず、細かい話よりはまず自己紹介だろうと、にこやかにレイアストは挨拶をして一礼する。

 すると、こちらの名前をすでに知っていたのだろう、二人は「ああ、あの……」といった表情を浮かべた。


「……ライドスだ」

「はじめまして、レイアストさん。わたしはライくん……ライドスくんと一緒に冒険者をしている、回復術師のリセピアです」

 立ち上がって礼はしながらも、無愛想に名前だけを言って返すライドスと、そのパートナーらしきリセピア。

 なんだか対称的な二人の冒険者に、もう一度微笑みかけながら、よろしくとレイアストは右手を差し出す。

 しかし……。


 突然、パァン!と乾いた音が室内に響く!


 友義を結ぶべく、差し出されたレイアストの手……。

 それに対する答えは、明確な拒否の意思を現した、平手打ちであった!

 まさかの反応に、一瞬レイアストの思考が停止する!

 そのわずかな隙に、流れるように抜刀したライドスの向ける聖剣の切っ先が、彼女の喉元に突き付けられた!


「なっ……」

「……なんで魔族がここにいる」

 鋭い刃に宿る冷たい光にも似た視線をレイアストに向けながら、聖剣の後継者は憎しみのこもった声で静かに問いかけてきた。

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