09 レイアストの答え
久しぶりに見たら格好いい……
何度見直しても格好いい……。
なんでこんなに素敵なのか……モンドくんという名の宝物……。
「あ、あの……レイアさん?」
「ふえっ!?」
放心したようにブツブツと訳のわからぬ事を呟くレイアストだったが、心配そうに声をかけてきたモンドの反応して、ハッと我に返った!
(い、いけない……つい見惚れちゃってたわ……)
レイアストは頭を振りながら、なんとか意識を保とうとする。
なんせ、体感時間にして三ヶ月ぶりなのだ。
それまで「おあずけ」されていた分、モンドの声や姿、さらには彼に触れる感触や匂いまでが、レイアストのすべてを昂らせる要因となっていた。
(だ、だめよ、レイアスト……ここは耐えなきゃ……!)
合体しているクズノハの影響もあり、気を抜けば彼を押し倒したいという欲求に負けそうになる所を堪えつつ、平静を装ってモンドと正面から向き合った!
「あ、危ない所を助けてくれて、ありっ、がとうっ!」
舌がもつれ、台詞を噛みながらも、なんとか礼を告げるレイアスト。
そんな彼女に、照れながら微笑みかける少年の姿に、またも彼女の胸は高鳴り、思考はピンク色に染まりかける!
(ふんぬっ!)
モンドに見えない位置で己の尻をつねり、正気を保ったレイアストは、ややぎこちない笑みを少年に返した。
そんな彼女の葛藤など露知らず、モンドは安堵のため息を吐く。
「レイアさんが無事でよかったです。ところで……さっきの女性は、誰なんですか?」
結界を破る衝撃と轟音を聞きつけ、慌てて駆けつけてみれば、レイアストへ向けて凄まじい魔力で攻撃しようとしていた魔族の女性。
思わずタックルして突き飛ばしはしたが、あれはただ者ではないだろう。
「あ、あの人は私の姉の一人で……」
レイアストがフォルアの名を告げようとした、その時!
地面に転がっていた魔族から、竜巻のように渦巻く魔力が迸る!
その乱気流に乗ってゆらりと立ち上がったフォルアは、突然乱入してきた少年をギロリと睨み付けた!
「どこの誰なのかしら……?このワタクシ、『万魔』のフォルアに、ふざけた真似をしてくれたのは?」
その魔力に似合うだけの威圧感をもって、モンドに敵意を向けるフォルア。
だが、その渦中にあって、モンドはひどく冷静であった。
(不思議だ……こんなとんでもない敵を前にしてるのに、すごく落ちついてる……)
その理由……それはおそらく、すぐ近くにレイアストの温もりを感じるからだろう。
ここに来るまではソワソワとして落ちつかず、気ばかりが焦っていた。
しかし、今繋いだレイアストの手から伝わる温かさが、モンドの心を凪の海のように穏やかにしてくれている。
(ああ……やっぱり、僕は……)
強大な敵を前にして、そんな場合ではない事は理解している。
だが、頭の中の冷静な自分を押し退けて、感情の炎に燃えるもう一人の自分が想いを告げろと轟き叫ぶ!
「レイアさん!」
「え?あ、はい……?」
憤怒に燃えるフォルアから目を離し、自分に向き直るモンドから、なにやらただならぬ雰囲気と気迫が籠った声で名を呼ばれたレイアストは、つい姿勢を正してしまう。
彼女を見つめる少年の瞳はわずかに潤んでおり、ほんのりと赤く染まった頬は、妙な色気すら感じさせる。
そんなモンドが、少し緊張した様子で言葉を続けた。
「敵がいる所で言う事ではないし、レイアさんを混乱させるかもしれないんですけど……」
「?」
前置きと共にひとつ深呼吸して、思い詰めたような表情でレイアストの手を握るモンドの力が、わずかに強くなった。
その手から伝わる、少年のドキドキが感染ったかのように、瞬きもせず彼を見つめるレイアスト。
自然と高まる緊張感の中で、モンドは意を決して自分の想いを口にした!
「僕は……レイアさんの事が好きです!いえ、愛してます!!」
「………………は?」
凄まじい魔力の圧力を発しているフォルアを完全に無視し、唐突にレイアストへの愛を告げるモンド!
その場違いすぎる告白に、この結界内にいたすべての者の思考が、強制的に停止させられる!
(え?あ、いして……は?)
頭の中で、モンドの言葉が何度も反響しながら染みわたっていく。
一瞬、何かの冗談かとも思ったが、モンドの顔は真剣そのもので、ふざけている様子など微塵も感じられなかった。
そうして、しばし呆けていたレイアストだったが、ようやくその意味を理解する!
だが、歓喜と同時に彼女の内に沸き上がってきたのは、疑問と動揺だった!
(ははははは、はいぃぃぃっ!?!? な、なんで?モンドくんは、私の事を亡きお姉さんに重ねて……ええっ???)
もしも、今が転身してる状態でなければ、真っ赤になって汗だくになりながら目を回す、そんな情けない顔をモンドに見られた事だろう。
狐面のバイザーを装着していたために、かろうじて恥は晒さずにすんだ訳だが、それでも混乱するレイアストはすぐに何か言葉を口にする事ができなかった。
当然、嫌な訳ではない。
むしろ、(ははぁん、これは夢だな?)とほっぺたをつねってみるも、もちろん痛みは襲ってきて現実だと痛感させられた。
「あ、いやでも……モ、モンドくんは、私の事をその……亡くなったお姉さんに重ねて見てたんじゃ……」
「レイアさんを?……いえ、僕の姉上とレイアさんじゃ、なんて言うか……タイプが違いますし」
そうなんだ……と、なぜかホッとしたレイアストの肩を、モンドはガッチリと捕まえて彼女と真正面から向き合う!
「僕は初めから、レイアさんの事……とても素敵な女性だと思っていました」
「モンドくん……」
「もう一度、言わせてください……一人の女性として好きです、レイアさん!」
「私も好きいぃ!」
再びモンドからの告白を受け、感極まって即答したレイアストが、少年にとびかかるように抱きつく!
そのまま、勢い余って二人とも地面に倒れ込んでお互いの存在を感じあっていると、幸せな気持ちと共になんだか可笑しくなってきて、止めどなく笑いが込み上げてきた!
だが、そんな笑い合う二人を、射貫くような目で睨む者が一人。
「……ワタクシを無視して、なにをイチャついてるのよぉ!」
吼えるフォルアから、怒りの籠った魔力が噴き上がる!
そうして、彼女の感情のままに放たれた光の矢が、倒れ込んでいた二人に襲いかかった!
「あっ!」
高速で襲いかかる魔法が、爆音と共に地面を抉り、破壊していく!
自ら行使した魔法の威力に、思わずフォルアの表情は「しまった!」といった風に、わずかに歪んだ。
慌てて風魔法で土煙を払い、魔法の着弾地点を調べるが……。
「……いない!?」
光の矢によって、確かに地面は抉り取られているのだが、肝心なレイアストとモンドの姿がそこにはない。
不可解な光景にフォルアが戸惑っていると、横から「フォルアお姉様」と呼び掛けられた。
彼女が弾かれるようにそちらへ顔を向けると、そこにはモンドを抱きかかえ、静かに佇むレイアストの姿!
(まったく……感知できなかった!?)
肉体的には弱くとも、魔力を伴った感覚の鋭さは超一級であるフォルアが、移動したレイアストを感知できなかった事実は、少なからず彼女を動揺させる。
そして、そんな気圧されかけた空気を察したのか、レイアストは姉に向かって語りかけた。
「フォルアお姉様……もう、お姉様に勝ち目は無くなりました。このまま引いてくれるなら、これで戦いを終わりにしたいのですが」
「はぁ?……ワタクシを前にして、よくそんな大言を口にできるわね」
言葉の端に、わずかな怒気を含ませて、フォルアはレイアストを睨み付けるが、彼女はそんな視線を軽く受け流す。
(ああ……今わかった。私に足りなかった物が……)
腕の中のモンドを感じながら、レイアストは転身の不調の原因を理解する。
アガルイアとの戦いの時、確かに生まれたモンドとの絆……言わば、心の繋がりが彼女の全力を引き出すための鍵だったのだ。
互いにわだかまりがあり、心がすれ違っていた事で、ろくに力を使う事ができなかった。
だが、今は違う!
愛しき少年……そんな彼と想いが通じあっているという確かな手応えが、彼女から無限の力と可能性をを引き出してくれる!
今ならば、どんな敵にでも勝てるという確信が、レイアストの胸の内で燃え上がっていた!
「このまま戦っても、私が勝ちます……なぜなら、今の私は恋が実った状態ですから!」
「っ!?」
もはや、すでに勝利しているといった、レイアストの発言!
実力主義の魔族が、落ちこぼれとバカにされていた彼女からそんな言葉を投げられかけたら、一瞬でブチキレてもおかしくはないだろう!
だが、そんな妹の言が沸騰しかけたフォルアの頭を、逆に冷たく冷静な状態へと導いていった。
(……たしかレイアストは、何らかの魔力シールドによって、アガルイアお兄様の雷をも掻き消したのよね)
人間の手を借りたと聞いていたので、父と因縁の相手である魔法使いがそんな力を持っているのかと思っていたが、それは案外レイアストに抱えられている、あの少年の力なのかもしれない。
おそらく、先のフォルアが放った光の矢を防ぎ、かわす事ができたのも、その魔力シールドによるものなのだろう。
ならば、魔法に頼らぬ純粋なパワーと質量をぶつけるのみ!
そう判断したフォルアは、エルディファへ向かわせていた岩石兵に新たな命令を課した!
「あの少年を殺りなさい!」
主の命令に忠実なる岩石兵は、のらりくらりと戦っていたエルフにあっさり背を向けると、名残惜しむレイアストから地面に降ろされた、モンドへ向かって走り出す!
さらに、追加で魔力をフォルアから注がれた岩石兵は、元々の巨体がふた回り以上も大きくなり、構築していて岩も硬質化して、金剛石のような光沢を帯びていった!
まるで、超重量級の鉄の塊が高速で迫ってくるような迫力に、ほんの少しレイアストは怯みそうになってしまう。
だが、彼女の隣に立つ少年はまったく動じることなく、故郷に伝わる五行術式を展開した!
「レイアさん、力を貸してください!」
「……っ!モチロンだよ!」
「ありがとうございます……では、僕がバックアップしますから、レイアさんはあの岩石兵に思い切りぶちかましてください!」
「おっけー!」
一瞬前に感じたわずかな怯みも、モンドの自信に満ちた声を聞くだけで霧散してしまう。
我ながら現金だと思いつつ、レイアストは我が身に宿るクズノハの知識を動員して、迫る岩石兵に対して有効な気の属性を、自分の魔力に乗せて発動させた!
「木気展開!」
レイアストの身を守る、蒼い軽装甲から魔力が迸り、さらにそれをブーストさせるモンドの術式が発動する!
「水生木!水気を以て木気を助く!」
モンドから注がれる水気をによって、レイアストの木気は増幅され、更なる魔力の輝きが増していく!
アガルイアを打ち破った時以上の力の高まりを感じたレイアストは、ブルリと武者震いにも似た感覚を覚え、我知らず雄叫びをあげながら、迫る岩石兵へ向けて矢のように飛び出した!
「木剋土!木気を以て土気を制す!」
相剋の魔力を纏うレイアストの拳は、岩石兵の体にいとも容易く突き刺さり、木気と混ざりあったレイアストの魔力が、敵の内部で炸裂する!
それと同時に、木気によって生じた植物が爆発的に成長し、岩石兵を苗床として内側から食い破って幹と枝を伸ばしていった!
まるで断末魔のように、痙攣じみた動きを最後に、フォルアの生み出した岩の巨兵は完全に沈黙する!
「……モンドくん!」
「レイアさん!」
二人の共同作業を成功させたレイアストとモンドは、互いに駆け寄ると、ガッチリと抱きしめあった!
「やったね、モンドくん!モンドくんが助けてくれたおかげだよ!」
「いえ、レイアさんの実力あればこそですよ!それに……レイアさんが信じてくれたから、僕も全力を出せました!」
「信じるに決まってるよ!だって……私、モンドくんのこと、大好きだからね♥️」
「僕も、レイアさんが大好きです!」
敵を打ち破った興奮から、テンションが上がりまくった二人は回りの目も憚らず、今まで言えなかった分を取り戻そうとするかのように「好き」を連呼する。
そんな生まれたてのバカップルを、生暖かい目で見守るエルディファ。
そして……それとは対照的に、信じられない物を見たといった表情で、フォルアは動かなくなった岩石兵の成れの果てを見上げるのであった。




